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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

ナイルの庭 完




チャンミンは故郷の大地で清廉に生きた


キュヒョンと計画していたログハウスの
リゾート化は大成功を収めた

都会から遮断された世界で
一度自分の原点を見つめ直す

そんなコンセプトの元、静けさと雰囲気を守るため、
泊まれる人数は一晩にほんの数人だけ

予約は2年先まで埋まっているような人気が話題になり
さらに人気を呼んだ

チャンミンとキュヒョンが提供するのは、
ログハウスと清潔な寝具、そして地元で取れた材料で作る素朴で美味しい食事

大自然が地平線と満天の星空を提供してくれる

ログハウスはいつも満室だけれど
一番奥の大きなログハウスは管理棟として
チャンミンが生活と仕事の場としている。
どんな客の強い要望があっても、そのログハウスを貸すことはなかった


そこはチャンミンにとって
ユノとの想い出の場所だった

デスクには、遊園地で撮った2人の写真が飾られている

一日の仕事が終わって帰ると
ふと、部屋にナイルの庭が香ることがあった

チャンミンはそれをとても嬉しく思い
安らかな気持ちでベッドに入る

仰向けになると、天窓から満天の星空が見える

ユノが感嘆したこの星空

このベッドで2人寄り添いながら
流れ星を数えた


チャンミンは何も望まない生活をした
大自然から享受するもので生活をし
毎日を大切に生きた

何もないと言えばそれまでだけれど
チャンミンにとってはユノとの想い出があるこの地で
毎日を過ごすことが極上の幸せだった


チャンミンがユノを連れてここへ帰ってきて
2年ほどたったあと

都会ではパリのメゾン、クロードのデザイナーが内部告発で窮地に立たされていた
専属契約を結んだモデルに、さまざまな告発をされ
人気が一気に落ちていく様が話題になっていた

モデルの名はシルビー


けれどチャンミンにはそんな情報さえ入ってこなかった


キュヒョンはやがて再び都会へ出て
リゾートの仕事を担ってくれた

チャンミンの姉は、相談に乗ってくれた弁護士と結婚をし、チャンミンと共にログハウスを手伝いながら、
3人の子をもうけ幸せに暮らした


ひまわりはそれから何十回も花を咲かせ
季節は巡った


時は流れても、この大自然は変わらなかった

チャンミンが時代の波からこの土地を、地平線を、
そして星空を守った


チャンミンは家族を持つことなく
時を過ごし、この土地で晩年を迎えた

ユノとの想い出だけを頼りにぼーっと生きていたわけではない。
この自然を守るためにいろいろな運動を起こし、
様々な事と闘い必死に生きてきた


けれどそれはすべて、ユノの魂がこの土地で安らかに眠れるようにとの思いからだった。

チャンミンにとって、それがすべてだった

やがて、両親に続き姉夫婦も亡くなり
チャンミンの甥っ子たちがこのログハウスの経営を引き継いでくれた

チャンミンはその甥っ子の子供たちの面倒を見ながら、ログハウスで晩年を過ごした

夏になればキュヒョンの孫たちも遊びに来た


「おじいちゃーーん」

今日も、子供たちがチャンミンの元に集まる

「ねぇねぇ、ひまわりがボクより大きくなってきたからさ、もう川に行っていいでしょう?」

「1人じゃダメだ。お兄ちゃんと一緒に行くんだよ」

「そんなこと言うけど
川はあぶなくないよ」

「どうして?」

「この間ね、お兄ちゃん1人で川に行ったんだよ」

「ダメだね、そんなこと」

「魚をとろうとして、川に落ちたんだって」

「えっ?」

「そうしたら、カッコいい男の人が助けてくれたんだって」

「…………」

「いい匂いのする人
その人がいるから大丈夫」

「……いや、それでも1人じゃダメだ」

「つまんないのーー」

「おじいちゃんが、後で一緒にいってあげるから」


今でも

ユノが…自分を見守ってくれているのがわかって胸が熱くなる

つらい時に必ず香るナイルの庭


今でも、ユノの笑顔はチャンミンの心にある


チャンミンは食事をとりに、子供たちと家に戻った

甥っ子の妻が食事を作ってくれる


「おかあさん、あとでおじいちゃんが川に連れて行ってくれるって」


「あんたたち、おじいちゃんに無理させちゃダメよ」

「してないよー」

「おじいちゃんが、お前たちと遊びたいんだから、いいんだよ」

「ほらーおじいちゃんがボクたちと遊びたいんだって」


目の前に食事が運ばれてくる

チャンミンのテーブルには薬袋も添えられる

「おじいちゃん、薬増えたのね
はい、これお水。こっちは食事の前に飲むやつよ」

「ありがとう
もう歳だからね、いろいろガタがくるさ」

「あんたたち、おじいちゃん足腰悪いんだから、たくさん歩かせたらダメよ」

「はーい」


チャンミンは食事を終えて
子供たちと小さな渓流に行った



穏やかな日々

静かな晩年


渓流の流れはやっと緩やかになって
子供たちが遊べるようになった

チャンミンは動きにくい身体を折り曲げて
岩の上に腰掛けて、子供たちの様子を見ていた


ユノとここで過ごした夏、そして春

子供たちを助けてくれた人は
カッコいい人だと言っていた

きっとユノは、一番美しい時で時間が止まっているのだろう

自分が天に召されたら
きっとユノに会えると思っていたけれど

自分はこんなに年老いてしまって
ユノはがっかりするのではないだろうか

そんな事をチャンミンは心配していた


「おじいちゃーん」

子供の呼ぶ声に振り向いた


その時、目の前が一瞬真っ白になった


「おじいちゃーん」

声が遠くに聴こえる


子供たちが、離れていくのかと心配になり
チャンミンは重い腰をあげて立ち上がろうとした

けれど、立つ事ができない

胸が苦しい


「おじいちゃん!大丈夫?!」

「お前たち、お母さんを呼んで来てくれないか」

「おじいちゃん!」

「いいか?おじいちゃんね、今日はお前たちとここに来たくて仕方なかったんだ」

「おじいちゃん…」

「来れてよかったよ」

「ねぇ、大丈夫?」

「みんなでお母さん呼んできて
おじいちゃん、ここでちょっと休んでるから」

ドタバタと子供たちが慌てて林へ走っていく

チャンミンは苦しい息を整えた


側の大きな岩に寄りかかりたいと思ったけれど年老いた身体はそれも難しい

その岩に手を伸ばした

震える手、苦しい息


ふと


その手をそっと誰かに掴まれた


その拍子にふわっと身体が軽くなり
チャンミンはスッと立つ事ができた

なぜか腰は真っ直ぐに伸ばすことができて

身体が軽い

チャンミンは自分の手のその先を見て
思わず涙が溢れた

突然溢れ出したその涙でよく見えないけれど

そこには


恋しくて愛しくて
会いたくてたまらなかったユノがいた


ユノはあの頃のままで
優しく微笑んでいる

あの頃のままの優しい瞳


「ユノ…」


ユノが掴むチャンミンの手は
シミだらけで皺のあるいつものチャンミンの手ではなかった


あの頃、2人で手を繋いだ時の艶やかなチャンミンの手だった

身体は真っ直ぐに立ち、あんなに辛かった足腰は軽い

息も思い切りできる
苦しさは嘘のように消えていた

まるで、あの頃のように


「ユノ…」

その愛しい名前を呼ぶ自分の声は
いつものしわがれ声ではなく

あの頃のように、甘い声だ
自分のその声が懐かしく思える


自分はあの頃の姿に戻っているといいのだけれど

チャンミンはそんな風に思った


「チャンミン」

優しく名前を呼ばれて

チャンミンは微笑んだ


「会いたかった…」
チャンミンは思わず泣いて、ユノに抱きついた

ユノは優しく抱きしめてくれた

ふんわりと香る、ナイルの庭


「よく1人で頑張ったね」


ユノはそう言って
頭を撫でてくれた

「うん…」



もう離れることのない2つの魂は
大自然を見守る精霊となった








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こんばんは、百海です
「ナイルの庭」ここまで読んでいただきまして
ありがとうございました

