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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

この世の果て 37



ドンホは息をのんだ

チャンミンの瞳が
悲しげに輝いてドンホを責めるように見つめる

あまりに真剣なチャンミンに
ドンホは視線を逸らすことができない

「ユノを…どこにやったの…」

「チャンミン…」

ドンホもしっかりとチャンミンを見つめて
ゆっくりと話しはじめる

「じゃあ、聞くけど」

「なに?」

「2人とも…あの時、生き返ったとして…」

「……」

「元の生活に戻れたと思う?」

「……戻れたよ、もちろん」


「ユノ先輩は…僕に頭をさげに来た」

「……」

「俺が…責任を持って…チャンミンを止めるからって」

「……」

「力を貸してくれって…そう言ったんだ」

「……」

あの日のキスをチャンミンは思い出していた

僕とユノの最後のキス


「ユノ先輩…ほんとうに捨て身で…」

気づいていた

ユノはもう僕が罪を重ねないように

すべてを終わらせてくれようとしたのだ

命をかけて

あのユノの瞳…悲しげで…それでもとても優しい

優しくキスをしてくれた

一緒にこの世の果てまで旅にでるための…キス


「もう、君たちは別々に生きたほうがいいんだ」

「……」

「チャンミン…わかるでしょう」

「…ドンホ…」

「……」

「僕たちの人生に…君を巻き込んだことは
ほんとうに申し訳ないって思ってる」

ドンホは下を向いた

「それは…いいんだ」

ドンホは少し笑った

「僕は…チャンミンが友達になってくれて
嬉しかったんだから」

「……」

「僕が好きでしたことだから…」

「……」

「ユノ先輩が…君を心から愛してるのは
よくわかってる…だけど」

「ドンホ…僕とユノはね…離れたらいけないんだ」

「……」


「お互いが…自分の居場所なんだ」


「……」

ドンホがギュッと目を閉じた

「チャンミン…」

「……」

ドンホは一度大きく深呼吸をして

そしてポツリと話しはじめた


「先に意識が戻ったのは…ユノ先輩だった」


「……」

「蘇生して…すぐだったんだけど
少し、様子が変で…
しばらくしたら記憶に障害があることが…わかった」

「……」

チャンミンはごくりと唾を飲んだ

「自分と家族、友達なんかのことがごっそりと
記憶から抜けていたんだ」

「……」

「思い出せないことに苦しんでたみたいだったけど
そのうち、なんかまわりでヤバイってことになって」

「何がヤバイの?」

「生かしておくのが」

「え?」

「僕がその始末を頼まれた…
けれど…できなくて」

「なんで始末なんて…」

「会社的に…都合が悪かったんだろうね
無理心中なんて…聞こえも悪いし、死んでしまったことにしようと」

「………そんな簡単に」

「会社の権利がチャンミンの所有から他に移らないように
見守ってたのは、ユノ先輩だったらしいし
そういうのもあったんだと思う」

「ふん…なるほど」

「よくわからないけれど」

「元々、ユノの母親、僕の叔母だけど
不貞を働いたってことで、一族とは関係ない人間として排除されてたし」

「……そういう感じだと思う
ユノ先輩がいると、いい思いができない人もいたんじゃない?」

「それで?」

「企んだ」

「……」

「病院を脱走したことにして」

「脱走…」

「僕以外の誰かに、始末されてしまう前に」

「そんな…」

「漁村の上にちょっとした山があって
ユノ先輩なら、ひとりで楽に降りてこれるようなところ
わざと、そんなところを選んだ」

「そこに…放り出したっていうのか」

チャンミンがワナワナと震える

「あの時…それが僕たちにできる
最大限のことだったんだよ」

ドンホの声が悲しげだ

「僕たち?」

「チャンミンとユノ先輩のことを知る人間だ」
刑事さんも、ソン先生も」

「…パク刑事も?」

「チャンミンの意識は戻るかどうかわからなかった
もし、ユノ先輩の記憶が戻ったら、先輩がどれだけ苦しむか…」

「………」

「パク刑事が…そんなことも心配していた」

「……」

そんなに周りの人々が
自分とユノを守ろうとしてくれていたなんて
チャンミンは知らなかった

けれど…


