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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

ブリキの涙(10)



ユノは放心状態だった

仰向けにソファーに寝たまま
天井のタイルを見つめていた

シャツの襟元は大きく広げられたまま
気づけばそのシャツしか着ていなかった


なんてことだ


いったいどういうことなんだ



チャンミンは鼻歌を歌いながら
キッチンを片付けている

家にチャンミンを連れて来たのはマズかったのか。

いや、それはいいとして

この家でもいろいろと仕事を決めてやればよかったんだ。

好きに考えていい、なんて言ったから
こんなことになったんだ

俺を癒すことを仕事としたのだろう

チャンミンはよかれと思ってこんなことをしたんだ

俺のために…

それなのに、自分は途中で訳がわからなくなって
あまりの快感に我を忘れて…


ユノは自己嫌悪の塊となっていた。

「チョン氏、シャワー浴びて寝ないと」

チャンミンがソファに横たわるユノの頭上から
見下ろした

可愛い笑顔


「チャンミン…」

「はい?」

「どういうつもりだ…」

「なにがですか?」

チャンミンの瞳がまん丸だ

「なにがってさ…」

「気持ちよくなかったです?」

「いや、そりゃ…」

すごく気持ちよくて、アタマがどうにかなりそうだったなんて言えない


「俺、がっついてごめん…」

「いいんですよ、そんなの。
手応えがあってよかったです」


手応え…


恥ずかしくて死にそうだ…


その夜はあまり眠れず朝を迎えてしまった

となりのベッドにはまだ充電をして寝ているチャンミン

今日からどう接したらいいのだろう

こんなセクシャルな関係になってしまい
いったい何のためにチャンミンを引き取ったのか
わからなくなってしまった

ただの癒しの機能のひとつだなんて
そんなことでいいのだろうか。

ユノの中で、チャンミンが機械だという認識が
難しくなってしまい、正直とても困った

その日はもう、チャンミンのため息や、パンを選ぶ時に少し腕が触れただけでユノはヘンな気になってしまい、

仕事の効率も悪かった

つい昨日まで、孤独だった自分の生活に
潤いをもたらしてくれる存在だったチャンミンが
突然にドキドキさせる存在になってしまった。

結局、家に帰るとユノはたまらず
玄関でチャンミンを抱きしめた。

「チョン氏?」

「……」

「どうしましたか?」

「えっと…」

どうもこうもないんだよ、チャンミン…

チャンミンは優しくユノを受け止めて
耳元で囁いた

「もう、あの女性なんていらないでしょう?」

「あの女性って?」

「昨日、オフィスに来た人」

「…ああ」


え?なに?やきもち?