ハッピーエンドではないと最初に伝えてしまったために、読むのが怖くなってしまったか方もいて、ほんとうに申し訳無く思っています

コメントもネタバレになりそうで
お返事をしてなくてごめんなさい。

コメント欄を開けておきますので
感想など聞かせていただけるとうれしいです(誹謗中傷はご遠慮ねがいます.°(ಗдಗ。)°.凹むので)

また、次のお話も遊びに来ていただけるとうれしいです

うっとおしい日が続きますが
快適にお過ごしくださいね

ナイルの庭 33





「お忙しいところ、すみません
シム・チャンミンです」

「おぅ、どうした?」

「今、電話して大丈夫ですか?」

「構わないよ」

「ジフンさん、僕、帰ることにしました」

「……そうか」

「はい」

「そうか、それがいい
ずっとこんなとこにいたって、なんにもならないし」

「……それで、あの」

「うん」


「ユノを…一緒に連れて帰りたいんです」


「………」

「………」


「是非、そうしてくれ」

「…はい」

「これで、ユノはずっとお前を見守っていられるな」

「……はい…そうしてほしいです」

「わかった。ユノの親戚に掛けあってやる
正直めんどくさそうだったから
話は早いと思うよ」

「よろしくお願いします」


2、3日して、いろいろな書類とともに
チャンミンはユノの遺骨をジフンから受け取った

ジフンは白い骨壷を撫でた

「よかったなぁ、ユノ
お前の可愛いチャンミンが連れて帰ってくれるってさ」


そんなジフンの言葉に胸が熱くなった

もう、泣かないと決めていても
無理な時も多い

その遺骨を受け取る時
チャンミンは複雑な気持ちになって
思わず泣いてしまった


あんなに大きくて逞しいユノが
こんなに小さくなってしまったということ

けれどユノがやっと自分のところへ
帰ってきたという想い

チャンミンはしっかりとその骨壷を
胸に抱いた


「いろいろありがとうございました」

「ああ、お前も元気でな」

「はい」

「俺も…今度行ってみようかな
ユノが絶賛してたログハウス」

「はい、是非来て下さい」

「その時はもてなしてくれ」

「はい」



キュヒョンが、駅まで見送りに来た


「俺たち、ログハウスを成功させような」

「うん、ユノのアドバイス通り
細かく企画して、連絡する」

「うん、待ってる」


白い大きな布に包まれた
ユノの遺骨をしっかりと抱きしめて
チャンミンは改札に入る

「じゃあね、キュヒョン
いろいろ、ありがとう」

「あのさ」

「うん?」

「俺も…来年、やっぱり帰る」

「キュヒョン…」

「ここには、なんにもなかった」

キュヒョンはそう言って、力なく笑った

「だからって、あんな田舎
もっとなんにもないんだぞ」

「わかってるけどさ」

「変なのキュヒョン」

チャンミンも笑った

「帰ってこいよ、一緒にちょっとしたリゾート作ろう」

「そうだな」

「元気でね、キュヒョン」

「チャンミンも」



チャンミンはプラットホームへ入った


ユノと最後に会ったのは
このホームだ

愛してると、そう言って手を振ってくれたユノが、
僕が見た最後のユノだ


あの時僕は、なぜか咄嗟に電車を降りてしまった

どうしてだか、ユノと一緒にいなければと
そんな気持ちになったのだ

けれど、ユノは僕を電車へ押し戻した


そのことを後悔したりもしたけれど

きっと、これはユノと僕との運命なんだ

今はそう思う


ふと、ユノの言ったことばを思い出す


"これから何があっても
チャンミンは自分を責めちゃだめだ"


それを言ってくれたとき
あなたはもうこの世にはいなかったね


"チャンミンは俺の宝物だ "

" 愛してる"