ドンホは静かに話す

「チャンミンが、こうやって僕のところへ来るだろうなってわかってた」

「パク刑事から連絡があった?」

「うん、たぶんそっちへ行くだろうって」

「ユノのこと口止めされたでしょ?」

「いや」

「え?」

チャンミンが意外そうな顔をした

「チャンミンがとても真剣で
見てられないって」

「……」

「もう隠し通すのは無理だろうからって
しかも、ああやって、テレビなんかに出られたら」

「じゃあ…やっぱり」

「多分そうだと思う。状況から考えても」

「……」

「反対している漁村はたしかに
あの時の山の下にあるしね」

「……」

「しかも、あんなに似ていたら…さ」

「ユノ…なんだね…あの男」


「自分で…確かめてみたら」

「……」

「そう言ったのはね、実はパク刑事だ」

「…そう」

「ああやって、表に出てきて、逆によかったんだと思う」

「始末…しにくい…から?」

「うん」

ドンホははーっとため息をついて
そして今度は顔を上げて言った

「会うの?あの男に」

「もちろん、会うよ」

「チャンミン…」

「思い出させてあげる、時間がかかっても」

ドンホが下を向いた

「2人とも傷つくだけだよ…」

「乗り越えられるよ」

「………」

「僕たちは…きっと相手を思いすぎて
道を誤ってしまったんだ」

「チャンミン…」

「愛しているんだ…今もずっと…」

「じゃあ、もし…ユノ先輩が
新しい愛に生きていたら?」

「……」

「2年以上経っているんだ
何があっても、おかしくないじゃないか」

「そのときは…
ユノに選択してもらうよ」

「今から言っておくけれど
僕は魔法使いじゃない、ユノ先輩の記憶を取り戻すとか
チャンミンを好きにさせるとか、そんなことはできないからね」

「必要ないよ、そんなこと」

「……」

「ヒョン…が…」

「……」

「命をかけて、僕のしてることをやめさせようとしたんだよね」

「そうだよ、チャンミン」

「僕は…止めて欲しかったのかもしれない
自分でも、どうしていいか…わからなくて」

「………」

「僕も、ユノが嫌がることは、やめる」

フッとドンホが笑ってつぶやいた

「僕も…誰か、止めてくれる人がいたら」

チャンミンが少し微笑んだ

「僕が止めようか?
あまり説得力がないかもしれないけど」

ドンホも顔を上げて少し笑った

「ありがと、チャンミン
僕を止めようとする人の命が危ないよ
だから、いいんだ」

「そうか…」

「でも、ユノ先輩は地獄まで一緒に来てくれようとしたなんてね、チャンミンがやっぱり羨ましい」

「……」

「僕は…地獄に行くなら1人で行かなきゃ」

すべてを諦めたように
ドンホは笑った

「僕も地獄行きだから、向こうで会うか」

チャンミンも笑った

「え?アハハ…ありがとう」

「……」

「ドンホさ」

「うん」


「僕が友達になってくれて感謝してるって言ったけど」

「うん」

「僕も、友達になってくれて
ドンホに感謝してるよ」

「……」

「……」

「そっか」

「うん」

「よかった、それなら」


2人は笑った

どこかで、意図することなく道を外れてしまって
とんでもないところまで来ている自分たちを

2人は嘲笑った





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この世の果て 36




イ・ユアン

報告書のタイトルに書かれた名前

チャンミンは食い入るように
その書類を一語一句逃さぬように読み進めていった


あの漁村で生まれた男ではなかった

読み進めていくうちに
書類を持つチャンミンの手が震える

2年前

ふらりとあの村にやってきた男

車で山の中まで連れて行かれ
そこで降ろされて、一人でここまで下りて来たなどと言っていたらしい

身分証などはない
イ・ユアンという名前は…


最初は不審に思われたこの男を
村の長老が引き取り面倒を見た、とある


次の一言にチャンミンは全身が震えだした

「記憶障害あり」


まさか

チャンミンはすぐさま、あの男に連絡をとった


***********


「おひさしぶりですね、チャンミン君」

パク刑事はシワの増えた顔で
柔らかく笑った

「……」

寂れた喫茶店

パク刑事が毎日訪れているのだという店へ
