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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

約束 37



ジンはユノを睨みつけながら、契約書を書いた。

「これで…チャンミンのサインがあれば
一応は契約書としてはいいかもしれない。
でも、あの5年の契約書が有効で、これは偽造なんだぞ?
俺は脅されて書かされたと言うからな」

「言えばいいさ」

ユノは凄みを見せたまま、低い声で答えた。

「ユノ…」

ジンの首にはペーパーナイフがつきつけられたままだ。

「なんだ」

「こんなことしたら、お前はチャンミンと一緒にいられなくなるんだぞ」

「……チャンミンは…
もっと高いところに行けるんだ…
すべてを見下ろせる場所まで行かないと
チャンミンは過去を終わらせることができない…」


「ユノ…チャンミンは本当にそんなこと望んでんのか」

「………」

「あの子はユノと一緒にいられることしか望んでいないんじゃないのか」

「だから…5年契約か?ふざけんな…
俺たちがチャンミンの足を引っ張ってるんだよ」


「ユノ…お前、なにか間違ってる」

「ジン、お前が言うなよ」

ジンはため息をついた

「原本は…あの弁護士の自宅にある。
前に…挨拶に行ったことあるだろ」

「……」

ジンはユノを憐れむように見つめた

「好きなようにしろ。
好きなようにして、お前自身の過去も終わらせろ」


しばらくの沈黙の後、

ユノは契約書を封筒に入れてそのまま事務所を出た。

ジンはどこかに電話をかけようとしたけれど、
ため息をついて、そのまま受話器を置いた。


ユノは車を走らせた

高速道路のゆるいカーブは陽の光が射して眩しい

明るいこの世界で、ユノだけが暗い狂気の中にいた

鋭角に整った顔立ちにかつての幼さは微塵もない
苦しみに耐えてきた男だけが持つ硬質な妖しさ

いつもの優しく寛大なユノはそこにはいなかった。

ハンドルを切るその手は、細く節くれ立ち
切れ上がった瞳は暗く前を見据える

世間的には罪を犯してるのだろう
でも、それがチャンミンを救うことなら
自分にとっては罪でもなんでもない


少し前のことがもう大昔のことのように懐かしい

ユノの為に、バイト先からおかずを持ってくるチャンミン。

清掃の仕事着で、明るく手を振っていたチャンミン。

暗い夜の駅前で、ギターケースを広げて
歌を歌っていたチャンミン

半分無理に自分の元へ来させてしまった。


一緒にいたかったんだ
なんでもしてやりたかった


チャンミンはその純粋で真っ直ぐな愛で枯れ果てた心を潤してくれた。

俺の…俺だけのチャンミン…

もううなされる夜なんて、お前には来ないから

誰よりも高いところから、すべてを見下ろしたらいい。

そのためなら、俺はなんだってするよ


************



チャンミンは昔のように、コンビニでおかずをもらって
家に帰って少し食べた。

半分ユノに残そうと思った。

まるで昔みたいだと、ユノは笑ってくれるだろうか。



チャンミンはふと思いついて、屋上へ上がってみた。

ギターを弾くことはできなかったけれど
屋上で大の字になって仰向けに寝転んでみた。

気持ちがいい

チャンミンの柔らかい髪を
風が優しく撫でていく


目の前には真っ青な空が広がる
他には何も見えなかった


もしかしたら、ここが一番高いところなのかもしれない

チャンミンはそう思った。


ユノとの穏やかで幸せな生活

笑い合い、愛し合い、抱き合い

それ以上高いところなんて
あるのだろうか

ユノと一緒にいることが一番の幸せなんだ。
すべてを見下ろそうなんて、そんな考えさえ忘れるくらい幸せだ。

しばらくじっとしていたけれど

チャンミンは何か胸騒ぎがした

空はこんなにも青いのに、どこからか大きな黒い雨雲が
やって来そうなそんな気がしてならない

チャンミンは起き上がった

「ユノ?」

誰もいない屋上でチャンミンは思わずユノの名を呼んだ

どこからも返事はなく
さっきより少し強い風が、チャンミンの頬を掠めた

「ユノーーー!」

突然不安にかられて、ユノの名前を空に向かって叫んだ

あるのは青い空だけ


部屋に戻ると、スマホが着信を知らせていた
見ると、ギルからだった。

驚いたけれど
移籍のことで連絡先を教えていたことを思い出した

「はい?もしもし」

「あ、チャンミン?
移籍の話、ちょっと本格的に進めようかと思うけど」

「お願いします。どうしたらいいですか?」

「とりあえず、チャンミン1人で社長と会って。」

「ユノは?」

「その話は契約に盛り込んであるから大丈夫。
ある程度下書きも出来てるんだよ。
ただ、意思確認じゃないけど、一応チャンミンと面接はしないと」

「ユノと同席する約束です」

「まだ契約段階じゃなくて、その前の意思確認だよ。
契約の時はもちろんユノもいてもらわないと困る。」

「わかりました。で、どこへ行けばいいですか?」

指定されたのは、あのホテルのレストランだった。

ユノに誕生日を祝ってもらい
そして、年末の賞をもらった時、再び訪れたあのホテル

チャンミンは支度をして、そのホテルへ向かった。


**********


ユノは弁護士の家に着いた。

早足で門をくぐり抜け、インターフォンを鳴らす

「はい」

穏やかな女性の声がした。

「ジン・コーポレーションのチョン・ユンホです」

「あ、主人は今いないんですよ」

「ええ、頼まれた書類を預かりに来たんですが」

「えっと、何か頼まれたのかしら」

「聞いてませんか?」