あの日のように
電車の発車時刻を知らせるアナウンスが聞こえる

でもね、ユノ
僕とユノは運命で引き離されたかもしれないけれど

愛し合ったことは宿命だよ

僕はそう思ってる


チャンミンは電車に乗った

そして、けたたましいベルの音と共に
ユノとチャンミンはこの街を離れた

車窓に、背の高いビルが横に流れていく

ユノの夢を育み、
そして、無残にもユノを突き落とした街

ユノがこの街で生きようとして
この街で夢を叶えようとしたんだから

僕はもうこの街を恨んだりしない

帰ろう、ユノ
僕と一緒に…


やがて、車窓の景色は緑豊かな田園風景へと
流れていく



ある晴れた日


チャンミンは夕暮れを待って、ひまわり畑へ出かけた

一年前のあの日
ここでユノを追いかけた時と、同じ背丈のひまわりだ

チャンミンは風に吹かれ

少し小高い丘の上で、はるかかなたかへ続く地平線を眺めていた

黄金のひまわりが敷き詰められたように続き

その先にはうっすらと天辺に雪を乗せた
山々が見える

夕暮れて、やがて空には少しずつ星が見え始める

オレンジから藍色へと見事なグラデーションを織りなすこの大地と、それを見守るような星たち

チャンミンは、持っていた白い器を開けて
その中の透き通るようなユノの遺灰を

黄金のひまわりと、その輝き始めた星に向かって解き放した

それはキラキラと輝いて、風に乗り
踊るように大地を舞った

まるでユノがこの大地に降り立つようだ

ふと、ナイルの庭が香る

まさかとは思ったけれど、それは確かに香った

ユノが纏っていたナイルの庭が
辺り一面に香った


キラキラと輝くユノが
この大地にしっかりと根づく


チャンミンの頬に涙が一筋落ちる

それでも笑顔で、チャンミンはユノを
次々に大地に解き放った


全部の遺灰を巻き終わると


チャンミンは遠くの山に向かって

大きな声で叫んだ



「ユノーーーーーー」

「だいすきだよーーーーー」

「ずっと一緒にーーいようねぇーーーー」


最後はやはり涙声になってしまった


大地にそれは木霊することなく
チャンミンの叫びはひまわりと大地が吸い取った


おかえり、ユノ

もう、なにもがんばらなくていいからね

僕と一緒に、この大地で…

ずっと






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こんばんは、百海です
明日が最終回になります

ナイルの庭 32




クロードに向かうチャンミンの手を
ふと押さえる者がいた

チャンミンが振り返ると

輝くようなブロンドの綺麗な外国人の男性


あ…

この人は


チャンミンは大きく目を見開いた

シルビーだ

ユノと付き合っていたという男


「気持ちはわかるけど、ちょっといいかな」

落ち着いた微笑み

ユノについて知ったようなことを言っていたけれど
今思えばその全てがこの男の言う通りだった

実は人一倍傷つきやすく、繊細なユノ

それをこの男はよくわかっていた


チャンミンは少し抵抗した

「邪魔するなよ、なんで止めるの」

チャンミンの腕をシルビーは思ったより強い力で掴んだ

「僕もスプレーのひとつも持って
あなたと一緒にあの店へ乗り込んで行けたら
どんなに気持ちいいかなって思うよ」

「え?」

「あの時代遅れなモノトーンが
派手な色になったらさ、
あのエロ爺はどんな顔するかな」

「………」

シルビーが後ろを気にした

「こっち来て、警備員があなたのスプレーに気づいたから」

チャンミンは促されるままに
上りのエレベーターに乗った


すぐに屋上だった

夜のためのビヤガーデンが準備に入っているため
少しざわついている

その横を通り抜けると
涼を取るための人工の小さな池とそのまわりにはたくさんの緑が植えてあった

ちょっとしたオアシスのような作りだ

池を見下ろすベンチにシルビーが座り
チャンミンに座るよう促した

チャンミンは、ムッとしていた

シルビーはため息をつくと
池をじっと見つめた


「なんで邪魔したんだ」

チャンミンが不機嫌そうな声で言う

シルビーは呆れたようにその蒼い瞳を
大きく見開いて、やれやれというジェスチャーをした

「もし、あなたが無事にあの店を派手にディスプレイできたとして」

「………」

「通報されて警備員に捕まる、
ただの頭のおかしい男で警察につきだされる」

「………」

「損害賠償だなんて話になったら、どうするの」

「………」

「なんの復讐にもならないし
あなたのご両親は心配するし」

「………」


「なにより、ユノがまったく喜ばない」


チャンミンは唇を噛み締めて俯いた


「………」


「わかってると思うけど」

「………」


しばらく2人は黙っていた


シルビーが遠い目をする

「あの日ね、レストランで挨拶したとき
僕、これは勝てないなって」

チャンミンがシルビーを見た

薄っすらと笑いながら
シルビーは懐かしそうに遠くを見ている

「なんだか真っ直ぐで
自分が綺麗で可愛いのをまったくわかってないみたいで」

「………」

「これは、ユノを取られても仕方ないなって」

「………」

「取られるって言っても、元々僕はユノと付き合ってたわけじゃないしね」

ハハッとシルビーは笑った

「あなたがユノのまわりをいろいろと嗅ぎまわってるってウワサ聞いてさ」

「別に嗅ぎまわってたわけじゃ…」

「いいの、わかってる」

「………」

「知りたかったんでしょう?
なんでユノが死ななきゃならなかったのか」

「………」

「そうだよ、想像通り
元はと言えば、あのクロードのジジイのせい」

「………」


「だけどさ、みんなが支えてやれば
ユノだって救われたかな」


「……僕は」

「………」

「………僕は…救ってあげられなかった」

「何言ってんの…」

「え?」

「ユノはよくあなたに電話してたでしょ
自分のことは黙っててさ」

「………」


「ユノがあなたに求めてたのは
励ましやアドバイスじゃない」


「………」


「ユノを慕う…可愛いくてたまらないチャンミンそのもの」

「………」

「あなたの存在自体が、ユノの癒しだったんだよ」


チャンミンは眉間にシワを寄せて
瞳をぎゅっと閉じた

「ユノね、あなたと付き合いだしてから
僕とは2人きりで会わなくなった
必ず、誰かを入れてグループでしか会ってくれなくなって」

「………」

「チャンミンのヤキモチは最高に可愛いんだけど、悲しい思いはさせたくないって
不安な思いはさせたくないって、言ってた」

「………」


「みんながさ、ユノは自殺だって言ったけど、そんなことない
ユノがあなたを悲しませるようなこと、絶対しない」


ユノを心から愛して理解した者の自信だろうか
シルビーはきっぱりとそう言った


「みんながロケ先で拾ったコだ、なんて言うからさ、
どれだけ田舎者の坊やかと思ったら」

シルビーの視線は遠くをまぶしそうに見つめる

「根っこがユノとまったくおんなじの
綺麗なコ」

「根っこ?」

「生活も環境も好みも違うかもしれないけど、
あなたとユノは根っこに同じもの持ってる、正直で真っ直ぐで…」


「………」


「今から思えば最後のほうさ、ユノ、嬉しそうだった」


「嬉しそうって…」


「チャンミンが、もうがんばらなくていいって言ってくれたって」


「……」


「春になったら、チャンミンと一緒に住むんだって」

「………」


「だから、よかったねって言ってあげた
それなのに…次の日、発見されたの
きっと、あなたとの暮らしを夢見て
幸せに亡くなったと、僕は信じてる」


チャンミンが
受け入れたくてもできなかった事実

ユノが死んでしまった
しかも1人寂しく

もう会いたくても会うことができない

話をしたくてもできない

そんな事実を認めることができなかった


ユノが愛してくれたのは
誰かに復讐を図り、仇をとる自分ではない

ユノを真っ直ぐに愛して
時にわがままを言って甘えては困らせる
そんな自分だ


もう、襲い来る悲しみと涙を
チャンミンは抑えることができなかった

ユノはいないんだ

とめどなく溢れる涙と
息もできないほどの嗚咽



ビヤガーデンはオープンの準備に忙しい

チャンミンの泣き声は
皿の音やビール瓶の音にかき消された


シルビーはチャンミンが泣き止むまで一緒にいてくれた


チャンミンは涙が枯れ果てるかと思うほど泣いた







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ナイルの庭 31



チャンミンは曇って湿り気のある空を見上げた

アッシュブラウンの髪が風に揺れる

ユノが気に入った服を着て
ユノを取り囲む人々に会う毎日

そこには目を背けたくなる話や
怒りに拳を振り上げたくなる話がある

現実を知りたいと思っていたのに

チャンミンはいまだに、それを受け入れられずにいる

ユノはどこかに仕事に出かけていて

遠い国でコレクションに出ているのではないだろうか


ある日、抱えきれないお土産とともに突然帰ってきて

「チャンミン、ただいま」

そんな風に言ってくれるのではないかと


ジフンから受け取った書類の中には
無効となったクロードとの契約書が入っていた

好条件が並べられていて
素人のチャンミンでさえ、これなら個人事務所の一つでも作ったらいいかもしれない
そんな事を考えてしまう内容だった

こんないい条件を出しておきながら

夜の誘いにユノが乗らなかったからといって

そのモデル生命を脅かすほどの制裁を受けるなんて


恋人がいるから、とユノはそう言ったと

そんなユノが愛おしくてたまらない


情の深い優しいユノ
チャンミンが心から愛するユノ

そんなユノの夢を遮断し
行先を塞ぎ
そして、眠れぬ闇へ突き落とした

チャンミンは高いビルを見上げる


そのてっぺんには

クロードの広告看板が出ている

綺麗な東洋人のモデルが妖しげに微笑む
けれど、ユノほどのインパクトはないと
素人のチャンミンにもわかる

ユノの代わりにそのメゾンのモデルになった男か?

安易にその身体を提供して
この広告に出る権利を勝ち取ったのか

そのビルの上で、本当ならユノが見事に服を着こなし
東洋人の美しさを存分に発揮するはずだった

それなのに…

ユノの夢をこのメゾンとやらが壊したのだ

できることなら
自分がユノの代わりにモデルとなり、このメゾンに取り入って問題のデザイナーと刺し違える、
それができたら、どんなに自分は満足だろう

そんなドラマのようなことを
時に真剣に考えてしまうあたり

もしかしたら、自分はかなり心を病んでいるのかもしれない

そんな風にも思う

このまま、どんどん病んでいき
ユノがこの世にいないこともわからなくなればいいのに

誰に向けていいかわからない怒り
癒えることのない悲しみ

そもそも、ユノがいないことを
まったくもって受け入れていない自分


神さま…どうか
もう一度、ユノに会わせてください


春になって、ログハウスに来たユノが
幽霊だろうが、おばけだろうが
どっちでもいい

もう一度会いたい

そして、抱きしめて僕は言うんだ

なにも…気づいてあげられなくて
ごめんね、と。

あの日、畦道でモデルウォークを見せてくれたユノが

唐突に僕に愛してる、と言った

あれが、ユノとの最後だった

姉に名をよばれ、振り返れば
もうあなたはいなかった

別れなければならないから
最後に愛してると言ったくれたの?