チャンミンは1人出向いてきた

古めかしい音楽が流れている

「こんなところまで、何か用事でも?
私は定年退職しているので、もうあなたを追うこともないし、なにかを手伝うこともできないけどね」


「あの頃のことを、事実を知りたい」

「……あの頃?」

「無理心中として扱いましたよね」

「……ああ、あの海辺での、ね?」

パク刑事がため息をついた

「もしかして、チャンミン君」

「はい?」

「あれですか、あのリゾートの反対派」

チャンミンが驚いてパク刑事を見つめた

「似てますよね、私も思いました」

「……」

「でも、違いますよ
ユンホ君は、結局目覚めなかった
彼の心臓が再び動くことはなかったんです」

「僕は…ユノが亡くなった姿を見ていません」

「それは…チャンミン君…」

パク刑事は笑った

「当たり前でしょ。
君だって何ヶ月も意識がなかったんだから」

「ご存知だったんですか?
僕が何ヶ月も意識不明だったってこと」

「……ああ」

「あの頃、まだ、僕を追ってたから?」

「いや」

「……」

「もう、その時は定年迎えてたしね」

「……」

「気になってね、たまに様子だけは
見に行ったりしてたんですよ」

「へぇ」

チャンミンは意外そうに返事をした

「私はね…忘れられなくてね
あの時、君たちのお父さんが階段から落ちた時
病院で会ったよね」

「……」

「ユンホ君が君をね、自分の背中に隠した」

チャンミンの顔が少し歪んだ

「まだ中学生だったのに
幼い君を必死で守ろうとしていた」

「……」

「あの時のユンホ君が、どうにも忘れられなくてね」


忘れていた…忘れようとしていたのに

映像でユノに似たあの男の姿を見てから
人間としての感情が次から次へと湧き出てくるようで

チャンミンは苦しかった


「ユンホ君のお墓参りは…行ってるの?」

「いいえ、まだ一度も」

「行くといいよ、受け入れなきゃいけない事実には
目を背けずきちんと向き合ったほうがいい」

「……」

「辛いだろうけどね、大事なことだ」


パク刑事の話を素直に聞ききたいわけじゃない

そう自分に言い聞かせて
キッと唇をひき結んだ


そして、チャンミンはユノの墓をはじめて訪れた


花束なんか持って来てはいない

そんな気持ちになれるわけがない


豪華な墓だった

広く街が見渡せる小高い丘の上の瀟酒な霊園

十字架の元に、ユノの名前と
その生きた短い年月が記されていた

チャンミンは震える指でそっと
その墓石に触れる

ユノ…

こんなところに…あなたはいるの…

僕をひとりぼっちでこんな世界に残して

目を閉じると、ユノの笑顔が蘇ってくる
忘れようとしても、忘れられない笑顔

もう涙は出ないかと思うほど泣いたのに
それでも目頭が熱くなる

こんな思いはひさしぶりすぎて
胸が痛いくらいだ

瞼の裏に映るユノの笑顔
それを思うと、あのモニターの男は
ただの見間違いなのかもしれない

そんな風に思えて、チャンミンはため息をついた

ちょっとユノに似た男がいたからって
調べさせたり、あの刑事に会いに行ったりして

まったく自分は…


「ご苦労様ね」

ふと、背中でしわがれた声が聞こえて振り向いた

墓地を掃除する老婆が人懐こい笑顔を向けている

チャンミンは軽く頭をさげた


「豪華なお墓よね」

「……」

お節介な婆さんだ

ひとりにしてほしいのに

「ご遺体がないんでしょう?
なにか記念になるものかなんか入れたの?」

「は?」

チャンミンが完全に振り向いて
老婆に向き直った

「どういう意味ですか?」

「だって、ご遺体ないじゃない?
私ね、ここにいたもの、あの時」

「あの時?」

「埋葬だっていうから、片付けたりしたんだけど
でも、弔問客いなかったでしょ
それにご遺体ないまま、墓石設置したの見たわ」

「そうなんですか?」

「何か、記念になるものとか、入れたらいいのにって思ってたのよ。
ご遺体が入ってないお墓はそうするものだから」

チャンミンは訝しげな表情をした

「あなたご親戚じゃないの?」

「僕はその時ここに来れなかったんです」

「あら」

「その時のこと、詳しく教えてもらえませんか?」

「あ…あんまりこういうこと言っちゃダメだったかもしれないわね」

少し慌てた老婆に、チャンミンは財布から
迷わず紙幣を出して、老婆に握らせた