可愛すぎる

嫉妬して、あんなこと積極的にチャンミンからしてくるなんて…


「誰もいらないよ…」

「ほんとですか?」

「チャンミンだけでいい」

フフッとチャンミンは得意そうに笑った

「僕には心はないけどいいですか?」

「いいよ」

「涙も流せないほど…心がないけど」

「涙なんか必要ないよ、悲しませたりしないから。
嬉しい時は笑ったらいいんだよ」

「チョン氏…なんか今僕は、胸の奥のほうがくすぐったいような感じがします」

「チャンミン」

「はい」

「チョン氏って呼ぶの、やめてくれないか」

「では、なんて呼べば?」

「ユノでいいから」

「ユノ?」

柔らかく優しい声が自分の名前をそっと呼んだ。


この可愛い存在が、ロボットだって、ブリキの木こりだって、もうなんだっていい…

チャンミンならそれでいい

俺の話した言葉がこのAIに吸い込まれ、データとして分析されたって

チャンミンの視界から入る俺の表情が
どう分析されたって

俺を見つめる目がこんな風にいつも輝いて

そしてふんわりと笑ってくれるならそれでいい

あとはなんにもいらない…

ユノはたまらなくなってチャンミンを抱きしめた

「今夜も癒してあげたくなりました」

チャンミンがユノの耳元にキスをしてささやく

「どこでこんな仕草覚えたの」

「テレビ」

「は?テレビ?」

「そう、日々勉強ですよ」

「勉強ってさ…」

「ユノが僕で癒されるなら、僕は学ぶ努力を惜しみません」

そう言いながら、チャンミンはユノの髪に自分の指を絡ませて、引き寄せてキスをする。

ユノはたまらなくなって、チャンミンをベッドまで引っ張っていこうとした。

それなのに、チャンミンは少し抵抗を見せてユノを睨む。

「いや?」

「違います、ここ」

そう言ってチャンミンはソファーを指差す

「?」

「ここでしょ?」

ユノは笑った

「チャンミン…なんのテレビ観たの」

「?」

「キスはベッドでするんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、こっちにおいで」

チャンミンは恥ずかしそうに微笑みながら
ユノについて来た





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ブリキの涙(9)