チャンミンは唇を噛み締め
歩を進めた


頭の中は真っ白だった


大きなデパートに入り
フロアマップを見た

大きな文具売り場を探して
上階の高級ブランドが並ぶフロアに
あのクロードを見つけた

チャンミンは唇を真一文字に引き結び

エレベーターで文具売り場へ向かった

何本も売っているカラースプレーの中から
派手なネオンオレンジと、蛍光イエローのスプレーを手にしてレジに向かった

その2本をリュックに入れ
その足で上階のブランドが並ぶフロアへ上がった

エレベーターの扉が開くと
他の階とは一線を画す独特の雰囲気があった

良い香りが立ち込めていたけれど
それはナイルの庭ではない

チャンミンはゆっくりとフロアを歩いた
客はあまりいない

平日の日中ということもあるのか
警備員の姿も見当たらない


黒く光る柱を曲がると

広く面積をとった洒落た店舗が
チャンミンの視界に入ってきた

「クロード」と小さな文字で書かれたプレートがシックだ

モノトーンでまとめられたディスプレイ

飾られている服は
おそらくユノが着たらより華やぐのではないかと思われる

けれど

店員たちは一様に冷たく気取っていて
とても入りにくい雰囲気だ

チャンミンは離れたところから、
しばらくその店を眺めていた


ユノが東洋人モデルのステータスを上げるため

ここと契約できたらと

専属契約が決まったときは
嬉しそうに話していた

そんなユノを、この店は
崖から突き落としたんだ


チャンミンはリュックからカラースプレーを取り出すと、ハンカチに包んで音を消しつつ上下に振った

オレンジとイエローのキャップをとりはずし

スプレーを両手に持ち
店舗へ向かって大股で歩いて行った

それはまるで

両手に剣を持ち、大きな敵に向かっていく
孤独な勇者のようだった





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ナイルの庭 30




「もしもし…」

「チャンミン?チャンミンなの?」

「うん…」

「もう、ほんとに…行き先くらい言いなさいよ」

「ごめん」

「まったく…で、またユノさんのところ?」


「………」


僕が何も言わずに飛び出すなんて
それは憧れのユノのところへだと

姉さんはそう思ってる


チャンミンはぐっと歯をくいしばった

あの日に…帰りたい


姉さんは…いや、あのなんにもない大地では、
僕とユノの時間は止まっているのかもしれない


「そう…だよ」

「忙しい人なんだから
あんまり迷惑をかけないようにね」

「うん…」

「長くいるの?」

「もう少しね」

「オレンジジュース送ろうか?
ユノさん、好きでしょう?」


ユノの死を知らない姉と話していると
切ないけれど癒される気がする

まるで、ユノが普通にこの世界に存在しているような気になる


「聞いておくよ」

だから、チャンミンもユノが存在しているように会話したかった

「ユノさんのアドバイス通り、弁護士を変えて正解だったわ」

「うまく…進んでる?」

「ええ、借金は少しは背負わないといけないけれど、
当初言われた金額ほどにはならないそうよ」

「そう、よかった」

「だから、ユノさんにお礼言っておいて」

「……そうだね」

「ログハウスをどうこうするって話も
ユノさんとしてるの?」

「……してるよ
いろいろアドバイスしてもらってる…」

「また、夏になったらこっちに来るといいわよ」

「そう…だね」


閉じた瞳の裏に

あの夏のひまわりが眩しい


真っ青な夏空とどこまでも続く黄金のひまわり

そしてあなたのナイルの庭が香る


ユノ…

思い出すのは夏の太陽みたいな
あなたの笑顔


「泣いてるの?チャンミン」

「……違うよ…もう切るね」

「うん、じゃよろしく伝えて」



たまに、ふと大きな波のように悲しみが押し寄せる


ユノ…あなたがいないなんて

どうしても僕は認められない

時間がたっても、それは無理そうだよ



バイトから帰ってきたキュヒョンが
チャンミンを街に誘った

「業界の時の知り合いから連絡あって
一緒に会いに行かないか?」

「もう、業界の人とは付き合いをしないんじゃなかったの?」

「そうなんだけどさ」

「………」

「いつも断ってたんだけど、
その人、ユノさんの事務所片付けるのにいろいろやってた人だから」

「えっ?」

「チャンミンが来てるのを話したら
ぜひ連れてこいってさ」

「キュヒョン、その人はいわゆる…
ユノの…味方だった人?」

「微妙…」

「………」

「でも、突っ込んだ話は聞けると思う
つらいかもしれないけど」

「………」

「パリの契約も、関わってた人だから」

「………僕に会いたいっていうのは…」

「あ、うん、整理したものを持って行ってほしいんだと思う」

「……会う、ぜひ会いたい」

「うん、行ったほうがいい」


2人は小綺麗なビルにある
その人の事務所に出向いた

対応に出た人は
どこかで見たことのある女性だった

「あ…あの…どこかで」

優しげに、けれどどこかチャンミンを哀れむように微笑んでいる

「覚えてる?あたしチェリンよ
レストランで声かけさせてもらったの」

「あ…」

「チャンミンでしょ?
すごくカッコよくなったのね」

「あ、これは、ちょっと手をかけてもらって」

そう言って、チャンミンは自分の髪を触った

「ユノに愛されてたから、あんたはどんどん綺麗になったのね」

「………」

チャンミンは微笑みながらも
俯いた

「こんな可愛い子を置き去りにして
ほんと、ユノはなんてやつ」

ちょっと鼻をすすると
チェリンは部屋の奥へ2人を通した

奥にはヒゲ面の男性がデスクで仕事をしていた

キュヒョンが頭を下げた

「お久しぶりです」

チャンミンも続けて頭をさげた

「あ、この子がシム・チャンミンです
チャンミン、こちらはパクさん、パク・ジフンさん」

「よろしくお願いします」

ジフンはチラリとチャンミンを見ると
軽く頭を下げた

「ちょっと、これ終わしちゃうから
待ってて」


チェリンがテーブルへチャンミンとキュヒョンを案内した

このパク・ジフンという男はどんな男なのだろうか


チェリンがコーヒーを持ってきた

「マネにユノのこと、チャンミンに知らせるように伝えたんだけど、電話してもいなかったって」

チャンミンがキッと顔をあげた

「そんなこと、おっしゃってませんでした
僕に電話をしたなんて、そんなこと言ってなかった…」


思わず強いチャンミンに
チェリンが悲しい顔になる

「そう…ひどい話ね
あたしが直接連絡してあげればよかった」

「………」

「めんどくさかったんだろ」

ジフンがデスクから立ち上がって
書類を整えながら大きな声でこちらへ言う

「………」

「ひどいこと言わないでよ」

「ほんとのことさ」

ジフンはチャンミンたちの前にどっかりと座った

「チェリン、俺にもコーヒー淹れて」

「淹れてください、でしょ?」

「淹れてください、お願いします」


ふん、とチェリンは小さなキッチンへ向かった


「チャンミン、だっけ?」

「はい」

「残念だったね、付き合ってたんでしょ」

ジフンはサッパリとした気質なのか
でも、歯に絹着せぬ物言いが、チャンミンは少し苦手だと思った

「…そうです」

「ずいぶんユノがご執心だって聞いてたよ」

「………」

「一応さ、知っといたほうがいいよね
ユノのこうなったいきさつ」

「え…」

「覚悟できてないの?話さないほうがいい?」

「あ…」

チェリンがジフンをたしなめる

「ちょっと、少しはオブラートに包んで話しなさいよ、可哀想じゃないの」

「誤魔化すほうがよっぽど可哀想だろ、な?」

「………」

「どういうことか、知りたくて
ここまで来たんだろ?」

「………」


チャンミンは身体が震えてきた

「悲惨だったぞ、ユノ
知りたくないなら帰りな」

「ちょっと!」

ジフンはチェリンのことを無視した


「大丈夫です」


チャンミンが無理に笑顔を作って
チェリンに微笑んだ

ジフンはため息をついて、腕を組み直した


「1人であのマンションで、洗面所で倒れていたってさ。
クスリがばら撒かれていて、ありゃ自殺だって、掃除のおばちゃんが言ってた
ああいうの、何回か見たって」

「ユノは自殺なんかしない」

チャンミンの声が震える

「俺、病院から呼び出されてさ
相当クスリ飲んで死んだって
親戚呼んだってよくわかんないって言うし
どうしていいかわかんないって言うからさ
とりあえず、簡単に形だけ葬式だけやって納骨堂に収めたんだよ」

キュヒョンも泣きそうな顔になり
心配してチャンミンを見た

「モデルだってのに、ザマない顔で」

チャンミンはギュッと目をつぶって
パクの話に耐えている


「俺だって、大変だったんだから
大手の企業辞めて手伝ってさ。到底1人じゃどうにもならないのに、見てられるかって」

「………」

「あっけなく、ダメになっちまって」

「………」

パクは睨みつけるように
チャンミンを見た

「………」

「パリのクロードっていうメゾンがあってさ、そこでユノが見込まれて専属契約を結ぶまでいったんだよ」

「聞いてました…名前までは…ですけど」

「クロードと契約できたら
そりゃ、デカイわけ」

「………」

「何人もが関わった
そりゃそうだよ、みんなフリーでやってたりするんだから、美味しい話には飛びつきたい」

「………」

「ユノはああいう性格だから
みんなを面倒みようとした」

「………」

「取り込む人間を選べばよかったのにさ
それか、自分が姑息なこと出来ないってわかってんだから、みんなを期待させたりしちゃいけなかった」

「じゃあ」

チャンミンがジフンを睨んだ

「なんだよ、その顔」

「じゃあ、ジフンさんだって
企業辞めたりしなきゃよかったじゃないですか、ユノの性格知ってるならわかってたんでしょう?
ユノは仕事の為にデザイナーの恋人なんかにならないって。
それなのになんで?
うまい話だと飛びついたのはジフンさんでしょう?アテが外れたからって、ユノのせいにしないで」