その老婆の言うことが確かだとしたら


ユノはここに埋葬されていない

ユノの遺体はない

墓にないということは、遺体はどこにあるのだ

あの時、救急車が来たはずで

自分たちは二人とも病院に運ばれたはずなのだ

だから、ユノの遺体が不明だなんてことはない

ユノの遺体なんて、ないのだ

なぜなら

ユノは生きているから


チャンミンはすぐに連絡をとった

懐かしいその声

チェ・ドンホ


会えないというドンホの言葉を無視して
チャンミンはドンホが構えている大学の研究室を
強引に訪れた

「会社の偉い人になっても
君は相手の気持ちを考えないところはそのままだね」

「教えてほしい、何があったか」

「唐突になんの話?」

「ユノは…君に頼んだだろ?
二人とも、安らかに死ねるように
処方を頼んだはずだ」

「………」

「………」


「そうだよ」

「ユノが直接、頼みに来たんだな」

「もう、ユノ先輩は嫌になったんじゃないか?
君がしていることに」

「……ちがう」

チャンミンの絞り出すような声に
ドンホは顔を上げた

「ユノは…僕と一緒にいようとしてくれたんだ」

「………」

「僕は…早く人生の時が過ぎて
ユノのところに行くことだけが…夢だ」

「………そう」

さらりと冷たく、ドンホは答えた


「それなのに…」

「……」

「それなのに…全然ユノは迎えに来てくれなかった
何度も僕は…ユノのところに行こうとしたのに」

「そんなことばかりしようとしてるから」

「ドンホはさ」

「……」

「知ってるんだろ?
あの墓にユノはいなかった」


ドンホは驚いてチャンミンを見つめた


「いなかったんだよ」

「……」

「君は…知ってたんだろ?ドンホ…」





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この世の果て 35




チャンミンが、
何度か自らの命を絶とうと試みたのは

ユノの元へ行きたい

それがただひとつの理由だった


もうドンホはチャンミンに薬草を処方することはない


チャンミンは他の方法で願いを叶えたくても
その立場がそれを許してはくれなかった

同族で占めた会社の管理者たちにとって
坊ちゃん育ちのお飾り上役は都合がいい
何かの時には責任を押し付けて追い出せばいいのだ

死なせるわけにはいかない

チャンミンのまわりにはぴったりと護衛が付き
身のまわりには、刃物、紐類、一切が退けられた

そんな状況の中
チャンミンの気持ちには限界が訪れていた

寝ても覚めても
ユノの顔が浮かぶ


自分を真正面から見つめた、あの真剣な瞳


愛してる
お前は…俺の命だ


最後のくちづけ

それは共にこの世の果てまで旅をする
片道切符だったはずなのに

なぜ、自分だけがここに舞い戻ってしまったのか

はらはらと涙が突然湧き出してくる毎日


その日の朝、
いつものことだけれど、朝食のどれもが全く味がしない

すべて紙を食べているような感覚しかない


チャンミンはその日の朝食に
一瞬の隙を見つけた

フォークも先が丸くなった子供用
コップもガラスは使用されずプラスチックのもの

一切の割れ物を退けていたはずだったけれど

フルーツを盛った皿が
割ることができそうな素材だった

チャンミンは周りの目を盗み、不意にその皿を取り上げるとテーブルの角で叩き割り

破片で自分の喉元を突こうとした

それなのに…

あと1cmでユノの元へ行けたのに…

チャンミンは後ろから護衛に羽交い締めにされ
手首を押さえつけられた

破片を握りしめるチャンミンの掌から
血が流れる

何人もの護衛がチャンミンに覆いかぶさり
掌を開かせタオルを握らされる


ああ…ユノ…


大声でユノの名前を呼びながら
嗚咽と共にチャンミンは床に倒れ込んだ

「うう…う…」

歯を食いしばって
身体の震えと悲しみに耐える


会いたい…

会いたいよ…ユノ…



ユノのいない世界で目覚めてから2年…
その整った美しい顔から笑顔が消え、
かなりの時間がたっていた

ユノを想う苦しさに耐えきれなかったのか
チャンミンはすべての感覚、思考が閉じてしまった

なんの感情も持たない、ただ息をする生き物
そして、何も考えられないようにただ働いた

思考はすべて仕事のために
脳に一切ユノの面影が入り込むことのないように

その内

