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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

花をあげよう 3




深夜になると、店は多忙を極める


店長は昼間はアレンジメントの教室に通うチャンミンを
なるべく早く帰宅させようと気をつかってくれる

けれど今夜は深夜のバイトが1人体調不良で休んでしまった。

店は店長と他のバイトが1人

とてもこの人数ではこなせないだろう


「チャンミン、もういいから
キリのいいところで上がって帰りな」

「いや、でも…」

「平気よ、週末じゃないんだから
もうすこしすれば落ち着くわよ」

スヨン店長はにっこりと微笑んだ

「はい…」



店内はひっきりなしに客が訪れて
とても大丈夫という状態ではない


チャンミンは一旦エプロンを外しにかかったものの…

「やっぱり、今夜もう少しやっていきます」

チャンミンは笑ってもう一度エプロンの紐をしっかり締めた

「だけど…」

「大丈夫。落ち着いたら上がりますから」

「そう?ごめんね…落ち着いたら声かけずに帰っていいからね。助かるよ、チャンミン」

「はい!」


チャンミンは待っていた客のところへ行って、
注文を聞いた

結局

店は落ち着く事なくその日の閉店を迎えた


「チャンミン、ほんとごめんね
こんな夜中になっちゃって…」

「大丈夫ですよ」

チャンミンはエプロンを外しながら
心地よい疲れを感じていた


結局、明日の準備までして
チャンミンが店を出るのは夜明けになってしまった


静まり返った歓楽街を
白み始めた空が紫色に照らす


ネオンがすっかり消えて
もやの中に信号の点滅だけがやけに目立つ


チャンミンは見慣れた街の意外な表情を楽しみながら、
家に向かって歩いた


通いやすいように店の近くのアパートを借りている

アレンジメントの教室には電車で通わなくてはいけないけれど、そもそも教室の近くは家賃がびっくりするほど高い




帰ったら少し何か食べて寝よう
そんな風に考えながら歩いていると


ふと、クンクンと子犬の鳴き声が聞こえる気がした

この街で犬を散歩させる人もいないだろうに、
しかもこんな時間に


でもどこから聞こえてるのだろう

チャンミンはその鳴き声のような声につられて
角に建つマンションに近寄ろうとした


すると、建物を囲う茂みの中から
男の声がしてきた。


「迷ったか?ん?」


その声にハッとして、チャンミンは建物のエントランスから屏のように植えられた茂みを覗いた

5メートルくらい先に
なんと、ユノが座っている

やはり、そうだったのか

ユノに似ている声だと
チャンミンはなんとなくそう思った


低くて優しい声で
子犬に向かって語りかけている


ユノは茂みの根元に小さく佇む子犬のアゴを撫でていた

ベージュの綿毛のような子犬は
つぶらな瞳でユノを見上げている

「家はどこなんだ?
遠くまで来ちゃって帰れなくなったのか?」


ベージュの子犬と、それを構うユノ


その姿にチャンミンは目が離せなくなってしまった


子犬はその綿毛のような小さな身体で
ユノに擦り寄ろうとする

それを優しく受け止める大きくて武骨な手

ユノは慣れた手つきで子犬を抱えると
高く抱き上げた



「ウチ来るか?お前のママが迎えに来るまで」


子犬はもう尻尾を振っている
まるでユノの言葉を理解して喜んでいるようだ

ユノはハハッと笑った


「可愛いなぁ、おまえ」


そう言ってさわやかに笑うあなたは
本当に魅力的です

ユノは子犬を自分のスーツの内側に抱えた。



チャラチャラした下品な男…

そう思っていたユノのイメージが
チャンミンの中で大きく崩れはじめる

その子犬を抱えて愛でるユノの姿に
チャンミンは胸がギュッと締め付けられて
苦しいほどだった


ユノに抱かれる子犬を
羨ましいとさえ思えてしまう


鼓動が早い


僕は…僕は…


チャンミンは自分のシャツの胸元を
ぎゅっと握りしめた


ユノが子犬を抱えたまま、こちらへ歩いてこようとするのに気づき

チャンミンは急いで建物から離れた


そして、早足で横断歩道を渡り
それからはどこをどう歩いて帰ったのかわからないくらい動揺しながら歩いていた


アパートに帰ると
急いでシャワーを浴びた

胸はまだドキドキしている



好きに…

なっちゃったかも…


子犬と戯れる男を見て
胸がきゅんとするなんて

自分はどれだけベタなのかと
チャンミンは自分のことが可笑しくなった


だけど