オフィスで仕事をしている時も
チャンミンはボーっとしていることが多くなった。

そして1人でハッとして我に返り
また猛然と仕事をこなす

そんなことを繰り返していた。

テストケースタイプのチャンミンは
もうすぐ点検の時期だ。

最近の状態については、伝えなくてはいけないだろう

ほとんど人間のつもりで接しているチャンミンを
点検に出す、なんて家電みたいな扱いをするのは
ユノにとって憂鬱なことだった。

それはチャンミンが機械であるということを
思い知らされるから。


そんなユノの元に来客があった

ユノはビジネスの相手をこのオフィスに入れることはまずない。

それなのに、ごく当たり前のように
1人の女性が入ってきた


「ユノ、ひさしぶり」

質の良さそうなワンピースを品良く着こなした若い女性。

でもその立ち姿とは裏腹に表情はとても品がいいとは言えない。

ユノに対してそんな下心が見え隠れした。

仕事中のユノはチラリとその女性を見やると
何事もなかったように仕事に戻った。

女性はチャンミンを挑むように見つめて挨拶をした。

「どうも」

ユノはため息をついた。

「この子ロボットよね?すごく良くできてる」

女性はいたずらっぽく微笑んだ。

「答えられないね」

「じゃあ、黙ってるから、ひとつお願いを聞いて?」

「ここはオフィスなんだけど?」

「似つかわしくない話題でごめんなさいね?」

そう言って女性はユノの肩に手をかけた。


その時だった


「オフィスに似つかわしくない事でおいでになったのなら、失礼ですが退室してください」

チャンミンが乾いた声で女性に言った

女性はチャンミンとしばし睨み合う形となった。


「私はオフィスには必要ないかもしれないけど
ユノには必要なの」

「どうしてでしょう?」

「ユノを癒してあげられるからよ」

「……癒す?」

「そうよ」


ユノがデスクから立ち上がった


「癒しは必要ないから、お引き取り願いたい」

「ユノったらそんなこと言って…」

ユノが女性に近づいた

女性を見下ろすような格好で立つと
女性は期待に満ちた目でユノを見つめ、その逞しい胸に手をおいた

「あれから、忘れられないのよ」

「残念ながら、俺の方はきれいさっぱり忘れてしまって、君が誰かも思い出せない…」

「ひどい男…」

「ああ、そうなんだ、ひどいんだよ」

そう言うと、女性の手を握って自分の胸から離し
肩を抱いて入口まで連れて行った

チャンミンはその様子をじっと目で追っていた

「また来るわ」

「何度来ても同じだよ。こうやって追い出されるだけだ」

「懲りずに頑張るわ」

ニヤリと微笑んで女性は立ち去った


ユノはやれやれと言った感じでデスクに戻った。

チャンミンはその様子を面白くなさそうな表情でみつめていた。


いつものように、帰りにパン屋へ寄る

この時間に来ると残り物しかない
それでも今日はいい方だ。

「チャンミン、今日は焼きチーズが残ってたよ、よかったな」

「………」

「ラッキーだったな」

チャンミンがずっと無言だ。


あの女が来たことで、チャンミンが機嫌を悪くしてるなら
ユノはそれはそれでうれしかった。

チャンミンが自分に対して独占欲を持っているように見せてくれる。

孤独な自分が機械と友達ごっこをしているようだ。


最近はそんな風に割り切っていた

ユノは会計を済ますと、チャンミンと車に乗り込んだ


「あの…聞いてもいいですか?」

やっとチャンミンが口を開いた

「ああ、なに?」

「今日来た女の人…」

「うん」

「先週も来たんです」

「そうなの?」

「はい。お引き取り願いましたけど」

