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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

ブリキの涙(完)




ユノは車を飛ばしていた
法定速度ギリギリのスピードで

一刻も早く

一刻も早く


見えてきた…白い漆喰の壁にえんじ色の屋根

公園の脇に車を停めると
バタン!と大きな音でドアをしめて足早に玄関に入り、インターフォンを押した


待つ時間がなんとももどかしい


「はい?」

チャンミンが可愛い顔を出した

「ユノ…さん…?」

言い終わらないうちに、ユノに腕を引っ張られ
よろけたチャンミンはユノの胸に引き込まれて強く抱きしめられた


「?!」


「チャンミン…迎えにきた」

抱きすくめられたチャンミンの耳元で
優しく低い声が響く

「え?」

そして体を離されたかと思えば、突然のキス

大きく目を見開いたチャンミンは何がなんだか
わからなかった

やっと唇が離れて、
チャンミンは目を白黒させた

あんな別れ方をしたユノが…

「ユノさん…どうしたんですか?」

「自分に聞くといいよ」

「?」

「自分の心に聞いて?」

ユノは爽やかな笑顔でチャンミンの胸を指差した。
その表情は、とても優しい

「ユノさん…」

「愛してるよ、チャンミン」

「あ……あの…」

「もう迷わない、誰にも任せたりしない
これからずっと俺といるんだ」

ユノは両手でチャンミンの頬を包み
その大きな瞳を優しく覗き込む


チャンミンの瞳に涙の膜が張る

言葉につまったチャンミンがやっとの思いで口を開いた


「いいの?」


「あたりまえだよ、とりあえず俺の部屋に戻ろう
挨拶や荷物はまた今度」


妹のセギョンが母のところに駆け込んできた

「オッパが連れ去られたよ!」

「ちょっとイケメンの人にでしょ?」

「そうそう、前にうちに来た人」

「いいのよ、連れ去ってもらって」

母は爽やかに笑った
「セギョンも誰かステキな人が連れ去ってくれるといいわね」



数時間後、チャンミンにとっては懐かしいユノの部屋で2人でベッドのシーツに包まっていた

2人は向き合い、ずっとお互いの顔を見つめている


「急にどうしたのかと思った…」

「ブリキのチャンミンがね、俺の背中を押してくれたんだ」

「?」

「また俺に会いたいと思ってくれて、ありがとな」

「ユノも会いに来てくれてありがとう」


ため息は涙と共に…ユノのキスにすべて包まれる

目尻に浮かんだ涙もすべてユノのキスが絡め取ってくれた

ユノは大事そうにチャンミンを自分の胸に抱き込んで、その髪を優しくなでた


「おかえり、俺のチャンミン」

「ただいま」


チャンミンはこの広い胸が
自分の居場所なのだと…

この優しい笑顔と温かい声
ずっと昔から知っている、これが一番大切なもの

チャンミンは
心から安堵して眠りについた

もう何も考えるのはやめよう
とにかく一緒にいたいんだ。

それで十分、それがすべて。



チャンミンの母からミノのところにも
あの動画が転送されてきた。

「ありがとうね、ミノ君」

そんなチャンミンの母からの一言が添えられていた


そこには一生懸命に言葉を選んで思いを伝えるチャンミンの姿があった。

昔からチャンミンを知るミノにとって
チャンミンがつらかった境遇を乗り越えて
幸せを掴んでくれたことがうれしかった。

自分がチャンミンによかれと思ってしたことに
大きな不安があったけれど
ちゃんといい方向に働いてくれてほっとした。

ミノはドンジュにはさすがにその動画は見せられなかったけれど、
ドンジュはすべてをわかっていた

「引き合う者同士の力ってすごいなぁ」

ドンジュはチゲをミノと自分の器に盛りながら、他人事のように言った。

「力学みたいな言い方してますよ、先生」

「もっと文学的だよ、ミノ」

「そうですね」

「あの2人は、きっとどんな時代に生まれ変わっても、何に生まれ変わっても、特別な嗅覚で相手を見つけ出すんだと思う。そして愛し合う」

「生物学みたいですね」

「だから、文学だって。
その嗅覚はね、愛だよ。」

「ほんとだ、文学だ」

2人は笑った。


相変わらず、チャンミンの胸の音は人間のそれではなく、シャーという金属の擦れる音とリズミカルな電子音がする。

世間にその事が知られないよう、何人もの人間で
守りながら毎日をすごしている。



パン屋では、今日も2人でパンを選ぶ。

「ユノは甘いパンばかり選んでいるけど
だめだよ、野菜入りも食べなきゃ」

「サラダあるからいいよ」

「だって、そのサラダ僕が作るんでしょ?
朝、忙しいから、そこ気を使ってほしいな」

「ビデオレターで俺は温かくて優しい人だって言ってたよ」

「あれはロボットの僕だからね、知りません」

「えーなんだよぉ。ほぼ思い出してるって言ってたじゃないか」

「ユノのこと褒めたのは忘れた」

「都合がいいね」

笑い合う2人に、店主が微笑んだ。
そばに来た店主の妻がそっとささやく

「また夕方にはブルーベリーを焼いたほうがよさそうね」


会計を済ませて外に出た2人は夜空をあおぐ

「星、見えないね」

「都会だからね」

「また湖行きたい。」

「お、覚えてるね」

「ねぇ、ユノ」

少しチャンミンが不安そうだ。

「なんだ?」

「ミノたちには言ってないけど、僕、ほとんど思い出してる。だけどそれ言ったら、また実験かなんかされそうで…」

「そんなことさせないよ」

「うん…」

チャンミンはにっこり笑った

この可愛い笑顔がまた自分の元に戻って来た

チャンミンなら、中身が機械だってなんだっていい

不都合があったら、俺がなんとかする。

ずっと一緒にいられるなら
なんだってする

相手が迷惑なんじゃないかとか、そんなのはとりあえず考えない。

それより自分だ、自分の思い。

どれだけ愛しくて大事なのか
いつも全力で伝えてやるから。

迷惑だったら悪いね、でも後戻りできない
もう二度と離れないからね


「あ!俺!」

ユノが突然驚いたように立ち止まった

「えっ?なに?」

どうしたのだろう?忘れ物?

「俺、いつのまにか勇気のあるヤツになってる」

「は?」

「勇気がみなぎってるぜ、今の俺!」

ユノの笑顔が明るい。


「よかったね、臆病だったライオンくん」

チャンミンがユノの頬にキスをした






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百海です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

不幸な幼少期を過ごし、他人を拒絶しながら生きてきたユノ。その口調や態度は冷淡だけれど、
心は繊細でとても臆病。

小さい頃から健康を害して、まわりに気を使いながら生きてきたチャンミン。
そのいい子の殻を破りたい気持ちから、
反動で人の心を弄ぶ魔性を持ち合わせている。

そんな2人が出会って、激しく愛し合うお話でした。

私にとって、とても大好きなお話で
毎回書き終わっても温かく切ない気持ちが残っていて。

ロボットであるチャンミンがなんのしがらみもなく
無垢な存在なのが、私としてはツボでした。

チャンミンが記憶をリセットされたあと、
何かの拍子にすべてを思い出す、という過程はなぜか安易に感じてしまい、そこは時間をかけて描いてみました。

たくさんの拍手とコメントをありがとうございました。
お返事をしていなくて、いつも本当にすみません。

リアルな2人はいよいよ再始動ですね!

これから季節の変わり目を迎え
体調を崩しがちになるかと思います。

どうかご自愛くださいね



ブリキの涙(39)



