プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

約束 39



警察が来た

もう…おしまいだ

チャンミンの全身から力が抜けた

ユノ…ごめんね
僕、はもうユノに会えないかもしれない

チャンミンは震える手でエントランスを開けるボタンをタッチする。

刑事らしき2人が建物に入るのが見えた

時間がとてつもなく長く感じる

そして部屋のチャイムが鳴った
チャンミンは恐る恐るドアを開けた

もう…観念しないと…

誠実そうな男が2人

2人とも警察であることを示した後
1人が落ち着いた口調で話し始めた

「夜分遅くにすみません。チョン・ユンホさんはいらっしゃいますか?」

ユノ?

僕ではなく?

「今、おりませんが。」

「どこへ行かれたか、おわかりですか」

何があったのだろう
警察はてっきり自分を逮捕しに来たのだと
思っていたのに。

「いえ、わかりません」

「今夜はお戻りになりますか?」

「なんでですか?」

「今日、強盗放火事件がありまして
事情をお聞かせ願えればと。」

「強盗放火?
そんなことユノは関係ないと思いますが」

「わかりました。それでは連絡がありましたら
教えてください」

あっさりと引き下がった

嫌な予感がする

「わかりました」

警察が帰るとすぐにチャンミンは支度をして
外へ出た。

とにかくユノに会いたい
胸騒ぎがとまらない

チャンミンはキャップを目深に被り、その上からフードを羽織った

マンションのエントランスには
先ほどの刑事が車に乗らず立っていて、電話で誰かと話をしていた。

気づかれないように植え込みから、その横をすり抜けようとしたチャンミンの耳に刑事の話が聞こえる。

「そうか、弁護士がチョン・ユンホだと言ったんだな。
わかった。家宅捜索に切り替える」

警察がまたマンションに入って行く

チャンミンは急いだ

ユノに何かあったのだ



*********


弁護士夫人は警察のロビーでじっとしていた。
いろいろと調べられたけれど、この後、また何かあるという。

火は結局書斎の本棚を焼いただけに留まった。

急いで亭主に連絡をとったけれど

亭主の電話に出たのは、若い女性だった。

「あ、ごめんなさい。私のスマホが鳴ったのかと」
とその女性は言った。

うちの亭主と同じスマホを持ち、並べて置いてあったのか

女性の後ろではシャワーの音がする。

亭主はゴルフの練習に行ったと聞いていたが
違ったようだ。

ロビーに亭主が来た。

「まったく。なんでお前、火をつけたのはチョン・ユンホだってすぐ警察に言わなかったんだ。インターフォンの解析に時間食っちまった」

「…気が動転しちゃってね」

「あいつ、許せない。書類が全滅だ」

この人は、妻が縛り上げられたことは
なんとも思わなかったんだろうか。

ひとこと、怖い思いをしたであろう妻に大丈夫だったかと、声をかける愛情はないのだろうか。

夫人はその後の警察の問いに答えた

「強盗ではありません。何も盗んでいません。
殺人未遂?違います。
ユンホさんは、火をつける前、家の中に他に誰かいないか聞いてきました。ペットもいないかと…」

「ペット?」

「どんな小さな命も殺めたくなかったんだと思います。
私がすぐ書類を出してあげてたら、あんなことせずに済んだのに」

帰り道、弁護士は車の中でずっと文句を言っていた

「強盗殺人未遂に放火なら、極刑もありだったのに」

「あの本棚を燃やしてくれて、感謝している方は
他にもたくさんいるのかもしれませんね」

「なんだと?」

夫人は窓の外を眺めながら、
悲痛な表情で燃える本棚を見つめていたユノを思っていた。


**********


チャンミンはタクシーを拾って漢江の橋まで来た

真っ暗な夜中の橋

誰もいない

「ユノ?」

人の気配のない橋、誰の返事もない

風だけが小さくヒューと音を立てて過ぎて行く
天気の様子が変わるのだろうか

不安になってきたところに
橋の向こうからユノが現れた


こちらへ向かって歩いてくる

チャンミンと同じようにキャップに黒いパーカーを羽織っている

長身で姿勢が良く、大股で真っ直ぐに歩いてくるユノ

チャンミンの胸に愛しさが湧き上がってくる

「ユノ…」

チャンミンに大きく手を振るユノをみて
涙が溢れてきた

「ユノ!」

チャンミンは橋の上を懸命に走った

会いたかった

大きく手を広げてくれたユノの胸にチャンミンは飛び込んだ

「ユノ!ユノ!」

「チャンミン!」

2人は泣きながら強く抱き合った

お互いを搔き抱いた