「いいんだよ、それで」

「チョン氏は彼女といると癒されるんですか?」

「別に…なんていうか…衝動的なものだよ。
向こうもそんな感じだし」

「彼女もチョン氏に癒されるようですよ」

「そうか。じゃあ人助けかな」

「……」

車はゆっくりと駐車場へはいる

部屋に戻るとチャンミンは早速料理をはじめた

いつもの夜だ。
ユノが最近とても気に入っている
チャンミンとのゆっくりした時間

美味しい食事と楽しい会話

ユノの生活が変わった

ユノが食べ終わった食器を食洗機にしまっている
その後ろ姿をチャンミンは眺めていた。

「チョン氏…」

「なに?」

「それが終わったら、ここに横たわってください」

「え?」

ユノが振り向いた

「横たわる?」

「そうです。ここに」

チャンミンがソファを指差している

「いいけど…ちょっと待ってて」

ユノはチャンミンの意図がわからず
言われるがまま、ソファにつうぶせに寝そべった。

「こう?」

「そうです」

突然ユノの背中にチャンミンが馬乗りになった

「ちょっ!なに?!」

「僕も、チョン氏を癒すことができるんです」

「は?!」

チャンミンはユノの肩から背中にかけて
絶妙なタッチで筋肉をほぐしはじめた

パソコンでカチカチに凝った肩を
ゆっくりとほぐしていった

はっきりいって…
すごいテクニックだった

緩急をつけた指の力で的確にツボをついてくる

さすがだ

ユノはあまりの気持ち良さに思わずうめき声がでた

「上手いなぁ…お前…」

「癒されてますか?」

「…ああ、もう最高…」

「僕で癒される?」

「ああ、癒されてるよ…」

しばらくそのマッサージが続いた後
仰向けになるように言われる

仰向け???

「はい、仰向けになってください」

ユノは戸惑いながらも仰向けになり
両手を頭の後ろで組んだ


チャンミンがユノのベルトに手をかけた

「待てよ!なぁちょっと!」

チャンミンはユノの制止など気にも止めず
ベルトをカチャカチャと外していく。

さすがにユノが体を起こした

「なにすんだよ、チャンミン」

「いいから横になってください」

「ベルトをどうして外す?」

「服を脱がすためです」

「なんで脱がす必要があるんだよっ!」

ユノが後ろ手をついて、ソファに座りなおそうとするのを、チャンミンがもう一度ソファに押し倒す。

仰向けになったユノの至近距離にチャンミンのきれいな顔があった。

「どういうつもりだ…チャンミン」

ユノが一段と低い声でささやく

「癒してあげます。あなたを癒してあげたいんです……」


そう言いながらチャンミンはユノに顔を近づけた





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ブリキの涙(8)



その日の午後の事だった。

チャンミンは夕飯の買い物に行くと言ってでかけた。

ユノは車をだしてやろうと考えていたのだけれど
その時ちょうど何かのサイトを見るのに真剣で

それがわかっていたチャンミンは1人でも何の問題もないからと、家を出た。


だけど…ふと気づけばチャンミンが帰ってこない。


出かけてから2時間…

ユノは急に不安になった。

車を出さなかった事を悔やむ。
なぜ、自分はネットなんかに夢中になって。

チャンミンはどこまで買い物に行ったのだろう。

途中で何かあったのではないか。

出かける時はメガネをかけることを約束としていたけれど…

確認をすれば、ちゃんとメガネはかけて出かけているようだ。

更に不安が迫り上がるようにして、ユノを襲う

チャンミン…どこへ?