ユノに会いたいと強く願うにつれて
チャンミンは不思議な光景が頭の中でフラッシュバックするようになった。


そこにはいつもユノがいた。


見知らぬマンションの一室
たぶん、ユノと暮らした部屋

そこにはユノの笑顔があった

チャンミンを愛おしそうに見つめる
優しい笑顔。

脳だけではなく、チャンミンのすべてに刻まれたユノの記憶なのだろうか。

ある時は突然スッキリと霧が晴れたような感覚になり
なぜ、自分はここにいるのだろうと思うこともあった。

やることがたくさんある
請求書の計算もしなくてはならないし
夕飯もつくらなくては。

そんな記憶の中にはあのパン屋も普通に出てきた。

明日のパンを買いに行こう
今日はブルーベリーのは残っているかな

残っているはずだ。

ユノが自分のためにパン屋に頼んでいてくれてるらしい。


そんな感じでユノと暮らしたロボットとしての自分と、現在の自分が繋がって次第にひとつになっていくような感覚。


だけど


糸が絡まってしまったようなユノとの関係
気持ちのすれ違い

閉じられてしまったユノの心を思うと
本当に悲しい…


チャンミンは誰かの助けがないと生きていけない自分を歯がゆく思いながらも

勇気を持って、またユノに会いに行きたいと思っていた。

心から沸き起こるようなユノへの思いは
理屈では説明できない




「ねぇチャンミン」

「なあに?母さん」

「あなた、退院したときに持ってたスマホって
今使ってないのよね?」

「うん」

「契約したら、また使えるの?」

「使えるよ、たぶん」

「貸してくれないかしら」

「いいよ、母さんスマホ持ってなかったっけ?」

「病院からの連絡が必要なくなってから
持ってなかったの」

「いいよ、好きに使って」

「ありがと」


母は、チャンミンの道具箱から
黒いスマホを探した

まずは充電をしてみた。
それはまだ契約がされていることがわかった


「やだ、もったいない。これ契約されているんだわ。チャンミンの維持費から支払われていたのかしら」

充電されたスマホの画面をいじっていると
メールが1通、未送信となって未送信トレイに残っているのを見つけた。

動画の添付がある

メールの件名は 「ユノへ」

シンプルなタイトルだ。


ユノ?だれかしら
どこかで聞いたような…

勝手にするのはどうかとも思ったけれど
とりあえず動画を開いてみた

経過時間を示すグラフの上に
チャンミンがこちらを向いて写っていた。

スマホのカメラの位置を確認しているようだ
ビデオメッセージをとるつもりなのか。

準備ができてもしばらくもじもじとしていたチャンミンが姿勢を正して、ぽつりと語り出した

ゆっくりと言葉を選んでいる


「ユノ、あの…
ミノからね、僕の記憶をリセットするUSBがユノに渡されたって聞いたの…

もし、とつぜんリセットされたら、何も言えずに今の僕が消えちゃうから、先に言っておこうと思って。

だからこんな…こんなの撮ってマス」

照れ臭そうなチャンミン


「あの…
わかってるから。

ユノがリセットしたくないのわかってる…

僕は…なにより、ユノとの思い出が消えちゃうのが本当に悲しくて」


チャンミンは下を向いてしまったかと思うと
ポロポロと泣きはじめた


「僕は機械だから、その…こんな風に泣くはずはなかったんだけど、いつのまにか…よく泣くように…
泣けるようになったんだよね」

鼻をすすりながら、笑う

「ユノを愛したからだと思う」

そう言って、キッと唇を真一文字にひき結んだ。

「忘れたくない…」

「ユノを愛して…ユノから愛されたこと…」

チャンミンは顔を上げた

「僕はね、忘れない…
脳には記憶されなくても、きっと心で覚えてる
もうブリキの木こりは心を持ってるよ
そしてユノを愛したことを絶対に忘れない」

チャンミンは早口で話して、
涙を拭った

「またユノと必ず会えると思ってる

だから、どうかまた会えた時
その時の僕がユノを知らないと言っても、
一緒に過ごして愛し合ったことをしつこく話してやってほしい。

ロボットじゃない本当のシム・チャンミンはね
すごく臆病なんだ

いつもみんなに迷惑かけてるから
大事な一歩が踏み出せない

自分の希望は言っちゃいけないってどこかで思ってる、そんな人間なんだよ

だから、少し強引にお願いします」

またぺこりと頭をさげたあと、
チャンミンは少し神妙な顔つきになった


「あとね…

ミノからはリセットは100パーセント成功するかわかわからないって言われてる。


もし、リセットが失敗して…

僕が二度と起きなかったり、心臓が動かなくなってしまったら

その時は、ユノは自分を責めないでね
リセットを決めてくれたのは、僕を思ってのことでしょう?

ミノにもそう伝えてほしい。


この数ヶ月、本当に楽しかった
ユノと過ごせて幸せだった。

パンを買いに店に行って
一緒に仕事して…
湖でバーベキューして…

たくさん話して、たくさんキスしてくれて
たくさん愛し合った

この数ヶ月が僕の人生の半分くらいに感じるよ。
それまでの僕ってなんだったんだろ。」


いろいろと思いを巡らせているようで
また神妙な顔になった


「もし僕が目覚めなくて、会えなかったら…

ユノはユノで幸せをみつけて。
僕はヤキモチ焼かないようにするから。

ユノはとても温かくて優しい人
いい人生を歩めるはず」

そう言ってチャンミンはうんうんと頷く


「…でも、やっぱり、また出会って
そしてまた僕を愛してほしいです。

僕がユノを知らないって言ったら
ユノはきっと僕から引いてしまうでしょう?

だから、ここで、臆病なライオンに勇気を授けます」

そう言って、チャンミンはトントンと自分の胸を叩いた

「またどうか勇気をもって、僕を愛してください

ユノ、愛してる

じゃあね」




母はひとつため息をついた

そこには自分の知らなかったチャンミンがいた。
死んでしまったと思っていたチャンミンが
ちゃんと自分の人生を歩んでいた。

何があったかはよくわからない。


不憫でしかたなかったチャンミンが
ちゃんと自分の人生に立ち向かい、それを謳歌していることが母はとてもうれしかった


ユノさんっていうのは、あの命日に来た方

実直な方だった

今、2人は会ってはいないようだけど
もしかしたら、もうユノさんにはいい人がいるかもしれないけれど


この動画はどうか見てやってほしい


母は未送信トレイから、そのメールを送信してみた。

どうかユノさんのアドレスが変わっていませんように





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百海です。
昨日からアップが上手くいかずに申し訳ありません

いつもスマホから操作しているのですが
なぜか反映されずに困っています( ; ; )

明日は最終回になります。
うまくアップできるといいのですが

ブリキの涙(38)



ひどい別れ方をした

それでも…

ユノに会いたい気持ちは日毎に募っていった。

ユノが好きなのだ。
出会い方がどうであれ、
自分はロボットとして買われたなんて、
そんな屈辱的な過去があったとしても。


チャンミンの元に、新しい充電装置が届いた。
ミノが丁寧に説明してくれる


「前より小さいね。」


「…そうだね、高性能なんだよ。
もう今までみたいに頻繁に充電しなくても大丈夫だと思う」

「それはいいけど、高いよね?」

「……毎月の維持費で賄えるよ」

「そういえば維持費が減るって聞いてたけど
減ってないよ?相変わらず振り込まれてる」


「うん…」

「?」

言い淀んでいたミノが
探るように聞いてきた

「あれから、ユノさんから連絡は?」

チャンミンの表情が曇る

「あるわけない…よ…」

「だよね…ごめん」

「ユノさんが、どうかした?」

「ユノさん…どうしてるかなと思ってさ」

「あんな事になって、今更気になる?」

「うん…あの時、ドアを開けたらさ
チャンミン、ユノさんに手首掴まれてたから
てっきりさ…」

「無理やりに見えた?」

「そうとしか見えなくて」

「どちらとも言えない…
その前には僕の方からキスしてるしね」

「え?そうなの?」

「それは自分の意志」

「そりゃそうだよ」

チャンミンは大きくため息をつく

「僕、ユノさんに会いたい」

「チャンミン…」

「でもさ、ユノさんが本当は僕の事どう思っていたのか、わらかなくて少し怖いんだ」

「信じられない?」

「うん…」

「ユノさんも、最初はチャンミンのこと信じられなかったと思うよ。
何しろオーナーのユノさんに従うようにプログラミングされてたから、チャンミンの態度が本心なのか指令なのか、疑ってたと思う」

「それでも…愛してくれたんだよね、ユノさん」


「これはチャンミンには言わないはずだったんだけど…」

「なに?まだなにかあるの?」

「チャンミンの毎月の維持費、実は会社が出しているんじゃなくて、ユノさん個人が出しているんだよ」

「え?」

「チャンミンは充電しないと心臓が保たない。
メンテナスもある程度しないとね
事実上、今もユノさんがチャンミンのオーナーになっていて、経費を全部出してくれている」

「全部…」

「前にドンジュさんとユノさんで揉めていたのは
この充電器について。
最新の機械にしようとしたユノさんと、いいかげんユノさんには手を引いて欲しいドンジュさんは自分ができる範囲の機械にしたくてさ。」