「ええ、あ、ちょっとお入りになって」

ユノは家に入った

悪事を働いて大金を稼いでいるせいか、
豪勢な家だった。

出迎えた女性は穏やかな品のいい母親のような人。
何度か会ったことがある。

あの弁護士が何人も若い女性と遊んでいることを
この夫人は知らない。

そんな事をチラッと思ったユノ

「ごめんなさいね、私何か聞いたかもしれないけど
忘れてしまったみたいで」

「いいんです。そうしたら探しますから。
ウチの事務所のシム・チャンミンの書類なんですけれど」

「えーっとそういう書類だったら、あ、こちら書斎へどうぞ」

なんの疑問ももたれず、簡単に書斎に入れた。

書斎には金庫もなく、ただ大きな本棚にファイリングされた書類が収まっている。

なんて甘いセキュリティなんだ、とユノは思った。

「たぶん、すぐ探せるようにはなってないかもしれないんですけど…」

見てみると、年月順に収められているだけ。
この膨大なファイルから一枚の契約書を探すのはとても困難だ。

「ウチの事務所の書類がまとまってるファイルはわかりませんか。」

「ごめんなさいね、ちょっとわからないの。
たぶんね、あと30分くらいで主人が戻ってくるから」

あと30分で戻ってきてしまう

「奥さん」

「はい?」

「今、この家には奥さんだけですか?
他の方やペットは?」

「いえ、いないわ、どうして?」

「すみません、奥さん、ちょっとだけ我慢してください」

言うなりユノは夫人の口を手で塞いだ

いきなりの事に驚いてもがき出す夫人。
その耳元でユノは囁いた

「怖がらせてすみません。あなたに痛いことはしたくない。でも騒ぐなら傷つけないといけない。」

夫人はおとなしくなった。
ぎゅっとつぶった目尻から涙が流れている

ふと、自分の母を思い、一瞬ユノの心が痛んだ。

ユノは片手で手早くネクタイを取ると
掴んでいる夫人の手を縛り上げた。

「こっちへ来てください」

ユノは夫人を部屋の入り口に押しやった


こんな事態に、なぜか夫人は初めてユノがこの家に来た時を思い出していた

少し胡散臭いところのある社長のジンと違って
真面目で誠実そうなユノ。

でもその佇まいには暗い影があった。

それでも一本気で礼儀正しく
とても好感が持てた。

だから、今日もなんの躊躇もなく部屋に入れた。

あんな真面目な人がどうしてしまったのだろう

ユノは夫人の両足をタオルで縛っている

「ユンホさん…」

「なんですか?」

「これね、あなたね、強盗なのよ」

「わかっています」

「こんな取り返しのつかないこと」

「傷つけたくないんです。
黙ってもらえますか」

そばにあったカーディガンを夫人の口に噛ませた。

そして、ユノは部屋を出て行ってしまう。

夫人は最初は恐怖だったけれど
どこかユノが哀れに思えて来た

なにがあったのだろう

こんなことをして、後からユノがひどく後悔するのではないか。

今はそんな思いが恐怖より勝っていた。

やがてユノが帰ってきた

手に料理用の油を持って。


ユノは夫人の足枷を外して歩けるようにした。

「こっちへ、庭に出てください」

こんなことしちゃいけない

夫人は声にならない叫び声をあげた。

ユノは夫人を外に出すと、
本棚に油をぶちまけた

そして、持っていたライターに火をつけて
本棚に向かって投げた

一気に本棚は火で包まれた。

燃え盛る本棚を見て、ユノは思った

自分は何をしているのだろう

でも、これでチャンミンは自由だ

ジンコーポレーションを出て、トレスタに問題なく行かれる

けれど、自分はどんどんチャンミンから離れて行くような気がする

ずっと一緒にいるという約束を
守れるのだろうか


ユノは部屋から出て、庭に出た

まだ外からは本棚が燃えているのはわからない。

呆然とする夫人の身体を自由にして
ユノはスマホから消防車を呼んだ

「奥さん、ほんとにすみません
すぐに消防車が来ますから」

「ユノさん!なんであなたみたいな人がこんなこと!」
夫人は叫んでいる

その言葉を背中に聞きながら、
ユノは車に乗って、素早く立ち去った


ユノは車を走らせながら、泣いた

自分のしていることが、よくわからない
それでもチャンミンの笑顔だけがユノの心にあった。



*********




チャンミンは、ホテルのエントランスを入り
レストランに向かおうとした時

ロビーのソファに座っていたギルが立ち上がって
チャンミンに手をあげた。

高級ホテルだけあって、
有名人であるギルとチャンミンをみて騒ぐ者はいないけれど、みんながチラチラと2人を見た。

「チャンミン、ようこそ。
レストランだと目立ち過ぎるから
部屋に食事を持って来させることにしたよ」

「そうですか」

「こっちへ」

2人はエレベーターに乗って最上階へ向かう

「最上階なんて初めて?」

「年末にユノと来ました」

「へぇ」

軽く驚くジェスチャーをして
ギルが口笛を吹いた。

エレベーターは止まり

2人は足が沈みそうな絨毯の廊下を歩く

一番奥の部屋をギルがカードキーで開ける。


このホテルの一番いいスィートルーム

年末にユノと来た時はさすがにこの部屋は泊まれなかった。

ここが頂点か

そう思う気持ちと、今日の真っ青な空を頂点だと思った気持ちが交錯する。

部屋には、すでにテーブルセッティングがされていて
後は料理を待つだけ

チャンミンはふと気になった。

「どうして2人分しかないんですか?
ギルさんは一緒に食事をしないんですか?」

ギルは可笑しそうにクスクスと笑った






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