敏腕だけれど、冷酷
利益のためには手段を選ばない

父の時代の古臭い幹部たちをすべて退け
チャンミンはホールディングスのトップに君臨するようになった

今や、各界の企業人がチャンミンと関わりを持ちたがり
けれど、なかなかその懐に入れず

まわりをヤキモキさせながらも
その動向は経済界の注目を集めている

チャンミンは
その心にだれも近寄らせない

氷のように透き通って
それはいつ武器となって相手を刺すかわからない

そんな危ういオーラが漂っていた


リゾート開発が得意分野の会社ではあった

開発は各所で進めていたけれど
1箇所とてもやっかいな場所があった

そこは、チャンミンが思い出を封印した場所
ユノと最後に過ごした海辺の近くだった


2人の心中事件の後
その場所でのリゾート開発は一旦棚上げになっており

最近になって、担当部署がまた開発に着手していた

あの頃は特に問題は見当たらなかったのに
ここへ来て、住民がリゾート開発に反対を始めたという

面倒くさい案件だ

チャンミンはそれでも大して気にもとめず
淡々と開発に着手していたけれど

反対派が、テレビや雑誌で海辺の自然を護るだのなんだの
そんなことをアピールしはじめて、少し世論が動きだしてしまった。

リゾートのイメージを損ねるのはよろしくない


会議室では、今日もその対策が練られていた

「これがその反対派のデモです。
デモといってもただ騒いでいるだけなのですが」

担当者が、その映像をモニターに映し出した

漁師や漁業従事者たちが
インタビューのマイクに向かって
やたらと騒ぎたてている

理屈が通っているのかどうか
それさえも聞き取れない

チャンミンはため息をついた

「この程度の騒ぎも抑えられないのですか?」

「申し訳ありません」
幹部たちがバツの悪そうな顔をして頭を下げる

「裏取引をきちんとした方がいい
首謀者と話をつけて、これ以上騒いでもあまり得策ではないとわからせるべきですね。和解金など支払う必要はありません」

「和解金については特に言ってきてはないのですが」

「立ち退き料のことですよ」

「はい…あ、次のシーンで出てくるのが
反対派のリーダーなのですが…」


面倒くさそうに画面に視線を戻したチャンミンの
その瞳が大きく見開かれた

マイクに向かって、理路整然と何かを語っている男

若くて背が高い
凛々しく整った顔立ち

涼しげな眼差し

頭にタオルをバンダナのように巻いて
タンクに膝丈のジーンズを履いている

話し方も少し乱暴な口調で

そんな格好と、肩まである長髪
そしてあまりに日焼けしていて一瞬わからないが

チャンミンにはわかる

ユノだ…

まさか…


「イ・ユアンというのですが
この男が…」

チャンミンがガタガタと音を立てて
突然席から立ち上がった

幹部たちがびっくりして
話をやめた

静かになった会議室に

そのイ・ユアンという男の声だけが響く

「村の住民を犠牲にしてできたリゾートなんて
誰も楽しめないでしょ?」

そう言って、白い歯を見せて爽やかに笑う


そんな画面を食い入るように見つめるチャンミン

突然、身体に一気に血が巡りはじめたような
そんな感覚に陥った

会社はほとんどが新しい人材になってしまったために
この人物をみても、あのユノに似ているとは
誰も思わなかった

かつてユノを知っていた人でも
この日焼けした漁村の男がそうだとは
一瞬わからないだろう

「これは…」

チャンミンはやっと口を開いた

「これは…一体…」

封じ込めていた人間としての感情が
一気に溢れ出てきて、コントロールができない

「あ…えっと…これが反対派のリーダー的存在で」

「名前をなんと言った?!」

幹部たちは感情的になったチャンミンを
これまで見たことがなく慌てた


「は…あの…イ・ユアンという者で…」

「調べろ」

「は?」

「この男を調べろ!」

「あ、はい!」

ヘナヘナとチャンミンは脱力して
椅子に倒れ込んだ


画面ではまだその男が笑っている


「闘いますよ、簡単に俺たちの村を
取られるわけにはいきませんよ」





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この世の果て 34




パク刑事は、署の自分のデスクで
ひとりタバコを吸いながら、考え事をしていた