「もう、ユノさんにとって関係ない事で済ませられるのにね」

「チャンミンが心配なんだよ、一生面倒見るつもりでいるんだと思うよ」

「影で?」

「そう、影で…」

「早く…言って欲しかったな、それ」

「重要機密事項だよ」

「そんなの関係ない。
会社にとって秘密なだけで」

「…そう…だけど」

「ごめん、会社員だもん、そこは守らないとだよね」

「ごめん…」


「無性にユノさんに会いたい」

「この間はユノさんを怒らせてあんな事になったの?」

「僕が我儘言って挑発したんだ…なんで僕を手放したのか詰め寄ったんだよ」

「手放す?」

「目覚めた僕をドンジュ先生に任せたからさ。
会いに来なかったから、ロボットとして使い捨てたんだろうみたいな言い方しちゃった」

「状況的に名乗り出れなかったよ。
ユノさん、ああするしかなかったよ」

「後で考えたらわかるけど」

「自分のことをいろいろ言い訳する人じゃない。
だから誤解もされるけど、本当は温かい人なんだ」

「ミノ、わかっててなんであんな乱暴にしたの」

「だからさ!チャンミンが襲われてるようにしかみえなかったんだもん」

ミノやドンジュの見当違いは仕方ない事なんだと思う。


「僕、やっぱりもう一度ユノさんに会ってくる」

「チャンミン…」

「もしかしたら、拒否されるかもしれないけど」

「もう、目の前に顔出すなって言われたよ」

「ミノが後悔してます、って、それも伝えるよ」



チャンミンはユノのオフィスへ行きがけにパン屋へ寄った

いくつかパンをみつくろっているところへ
前回人間違いをされた店主がやってきて軽く会釈をした。

聞いてみようか

「あの」

「はい?なんでしょうか?」

「この間、僕、人違いって言いましたよね」

「ええ、すみませんでした」

「いいんです。少し話を聞かせてもらえませんか?
パンをとっておくのなんのって、おっしゃってましたよね?」

「ああ、あの、この先のビルに1人で会社を経営されてる方がいて」

「ユンホさん?」

「あ、はい。ユンホさんは毎日お客様にそっくりな方と閉店間際にパンを買いに来られてたんです」

「毎日2人で?」

「はい。で、お連れ様はブルーベリーがお好きなんですけど、なかなか遅い時間まで残っていなくて、
いつもがっかりされて他のパンを買われて行ったんです」

そこまで聞いて、チャンミンは喉の奥が痛くなるような、嗚咽がこみ上げるような感覚を味わった

「それを可哀想に思ったのか、ユンホさんが昼間にわざわざ連絡をくれるようになって、ブルーベリーのパンをもう一度焼いてくれるようにと」

「ユノ…そんなこと…」

「残ったら、全部買うからと。
でもね、遅い時間に来て、お連れ様はブルーベリーが残っているととても嬉しそうでね、
それをみているユンホさんもあまりに幸せそうで」

「幸せそうでしたか?2人とも」

「そうなんですよ、兄弟なのか、どんな関係かはわからないんですけど、私達も癒されてしまって
わざわざ2人の為だけに少しだけ夕方焼くことにしたんです。」

「そうなんですか…」

「最近は来られなくてね」

「残念ですね…」


ユノは僕を甘やかしてくれていたんだね


自分の知らない2人がこの店で仲良くパンを選んでいたのか。

その記憶がないことを残念に思ったけれど

同時に、絶対忘れたくなかったのに、という
激しい感情が心に湧き上がる

怒りと悲しみ

ユノに対してそんな感情を抱いた記憶が
どこからともなく蘇る


チャンミンはユノのオフィスを訪れた

タクシーに乗らなくてもスムーズに来れたことに
また不思議なものを感じていた

ユノは外出しているということで
社長室で待つことにした。

案内をしてくれた秘書が綺麗な人で
ユノとなにか関係があるのではと勘ぐるあたり
すでに自分は嫉妬などしているのかと苦笑した


ユノに会いたい

今、自分の中の確かなことはそれだけ

やがて、ドアが開いてユノが入ってきた


「何の用?」

いきなりの冷たいジャブだった
覚悟はしていたけど、やっぱり悲しい

「あの…この間はあんなことになってしまって
ミノも反省してます」

「別に…襲われそうになってたんだから
助けて当然でしょ」

ユノは上着をハンガーにかけている

「襲われたわけじゃ…」

「ミノの代理で謝りに来たってわけ?」


会いたかったと…言い出せない


「あ、あと充電器届きました」

「充電器?」

「いつもユノさんが支払ってくれていたんですね
維持費なんかも」

「なんでバラすかな…」

ユノはブツブツと文句をいいながら
ネクタイを外す

そのうち、チャンミンは黙ってしまった

「維持費はドンジュが支払うようにしてもらってもいいぞ」

「え?」

「ドンジュが自分で支払いたいそうだから
次回からはそれでもいいんじゃないか」

「……」

「足りない分は会社に責任とらせて払わせろよ」


「そうすれば、ユノさんは僕から離れられるの?」

「そうだよ、チャンミンもね、俺から離れられる」

「他に…つながりは?」

「ないんじゃない?よく知らないけど」

もう…ユノは心ここにあらずで
タブレットを開きメールをチェックしている

チャンミンにまったく無関心のようだった


「離れたいですか?僕と」

「離れたいね、いろいろと面倒で」


このユノという人のことが、なぜだか手に取るようにわかる。

この人は、実は人一倍寂しがりやで、優しい。
でも、こういう態度しかとることができない不器用な人。

ほぼ、接触がないのに、こんなにこの人の事が
わかるなんて…

でも、ユノは隙を見せない

チャンミンのどんな言葉もその頑なな心をこじ開けることはできないだろう

少なくとも…今の自分では…



帰ろうか、
これ以上ここにいても仕方ない

ただ会いたかったって、
それだけ言いたかったのに


「忙しい時間に…ほんとすみませんでした」

「………」

「これ、差し入れです。ブルーベリーのパンとか、
あといろいろ買ってきたんです。
前に…差し入れるって約束したやつ」

ユノはチラッとパンの袋を見やってから
また視線をタブレットに戻した


「僕、今日は…ただユノさんに会いたくて来たんです」

勇気を持って、その一言を言ってみた。

その言葉にもユノは動じなかった

「想い出はなんにもないんですけど
会いたいって気持ちだけあって…」

「………」

「仕事の邪魔して…すみませんでした…」

なぜかポロポロと流れる涙がチャンミンの頬を濡らす

「維持費の件は先生と相談してミノに話しておきます」

拒絶されて、その言葉の裏にあるものもなぜかわかっているのに、ひたすら悲しかった…

自分はユノが本当に好きなんだなと、ぼんやりと思った

自分をドンジュに委ねると決めたら、この人はそれを曲げない。

もうユノにとって迷惑なことはやめよう


「チャンミン、待って」

ユノがふと呼び止めた

「維持費のことは…安易に決めるなよ
身体のことなんだから」

「充電しないと心臓が動かないなんて、
ほんとめんどくさいですね、僕は」

ニッコリと微笑んで部屋を出るチャンミンを
ユノは無視できずにじっと見つめていた


ただ…会いたかったと
そんな風に言うなんて

先日、ミノとドンジュが自分からチャンミンを引き離し、大事に引き取っていく姿が浮かぶ

自分は完全なる悪者だった。
あんな態度しかとれない自分も悲しくて悔しい

それと同時に激しく自尊心が傷ついた
くだらないプライドが邪魔をして謝ることもできない

自分だって会いたかったくせに

いつも自分は強がりばかり、寂しくて仕方ないのに
誰かに大事にされているチャンミンに嫉妬しているんだ…

卑屈な自分が器が小さすぎて笑える


ユノはため息をついた…







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百海です。
公開になってませんでしたね(^◇^;)
遅くなってごめんなさい

ブリキの涙(37)



「あ…」

ユノが後ろから自分を抱きしめている…

背中が温かい
いつまでも包まれていたい気持ちになる

チャンミンは優しくその手を解くと
振り向いて、ユノと向き合った


見つめ合う2人


ユノの瞳は涙を湛え、今にも泣き出しそうだ

チャンミンはたまらず
ユノの首に両腕を回して抱きしめた

ユノもチャンミンを強く抱きしめた


「ユノ…あなたは…ロボットの僕を愛してくれてたの?」

「そうだよ…わかるか」

ユノの声が震えている


この広い胸にしっくりと収まる自分
スーツの生地の感触も、この匂いも
この温かさも…

思い出などなにもないのに
自分はよく知っている


産まれたての目の見えない仔猫が
教えられてもいないのに、母親を探せるような

思い出がなくても
自分の居場所はここだったとわかる。

だってこうやって肩に頬をあてると
突然なにも怖くなくなる

いつかどこかで感じたこの安心感

機械の心臓が音をたてて高鳴るこの感覚


チャンミンは顔をあげてユノを見つめる

すべてを包み込む優しい瞳がそこにあった。

チャンミンは顔を傾けて、ユノにくちづけた


そうすることは、まったく自然なことで
ユノにキスすることになんの躊躇もなかった


ユノもチャンミンの後頭部をしっかりと押さえ込んでくちづけた


長いくちづけ…


やっと唇が離れても、2人はしっかりと
抱き合っていた


「ロボットの僕は…あなたをちゃんと愛した?」

「愛してくれたよ…ないはずの心で…愛してくれた」


「愛し合っていたんですね…
思い出なんてなにひとつ思い出せないけど
こうやって抱き合ってた感覚はわかる」

「愛してたよ…お前は俺のすべてだった」

チャンミンを抱くユノの腕に力がこもる


言葉を過去形にしたのは…ユノの思いやりだった

今のチャンミンはあの時のチャンミンではない
束縛するのはイヤだった


「どうして、愛し合った記憶を消してしまったんですか…」

「そうするしかなかった…
AIから送られる信号が、人間のチャンミンの記憶を邪魔して…昔の事をどんどん思い出してるお前の身体に、それが大きな負担だったんだ」


「どうして、ユノは僕から離れたの…?」

「チャンミンが目覚めた時、隣に俺がいただろ」

「はい……」

「あの時のお前にとっては、俺は見知らぬ男だ」

「たしかに…そうだけど」

ユノは愛おしそうにチャンミンの頬をなでる

「見知らぬ男から、愛してると言われて…
困るだろ?」

チャンミンはその手を、口元に持ってきてキスをした

「僕と離れてもいいと…思ったの?
愛していたんでしょう?
ビジネスで使えなくなったからじゃないよね?」


「そうじゃない…」

「発作が起きてから何事もなかったように今の時間に繋げようと思ったの?」


「……勘違いするな、お前を元の生活に戻してやろうと…みんながそう思っただけだ」


「僕がドンジュ先生と縁を戻しても…いいと?」

「………」


「先生に任せたんだよね、僕のこと」

「そうだよ、それが一番…」

「面倒だった?」

「チャンミン…」

「僕のことが面倒だった?」

「そうじゃない…」


「みんな…面倒くさかったみたいだよ、僕に関わった人」

「………」

「面倒くさがらなかったのは、先生だけってこと?」

「………」

「ユノは?」


ユノの目が少し見開いたと思ったけれど
すぐにその瞳は深い闇のように暗くなった

「そうだな…ドンジュは離婚までして…チャンミンを受け入れる準備をしてくれてる。」

ユノを見つめるチャンミンの瞳には
大きな悲しみが見てとれる


「俺だって…チャンミンを面倒だなんて思ったことはない」

「でも、今まで知らんぷりしてたね?」

「だから、それは…」

「面倒だったんだよ、わかってる。慣れてるから」

「チャンミン!」

そこにはユノに捨てられたと勘違いしている
チャンミンがいた。

「ユノ、僕はあなたを深く愛していたんだと思う。あなたを見ているとたまらない気分になる。
でも…」

「………」


あの頃、どれだけ深く愛し合っていたか
それを今語ってもチャンミンには伝わらない

なにしろ、チャンミンには思い出はひとつも残っていないのだから

ユノにはもしかしたら、と少しの期待があった
また最初から、チャンミンとやり直せるのではと。

でも、それは甘い考えだ

たぶん、チャンミンは五感で自分を覚えているだけだ。
なにしろ、記憶は抜いてしまったんだから


だけど…チャンミンを面倒に思っただなんて
そんな勘違いをするな


俺がどれだけお前を愛して
必要としていたか…


ユノの中に怒りにも似た感情が湧いてくる

なぜ伝わらない?