「………は?」

「ユノは…苦しんでた
自分のために、企業を辞めてまで事務所に参加してくれた奴もいるんだって
だから事務所がダメになる時
みんなの後振りをちゃんとしてやらなきゃって」

「………」

「薬を飲まなきゃ、眠れなかったんですよ
あなた達のことが心配で…」

嗚咽が込み上げてくる

いつも必死で押さえ込んでいる何か

気づいてしまったら
認めてしまったら、もう立ち上がれないような何か


「バカなやつ…」

ジフンは吐き捨てるように言った

チェリンは奥のデスクで泣いている


「バカなやつ、だから俺に任せておけばよかったんだよ」

「………」

「なんでも自分でやろうとしてさ
クロードなんかとストレートに契約できるわけがないってのに、あんなゲス親父」

チャンミンの唇がワナワナと震える

「ユノの苦しみが…あなたなんかにわかるわけない」

「………」

「側にいる人を大事にしてたんです
それなのに…みんな離れていった」

「そう言う世界だよ、みんな生活かかってんだから」

「ユノの、せいにして…
みんなでユノに責任押し付けて
ユノをボロボロにしたんだ…」

「だから、ケツまくっちまえばよかったんだよ、俺はしらねぇって」

「そんなこと!ユノにできるわけないじゃないですか!」

チャンミンは立ち上がった
ジフンも立ち上がった

「だったらお前が、あの田舎へユノを連れてってくりゃよかったんだよ!」

「そうしたかった!」

「………」

「僕は…僕はなんにも…気づかなかった
そんなにまでユノが苦しんでることに
僕は…気づけなかった…」

「それはな、ユノがお前の心配する顔なんかみたくなかったからっ!」

「だけど…」


込み上げてくる嗚咽をチャンミンは耐えた


「事務所のことなんか、みんなに任せてよかったんだよ、お前の言うようにユノに乗っかってみんなその甘い汁を吸おうとしたんだから、自己責任なんだよ…」

「………」

「俺は自分の意思で、企業をやめたんだから…ユノが、俺のこと企業が嫌なんだろって…だったらどうにかしてやるなんてさ、カッコいいこと言っちゃって」

「………」

「気にすんなって…言ったのに」

「………」

「お前さ、ユノの骨、持って帰ってやんなよ、俺が親戚とかにうまくやってやるから」

「………」

泣いたら…おしまいだと
チャンミンは思った

何故だかわからない

ここで泣いたら、自分はどこまでも深い闇に落ちていってしまいそうで

チャンミンは必死に崖っぷちで耐えた


「ユノのデスクにあったもの
ダンボール少しだけどさ、持って行ってよ
使ってた香水なんかも入ってる
なんか、気に入ってたみたいだから。
服は悪いけど捨てたよ、あまりに大量で」