もうすぐ定年を迎えるパク刑事のデスクには
そのための書類が積まれていた

長年の刑事生活の中で
意に沿わない仕事もいろいろとあった

たとえば、あのユノとチャンミン
子供が自分を守ろうとした行動が

ユノの年齢がちょっと刑の対象になったからといって
そこまで突き詰めないといけなかったのか

雇われの身で
大人の自分がそこを守ってやれないことに
歯痒さを感じている

あの父親は
2人を躾と称して虐待していたに違いないのだ



一昨日、そのユンホから電話があった

内容は、チャンミンを追わないでほしい、というものだった。

唐突な申し出だった。

「申し訳ないが、仕事なので追わないわけにはいかないんだ。
詳しくは話せないが、立件できるかどうかはこれからだ」

「僕にまかせてもらえませんか」

「というと?」

「チャンミンがあなたに手を出すようなことは
俺が絶対させませんから」

「それとこれとは別の話でね」

「チャンミンが点滴に触れたのは
点滴がきちんと設置されていなかったからで
そこには何の意図もなかったんです」

「それをこれから確かめないといけないんだよ、ユンホ君」

「もう必要ないです」

「どうしてそんな事が言える?」

「あなたが危険な目に遭うこともないので
安心してください」

「ま、もう一度病院のソン医師から連絡があるはずだから」

「刑事さん」

「なんだ?」

「刑事さん、お兄さんが刑事さんを救うために
犠牲になったとおっしゃっていましたよね」

いきなり、自分の深い部分に話が向けられて
パク刑事は一瞬黙った


「お兄様は…幸せだったと思います」

「な、なんだと?」

あの、兄の壮絶な最期の姿を見てしまった自分に
何が幸せだというのか。


「愛する弟を守れたんだ…
お兄さんは満足だったはずです」


電話の向こうのユンホは
笑顔でいるような気がした


なんで、ユンホはあんなことを言ったのだろう


急に、デスクの上の電話が鳴って
パク刑事がビクッとして電話を取った

「パク刑事さんですか?」

少し訛りのある韓国語
それはあのドンホの声だった

「君は…チェ・ドンホ?」

「はい、そうです」

「なにかあったか?」

「……」

「どうした?」

「チャンミンと…ユノ先輩を…助けてください」

「なに?なにがあった?」

パク刑事は話を聞きながら
まわりの刑事に指先と目線で指示を出していた

バタバタと刑事たちが動きだした

「君は今どこにいるんだ」

「チャンミンとユノ先輩が…このまま死んでしまう」

「チャンミンとユンホはどこにいるんだ!」


***********



ゆっくりと波間を漂うような感覚が
チャンミンを包んでいた

全身の力が次第に抜けてゆく

なにも聞こえない世界


ここは海の底なのだろうか…


きっと…ユノは…僕が苦しまないように
こんなふうに心地良いまま死ねるように

ドンホに頼んでくれたんだね

ユノは…どこにいるの…

ユノがいないとダメなのに


ふと横を見ると

ぼんやりとユノの姿が見えた…

ユノ!

コテージのキングサイズのベッドに2人は横たわり
ユノが白いシーツの波間に浮いているように見える

ユノ…

ユノは仰向けになり、何人もの白い服を着た男たちに囲まれて、胸を強くリズミカルに押されている

ユノ?

まさか、死んじゃうの?


ユノの瞳は閉じられたままで
その止まった心臓をみんなで動かそうとしていた

そんな…ユノ…

いやだよ

ユノ…


やがてチャンミンも意識が遠のき
ユノの姿も見えなくなってしまった



救急車とパトカーがけたたましくサイレンを鳴らして
静かな海辺を走っていく


パク刑事が2人の居場所を確認できたのは

2人がキスをしてから数時間後だった


高級コテージの一棟

キングサイズのベッドの上で
2人は抱き合った状態で発見された

最期に及んでも

ユノはチャンミンを守るように
抱き抱えていた


パク刑事は自分がこの状態を推測できなかったことを
責めた

少し考えればわかるはずじゃないか

自分の兄と重なるユンホ

愛する弟のためなら死をも辞さないと
それは幸せなことだと

シグナルを伝えていたのに

自分の命をもってして
チャンミンがこれ以上罪を重ねることを
やめさせる

ユンホならやりかねなかったではないか

なぜそれを自分は気づけなかったのか!