「思い出させてやろうか?」


ユノはチャンミンの手首を掴んだ
その目はギラギラと光り雄の匂いを発していた

「どんなに俺が愛していたか
きっとお前の身体が覚えているはずだ」

返事もできないでいるチャンミンの手首をそのまま引き寄せ、自分の胸に抱き込んだ

「俺がお前を面倒だと思っているかどうか
自分で感じてみろ」

突然の激しいくちづけ
貪るような、気が遠くなるようなくちづけ

さっきまでの、お互いを慈しむようなキスではなく
明らかにそれは前戯としてのキスだった

チャンミンは恐怖を感じた…

でもそれは一瞬だった

その恐怖は甘さに転じる


チャンミンはきつく目を閉じて、そのくちづけを
受けていたけれど

真っ暗なはずの瞼の裏に
ぼんやりと何かが見える


真っ白なシーツ

濡れた身体の感触…

耳の奥で頭の中で…自分の声がする

「きちんと拭いてからっていつも…」


だれ?ぼんやりとそこにいる影はユノ?


この抱きすくめられた体制から
早くベッドに行きたいと、そんな衝動がチャンミンを襲いはじめる


激しいキスさえ心地よく
思わずユノの腰に手を回したくなった


その時

とつぜん2人は引き離され

目の前のユノは壁に叩きつけられていた

いつのまにか部屋に入ってきたミノとドンジュの怒鳴り声にチャンミンは我に返った


「チャンミン!大丈夫か?!」

「え?」

ドンジュがユノに殴りかかろうとしていたけれど
ユノはそれを交わして立ち上がった

それでも尚、ドンジュはユノに食ってかかろうとしていた

「やめて!先生!」

チャンミンがドンジュを止めに入った


「最低だな?ユンホ」

ドンジュの息が荒い…

ユノは切れた唇から一筋血を流していた

深い湖のような暗い瞳

「連れて帰れ…
もう俺の前に顔見せるな」

ミノがチャンミンを庇うようにして部屋を出た

「ちょっと待ってミノ!」

「あの人、チャンミンがビジネスロボットなのをいい事に、こういう事を強要してたんだ」

「え?ちょっと…待って…」

「ごめん、ほんと」

「こういうことって…」

「愛してるとかなんとか言ってたけど
やっぱりとんでもない奴」

「ミノ?!」

「信じて馬鹿だったよ、ほんとに悔しい」

ドンジュが後を追ってきた

「チャンミン、大丈夫か?」

「大丈夫…」

「ミノから話を聞いて…
2人きりはまずいと思って来てみたら。
サイテーなやつだな」


3人でドンジュの車に乗り
ユノの会社を後にした

後部座席のチャンミンは後ろを振り返り
その小さくなるビルを見つめた

そっと唇に指で触れてみる

慣れ親しんだ甘い感触…

あのままいたら、きっと自分の方からユノを欲しがったと思う…


それでも、ミノとドンジュの話は少なからず衝撃だった

ロボットであった自分は、オーナーであるユノの指令が第一であったこと

果たして自分は、指令でそういう関係にあったというのか。

そんなはずはないと…

チャンミンの何かが叫ぶ

どこか遠くで叫んでいる
耳を澄ましても聞こえない

僕の思い出はどこにあるの





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ブリキの涙(36)





あの時、トラックが来たとき
「ユノ!」そう自分の口が叫んだ

抱きついて叫んでいた

そうすることはとても自然なことで
当たり前だった

ドンジュにはごまかしたけれど
自分はわかっていた。

抱きついた時のあの感覚

がっしりとした男らしい肩と厚い胸板
記憶にあるドンジュのそれではない感触

チャンミンの心にひとつの答えが見えて来そうで
自分でそれを打ち消した

何かとんでもない事が起こっていたのではないか

チャンミンはそれを知る事が少し怖かった

あのユノという人がそれを知っている
少なくともあの人はウソをついたのだから

この会社の人間だと、ウソをついたのだ

ユノだけではない
ミノもウソをついているし、

ドンジュは知っていて何も答えてくれない

今は誰も信じられない

とりあえず、チャンミンはミノが所属する営業部を訪れた。


「チャンミン、どうしたの?研修は?」

「今日はもう終わり。来週からいよいよ勤務だよ」

「そう。がんばってくれよ、いろいろ応援するから」

「ミノ、もう昼でしょ?ランチ行ける?」

「いいよ」

2人は簡単にパスタなどが食べれるカフェに入った。

「ミノと同じ会社に勤務できるなんて、うれしいよ」

「僕もだよ、チャンミン。
そういえば来週からの配属は決まった?」

「うん。研究室の補助だよ」

「そう」

「そのこと知ってたでしょ?ミノ」

「え?チャンミンの配属を?」

「知ってるのになんで聞くの?」

あくまでも…チャンミンは笑顔で
ミノの顔を覗き込んだ

「ウワサではね…でも、正式な事は知らなかったよ」


「そうか…疑ってごめんね。」

「いや…別に」

「ミノは僕に隠し事してるからさ。」

「え?」

「ドンジュ先生もね、だから今、僕は誰も信じられない状態なんだ」

笑いながらそう言うチャンミンには
どこか怖さがあった


「何が…知りたいの…」

ミノが戸惑っている


「まずはあのユンホさんってだれ?
この会社の人じゃなかった。」

「それは…」

「僕は来週から研究室だけど
社員になるためにこれからネットでいろいろな登録をしなくちゃいけないんだ。
ユンホさんの名前を検索かけて調べるけどいい?」

「チャンミン…」

「パスワードももらえるから、ユンホさんがこの会社にどう関わっているかくらいは調べられると思った」

「そんなこと…できないよチャンミン。
会社のシステムを舐めちゃダメだ」

「ナメてるのは、ミノでしょ?」

「え?」

「ここの営業はセキュリティが甘くてね
交通費の精算するのに総務が面倒がってパスワードを教えてくれた。」

「なっ…だれが?」

「そうしたらね、顧客リストにあったよ、チョン・ユンホの名前が出て来た。」

「………」

「会社名もね。ただ他の個人情報はない。
連絡先とか居場所とか。」

「………」


「できたら、ミノの口からいろいろ教えて欲しかった。」

「チャンミンは…何が知りたいの?」

ミノの声が震えている


「僕が発作で倒れてから、この身体になるまでに
何があったのか、だよ」

「何もないよ!ただ機械が適応するまでずっと
博士の元にいたんだ!そう何度も話したじゃないか」

「ミノ…」

「それ以外に何が知りたいの!」

大きな声をだすミノに、まわりの客がチラチラとこちらを見ている


「チャンミンは…僕を…そんなに苦しめたいの…」

「………」


「調べたらいいよ…好きなだけ調べたら…」


ミノはスマホを出して操作をした。

「今、ユノさんの連絡先を送信したよ」


「…ごめんね、ミノ。
苦しめたいわけじゃないんだ」

「………」

「ごめん、ミノ…」

「あのさ…これから何を知るかわからないけれど
これだけはわかって…」

「うん…」


「僕は微力で…本当にごめん」


「ミノ…」


「小さい頃から、ずっとチャンミンが大好きだよ」


「………」

「もう僕と連絡をとりたくなくなるかもしれないけど、それだけは…わかって」


そう言ってミノは店を出て行った


自分が知りたい事を調べると、ミノが傷つく
ドンジュもそんな様子だった

でも…もう後戻りできない
どうしても知りたい…

あのユンホさんが誰なのか…知りたい


チャンミンはスマホに送信されたユノのアドレスをタップした


その日のうちに会ってくれることになり
チャンミンはユノのオフィスに出向いた

オフィスには何人かのスタッフが黙々と仕事をしていた。

みんながとても忙しそうで
簡単にユノに会おうとした自分を少し恥じた

「あの…ユンホさんは」

側にいたスタッフが仕事の手を休めて対応してくれる。

「社長は2階におります。どうぞ」

通された社長室はシンプルで、
ユノは窓際の桟に腰掛けて外を見ていた

「先日はどうも」

チャンミンはぺこりと頭を下げて挨拶をした。


「ここがよくわかったね。」

「ミノが教えてくれました」

「自分で調べたんでしょ?」

ユノは腕組みをしながら、その視線は窓の外の景色から外さなかった

「そう…です。あなたがウソをついていたから」

「そう、ウソついた。悪かったね」

「どうして…ウソついたんですか」

「そうする必要があったんだよ。もう君も大人でしょ?それくらいわかったら?」

「は?自分自身のことですよ?僕には知る権利があるでしょう?」


「あのさ」

ユノは窓際の桟から降りると
腕組みをしたまま、チャンミンに近づいた

真っ正面から見たユノはとても綺麗で色気があった。


「君は自分勝手だね」

ユノの声は低くて優しい

「どうしてですか?」

「君が何かを知ることで、大事な人が苦しむんだよ
今の君に支障がないなら、知らなくたっていいじゃないか。」

「だって、自分のことですよ?」

「好奇心だけだろ?」

「何かあるって知ったら、それがなんなのか、
知りたいに決まってるじゃないですか」

ユノはため息をついた。

スッキリと切れ上がった目尻が綺麗だ


「まあ、そうだよな。知りたいよな
君にそんな好奇心抱かせるまわりがバカだ。
脇が甘いったらない」

ユノがチャンミンの大きな瞳を見つめた

お互い見つめ合う

ユノのその黒曜石のような瞳の中に
チャンミンは言いようのない何かを感じた

これだ…

なにかモヤモヤとする何か


「俺がそばにいれば、お前には何も気づかせなかったのに…」
ユノがひとりごとのように呟く。

「あの…」

「全部話してやる。いいか?」


チャンミンはゴクリと喉を鳴らした
少しだけ緊張する


「俺はチャンミンが発作を起こす前のことは知らない。
仕事が忙しいのと、社員のデキが悪すぎて
AI搭載のビジネスロボットを探していたら、お前をどうだと言われた。すげぇ金額で。」