「……はい」


ここへ来て…よかったのかもしれない

そうチャンミンは思った

こうやって、誰かに強く叱ってほしかったのかもしれない

ユノはいないんだと


ユノが1人で洗面所で倒れている姿を想像すると吐き気がするほどつらい

けれど

それが真実なのだ


チャンミンはダンボールを抱えると
ジフンとチェリンに頭を下げた

出ていこうとするチャンミンとキュヒョンをジフンはもう一度呼び止めた


「ユノは…自殺なんかしないよ」


チャンミンはキッと唇を引きむすんで
もう一度頭を下げた







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ナイルの庭 29




チャンミンがボトムスのポケットに手を入れて街を颯爽と歩く

アッシュベージュに染められた髪が
彫りの深い顔立ちと相まって
まるで外国人のようだ

すれ違う人が振り返る

これはユノとこの街を歩くときに
チャンミンかいつも感じていた視線だ


本当は、バランスのとれた2人の姿が
人目を引いていたけれど

チャンミンはそれに気づいてはいない


ユノだけに向けられていたと思っていた人々の視線が、今は自分に向けられている


それは、今の自分があの頃のユノのように堂々とハードルの高い店に入れる、ということでいいだろうか


少しの不安はあったけれど
それでもユノに対する思いが勝る


チャンミンは白い木のドアの前に立つ


あの日、クリスマスということで
ユノが選んだ店

ユノが自分のために
考えてくれたのに

この店は、それまではユノを特別扱いして
VIP待遇で利用したくせに

ユノの立ち位置が危うくなると
店に入れることもしなかった

店長に会いたいと言ったユノに
確認もせずに会えないと言った



チャンミンは白い木のドアを睨みつけて

そっとそのドアを押した


中からあの時の店員が出てきた
チャンミンははっきりと覚えている

「いらっしゃいませ」


チャンミンを見ても、ユノの連れだったとはわからないらしい

店員はさっと、チャンミンの頭からつま先までを見た


「予約してないんだけどいい?」

精一杯、ユノの真似をしてみた

「えっとですね、ちょっと待ってください」

「あ、空いてないならいいよ」

「いえ、すぐ席をお作りしますので
どうぞ中へ入ってください」

「すぐに食べたいから、他へ行くよ」

「あ、そんな、すぐなので
本当に、あのどうぞ中へ、よかったら
お飲み物をなにかお出ししますから」


しつこいほどに店に入れようとする

あの日とは大違いだ


出来立てホヤホヤの洗練された今日のチャンミン
一般人ではないと判断されたようだった


やがて、チャンミンは席へ通された

フロアのど真ん中

1人だというのに落ち着かない席だ

まわりのテーブルの客の誰もがチラリとチャンミンを見る

チャンミンはそんな視線をすべて無視した

けれど、自分の一挙手一投足に誰もが注目している、
という自覚もあった


メニューが運ばれてくる

店員が気持ち悪いほど低姿勢に見えるのは
あの夜のユノへの態度を自分が知っているからか


チャンミンはパラリと
凝ったつくりのメニューを見た


「メニューのバランス悪いね」


ハリのある声でチャンミンがそう言うと
まわりの客が聞き耳を立てているのがわかる

あからさまにチャンミンを見てくる客もいる


「あ、あの…前菜からオススメの流れがありますので」


店員が大慌てで説明をする

「ふーん、じゃそれで」

「はい、かしこまりました
まず、飲み物をお持ちしますけれども…」


チャンミンは大袈裟にえっ?という顔をしてみせた


「オススメの流れがあるんでしょ?」

「あ、あの…まずはお飲み物から…それで…」

「飲み物でその後のメニューが決まるの?
普通、食事から先でしょ?」

「あ、説明がおかしかったですね」

なにやら、店員がしどろもどろだ



有名人や洗練された人間が来るということで、最初から普通の客は怖気付いて店のいいなりなのだろう

たぶん、この店員は常に上から目線で
店側からメニューを決めているのかもしれない


少し様子が変なフロアに気づき

店の奥から、ヒゲを生やした背の高い男が出てきた

少し、ポジションが高いことが見て取れる

「お客様、申し訳ございません
私が店長でございます。
代わりにオーダーを伺います」

「飲み物はワイン、チーズと鶏肉を少し」

いつも、ユノがそういった食事をとっていた

店長は、意味深に微笑んだ


「お客様はモデルがご職業ですね」

チャンミンがキッと顔を上げた

「だったら?」

「お食事の内容でわかります
鶏肉はソテーしたものをお持ちします
サラダは温野菜でございますね」

モデルの勝手は知ってるぞと
そんな態度だ


「よろしく」

チャンミンは席について、長い脚を組んだ

運ばれてきたワインを口にした

美味しくない

続いてチーズ

「ワインに合ったチーズをお持ちしました」

そのチーズがワインに合うかどうかなんて
チャンミンにはわからない

続いての食事はどれも可もなく不可もなく、だった


こんな食事でこの金額をとるのかと
チャンミンはそこに驚いた


ユノとあの夜、ここへ来なくてよかった

きっと、ユノが贔屓にしてたころは
本当に料理に力を入れていたのかもしれない

けれど


チャンミンは食事を最後までとらずに
席を立った

「会計お願い」

店長がさっと寄ってきて
耳打ちするように話しかける

「なにか、お気に召さないことが
ございましたか?」

まわりに聞こえたくないのだろう

だからこそ
チャンミンは少し大きな声で言った

「少し前に流行った店だとは聞いてたけど」

その声にまわりの客が、こちらを見た

チャンミンは皮肉な笑顔で答える


「野菜が古いね、鶏肉も冷凍だし
勉強したほうがいいと思うよ
インテリアも、少し前の感じだし」


そばにいた女性客たちが
自分がフォークで突いた肉をまじまじと見ている


店長がチャンミンと顔を付き合わせるように近づく

「お言葉ですが」

チャンミンも店長を正面から睨んだ

「本当の感想を言ったまでだけど?」

「ですが、まわりのお客様に…」

「ユノに…世話になったくせに」

「……ユノ…って」

店長がはじめて慌てた様子をみせた


「この店はユノをないがしろにしたよね
ユノのおかげで洗練された店として
有名になったのに」

「………」


チャンミンはニッコリとさきほどの店員に微笑み、
少し大きな声で笑う


「思ったよりイケてないね
だから人気なくなっちゃったのかな
残念」



人々は、人気がある、という噂だけでそれが良いと思い込み

人気が落ちた、という噂だけで
その店がダメだと思うものだ


そんな上辺だけの判断で盛衰が分かれる店は大したことない

受けた恩を仇で返すようなら尚更だ

チャンミンは笑いながら
颯爽と店を出て行った


街を歩くチャンミン


その笑顔は次第に歪み
やがて子供のような泣き顔に変わって行った





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ナイルの庭 28




ユノが暮らしていた世界には
ユノを取り巻くたくさんの人がいて

僕のそれとは、くらべものにならない人数
だろう

そしてその中には
敵も味方もいて、味方の顔をした裏切り者もいた

ユノはそれを見抜けていたのかはわからない

僕は

ユノにとってどんな存在だったのだろう

僕はただ、ユノに憧れて
僕はただ、真っ直ぐにユノを愛した

勘ぐる、とかわかってても知らないふり
みたいな事はなかなか僕には難しくて

ユノにわがままを言っては困らせ
文句も結構言ったはずだ

それでも、ユノは笑って頭を撫でてくれた

優しくキスをして抱きしめて
頭を撫でてくれたんだ


ユノが生きたこの街を歩きながら
チャンミンは泣いた

この涙はいったいいつになったら
枯れるのだろう

飲んだ飲み物すべてが身体の中で涙に変わるなら

もう僕は何も飲まずにいようか


ユノの苦しみに気づけなかった自分も許せないけれど

薬を飲まなければ眠れないほど
ユノを追い詰めたなにかを

僕は許すことができない



チャンミンはユノが気に入って取り置きしてもらったというその服を受け取ると

「ユノに関わっていた人たちにお礼が言いたいんです。
店長さんの知っているところでどなたか僕が挨拶に行けるような方、ご存知ないですか?」

「お礼って言っても
それを快く受け止めてくれる人のほうが少ないような気もしますけど…」

チャンミンは受け取った服をしばらく見つめて、そして顔をあげた

「ユノのヘアスタイルを手がけていたお店なんて知りませんか?」

「ヘアメイクですか?」

「そうです」

「あ…それなら、この近くですけど」

チャンミンはニッコリと微笑んだ

「この服を着て、ユノを手がけた方に髪をやってもらえたらなって」

「ああ、なるほど
それなら、私が連絡しますよ
きっとそういうことなら、二つ返事でやってくれると思います」

「すみません」

チャンミンはその店から数分のところにある、10階建のビルに向かった

そのビルの1階と2階をその美容室が占めている

雰囲気としては少し敷居の高そうなその店に、チャンミンは入っていった

受付のスタッフがすぐにチャンミンの元へ来た。若い女性のスタッフだった

「シム・チャンミンさま?」

「はい、そうです」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

チャンミンは奥の個室に通された
そこには、長髪を後ろにまとめた感じのいい細身の男性がいた

「はじめまして、ユノさんのヘアスタイリストをさせていただいてましたジェイと申します」

「シム・チャンミンです」

そう言って、ぺこりと頭をさげたが
チャンミンは警戒した

この男はユノの敵か味方か

予約をすぐ受けてくれたということは
ユノを快く思ってくれたのだと思うけれど


ジェイと名乗るその男は
懐かしそうにチャンミンを見つめる

「あなたが…チャンミン」

「……はい、ユノが僕のことを?」