居ても立っても居られなくなって、
ユノは部屋着のまま、白いスニーカーを履いて外へ出た。

近くのほとんどすべての道路を歩いた。
くまなく路地裏まで探す

小さなスーパーから大型店舗まで。

どこを探してもいない

すれ違ったりしてるのかもしれない。

チャンミンはスマホなどの外での通信手段をもっていない。

基本ユノの側を離れる設定にはなっていないし
オフィスではパソコンをいじっているので、特に必要なかったのだ。

同じように必要なしとみて、GPSもつけていない。

ユノは焦った
足取りがどんどん速くなって、軽く走るまでになった。

警察にいくべきか迷った
でも、なんて言う?ロボットであることは
テストケースなので内密事項だ。

ユノは店舗以外のところも探し始めた

まさか誰かに連れ去られたとか…

考えは悪い方にばかり行く…


ユノは一旦家に帰ってみようと思った。
もしかしたらすれ違って帰ってきているかもしれない

家に戻る途中、小学校の側を通った。

もう放課後の時間。
校庭にはまだ子供たちが遊んでいる

ふと見ると


チャンミン!!


チャンミンが校庭のベンチに1人、じっと座っている

ユノか駆け寄った。

チャンミンはぼーっと校庭を眺めている

茶色の巻き毛が風に揺れている


「チャンミン!」

その声にチャンミンはビクッとしてユノを見た。

「ここで何してるんだよ!
心配するだろ!」

「……」

「どこまで買い物に行ったんだか…」

「あ…すみません」

見ると、ひととおり買い物は済ませたようで
ベンチにはビニールの袋がいくつか置いてあった。

それを見たらユノは少し落ち着いた

ただ、買い物をして、ちょっと休憩していたのかもしれない。

「ごめんな、大きな声出したりして」

「いえ、私が任務を怠ったから」


任務ってなんだよ…


「一緒に帰ろう、チャンミン」

「はい」

ユノは買った物を持ってやり
一緒にマンションへ帰った

チャンミンは黙っていた。
トボトボとゆっくり歩く

ユノはそれに合わせて、ゆっくりと歩いた

良かった…何事もなくて…無事で

ユノは安堵した。
と、同時に、この美しいロボットが
すでに自分にとってかけがえのない存在になっていることに気づいた。



その夜は一緒に夕飯を作った

「なんであんなところにいたんだ?」

「あんなところ?」

「学校の校庭なんかに…」

「…どうしてでしょう…自分でもわからないんです」

「今日はネットばかりしていて、疲れたんじゃないか?一度に情報を入力しすぎたのかもしれない」

「そうなのかな…」

チャンミンの行動が本人でもわからないまま、
その日は夕食になった。

ユノの焦ってチャンミンを心配していた気持ちも落ち着いた頃だった

「校庭に小さな子供たちが遊んでいて…
とてもそれが気になったんです」

突然チャンミンがそう切り出した

「え?あ、今日のことか?」

「はい」

「小さな子供が気になったのか?」

「たぶん…」

「理由はわからないんだろ?」

「今はわかりません」

「もう気にするな」

「はい…」

そう言われてもチャンミンの顔は納得がいってなかった。


そんな事があった翌日
いつものように、オフィスで仕事をしていると

事務処理をしていたチャンミンがふと
ユノに話しかけた

「チョン氏、僕も心が欲しくなりました」

「は?」

仕事に没頭していたユノは、なんの話かと
驚いてチャンミンを見た

というか、急に「僕」と言い出した

「ブリキの木こりが心が欲しいって。
僕も心が欲しいです。人間みたいに」

「オズの魔法使いの話?」

「そうです」

「なんで急にそんな話」

「どうして僕は機械なんでしょうね?
チョン氏や、子供たちのように人間ではないのでしょう」

「………」

「?」

「人間がそんなにいいか?」

「心があると泣けるのでしょう?」

「え?」

「羨ましいんです。嬉しい時に誰かと一緒に泣くって。」

「泣くのは嬉しい時ばかりじゃないけどな」

「そうなんですか?」

「今日はどんな話を読んだんだ?」

「テレビを見ていたんですよ」

「もしかして、スポーツ?」

「そうです。サッカーの決勝戦」

「それはいい涙だよ」

「いい涙?」

「うん」

「悪い涙もあるんですか?」

「どうだろうね、悪い涙も、ありそうだ」

「そう…ですか」

「サッカーの涙はいい涙だろうな。
俺はそういう涙は流したことないけど」

「チョン氏の涙はどんなのですか?」

「泣かないんだよ、だから」

「……僕と同じですね?」

「お前と同じか…」

「はい」



それでもいいや、とユノは思った

この愛しく可愛い存在と同じなら




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ブリキの涙(7)