「ビジネスロボット?」

「俺はロボットだと思って充電しながら使ってた。
だけどさ、ミノにチャンミンと名前をつけてくれって言われて」

「………」

「お試し期間だったんだけどさ、
お前、発作が起きる前の事をいろいろと思い出しはじめて、おかしいと思ったら、
元は人間だって話で、こっちはびっくりだよ」

「ロボットってことで、僕を買ったの?」

「そうだよ。思い切り法に触れるから俺は返品したんだ。
死にかけたやつの脳にAIを施してロボットにし
高額で売ったんだよ。人身売買だ」


「そんな…」

チャンミンのまつげが震える

その大きな瞳から涙がポロポロと溢れた


「僕は…確かに実験台にしてって…お願いしたよ?
どうせ死んでしまうならいいかなって。」

「……」

「だって、もう母さんが金銭的に大変で…
だけど…ロボットにして売るって…」


ユノは目を伏せた

「会社もペイできなかったんだろ、そうでもしなきゃ」

「最初からロボットとして売るつもりだったの?」

「いいか?会社自体はそのつもりだったかもしれないけれど、ミノは納得してなかった。
ヤツを責めるのは間違いだ」

「………」

「ドンジュも…知らなかったんだ…
みんないろんな思いがあっただろうけど
とにかく、またお前が健康に戻ってきたことで
このことはそれぞれの胸にしまったんだよ」

「ひどい…」

そう言うと
ユノはチャンミンの襟をつかみあげた

「な…なんですか?!」

「みんなお前の為を思って…ツライ思いしてんだ
自分ばっかり大変だったと自惚れんな」

ユノのキツイ視線の中に深い悲しみが見えた。

「ミノもドンジュも、お前に一番いい方法を考えたんだ…」

「じゃあさ、そのまま昔を思い出さなかったら
僕はずっとビジネスロボットとして、存在してたってわけ?」

「そういうことだ」

ずっと幸せに…俺と暮らしたんだよ

チャンミン…


「僕は普通に会話ができたの?」

「は?」

「ロボットだったんでしょ?
どんな扱い?夜はこのオフィスにいたの?」

あの頃、お疲れ様でしたと微笑みながら
自分に充電コードを差し込むチャンミンを思い出した

「そうだよ」

「その時の事はまったく記憶にない…」

「記憶をAIで制御されてたからね。
リセットして家に帰したんだよ」


しばらく2人の間に静かな沈黙が流れた


「すみませんでした」

突然チャンミンが頭をさげた

「なんの真似?」

「ユノさんのおっしゃること、わかります。
僕は…ワガママですね…みんなが一生懸命僕のために動いてくれたのに」

「………」

「そう思う反面…またか、という思いです…」

「またかって?」

「僕は自分の力で何かをやったことがない。
しかたなかったんですけどね、身体も思うようにならなかったし」

「………」

「自分で何かを選んで行動するってことが…ない。
いつも決められてるんです、僕の行く先。
だけど、まわりに申し訳なくて…こうしたいとか
言えなかった…」

「………」

「だから、たまに反抗して…影でメチャクチャな事してきたんです。人の心を弄ぶような事。
そんなことしても、どうにもならないのに」

「………」

「すみません、生きているだけでもありがたいのに」

「………」

思いつめたような表情で、床の一点を見つめるユノ
何も答えずじっとしている


「ちょっとだけ、想像してたんです。
もしかしたら、発作が起きて目覚めるまで
僕はどこかで自由に生活してたのかなって。
そうだったら…いいのにって…」


「そうか、そういうことにしてといてやればよかったな。」

「あり得ませんよ、いいんです。
本当の事を話してくれてありがとうございます」

「でもさ、親孝行できたじゃないか」

「?」

「実験台になってもいいって自分で自分の道決めたじゃないか」

「………」

「選択肢がそれしかなかったか、悪い」

「いい方に考えます」

チャンミンはニコッと笑った


少し迷ったあと、チャンミンは意を決したように
話し出した

「僕、ドンジュ先生とつきあってたんです」

「………」

「唯一、ワガママを言える存在なんです。
だから、振り回しちゃって…へへ…」

「一緒に…住まないの?」

「もう一度考えてみようかな、先生とやり直したら
少しは僕もやりたい事ができるかも」

「そうか…」

「実はね…」

「?」

「目覚めるまで、僕はユノさんと一緒にいたんじゃないかなって、少しだけ思ってたんです」

「そんな記憶が…あるのか?」

「ないですけど、当たりました。」

チャンミンはニッコリと笑った


ユノは一瞬喜んだ自分が…悲しかった


「ユノさん、なんかスッキリしました。
ショックだけど、ま、やっぱりみんなが僕のために
してくれた事だから、僕は何も言いません。」

「……そうだな」


そうやって、まわりに恐縮しながら生きてきたんだな…

「それじゃ、僕はこれで。
お忙しいのにすみませんでした。」

ぺこりと頭を下げるチャンミン


いい子ばかり演じて…だから、たまに箍が外れて
男を振り回してみたりする

あの頃、お前は俺にその事を知られるのをイヤがった

俺の前でも…いい子でいようとしてたのか。

これからはドンジュに守られて自由に生きていくのだろうか。


そう思ったら、ユノはたまらない気持ちになった


俺じゃダメか?

俺ともう一度やり直さないか?


いい子にしてなくていい

やりたいことやらせてやる


だから…

部屋を出て行こうとしたチャンミンの肩に
後ろからふわりとユノの腕が巻きついた

その力は次第に強くなり
気がつけば、チャンミンは後ろからユノに抱きすくめられていた。





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ブリキの涙(35)