「はい、毎回何かしら聞かされていました」

そう言ってジェイは優しく微笑んだ

「俺のチャンミンは、というのから始まって」

「………」


俺の…チャンミン…

チャンミンの胸が、ギュッと締め付けられる

僕は…ずっとあなたのチャンミンでいたかったのに

どうしてあなたは僕を置いていってしまったのだろう


「私に、チャンミンさんの髪をさせてもらっていいんですか?」

「はい…できたらお願いしたいと思いまして」


「光栄です」

そうやって、ジェイは涙ぐんだ


光栄です、なんてまだ言ってくれる人がいるんだ

チャンミンはこの店を警戒したことを
申し訳なく思った


ジェイはチャンミンの髪を触りながら
微笑んだ

「ユノさんがね、よく言ってたんです
俺のチャンミンがくせ毛で悩んでると」

「………」

「いろいろアドバイス差し上げたんですけど、ユノさんはくせ毛でも全然可愛いんだけどね、と」

「………」

「そんな風に…おっしゃってました」

チャンミンはしばらくじっと一点を見つめていた

「……あの」

「はい?」

「最先端な感じにしてもらえませんか?」

「最先端?」

「なんていうか、こう、洗練された感じに
…えっと、そうですね、この服に合う感じで」

「………?」

「あの…」

「今、流行りの感じで、この服に合うスタイル、ですね?」

「ユノさんをバカにした店が
丁寧に扱うようなスタイルに…」

「………」

ジェイは驚いたような顔をしていた

しばらく沈黙した時間が続いたが
ジェイは悟ったように、シザーを取り出した

「わかりました。どの店もチャンミンさんをモデルかだれかだと見紛うようにスタイリングさせてもらいますね」

「お願いします」

「パーマやカラーリングをしてもいいですか?」

「はい」

「これから、すぐにその店に行かれますか?」

「……はい、そのつもりです」

「わかりました」


全身が映る鏡に
あの大自然の中で生活しているとは思えないチャンミンがいた

リネンの黒いボトムスに、ゆったりしたベージュのコットンシャツ

秋物ではあったけれど
今の季節でも何も問題ない

185を超える身長に小さな頭
アッシュに染められた髪には、自然なウェーブがかかり、表面に動きがでるようにワックスでスタイリングされている

見事に服を着こなして、
雑誌から飛び出してきたようだ

「ありがとうございます
これで、出かけてきます」

ジェイは真剣な顔でチャンミンを見つめた

「ユノさんは、本当にあなたを愛していたけれど、あなたも本当にユノさんを愛していたんですね」

チャンミンはニッコリと
そして自信たっぷりに微笑んだ


「そうです」





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百海です

いつも拍手&コメントありがとうございます
そして、本日またもや、20時にアップされず申し訳ありませんでした

ナイルの庭 27



「君は…あの…ログハウスのロケ先で」

「はい、シム・チャンミンです」

チャンミンはユノの元マネージャーであるこの男をまっすぐに見つめた

男は少し面倒くさそうな顔になって
ため息をついた

モデルになりたいという、結構いい感じの子がいると
そう知り合いに紹介されて、このカフェでチャンミンと対面をした

「ユノの事はご存知かと思います」

「ああ、もう私は担当から外れていたから
後から聞いたんだけどね」

「僕は、なぜユノがひとり孤独に去ってしまったのか、それを知りたいんです」

「正直、自分は事務所に雇われている身だし
ユノが事務所を作ると言われた時には
ちょっとリスクが高くて参加するのをやめたんだよ」

「リスク?」

「君もわかるだろう?
融通がきかないあの性格」

チャンミンがムッとした顔をした

「この業界でのし上がっていくためには
もう少し、頭が柔らかくないと」

チャンミンがいよいよ、男を睨みつける強い表情になった

「そんな怖い顔をしてもね
事実なんだよ、業界の連中に聞いてみるといい」

「………」

「そう思うのは私だけじゃない」

男はコーヒーを一口飲んだ

「君は…」

「……」

「あれからもユノとずっと付き合っていたんだね」

チャンミンが唇を噛み締めた

「恋愛にはドライなユノが
珍しくご執心だった」

男は少し笑みを浮かべて
ポーションの容器を触っている

なにかを懐かしむように

「チャンミン、チャンミンって
うるさくてね」

チャンミンの表情が少しやわらいだ
そしてそれは、すぐに哀しい表情になった

悲しみは、その鉄の仮面の向こうにあって
ちょっとつつくと、すぐに顔を出す

「可愛くて仕方ないみたいでさ、君のことが。」

「………」

「よく知らないけど、あのデザイナーに声をかけられて、誘われたときも
大好きな恋人がいるとか、そんなこと言わなくていいのに」

チャンミンが顔をあげた

「そんなこと、ユノが?」

「だからダメなんだよ
バカ正直でさ」

「………」

「あの時は、これはイケるってことで
みんながユノの事務所に関わりたがったけど、俺はやめといて正解」

「………」

「人間的にはいいやつだったと思うよ
でも、それとこれとは別」

元マネージャーの言うことは
間違ってはいないのかもしれない

ユノのまわりにいた人間は半分は仕事の繋がりだったのだ

「俺は別にユノを騙したり、陥れたりしたわけじゃない。君が私を責めるのは違うよ、気持ちは…わからなくもないけどね」

「………」

「あと、どんなことが聞きたいの?」

「ありがとうございました。
もう結構です
お時間いただいてしまってすみません」

チャンミンはもう打ち切ることにした

これ以上話していたら、この男を殴ってしまいそうだった

けれど、それはこの男が悪いのではなく
自分の怒りの持って行きどころがないからだ

それをわかっていたから
チャンミンは打ち切った

自分の知らないユノの生活を探ろうと思っていたけれど、それはとても無意味なことなのかもしれない


しばらく歩いて
見覚えのある通りにでた

ここは

ユノがチャンミンに服を買ってくれた店がある通りだ

たしか、ここを曲がったあたり…

シンプルなガラス戸の
スッキリと洒落た店がそこに佇んでいた

懐かしい

チャンミンは目を細めた

我慢している涙が出てきてしまいそうだ

2人でバランスのとれたスタイルにしてもらって、レストランへ行ったあの日

ユノがいい服を作る店だと
気に入っていた

この店も、ユノを突き放したのだろうか

あの頃は、ユノが来るということで
店を閉めて、貸切にしたほどだ

この店も、ユノに手のひらを返したような態度をとって、傷つけたのではないか


チャンミンはガラス戸を開いた


小さく「いらっしゃいませ」と言いながら
あの時のスタッフがチャンミンに会釈をした

ふと、そのスタッフがチャンミンをみて、驚いた顔をした

「あ…」

「こんにちは」

チャンミンは笑みを浮かべながら

それでも挑戦的な眼差しでスタッフをみた


「あの時…ユノさんと来られた方?」

「そうです、よく覚えていますね」

チャンミンがそう言うと
そのスタッフは、一瞬言葉に詰まったような表情をした

「ちょっとお待ちください」

そう言って奥へ一度引っ込むと
今度は髭を生やした、もう少し年上の男が一緒に出てきた

「こちら、ユノさんの」

スタッフがそう言うと、その髭の男が驚いたようにチャンミンをみた

「あ…あなたが、ユノさんの…
私はこの店の店長をしています」

「はぁ…」

店長が眉間にシワをよせ、辛そうな表情になる

「今回…ほんとうに…残念なことでした」

「………」

意外だった

この店の店長の態度に
チャンミンは振り上げた握りこぶしの置き所がない

「ユノさん、いつも贔屓にしてくださって」

「あ……」

「私も…ユノさんに気に入ってもらえるのが嬉しくて…それがやり甲斐だったようなところもあるんです」

せり上がる悲しみ
チャンミンはまたそれに耐えなくてはならない

いっそのこと、みんながユノを悪く言うからと、
怒号を浴びせてやれたら、自分もスッキリするのに…

チャンミンはそんな風に思った

それでも店長は優しい表情で
チャンミンの悲しみを理解しようとする

「あなたも…さぞかし辛いことと思います」

「ユノがなぜ…ひとりで去ってしまったのか、それが知りたくて」

「………」

「………」

「調べて…いろいろと怒りも感じられたりしませんでしたか」

「しました」

「……まったく仕事がなくなったら、ウチの服を着てくれたらいいんですと…そんな風に話したことがあります」

「仕事がなくなったら?」

「契約のことで、つらそうだったんで」

「……」

「お気持ちはわかりますが
調べてもイヤな気分になることが多いと思います」

「……そう…なんですよね」

チャンミンは力なく笑った

「そういう世界です」

「………」

「ユノさんは表現力があって
なんでもない服をみごとに着こなして」

「………」

「アドバイスもたくさんいただきました」


しばらく店に沈黙が流れた


このまま、ズブズブと…また悲しみの雨に濡れぼそりそうな気持ちになって

チャンミンはため息をついた

そんな雰囲気をあえて変えるように
店長が微笑んだ

「渡したいものがあるんです。」

「渡したいもの?」

「昨年の秋の新作なんですが、
ユノさんがとても気に入って取り置きしていたものがあって」

「ユノが?」

「よかったら一揃い着てもらえませんか?」

「僕が着ても…いいんでしょうか」

「はい、あなただからです」

「………」

「ユノさんが心から愛した、あなただからです」





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ナイルの庭 26




「ずっと泊まらせてもらって悪いね」

「いいよ、チャンミン料理上手だから
ずっとこのままいてくれていいよ」

はぁーっとチャンミンは大きくため息をついた


キュヒョンはチラリとチャンミンを盗み見る

ここへ来て、ユノの死を知り
まだ3日と経たないのに

すっかりやつれて、生気のないチャンミン