ユノさん、ホストなんだよなぁ…


それがどうしたと言われたら
上手く言葉にできないけれど

チャンミンは…派手なことは苦手で

花屋で働く自分と
酒と女を仕事にするユノと


まったく共通点なんて見つからなかった
そもそも、ユノは男なんて興味ないだろう

まずそこだ


できれば、好きになりたくなかった

片思いというツライ生活がはじまる予感しかない


けれど、恋は理屈ではない

はじまる時は、なにをどう抵抗しても
はじまってしまうのが恋だ


数少ない経験からも
それはよくわかっている

こういう時は
流れに身をまかせるしかない

抵抗すると、思いは意外にも深くなってしまうものだ。



********


そんないきさつをチャンミンは
マダム・リンに語って聞かせた


「そのユノさんって
きっと優しい方ね」

マダム・リンはそっと紅茶のカップをソーサーに戻した。

「優しいんです。
結局、その子犬を自分の家に連れて帰ってしまったみたいで…
今も子犬に振り回される生活みたいなんですけど、
とても楽しそうで。」


チャンミンは優しい目で
ユノを思い出しながら話す


「そんな様子がわかるのね?」

「毎日、店に飾る花を注文しに来るから
その時に子犬の話をよくしてます」

「そう、あなたもそれは楽しい毎日ね」

そう言われると、チャンミンは目を細めて微笑んだ

「ユノさんはほんとにステキなんです」

「そのようね」

マダム・リンも微笑んだ


************


ユノの生活は一変した


拾ってきた子犬のために
荒れ果てた部屋を少し片付けて
子犬用のフードなども買い込んだ

飼い主が見つかるまで

そう決めていたから
名前はつけずに過ごした

ユノが仕事から戻ると、子犬は眠っていてもとびおきてユノを出迎えた

ほんとうに可愛い

子犬はユノの首元で丸くなって眠り
狭いアパートの中、ユノの後をちょこちょことついて歩く

ユノは昼間はほとんど寝ている生活だったけれど
子犬のために散歩をしたりした

出勤すると、すぐにチャンミンの店に行き
花を注文しながら、子犬の様子を熱く語ってしまう

チャンミンはいつも楽しそうに
子犬の話を聞いてくれる

そんなチャンミンも
子犬みたいに可愛いんだよな

ユノの毎日は、このところとても楽しい

仕事でもユノを指名する客も増えて
いろいろと充実していた




そんなある日

チャンミンは店に行く途中で
小さな張り紙を見つけた

それは閉店してしまった飲み屋の壁に貼られた
子供が描いた犬の絵と悲痛な文字…

「ぼくのこいぬをさがしてください」

その拙い絵はベージュの小さなクマのように描かれているけれど

こいぬ、と書いてあるのだから
犬のつもりで描いたのだろう

もしかしたら

ユノが拾ったあの子犬なのでは…

毎日子犬の様子を嬉しそうに語るユノを
チャンミンは思った…


「ミルク飲むのがヘタクソでさぁ」

「いつもオレの懐で寝るんだよ」

「オレが出かける時に、ほんとに悲しそうでさぁ」

低い声で優しげに語るユノ

「とりあえず飼い主が見つかるまでは
オレのところに置いておこうと思って」

そんな事を言いながら
飼い主を探そうなんて、してなかった

もし、小さな男の子があの子犬を探していると知ったら

ユノは…

チャンミンはなんとなくユノが心配になりながら、今日も花屋を開けた

いつもユノがやってくる
夕方前の午後の時間

「いらっしゃいませ」

チャンミンが迎えると
ユノの様子がいつもと違う

薄っすらと笑みは浮かべているけれど
その瞳には寂しさが滲む

「今日のお客様は?
どんな感じですか?」

「ん…今日は…そうだな…
チャンミンにまかせる…」

もしや…

あの張り紙を見たのだろうか


「わかりました。
無難な感じで作りますね」

できるだけ笑顔を見せた

手早く花を選ぶチャンミンを
ユノがじっと見つめる


「あのさ…」

ユノがふいに声をかけた

「はい?」

「30分くらい…時間あるか?」

「え?僕ですか?」

「うん…」

「えっと…」


急な誘いでチャンミンは狼狽えた

そこにまさに神業なタイミングで
スヨンが声をかけた

たぶん、わざと…

「チャンミン、今のうちに休憩に行っちゃってー」

「は??」

いつもは後1時間は仕事をしている

「いいから、夕方忙しくなるから、ね?」

「はい」

スヨンの目配せに、チャンミンは素直に甘えることにした。

「じゃ、ちょっとだけ…」


少し不安げにチャンミンは答えた






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