「ユノ!!ユノ!!」

チャンミンが血相を変えて道路に駆け下りてきた

ユノはそのままトラックをやり過ごし
振り向いてチャンミンを見つめたまま固まっていた


「ユノ!!大丈夫?!!」

息を切らしたチャンミンがユノに抱きつく

「危ないよ!なんで道路に飛び出すのっ!」

チャンミンは泣いていた


はぁはぁと荒い息を整えながら
チャンミンは頬の涙をぬぐった

やがて…ゆっくりと


時が止まった


ユノの時間も

そしてチャンミンの時間も止まった


2人はまるで…深い水の底にいるように
なにも聞こえなかった


ゴボゴボと泡の音だけがする深水の音

遠くの頭上でぼんやりと光る、下から見上げた水面のさざ波

見えるはずのない、そんな景色が見えるような気がした

聞こえるはずのない音

見えるはずのない景色

感じるはずのない肌の感触



しばらくして…2人の耳に現実世界の喧騒が聞こえてきた

深い眠りから目が覚めたような感覚に
チャンミンはパッとユノから離れた


「僕…なんてこと…すみません」

「………」

抱きつかれていたユノは複雑な表情で
返事をしなかった

「いや、なんか…危ないって思って…」

「………」


固まっていたのはユノだけではない。
ドンジュもミノもその場に立ち尽くしていた

なんとか、ユノが返事をした


「ありがとう…チャンミン…」

「え?」

「心配してくれて…」

「いや、あの…心配っていうか…」


ユノは悲しそうな顔で微笑み
ジャケットを握りしめるチャンミンへ手を差し伸べた

「上着をありがとう」

「あ…」

チャンミンはユノに、その上質な生地で仕立てられた上着を渡した。


「それじゃ、私はこれで」

「はい…」

「元気で…チャンミン」


どうして僕をチャンミンって呼ぶの…
涙が出てくるのはなぜ

ユノの瞳が切ない…

チャンミンはなぜか無性に焦る

「元気でって…もう会えないみたいに言わないでください」

「……」

「あ、あの…だって、ほら…パン買ってきますから
差し入れにね?」

「そうだったね、待ってるよ
それじゃ」

なんだかカタチだけの返事をして、ユノはその場を立ち去った

チャンミンはいつまでもユノの後ろ姿を見送り
そんなチャンミンをドンジュは悲しそうに見つめた


何事もなかったようにその場は解散となり

チャンミンはドンジュに送ってもらって
家へ帰った

「ありがとう先生」

「ねぇ、チャンミン」

ドンジュは家に入ろうとするチャンミンを呼び止めた

「はい?」

「チャンミンは…あのユノさんを知ってるの?」

「あ、僕が目覚めたとき、そばにいたんですよ
ミノの会社の人です。」

「ずいぶん親しい仲なのかなって思ったよ」

「え?」

「チャンミンはあの人のこと、ユノって」

「そんな風に呼んでました?」

「覚えてないの?」

「うん、トラックに轢かれちゃう!って思って」

「ユノって呼び捨てにして、抱きついてたよ」

「咄嗟のことで、よく覚えてないけど
失礼な事しましたね」


「ま、危なかったんだから」


「………先生」

「なに?」

「なにを言い争ってたんですか」

「………」

「ミノも先生も…僕に隠してることがあるんじゃないですか?」

「…もし」

「………」

「もしそうだとしたら、それはチャンミンのためだ」

「僕のため?」

「…そうだよ」

「よく…わからないけど…知らない方がいいってことですね」

「そういうことだ」

「そうはいきません」

「え?」

「先生、僕になにがあったんですか」

「なにって……」

「僕は先生やミノのおかげで、生きて帰って来れた。それは感謝します。でも…」

「………」

「自分になにがあったのか…知る権利くらい僕にもあるでしょう?」

「それを知って、それが誰のためにもならない事だったら、忘れたほうがいい事だったら?」

「知った上で判断します」

「それなら自分で思い出すんだね。
物理的には無理なことだよ。」

「………」

「それでも思い出したなら
正直、すごいな、と思うね…」

「……」

「そこまでの…想いなんだな、と」


「先生の言っていることはよくわからないけど
あのユンホさんが関係しているんですね」

「ノーヒントだよ、チャンミン」

寂しそうにドンジュが笑った


チャンミンはついこの間のことを一生懸命思い出そうとしているけれど

私と過ごしたその前の日々については
何も心動かされないというのか。

覚えているだろうに

自分は忘れられないのに

「じゃあ、ここで」

「ありがと」


それから、ミノはユノからすぐに連絡があり
今度はチャンミンのいない、別の場所で落ち合った

「納得いかない」

「はい…ただ、あの見積はあくまでも見積で
僕としては、やはりここに関してはユンホさんにお任せするべきなんだと…先生にもわかってほしかったんです」

「納得してんのか?あの教師は」

「あの金額でできる範囲でやりたいとは言ってます」

「それってさ、自分の自己満足のためであって
なんにもチャンミンのためになってない」

「たしかにそうです」

「あんまりこういう事はしたくなかったけど
俺がオーナーだという権限を使わせてもらう。
こんな見積はダメだ。
すぐ消耗して、どこでなにがあるかわからないような部品なんて認めない」

「…わかりました」

「それと…1つ聞いていいか」

「なんでしょうか?」

「チャンミンは…今…幸せか?」

「……幸せだと思います。
仕事をするのだと張り切っていて」

「なぜドンジュと暮らさない?」

「………これは僕のみた感じですけれど
チャンミンには今はその気はなさそうで…」

「……そうか」

「普通に尊敬する恩師の感じで…
それでも先生はチャンミンを引き受けるつもりです。チャンミンがその気になるまで待ってます」

「俺から聞いといてなんだけど
知らなきゃよかったな、その状況…」

「どうしてですか?」

「チャンミンがドンジュにその気がないなら
俺が…ってそんな風に考えてしまうよ」

「だけど、もし本当のことがわかったら
チャンミンは自分がビジネスモデルのAIロボットとして売りに出されたのだと、それを知るんです」

「ああ、そうだな」

「それは…僕としては…イヤなんです。
チャンミンを売ったなんて、それに僕が加担したなんて」

「わかった…」

「すみません…」

「お前の会社は表向き医療器具の開発だからね」

「はい…」

「とにかく、修理についてはチェックさせてもらう
お前があの教師の肩を持つ可能性もあるからな。
俺はそういうところ、疑り深くて、しつこい」

そう言ってユノは笑った
あくまでも冷たい笑顔

「わかりました」


チャンミンはユノについて調べ始めた。

自分が眠っていたとされる数ヶ月
何かがあった

たまに感じるこのモヤモヤとした気持ち

時折訪れる深い水の底に沈んだような感覚

突然湧き上がる意味のわからない感情

これらがその数ヶ月の間の自分に関係があるのかもしれない。

しかし、調べても会社の営業部にはユノの名前はなかった。






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ブリキの涙(34)



「あ、あの…私はちょっと別室に行ってますので」

いたたまれなくなったミノは、そう言い残して部屋を出た。

ユノとチャンミン、2人だけになった応接室では
ユノがそのパンに見入っていた。

なぜ、チャンミンはこのパンを買う?

もしかしたら…

もしかしたら、思い出している?
自分との日々を

まさか、まさか…でも…


「おひとついかがですか?
美味しいんですよ」

チャンミンが笑顔でユノに買ってきたパンをすすめた。

あまりにパンを見ているユノに
それが欲しいのかと勘違いしているチャンミンだった。

ユノはじっとチャンミンを見つめてから
優しく微笑む

「じゃあ、遠慮なくひとついただきます。
とても…美味しそうだ」

「どうぞ」

ユノはソファーに座ると、ブルーベリーのパンを手に取ろうとした。


あ、それは一番好きなやつなんだけどな

思わず残念そうな顔をしてしまっただろうか

ユノは笑顔で別のパンを手にした。

「今、これは選ぶな、という顔をしていましたよ。
ブルーベリーが好きなんですか?」

「あー、すみません。バレちゃいましたか?」

チャンミンは笑った。

眉が段違いになる可愛い笑顔はそのままだ。

ユノは胸が締め付けられるような感覚に陥った

こうやって、また会う機会はあるだろうとは
思っていたけれど

愛し愛されたことなんて、まるで何もなかったような素振りをすることはユノにとって身を千切られるような痛みを伴う。

チャンミンを見つめるユノの黒曜石のような瞳に
少しだじろぎながら


「あの…ユンホさんは、僕が目覚めた時にそばにいらっしゃいましたね?」

「あ、はい」

「この会社のどこの部署の方なんですか?」

「え?」


ああ、そうか

あの時、自分は会社の人間だということで
チャンミンを家に帰したのだ

「営業です」

「じゃあ、ミノと同じですね」

「そう…ですね」

「僕は今、研修中なんです。」

「研究の方ですか?」

「そうです。」

「今は…あのまま…ご実家に?」

ドンジュと住んでいるのか、気になった

「はい、実家に住んでいます」

少し、ホッとした…

「お母様はお喜びになったでしょう?」

「そうですね、お陰様で親孝行ができました
心配ばかりかけていましたから」

「よかった…」

「あ…はい」

「本当によかった…」

ユノはしみじみと言った


チャンミンはユノに温かいものを感じた。

その整った顔立ちも相まって
一見冷たそうに見えるユノだけれど

この人はとても温かい人だ

チャンミンはそう思った。


「ユンホさん、パンは美味しかったですか?」

「とても!」


チャンミンはその返事に顔を輝かせた

「じゃあ、今度たくさん買うので、差し入れさせてください!」

「はい、ありがとうございます」

笑うと弓なりに細められるユノの優しい瞳に
チャンミンは魅入った


しばし、見つめあう2人


何かが高まっていくようなそんな雰囲気を
破るように激しくドアが開いた。

2人が驚いてそちらを見ると

そこには怒りに震えるドンジュと、それを追いかけてきたミノの姿が見える


「先生…どうしてここに?」

ドンジュは興奮していて、
チャンミンを気遣うことができずにいる

我を忘れている

「約束が違うじゃないか」

「約束?」
ユノがドンジュを睨む

「引っ込んでいてくれるはずだろ?」


冷静なユノはチラリとチャンミンの様子を伺った

不思議そうな顔をしているチャンミン


「外で話そう」

そう言ってユノは席を立ち、廊下にドンジュを押しやった



「チャンミンの前で話の内容に気をつけろ」

ユノが低い声で詰め寄った

「ユノさん、金に物言わせて保護者ヅラですか?」

「お前こそ、くだらないプライドでチャンミンに負担かけるなよ」

「なんだって?」

「俺は…チャンミンに最高の事をしてやりたいだけだ。」

睨み合うユノとドンジュ

「見返りなんか求めてない」

ユノのまつげが震えるのは、
怒りか悔しさか…

ドンジュはユノの気迫におされ
言葉を発することが出来ずにいた。

「お前、チャンミンを任せろって言ったろ?
だったら、そんなプライド捨てて、ありがたく俺の金を使ったらいいじゃないか」


「ユノさん!」

ミノがユノの肩を掴む

「やめてください!チャンミンが…」


低い声で話したつもりが…
その内容は様子を見にきたチャンミンに聞こえていた

「どういう意味?」

チャンミンが怪訝な顔をしている


ミノがチャンミンのフォローに回った

「研究費のことだよ、なんでもないから」

ユノも振り向いて、笑顔を作った

「なかなか社内の調整がうまくいかなくてね
すみません、私はこれで戻ります」

「戻るって?」

そう聞き返したチャンミンへ
ユノは返事をしなかった


ドンジュも吹っ切ったように笑顔を作った

「帰ろうチャンミン。
今日はもう帰宅していいよな?」

ミノは黙って頷いていた

ユノが足早に廊下を進む

「あの、待ってください!
上着を忘れてますよ」

チャンミンは部屋に戻り、ソファーにかけてあったユノの上着を手に取った

その瞬間

チャンミンは目の前が真っ白になった気がした

この手触り…
僕のスーツと一緒だ…

とりあえず、その上着を手に取ると
チャンミンは廊下のユノを追いかけた

歩くユノにドンジュがまだ何か言っている

先生はどうしたというのだろう

いつも穏やかな先生がユノに執拗に迫っている


階段を走り降りるユノにまだドンジュが追いかけて詰め寄った

ユノは通りに出たところで、
肩を掴んできたドンジュを避けようとして、
前のめりに、道路に出てしまう

左からはトラックが直進してきた


チャンミンの目には…それはすべてスローモーションのように見えた


「ユノ!!!!危ない!!」

その声にユノが驚いて振り向く





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ブリキの涙(33)