「おやすみなさい」

そうチャンミンは呟いて
そのまま目を閉じた。

ユノがライトを消すと
外の灯りが少しだけ部屋に入り込んで
チャンミンの寝顔を照らす。

長い睫毛が伏せられた綺麗な寝顔

その顔を向かいの自分のベッドから眺めた

この綺麗な存在はヒトでもなければ生き物でもない。
たとえば子犬や子猫のように愛情を注いだからといって、自分に懐くとか、そういったものでもない。

そこを理解して履き違えないように

ユノは自分に言い聞かせていた。

あくまでも仕事のパートナーとして
共にやっていこう

そう思いながらユノも深い睡眠に落ちた



翌朝、チャンミンは戸惑っていた


「どうかした?」

「えっと、私はオフィスでの仕事についてしか
プログラミングされていないので
チョン氏のご自宅での行動を指示していただかないと」

「ここでどう動くかってこと?」

「はい」

「好きに動いたらいいよ」

「でも、私は意志を持ちませんし」

「感情表現はあるだろ」

「あ、はい、それは。」

「だったら、自分が楽しいと思うことをすればいいさ」

「………」

「ま、あくまでも俺の仕事に役立ちそうな事限定で。それでどうだ」

「わかりました」


そしてチャンミンは簡単に朝食をつくり
オフィスに出向く準備をする。

スーツや靴下を選び、靴を磨く。
まるで秘書と妻を兼任しているようだ。

そして一緒に車に乗り込み、オフィスへ出向く。

帰りには翌朝に食べるパンを買いに2人でベーカリーに立ち寄り、チャンミンの好きなものを注文した。

そんな毎日がほんとうにユノにとって心地よく
ビジネスに対して殺気だっていたものも穏やかなものに変わっていった。

それはユノの仕事にいい影響を及ぼした。

取引相手からも好評で。

「チョンさん、最近すごく顔が穏やかになりましたね」

「そうですか?」

「何かありました?恋愛とか」

「まさか。そんな暇はありませんよ」

「以前は恋愛のことなんて、とても聞けるような雰囲気ではありませんでした。」

「それは失礼でした。私も歳をとったのかもしれないですね」

「ところで以前から持ちかけてみたい仕事があったのですが、なかなか持ちかけられなくて」

それはユノにとってとても有利な仕事だった。

おそらく門前払いを食らうだろうと、相手も持ちかけられなかったのだろう

ユノは乗り気になった。

少し忙しくなるかもしれないけれど
自分にはチャンミンがいる。


翌日、珍しく人と会う予定がなく
事務処理だけで今日は終わりそうだった。

わざわざオフィスへ出向くまでもないので
今日は家にいて、世の中の動向調査をすることにした。

とはいっても、テレビをみたり、いろいろと検索をするだけだったけれど。


「というわけで、今日はオフィスには行かない。」

靴を磨こうとしていたチャンミンがキョトンとした。

「はい…」

「チャンミンも好きなことをしたらいいよ」

「チョン氏は何をなさるんですか?」

「テレビをみたり、ネット検索したり…これが結構大事なんだよ。」

「じゃあ、私もそんなようなことをしています」

「市場の動向を調べるの?」

「分析は得意なんですよ?」

「それじゃ頼むよ。」
ユノは笑った

ユノは爽やかに笑った。

きっと本人は自分がこんなに爽やかに笑うなんて
わかっていないんだろう

チャンミンはユノについてそう分析していた

それを本人に言うべきかどうか。

チャンミンの下した判断は
そんなことは言わなくていい、だった。

ゆったりとした時間がユノの部屋には流れていた。

ユノは市場の動向を見極めることに没頭していたし

チャンミンはチャンミンで無心にネットで何かを読んでいた。

「チョン氏、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「オズの魔法使いってお話があって」

「ああ、うん」

「知ってますか?」

「知ってるよ」

「どうして、ブリキの木こりは心が欲しかったのでしょう」

「え?」

「心ってなんですか?」

「……」

「かかしが脳みそをほしがったのはわかりますし、
ライオンが高すぎる防衛本能を抑えるために、勇気がほしいのはわかります。」

「………」

「でも、心って?」

「チャンミン、それはね、
俺には説明するのは難しい」

「どうしてですか?」


「俺には、心がないし、欲しいとも思わないんだよ」


「え?」

「俺はブリキの木こり以下だ。」

「木こりの仕事がきちんとできるならいいじゃないですか。」

「うん…そうだよな」

「心ってどんな機能なのかわかりません」

そう言ってふんわりと笑うチャンミン

心なんて、その機能なんて
考えたことがない。

心はどこかに置いてきた

遠い昔に





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ブリキの涙(6)



ユノのマンションの地下駐車場に車は滑り込む。

チャンミンの横顔に、駐車場のライトが流れるように映り込んでいる。

「チャンミン?」

そう呼びかけるとハッとしたように顔をあげた

「はい?」

「チャンミンっていう名前、嫌か?」

「そんなことないです。」

「気に入っているようには見えないけどな。」

「呼ばれると、懐かしいような、なんとも言えない気分になるんですけど、それが嫌な感じではないんです」

「そうか?」

「はい。だからチャンミンと呼ばれるのがいいですよ」


2人で車を降りると、エレベーターでユノの部屋まであがる。

「随分上まで行きますね
何階なんですか?」

「最上階だよ」

「そうですか」

普通なら、最上階なんてすごいですね、とか
さすがですね、なんて言われるけれど

チャンミンにとっては
ユノの部屋がただ最上階にあるというだけで
それがステータスだなんてわからないのだ。

ユノは薄く微笑んでいた

なぜかそんなチャンミンが心地よかった


しかし、部屋に入るなり案の定言われてしまった。

「すごい散らかり様ですね」

「ああ」

「どうしたら、こんな風になるんですか」

嘘がつけない、とは聞いたけれど…
ユノは苦笑した

「掃除のしがいがあります」

「今日はとりあえずシャワー浴びて寝るよ」

「待ってください。こんなところでよく寝れますね」

そう言い終わらないうちに、チャンミンは部屋を片付けだした。

チャンミンは効率よくモノを片付け
部屋を磨き上げた

綺麗になった部屋にユノは驚いた

ここはこんなに広かったのか?