その場で蘇生措置がとられているユノと
マスクをつけられて、搬送されるチャンミンと

パク刑事はその光景にすぐさま
ドンホへ連絡をした

「どうにかならないのか
君ならどうにかできないのか?!」

「刑事さん…」

「チャンミンは意識はないが、心臓と呼吸は問題ない
ユンホは今、心肺停止だ!」

「ううう…」

スマホの向こうで
ドンホが泣き崩れるのがわかった

「ユノ先輩…僕は…なにもできず…」

パク刑事はスマホを投げた


「畜生!!」

そもそも、あの兄弟が自分の両親を
殺めていたとしても

その理由は…目を瞑ってやりたい部分もあって

側にユンホがついているなら

証拠がでなければあっさり引くつもりだった


ユンホ1人にそれを負わせてしまった

ユノに様々な処置が施され運び出された後
パク刑事はひとり項垂れた

自分も…なにもしてやれなかった

兄を見ているような、そんな思いでユノを気にかけていたはずだったのに



チャンミンが目覚めたのは

それから数ヶ月後だった


深い眠りから目覚めた世界は
チャンミンにとって、地獄よりつらい世界だった


「ユノ先輩は…亡くなったんだ」


ドンホはそれを告げる時
チャンミンの目を見ることができなかった

チャンミンは
それを聞いても、なにも答えなかった

五感の全てが蓋を閉じて
ユノがこの世にいないという事実を受け入れることを
拒否した

受け入れ難いなんていう簡単なことではない

それなら、自分もこの世にいる意味なんてないのだ

ユノを探しに旅に出よう


チャンミンのその頼みを
ドンホはもう聞いてはくれなかった

「チャンミンは、僕にそこまでさせたいの?
君は本当に自分勝手だよね
自分さえよければ
僕の気持ちはどうでもいいのか」

チャンミンはニヤリと寂しそうに笑った

「僕は元からそういうやつだよ」

「チャンミン…」

「ユノが…命がけで…僕をこの世の果てまで連れて行こうとしてくれたのに…それなのに…」

「違うよ、チャンミン…」

チャンミンがドンホを睨んだ

「ユノ先輩は…チャンミンを止めようとしたんだ
命がけで…」

「……」

「きっと…ユノ先輩は…
チャンミンに生まれ変わって欲しかったんだと思う」

「ユノのいない世界に蘇ったって
まったく意味ない」

「僕と一緒に、この世から去ろうとしてくれたのに
僕は早くユノの側に行ってあげないと」

チャンミンの表情が歪む

今にも泣き出しそうだ

目覚めてから
チャンミンはどのくらい泣いたのだろう

泣き疲れて
そして決意したことが、ユノの元に行こうだなんて


それから、チャンミンは何度もユノの元に行こうとして
それが叶わず

やがて、すべてを諦めて
そして、生まれ変わった




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この世の果て 33



「チャンミン、リゾートの候補地は下見に行く?
俺たちは契約の方に立ち会えばいいと思っていたけど
一回現地を見てほしいって」

「僕たちで行きましょうか」

「1泊くらいしか時間はとれないから
効率よく見ないとだけど」

専務の肩書を持つチャンミンが
仕事の場なのに、どうしても笑を隠せない

ユノと2人でリゾートの下見ということが
嬉しくて仕方ない

「一泊だけど、居心地のいいホテルを探しておきます」

「コテージ取ったよ」

「え?ユノが?」

「気にいるかどうか、わからないけど」

「コテージなんていいじゃん!
楽しみだな」

「チャンミン」

「なに?」

「あくまでも、仕事で行くんだからな?」

「仕事なのにコテージとったのはユノでしょ?」

ユノがニヤッと笑うと
チャンミンもつられて笑った


仕事でリゾート開発に着手している2人は、
現地視察の後に契約するということで
市街地から車で2時間ほどの海辺へやってきた

視察なので2人はスーツだった
平日のせいか人気のない海辺

地元の議員に案内され
買い取る予定の土地を訪れた


チェック項目をクリアして
問題点をあらためて確認して
午後の早い時間にすでに1日目を終えた

「ほとんど仕事としては終わってない?」

ユノが運転する車で、予約しているコテージに向かう
チャンミンは少しはしゃいだように笑った

「そうだな、少しゆっくりできそうだ」

予約していたコテージは
想像を超えた素晴らしさだった

「わぁー!すごいね」

「ちょっと値が張ったけれど
思ったよりよかったな。」

「今度作るリゾートもこんな感じがいいと思う」

「あの場所なら、いけそうだな」

2人はスーツを脱いで
楽な服装になり、海の見えるバルコニーへ出た

これから夕陽が沈むところだ

まさに絶景


「すごい景色だね
ユノ、ほんとにありがとう」

「気に入ってくれたなら、よかった」

ユノは洗面所にはいって
潮でベタついた手と顔を洗った

ひとつ…ため息をついた

そして、小さなジャーに入ったリップクリームを
小指ですくって、乾燥した唇にそっと塗った

ユノは鏡の中の自分を見つめた

そして鏡の中の自分に優しく微笑んだ


こんなにも、俺は…