チャンミンのスーツが仕立て上がったと連絡が入った。

母と2人で店を訪れて、仮縫い時の確認と試着をした。

背が高く、脚が長いチャンミンに
そのスーツはよく似合った。

鏡に映る姿を見て、なにか不思議な気持ちになり
チャンミンは思わず自分を抱きしめた

手に上質な生地の感触が伝わる

なぜか泣けてきそうな気持ちになる

そんなチャンミンを母が心配した

「チャンミン?大丈夫なの?胸が苦しい?」

「大丈夫だよ、母さん、ごめん」

姿勢を正してチャンミンは微笑んだ

「もう、大丈夫なのにね、
なんか心配になっちゃうわ。」

「ごめんごめん」

「スーツとてもよく似合ってるわよ」



その頃、ミノは困り果てて、悩んでいた。

チャンミンの充電器の修理について
オーナーであるユノから金額の了承を得ているのに、ドンジュがそれに反対をしているのだ。

ドンジュにしてみれば
チャンミンを受け入れて庇護したいのに
いつまでもユノがチャンミンに口出しすることが
面白くないのだろう。


「ユンホさんがオーナーだからといって
いつまでも潤沢な資金があるかどうかわからないじゃないか。」

「おそらく安定だとは思いますが…
そのあたりが危なければ、きっと早めに何か言ってくれるはずです。」

「それにしたって、チャンミンに記憶がなくても、
いろいろあった2人なんだ。
ユンホさんの手から離れて、自分の管理もできる範囲でしていかないと」

「できる範囲って…
元々、金銭のある人に所有してもらわなければ
存在できないように作られているんですから」

「そこをどうにかしていかないと」

「そんな…」

「いきなりは無理かもしれない。
でも、私もできる限りのことはするし、
できたら、私の可能な範囲で管理できるように
見積もりをとってもらいたい」

「はい…」

ミノにとっても、ドンジュは恩師でもあり
強く言えない部分があった。

この事を上司に報告すれば、ユノにどういう風に伝わるかわからない。

チャンミンを実家に帰すのを会社が承諾したのは
あくまでもユノがオーナーであるからだ。

ミノは仕方なく、できる限り抑えた金額で見積もりを作り、ドンジュに見せた。

「申し訳ありませんが、あくまでもオーナーはユンホさんなので、この見積もりの決定権は先生にはありません。」

「わかってるよ、ありがとうミノ」

「はい…で、今回はユンホさんの指示に従って
決めますので」

「この見積はチャンミンの希望ってことにしたらいいよ」

「は?」

「チャンミンが私に負担がかからず
これからもやっていける金額で管理していきたいと
そういう希望だと話してくれないか」

「そんな…」

「ミノ、もう環境は変わったんだ。
チャンミンはAI搭載のロボットではなくて
最新の技術で死を免れた患者なんだ」

「そうですが…」

「チャンミンには私から話す。
だからこれでユンホさんにはミノから話して」

「………話すって…チャンミンは自分の維持費は
我が社から出ていると思っています。ユノさんからだと思っていませんよ」

「そこはどうにでもなる。私がなんとかするから」

「………」


見積もりをユノに提出した途端
ユノからミノに即座に連絡があった


「この見積はどういうことだ」

ユノの低い声が怒りを含んでいる

「あの…」

「なんでこんなに維持費が安くなっているんだ。
これでチャンミンは大丈夫だっていうのか」

「まあ、なんとか大丈夫だと思います」

「なんとか大丈夫ってバカかお前」

「ば…バカって」

「これはお前の上司の意見か?」

「違います。チャンミンが…自分のできる範囲で
管理できればと…」

「チャンミンが自分でそう言ったのか」

「………はい」

「うそつけ」

「………」

「本当の事を言えよ」

「チャンミンが母親を気遣って…」

「お前の会社から支払われていることになってるだろ?その金額が高い方が、親のためにもなるだろ」

「………」

どうにも理屈が通らないミノだった。

「あの教師か?」

「………」

「あの教師が自分の給料で賄おうとしてるのか」

「………」

ユノはため息をついた

「恩師だから言えないか、な?」

「そういうわけではないのですが…
あくまでも見積なので」

「あの教師にとっては邪魔なんだろうな、俺が」

「……」

「なんでもいいけど、チャンミンに負担がかかるのは困る」

「……はい」

「会わせてくれ、ドンジュに」


イヤな役回りだった。

ドンジュに伝えると、まさに受けて立つ、そんな感じで二つ返事でオーケーだった

ミノの会社の応接室で
一度、ユノとドンジュが話をする機会が設けられることになった。


話し合いの中心人物、当の本人のチャンミンといえは、

仕事の研修という名目で未分不相応に高級なスーツで出勤していた。

チャンミンは正直なところ
ユノに維持してもらいながら、会社の研究材料となっていた。

そんなことはまったくわかっていないチャンミンは
今日も来る途中で買い求めたパンとコーヒーを片手に、応接室に忍び込んだ

チャンミンのランチはこの応接室と決まっている

誰にも邪魔されず、ゆったりとしたソファーでくつろぎながら食事をした。

買い込んだパンをガラスのテーブルの上に
紙ナプキンを敷いて乗せる。

さあ、食べよう

と、その時だった

開くはずのないドアが開いて

ミノと、そしてその後ろに背の高い綺麗な男性が続いて入ってきた

「!」

「チャンミン!なにやってるの?!」

ミノは慌てた、いろんな意味で慌てた…

チャンミンとユノを会わせていいものか
それをドンジュに知られたらどうしようとか。

一瞬のうちにいろいろな思いが湧き出してきて
ミノは落ち着かなかった

チャンミンはミノの後に続いた男性に目を奪われた

「あ!あの…僕が目覚めた時にいた方…」

しばらく目を見開いてチャンミンに見入っていたその人が、口角を上げて微笑んだ

「覚えていますか?チョン・ユンホです」

「ユンホ?…さん?」

「はい」

「図書館の?」

「?」

「あ、いえ、なんでもないです、
すみません、ここ使うんですね?」

「ごめんな、チャンミン」

バツが悪そうなミノだ。

「いいですよ、ここで食事してください。
私達が移動しますから」

ユノが優しくチャンミンに言う

「ありがとうございます。
でも、僕が移動しますので」

そう言ってチャンミンは広げたパンを片付け始めた

そのパンを見たユノがテーブルに近寄ってきた

「これって…」

「あ、僕のお昼ご飯です。」

「どこで…これを?」

「えっと、ちょっと遠回りして、この店に寄ってから出勤してます」

「…なぜ?」

「なぜって…美味しいから…かな?」





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ブリキの涙(32)