「意外と広いんだな、この部屋」

「掃除ができないなら、部屋は狭いほうがいいですよ。でも、もう大丈夫です。私が掃除しますから」

嬉々としているチャンミン。

この部屋に自分以外の誰かがいるなんて
ユノにはまったく考えられないことで。

たまに寄ってくる女を欲求だけで抱くこともあったけれど
多少気に入っても絶対自分の部屋にはいれなかった。

それなのに、チャンミンがこの部屋にいると心地いい。

きっとチャンミンが人間ではなくて
ロボットだからなんだ。

ただの機械

俺はただ、高度な電子ゲームをしているだけ。
そう、ただそれだけだ。

「シャワー浴びててください。
私の設備とか整えますから」

「お前の一式はこのファイルにあるから。
後はこのダンボールに入ってる。手伝うよ」

「…ありがとうございます」

はにかんだようなチャンミンの笑顔が可愛い。

「実はですね」

「うん」

「チョン氏が私のオーナーになるときに
プログラミングされたのが、冷たい人だと。」

「俺が冷たい人間だってプログラミングされたのか」

ユノはダンボールを開けながら苦笑した。

「そうなんです」

「後はなんだ?人付き合いが悪い。女に冷酷、
言葉がきつい。そんなところか?」

「仕事ができるとか。そこはあってますね」

ユノは笑った。

「後は違ってるとでも言ってくれるのか?」

「はい」

「……」

「とても温かい人だと思います。
私にチョン氏の特徴がどんどん上書きされています。」

「………」

「だって、毎日私のためにパンを」

「別にお前の為だけにパンを買ってるわけじゃない。」

「……」

「かいかぶりすぎだよ、俺は最初にプログラミングされてる通りの人間だよ。」

「……」

「そうだろ、よく考えてみるんだな」

「……」

「?」

「すみません。私はウソがつけないので。」

ユノはため息をついた。

「あのね」

チャンミンがユノの瞳をじっとみつめる

「パンを買ってくれたくらいで
簡単に相手を信用しないように」

「……」

「俺が思うに。チャンミンの未熟なところは涙の機能なんかじゃない。
簡単に人を信用してしまう。そんなセキュリティの甘さだよ」

「違いますよ」

「………」

「まだそんな機能を使う時ではないから、わかってもらえないかもしれませんけど。
でも、私のチョン氏に対する忠誠は絶対です。」

チャンミンは強い瞳で言った。

「わかったよ。とにかくこれを片付けよう」


この話はこれでおしまい。

チャンミンはそれを司令と受け取り、しぶしぶと
充電の準備を始めた。

ユノは自分の寝室に簡易ベッドを置いて
そこに横たわって充電できるようにしてくれた。

「まさか座っていたほうが眠れるとか、あるのか」

「そんなことないです。
憧れてたんですよ、ベッドで横になること」

「そうか。気づいてやれなくて…」

「……」

「あ、その…」

チャンミンの期待に満ちた瞳

「なんだ…なんて言うか…」

「…」

チャンミンがユノの瞳を見つめたまま、一歩近づく。

「気づいてやれなくて、悪かった…
ごめん」

チャンミンの顔がぱーっと輝いた

「そんなこと、僕にはなんでもないこと。
謝ってくれてありがとうございます」

「変なの」

ユノはそそくさとシャワーを浴びにバスルームへ逃げ込んだ。





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ブリキの涙(5)