チャンミンを愛している

お前と出会えて
俺は幸せだ


リビングに戻ると

ユノのスマホが通知を知らせていた

画面を見たユノの表情が曇る


「ユノ、誰から?」

ユノの表情をチャンミンが察した

「ん…なんでもない」

ユノが少し苦しそうに笑った

「ユノ」

「なに?」

「隠さないで、誰から?」


「……パク刑事だ」

ユノははっきりと告げた

「………」

チャンミンの表情が固まった


「パク刑事と俺は
話をしなきゃならないんだけど」

「話?」

「なにも心配いらない
きちんとした証拠はないんだから」

チャンミンがその言葉に
ユノを見つめた


「なんの話?証拠ってなに?」


ユノはじっとチャンミンを見つめた

「チャンミン…ドンホがお前を心配してる」


チャンミンが狼狽えはじめた

「心配?僕は心配なんてしてもらうような事は
なにもないよ?」

たしなめるような、ユノの瞳

「チャンミン…なぜ俺に話してくれなかった」

「ユノ…」

「俺は…そんなに頼りないのか」

「………」


しばらく沈黙が流れた

2人の耳には、遠くの波の音だけが聞こえている


夕陽でオレンジ色に染まるお互いの顔を
見つめ合う


「頼りないなんて…ヒョン」

ひさしぶりに…チャンミンがユノをヒョンと呼んだ

「僕は…ヒョンに頼りっきりでしょう」

チャンミンの表情が少しだけやわらいだ


「俺の…ため?」

「……」

「俺のために…パク刑事を殺そうとしてる?」

問いかけるユノの瞳が切ない

チャンミンの顔が再び強張った


「俺のためなら…やめてほしい」

「……」

「もし、お前が俺を愛してくれているなら」

「ユノ、勘違いしていませんか?
よく考えて」

チャンミンは片方の口角をあげて
嫌みを含めて笑う

「僕が、あなたを愛しているなんて
言ったことがありますか?」

「…ないよ、お前は俺を愛していると言ったことは
ない」

「……僕は、すべて自分のためにやってきたんです。
あなたのためじゃない」

「……」

「愛するってよくわからないけど
自分を犠牲にしてまで、相手の幸せを願ったりすることでしょう?」

「だから?」

「僕は、あなたを不幸にしてばかり
側にいてくれるなら、あなたが不幸になってもいいと
そんな風に思ってる僕は」

「………」


「あなたを愛しているなんて言う資格
ないんですよ」

ユノの瞳から、とうとうひとつ涙が溢れた

チャンミンは窓辺に立って
遠くを見つめながらつぶやく

「僕は、小さい頃から誰かに側にいてほしかった
寂しがりやのどうしようもない子供で
いつも兄弟がほしいと駄々をこねて、母を困らせてた」


あの日の…あのクリスマスのチャンミンを
ユノは思い出していた

輝く瞳、まあるい頬

可愛い俺の弟…


「自分勝手でわがままな、どうしようもない坊ちゃんですよ」

「うそだ…」

ユノが消え入りそうにつぶやくと
チャンミンが睨みつけるようにユノを見た

ユノは泣いていた


「そんなの…ウソだ…」

「……」

「お前は…ずっと俺の側にいてくれて
俺を愛し続けてくれた」

「何を言っているんですか…」

「俺は…知ってるよ…お前は俺を愛してくれた」


ユノはゆっくりと
窓の桟に寄りかかって立っているチャンミンに近づいた

「お前が側にいてくれなかったら
俺はたぶん、1人で立っていることもできなかった」

チャンミンの瞳が揺れる

「お前は…俺を支えようとしてくれたんだ」

チャンミンの瞳に涙が溢れる


「チャンミン…愛してるよ
お前は俺の命だ…」

ユノはチャンミンの頬を両手で包み
泣きながら、そっと口づけた

海からの風が2人を撫でる

長いキス

角度を変えると
チャンミンがユノの首に腕を絡めて

今度はチャンミンから深くくちづけた

その頬にも、涙が一筋流れている


やっと唇が離れて

チャンミンはユノの頭を愛おしそうに抱きしめた


「あと…時間はどのくらい…残ってるの」


その言葉に、ユノはギュッと目を閉じた

「ごめんね、ユノ…こんなことさせて」

チャンミンの瞳から涙が次々にあふれて
ユノの肩を濡らしていった


「でも、ありがとう」

「チャンミン!」

固く目を閉じたユノの唇が嗚咽で震える


「僕のすべてを終わらせるのが…ユノだなんて」

「……」

「僕は…なんて幸せなんだろうね」


お互い身体を少し離して向き合った

涙で濡れたチャンミンの笑顔


「ウソついて…ごめんね、ヒョン」

「チャンミン…」


「愛してる…ヒョン…僕はあなたを
こんなにも愛してる…」


そう言って微笑んだチャンミンの笑顔は

幼い頃のチャンミンそのままだった


ユノも優しく微笑んだ


「ずっと…俺たちは一緒だ
地獄だろうと、この世の果てだろうと
俺はお前と一緒に…どこまでも行くよ」


2人は微笑みながら抱きあった


窓の外では

夕陽がゆっくりと海に沈み

空はピンクから紫、そして藍色へと
見事なグラデーションを奏でていた




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