朝ごはんを家族で食べる幸せ

「今日は苦しくない?」と
そんな風に聞かれることもなく

チャンミンが人工心臓によって生まれ変わって
帰宅してから既に数日がたっている

母がチャンミンに話しかけた

「今日はどうするの?」

「うん…図書館でも行こうかな」

「隣駅の大きい図書館ね?」

「そうだね、ひさしぶりだし」

「そういえばね、チャンミンの図書館友達が遊びにきてくれたことがあったのよ」

「え?図書館友達?」

「あーそうね、友達ではないかもしれない」

「?」

「命日とされてた頃にね、来てくださったの」

「なんて名前?」

「たしかね、ユンホさん」

「ユンホさん?知らないな」

「あら、そう。
かなりカッコいい人だったのに
忘れちゃったの?」

「だいたい、図書館って本を読むところなのに
友達ができるって事、あんまりないでしょ」

「まあ、そう言われたらそうだけど」

「怪しい人だったんじゃないの?
なにか実験の情報探ろうとしたとか」

「そんな感じの人には見えなかったわ」

「カッコよかったとか言って、なんだかな」

「正直言うとね、あなたの恋人かと思ったのよ」

「恋人?!」

「その方がね、あなたをそんな風に思っているように見えたの」

「図書館で僕をいつも見てた、とかなのかな」

「それもあり得るわね」

「うわー気持ち悪い」

「でも、ほんとそんな感じではなかったのよ」

「それに僕には先生が…」

「ドンジュ先生?」

「うん…」

「本当に先生が好きなの?」

「うん…たぶん…あんなに振り回しちゃったし」

「振り回したから?付き合わなきゃいけないの?」

「好きだから、振り回したんだと思うよ」

「ずいぶんと他人事みたいに言うのねぇ」

「そう…かな」

母は笑いながら食器を片付けにキッチンへ戻った


他人事か…そんなつもりは…ない…

でも

ほんとにそう言えるだろうか

またそのユンホさんという人がいたら怖いので
図書館に行くのはやめた。


それよりも、ミノの会社へ行く事を考えて
少しスーツを新調することにした。


維持費として、かなりの金額が入金されているけれど、正直毎月余ってしまう。

少し贅沢にオーダーのスーツにしようか。

母と仕立て屋に出かけたその店は
昔ながらの仕立て屋さんだ。

「今ならいくらでもネットオーダーができるのに」

「やっぱりこういうところでキチンと作るほうが
いいのよ。せっかくだから」

「ふぅん」

身体の至るところを隈なく計られた
大体のデザインが決まる頃には疲れが出るほど。

身体に合ったスーツを作るのって大変だな

「では、生地を選んでいただきます」

まだ続くのか…

生地も本当に様々でこんなに種類があるのかと
うんざりしてしまう

もうなんでもいいんだけど…

「やはり、肌触りの良いものが高級とされています」

「そこまで高級じゃなくていいんです」

「そうですか。一応これが一番高級な生地なので
触るだけでも参考になります。」

チャンミンは面倒臭そうにその生地に触れた

その瞬間…

そのサラッとしているのに、きめ細かくハリのある生地の感触が…

覚えがある

触ったことがある

いつだったのだろう

なぜかこの生地を触っていると泣きそうな気持ちになる

いつまでもその生地に触れているチャンミンを
みんなが不思議に思った

「やはりいいですよね、その生地は」

「思い切ってこれにしてしまったら?
たまには贅沢してもいいんじゃない?」


母もチャンミンを盛り上げた。

でも、当のチャンミンは
むずかしい顔をしたまま、何かを確かめるように
生地を触っている

「あ、あのね、チャンミン」

いつまでも生地を触るチャンミンを
母が見兼ねて窘めた

「売り物をそんなに触ったら、お店の方に悪いわよ」

「え?あ、はい」

「どうする?その生地にする?」

「でも、すごい金額になるよ?」

「たまには、いいじゃない?」

「贅沢だな、なんか」

そう言いつつも、結局はその一番高級な生地でオーダーした。


自分はやはり一度危篤状態にまでなっていたらしく
少し記憶が失われているのかな、とそんな風に思った。

それは悲しいことだ。

アルバムを見ながら色々考えたけれど
やはり、大きく記憶が抜け落ちているような感覚もなかった。

ミノに相談してみた。

ミノはチャンミンの目を見ない


「チャンミン、あれだよ、ほら、誰だってそんなに細かいところまで覚えてないから。
その程度ならよくあることだよ。」

「そうかな…うん、そうかもね」


ミノは気になった。

ユノなら、高級な生地でスーツを作るだろう
その店で一番いい生地で仕立てたってまったく不思議ではない

チャンミンは少し記憶があるのだろうか

そんな、そんなはずはない


なんのタイミングが、チャンミンの母親から充電器の不具合について連絡があり

ミノはユノの元を訪れることになった

ひさしぶりに会うユノは少しやつれたようで
でも、チャンミンの事となるとこうやってスケジュールを合わせて来てくれる。

「特注なので修理が難しくて。かなりの金額がかかってしまいそうなんです」

「いいよ。一番いいのにしてやって」

「あ…はい」

「で?用はそれだけ?」

「はい…そうです。お忙しいのにすみません」

「何言ってんの。大事な事だよ」

「はい」

「じゃあ」

「あの!」

「なに?」

「元気ですか?ユノさん」

一瞬真顔になったユノが次の瞬間破顔した

「元気だよ」

とてもじゃないけどそんな風には見えないユノが
柔らかく微笑んだ






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ブリキの涙(31)



ユノには虚しく連続する日常生活がはじまり

チャンミンには、発作が起きて運ばれた日からの記憶が、いきなり今日につながって。

そんなチャンミンにとってはいつも通りの生活だった。

母も兄弟もそれは最初は驚いたけれど
実験としては成功したということで、結局はその幸運を喜んだ

身体も普通の生活ができるようになっていて、
ドンジュは離婚して自由の身だった。

環境としては以前よりうんと恵まれていた。

チャンミンはこれから仕事も探して、と思っていたけれど、やはり世間的に充電をしながら生きている、ということは今ひとつよろしくなく
ミノのところで働くことになった。

「ミノ、聞いていい?」

「うん、なに?」

「あの日発作が起きて、僕は病院に運ばれて
ここで処置されたんだよね」

「そうだよ」

「それからいままで、僕はどうしてたの?」

「……処置はそんなに簡単にいかないし
適応できるまで意識は…ない状態だったよ」

「そうなんだ」

「僕も聞いていい?」

「なに?」

「どうして、ドンジュ先生と一緒に住まないの?」

「あ……」

「先生、離婚してるしさ、いつでもチャンミンを迎え入れることができるように…準備してるよね」

「母さんに苦労かけたからさ、もう少し親孝行して」

「そのお母さんが気にしてたよ。」

「母さんが気にすることないのに」

「先生はなにも言わない?」

「うん…」

「つきあって…ないの?」

「つきあって…ない…」

「そうか…うん…ごめん、おせっかいだね」

「心配してくれてるんでしょ?ありがとう」

チャンミンは微笑んだ



夕食を家族で囲む、団欒のひととき。

母はチャンミンの好きなものを必ずひとつは盛り込んで、食卓に並べる。

このひとときを捨ててまで、ドンジュと暮らすつもりはなかった。

そもそもドンジュへの気持ちもそこまで盛り上がらないチャンミンだった。

もしかしたら、かつてはただ誰かに頼りたくて
それでドンジュに甘えていただけなのかもしれない

そんな風に思いはじめていた


ある日チャンミンはドンジュと散歩にでかけた。

「仕事はどうなの?チャンミン」

「まあまあ。違法行為にならないように工夫して
僕のこの機能をもっと広められるといいんだけどね」

「そうだね。」

「あの、ドンジュ先生」

「なに?」

「僕、あれだけ先生を振り回して
大変な目に合わせたのに」

「離婚のこと?」

「うん。それなのになんにもしてあげてなくて」

「いいんだよ。そのことは基本、私が悪いんだから」

「僕だって…」

「私の責任でこうなったんだ。
そうなりたくなかったら、チャンミンを好きにならなければいい話」

「……でも、準備してくれてるって」

「そうだけどね、それは本当。
だけど、無理やりは私もイヤなんだよ」

「………」

「それじゃ、フェアじゃないからね」

「フェア?」

「ある人にね、負けたくないんだ」

「ある人って?」

「いや、なんでもない」

「変なの先生」

「チャンミンは自然にいてくれていいんだよ。
私のことはチャンミンがその気になってくれたらで」

「先生、ごめんね、でもありがとう」


チャンミンはドンジュと別れ、散歩の帰り道に
美味しそうなパン屋を見つけた

店内を覗いてみると、美味しそうなパンが並んでいてチャンミンは思わず笑顔になった

いくつか見繕って、トレイに乗せていった

すると、店の奥から店長らしき人が出てきた

「いらっしゃいませ、あれ?」

「はい?」

「おひさしぶりです、今日は早いんですね」

「え?」

「もう、ブルーベリーの追加は用意しなくていい、と連絡もらってたので、今日はそれしかないんですよ」

そう言って店主はチャンミンのトレイに乗せられた
ブルーベリーのパンを指差した


なんの話だろう?


「お好きなんですよね?」

「あ、僕はこの店に初めて来たので…」

「え?まさか」

「あ、初めてです」

「そう…ですか…なんかすみません。
人違い…ってことですね」

「いえ、いいんです」


ブルーベリーがなんとかってなんだろう?

チャンミンは話の内容がまったくわからない状態でとりあえず店をでた

帰り道、袋からひとつパンを取り出し頬張ってみる

うん、美味しい

これはミノにも分けてやろうと
チャンミンはミノの家に届けた


「美味しそうだね、ありがとう」

「これさ、店主がすごくこだわっててね
麦や水まで選ばれたものを使ってるんだ」

「へぇー雑誌かなにかで有名なの?」

「え?」

「素材がいいって、話題なの?」

「………いや」

「?」

「誰かが言ってたんだ」

「誰?」

「へへ…わかんない、だれだっけな」

ミノも笑って、パンを受け取ってくれた。

「どこのパン屋?」

「あのオフィス街の近く」

チャンミンの答えに、ミノがびくっとした。

「どうしたの?ミノ」

「あ、なんでもないよ。
なんで、そんなところまで行ったの?」

「ドンジュさんとブラブラしてて、
別れて家へ帰る途中だよ?」

「ああ、そうか」

「なに?」

「いや、なんでもない…けど
あのさ…チャンミンはその後身体の様子はどう?
頭が痛くなったりしない?」

「しないよ?」

「何か、へんな感じがあったりしない?」

「大丈夫」

「………」



ミノはユノを思っていた

こんなチャンミンの笑顔が見たいだろうに。

なぜ会いに来ないのだろう



ミノは思い切ってユノに会ってみた


少しお酒も飲めるようなビストロへ
ユノが連れて行ってくれた

ユノはといえば、ミノにチャンミンの事を質問責めだった。

「ユノさん…」

「なに?」

「そんなにチャンミンのことが気になるなら
会いに行けばいいのに」

「……あの教師にまかせたから」

「は?」

「まかせてくれって、言われた。
会いに来られたくないだろ」

「ユノさん、それでいいの?」

「俺、なんて言って会うの?
チャンミンのオーナーです?」

「いいじゃないですか?ダメなんですか?」

「それってどう?」

「どうって?」

「なにも覚えてないチャンミンが、いきなり俺がオーナーだと言われて。恐縮する姿なんか見たくない」

「たしかに…悲しいですけど」

「いいんだよ。もう」

「諦めるんですか?」

ユノが笑った

何かを諦めたように笑う横顔には
男の哀しさと色気が相まって

伏せたまつげが震えている


「諦めるんですか?って、なにか期待しろっていうのか?」

「……」

「心配してくれてありがたいけど
俺はもう吹っ切ったんだ。」

「ユノさん…」





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