キュヒョンも心が痛かった


昨年の夏

もうそれは誰の目にも明らかで
ユノに対する憧れを隠そうとせず
目を輝かせてユノと話すチャンミン

ユノもそんなチャンミンが可愛くてたまらないようで

周りも微笑ましく見守っていた


見事な大自然

明るく爽やかな2人


性別だとか、環境だとか
愛する者同士、そんな事はなにも問題ないのだと

キュヒョンも温かく見守っていた


この業界がとても危うく冷たいものだと
気づき始めていたキュヒョンにとって

ユノは異端児に見えた

こんなに優しくて真っ直ぐで
よくトップの座を守っているものだと
それは不思議に思っていた

こういう人が一番この業界に向かない

そんなセオリーはユノの前には
通じなかった

ヨーロッパへ行けば
みんなにお土産を買ってくる

家族に赤ちゃんが生まれるというスタッフには、ヨーロッパ独特のベビーグッズなど買ってきては喜ばれていた


一生懸命だけど報われない人には
手を差し伸べてチカラになってやる


そんな温かい人


仕事には厳しいけれど
それ以外では、気さくで明るくて
トップモデルの冷たいイメージはまったくなかった

チャンミンとは感情の種類が違えど
キュヒョンもユノの死はとてもショックなものだった

しかも、あっという間にトップから転落して
そして潮が引くようにまわりから人がいなくなった


上り調子の時にはわからない

周りにいる人間が、損得だけで近寄ってきているのか
それとも本当に人間として、魅力を感じて付き合ってきたのか

短い業界生活の中でさえ
キュヒョンはそんな人間を何人も見てきた


そして孤独の中で迎えた死

ユノのことだ

シグナルは出しても
きっとチャンミンに心配させるようなことは言いたくなかったのだろう

チャンミンは昔から
悪気なく可愛く甘えん坊だ

ユノが可愛くて構いたくなる気持ちは
キュヒョンにも理解できる

いつでも、そんなチャンミンのヒョンで
頼れるヒョンでいたかったのかもしれない

本当は人一倍繊細で
だれよりも優しく傷つきやすい人だったのに

そう思うと

残されたチャンミンも哀れで
ユノの無念さも悔しくて

キュヒョンは瞼が熱くなる


ふいにチャンミンがポツリと呟いた

「どうして、ユノがこんなことになったのか、誰が全てを知っているのかな」

「えっ?」

「僕が側にいなかった時、ユノが薬がなければ眠れなかったことを知っているのはだれだろ」

「俺はユノさんの事務所のスタッフだった人に簡単に経緯を聞いたんだ」

「ユノ、汚い世界だって言ってた
こんな眠れなくなるなんて、よっぽどのことだよ…かわいそうに…」

「うん…」

チャンミンがハッとして半身を起こした

「パリの誰かと契約がダメになったとか」

「ああ、そうだよ」

「それって、ユノのキャリアにとって
すごいダメージでしょ?」

「そりゃ、ダメージなんてもんじゃないよ
ユノさんのほうから蹴ったんだから」

「そこから、事務所もうまくいかなくなった?」

「まぁ、そうなるだろうね
大物蹴ったんだから、みんな怖気付いて
ユノさんと関わりたくないって人ももちろんいたと思う」

「そこ…僕はちゃんと知りたい」

「チャンミン…」

「じゃなきゃ…僕はなにもしてあげられなかったんだから」

「………」


チャンミンは、あのクリスマスのとき
レストランに手のひらを返すような対応を受けたことを思い出していた


ユノになにがあったのだろう


自分の知らないところで
まわりの人間にどんな扱いを受けていたのだろう

ユノはトップの座から降ろされて
まわりから人が引いていくのを納得していたような事を言っていたけれど

本当にそうだったのか

本当は屈辱で、そのプライドはズタズタで
悔し涙にくれていたのではないだろうか

たったひとりで、孤独と戦い
歯を食いしばって耐えていたのではないか

チャンミンは思わず握りこぶしを握った


あのクリスマスの店員の態度が思い起こされる


チャンミンの胸にふつふつと湧き上がる怒りの感情

ユノを追い詰めたのは誰だ

孤独の檻に放り込んだのは誰だ







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ナイルの庭 25




キュヒョンはチャンミンを落ち着かせるために、
とりあえず、自分のアパートにチャンミンを連れ帰った


コンビニでビールを二つ買って
一つをチャンミンに渡した


「とりあえず、今日は寝て
明日、俺休みだから一緒に墓地に行こう」

墓地、と言う言葉にチャンミンがビクッと反応する

それでもキュヒョンは怯まなかった
ここは心を鬼にしてチャンミンを現実と向き合わせなければと思っていた

大事なことだ

ここでしっかりと納得しないと
チャンミンのこれからの人生がダメになる

キュヒョンはそう思っていた


先日、編集をしていた時の先輩に
ひと通り話を聞いた時は、キュヒョンも驚いた

しかも、この短期間にユノほどの影響力のある人間があっという間に第一線から去ってしまったとは

だから、自分はこの世界が理解できず
苦しんだのだと思う


悪夢と現実の狭間をさまようチャンミンを
キュヒョンは納骨堂へ連れて行った

ここだと聞いてきた

チャンミンはなかなか入ろうとはせず
ほかの可能性を探るような話をぽつりと呟いたりしていた

そんなチャンミンの手を引くようにして
ユノの場所までチャンミンを連れていった


そこは


四角四面に切り取られ
一人一人に割り当てられた納骨庫

そのほんの一つに、ユノの名前が記された
白い小さな骨壷があった


衝撃的だった


側にはモデルとしての写真が飾られ
ちょっとした花が添えられ

それでもぽつんと、それは存在していた


チャンミンは恐る恐る、
その小さな部屋の前に立ち、大きな瞳を震わせながら覗き込んだ


そこにあったのは

現実だった


それは紛れも無い現実

ただひとつの現実



ユノがこの世を去ったという
到底受け入れることのできない現実



チャンミンの知らないうちに
たった1人でユノは逝った


顎がガクガクと震え始め

チャンミンは立っていられなくなり
思わず柱に片手をついた


首を左右に振りながら
それでもユノの骨壷から目が離せないでいた

「なんで…」

震える声

チャンミンの口から、なんとか出た言葉はそれだった


「なんで?」

「チャンミン…」

「待って…だってさ、違うんだキュヒョン」

「大丈夫か?」

キュヒョンは思わず、チャンミンの腕を支えようとした


「ユノは、ずっと僕と…」




" チャンミン、俺に隠してることないか?"


" チャンミンは俺の宝物なんだよ "


"もっと早く気づいてやれば
きちんと助けてやれたのに…"


" そんな俺の大事なチャンミンが苦しんでたら、助けたいに決まってる "


チャンミンの瞳からポロポロと涙が伝った

それは納骨堂の冷たい床に次々と落ちていく




あなたは

相変わらずダメな僕を


心配してくれたと言うの?


助けに来てくれたと、そう言うの?


あなたは、僕に何も言わず
どれだけ苦しんでいるか一言も言わず

たった1人で眠れない夜と戦っていたの?


ふと

チャンミンは思い出した


あの夜

あの春雷が聞こえたあの夜


" もう、がんばらなくていいなら
俺、春になったらそっちへ行ってもいい?"


あなたは…僕に助けを求めた


「キュヒョン…」

「なに?」

「ユノさん…年末じゃないでしょう」

「え?」

チャンミンはポロポロと涙を流しながら
少し微笑んでいる

「きっとね、春雷が鳴った夜に
1人で天国に行ったんだ」

「チャンミン…」

キュヒョンはそっとユノの墓碑を見ると
たしかに年が明けてから亡くなったようだった

話は伝わるうちに、少しずれていったのかもしれない


「なんで…わかったの?チャンミン」

「ユノは僕に助けてほしかったんだ…」

「チャンミン…」

「なのに…いつも…僕は…
甘えてばかり…うっ…ううう…」


チャンミンは泣き顔を片手で塞ぐと
その場に崩れ落ちた


広い納骨堂に

チャンミンの嗚咽が響き渡る


キュヒョンはなす術がなかった


ふいに

チャンミンは立ち上がり、ユノの骨壷をとりだそうとした

「チャンミン!ダメだよ!」

「ねぇ、キュヒョン知ってる?」

興奮しているのに、あえて無表情でそれを取り出そうとするチャンミン

2人は押し問答になった

「キュヒョン、ユノね、お墓とか嫌だって言ってたんだよ」

チャンミンの頬に透明な涙がスーッと一筋落ちていく

「ユノさんが?」

キュヒョンがチャンミンを後ろから羽交い締めにしている

「うん、だからこんなのダメなんだ」

「チャンミン」

「こんなとこに入ってるのは
ダメなんだよ」


キュヒョンは必死に押さえた

哀れで…たまらなかった


チャンミンには辛さを見せなかったユノと
何もできなかったと自分を責めるチャンミン


「連れて帰らなきゃ」

「チャンミン!」

「僕が…僕が…家に連れて帰らなきゃ…」

「チャンミン!頼むから落ち着いて!」

チャンミンはキュヒョンの腕を振りほどいた

「連れて帰るんだよっ!」

「………」


暴れるチャンミンを押さえながら
キュヒョンも泣いた


「ねぇ…」

「チャンミン、俺だって悲しいよ」

「ねぇ…なんで…こんなとこに…」

チャンミンは再び泣き崩れた…

嗚咽が押し寄せて苦しい

チャンミンはひどくむせ始めた


白い骨壷のそばで
小さなフレームの中、ユノが微笑んでいる

チャンミンがどれだけ泣き叫んでも
写真のユノはそのまま微笑んでいる


「なんで…こんな…うっ…僕と…
一緒に…帰ろうよ…えっ…うう…」


泣き崩れて壁に背中をあずけ、
だらんと手足を放り出すように座るチャンミン

その肩だけが大きく震えている


帰ろうよ…

あの星空が見えるところへ

こんなところで小さく佇んでいないで

嫌だって言ってたでしょう?


だったら


僕と…あの…星空の下へ…

帰ろう…







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