「ごめんな…チャンミン」

「うっ…僕も…ごめん」

ユノがチャンミンの頬を両手で挟んで
その顔を覗き込む

「よく顔を見せて」

まるで何年も会ってないような気がする2人だった。
2人にとって、今日はとてつもなく長い1日。

日付はとっくに変わっている

「俺のチャンミン…」

ユノは自分も泣きながらチャンミンの涙を両手で拭ってやった

「もう泣かないで。何も心配することない」

「ユノ…警察が…」

「うん、ごめんな、心配させて」

「僕もね…取り返しのつかないことしちゃった」

「わかってる…ギルから連絡があったよ」

「え……」

「よかったね、お前手を怪我してて
ギルはほんのかすり傷だから心配するな…」

「うっ…でも…僕」

「俺がその場にいたら、間違いなくギルを殺してたよ。
一緒にいてやれなくてごめん。怖かっただろ?」

「ユノ…」

「お前を他のヤツになんて触らせるもんか」

ユノはギュッとチャンミンを抱きしめた

「お前に触れるヤツはみんなぶっ殺してやる」

チャンミンは嗚咽を我慢できず
泣きじゃくった

「話は表に出ないから大丈夫」

「ユノ…ユノは大丈夫なの?」

「チャンミン、時間がないからよく聞いて?」

ユノの声が涙でうわずっている

身体を離し、ユノはチャンミンの肩を掴んだ
真っ直ぐに見つめ合う2人

「俺は一緒にいてやるっていう約束を
どうやら守ることができなそうだ」

「ユノ!そんな…」

ユノは懐から二つ折りにした封筒を出した

「これはジンコーポレーションの1年契約の書類だ。
後はチャンミンがサインすればいいだけになってる」

「1年?」

「去年、5年契約をさせられてたんだよ。
だから書き直させたし、原本ももう灰になった」

灰…

警察の言っていた「放火」という言葉がチャンミンの脳裏に浮かんだ

「それって…」

「もうお前は自由だ。どのエージェントにも行ける
トレスタよりいいところだってあるさ」

「ユノ!ユノは!?」

「ごめんな、俺はお前の側にいるわけにはいかないんだ」

「そんなの嫌だ!絶対いやだ!」

チャンミンは泣きじゃくった

「もうひとつ聞いて」

「なに」

「この後、きっと明日には俺が何をしてしまったか
チャンミンにもわかる」

「ユノが何したって、僕は全然構わないからっ!」

チャンミンの顔が涙と共に大きく歪む

「だけどね、チャンミン。
自分のせいだ、なんて絶対思うなよ。
俺がこうするのが一番だと思ってしたことなんだから」

「一緒にいることが一番大事でしょう!」

「そうしたかったんだけど…チャンミン」

ユノの瞳から、一筋涙が流れた

「警察に行くの?だったら僕も行く」

「警察に捕まるわけにいかない。
契約書のことがバレる。
いいか、これは偽造したものだから、それを忘れないで。誰にも言っちゃダメだ」

「どうするの?ユノ!」

「チャンミン」

「なに?!」

「一番高いところから下を見るんだ。
お前は捨てられるような人間じゃないんだから
それを実感しろ、な?」

「ねぇ、ユノ、僕はもう
そんなことどうだっていいんだよ」

チャンミンは顔を歪ませて泣いた

「泣かないで…
最後にお前の可愛い笑顔が見たいよ」

「最後ってなに…なんなんだよ…」

ユノは泣きじゃくりながら
何度もチャンミンにキスをした

「愛してる…チャンミン
俺の可愛いチャンミン…」

「ユノ…お願いだから…一緒に
僕、なんにもいらない…ほんとになんにもいらない」


一瞬、チャンミンは目が眩むような閃光に
まぶたをギュッと閉じた

橋の向こう側からパトカーが数台やってくる

その場を動かないようにと
拡声器が無機質な声で2人に指示をだす

ユノはパトカーを背にしてチャンミンに微笑んだ
いつもの優しくて温かい笑顔

チャンミンの大好きな笑顔だった。

「ユノ…」

「チャンミン、愛してる
お前ほど愛したやつは他にいないよ」

「ユノ!」

「忘れないで」

ユノは数歩後ずさりをすると
橋の欄干に乗り上げた

「ユノっ!!!!!」


ユノが橋から飛び込んだのは一瞬だった

チャンミンは続いて飛び込もうと橋の欄干に手をかけた

そこへ警察官が何人もきて、チャンミンを取り押さえた


「ユノ!!!!」


白み始めた空は、濃いブルーからパープルへと
絶妙なグラデーションを描いていた

チャンミンの叫び声が
繊細な空を切り裂くように響き渡っていた


ずっと一緒にいようという約束は

守られることなく暗い河の底へ沈んでしまった





にほんブログ村 BL・GL・TLブログへ
にほんブログ村
検索フォーム
ブロとも申請フォーム