チャンミンがユノのオフィスに来て数日が過ぎた。

毎日のルーティンワークを自分なりに決めて
チャンミンはそれを忠実に守った。

相変わらず大したものも売っていない店で買い物をし、小さなキッチンでひとつずつ料理を作っている。

洗濯はユノが自宅で済ませ、
チャンミンは自分の数少ない服を
近所のコインランドリーで済ませていた。

今日もチャンミンは自分で替えのジーンズとポロシャツを抱えて戻ってくると、ユノが帰って来ていた。

「お帰りなさい」

「ああ」

「今夜は夕飯はいらないんでしたね」

「うん」

「明日のスケジューリングをしておきました。」

「了解」

「他になにかありますか?」

「いや、別になにもないかな」

「それでは、また明日」

「……」

チャンミンはいつものように、
充電をするために椅子へ座り、コードを差し込むために、うなじの差し込み口を開ける。

ユノがその様子をじっと見下ろしている。

仕立てのいいスーツに高そうなプレーントゥ
ユノはその姿勢の良さとスタイルの良さで
スーツがとてもよく似合っていた。

「チョン氏はスーツがよく似合います」

「え……?」

いきなり何を言うのかとユノは少しびっくりした。

「スーツがよくお似合いになる体型ですね」

そう言って、チャンミンはコードをうなじに差し込んだ


「あのさ…」

ユノが低い声でボソッと言う。

「はい?まだ何かありますか?」

「あ…なにかあるっていうわけじゃないけど」

「はい…」

「その…」

「?」

「……」

ユノの様子を不思議に思ったチャンミンは
一旦充電のコードを外して立ち上がった

「なんでもおっしゃってください」

チャンミンがユノに近寄った

下を向いていたユノが意を決したように
顔を上げた。


「充電器ならスペアをもらってあって
ウチにもある…」


「……はい」

「だから、その…」

「……」

「いや、ここのキッチンがあまりに小さくて
料理しづらいだろうし…ていうか、あ、そうだ、
洗濯もできたら、してもらいたいと思っていて」

「チョン氏…」

「いや、最近事務処理をあまりしなくてもよくなったから」

「あの…」

「ここでは食事だけだから…」

「もしかして。家に入れていただけるんですか?」

「あ……」


チャンミンの瞳が輝く

「家でチョン氏の身の回りの事をさせていただけるんですか?」

詰め寄るようなカタチで、チャンミンが近づいてくる。

ユノは一歩後ずさりした

「まぁ、そういうこと…」


いきなり、チャンミンがユノに抱きついた

「うれしい!」

「!」

抱きつかれたユノは面食らってしまった

「そんなに…喜ぶことでも…」

「そんなことない!」

「仕事が増えるんだぜ」

「いいんです!」

向かい合ったチャンミンは嬉しそうに笑っていた


「変なのお前。面倒な仕事が増えるのに
何笑ってんだか」

「うれしい時は笑うんですよ」

「ふぅん」

「だけど、私は涙がでないから」

「え?」

「マニュアル読んでませんか?」

「ああ、読んでないのかも…」

「そうなんですか?あくまでも私はテストケースなので出来上がってない部分が多いんですよ」

「それが涙?」

「感情が豊かだとそれを体がコントロールするために涙がでるけど、私にはそこまでの感情がないんです」

「……そんな風には見えない」

「嘘をつくこともできませんよ」

「そうなのか?」

「マニュアルを読んでくださいね?」

「ああ…うん…」

「言いたい事を黙ることはできます。
状況を把握して。
でも、話を作ったり、嘘をついて違うことを言うことはできません」

そんな話をニッコリと話す違和感

やはり、チャンミンはロボットなのか

そう思うと、ユノは少しだけ寂しさを覚えた。

心を通わせてるように見えても
所詮は人間と機械の関係なんだ。

ユノはフッと笑った。

「マニュアルをもう一度読むよ」

「お願いしますね」

ユノがひとつため息をついた。

「それで、チョン氏」

「?」

「私はいつからチョン氏の家に行ってもいいんでしょうか」

「今夜からでもいいよ」

「ほんとですか?!」

またニッコリと笑う。


感情がないのか。

こんな笑顔もすべてプログラミングだというのか?

人間を喜ばせるためだけの。

このところ、毎日
パンを大量に買って帰るのが、ユノの楽しみだった。

毎日少しずつ種類を変えたりして、
ユノなりに考えて、チャンミンを喜ばせようと思って買っていた

その度にブルーベリーはないのか?とか
塩味のも食べて見たいなどと、こちらが更にヤル気になるようなリクエストをしたりして


そんなのもすべて…元々仕掛けられていた機能か


そうとはわかっていても
チャンミンをオフィス機器として、この部屋に置き去りにして帰ることは、もうユノにはできなかった。

車にチャンミンを乗せて、ユノのマンションに向かった。

チャンミンを連れて帰るのはいいけれど
ユノの部屋は足の踏み場もないほど散らかっていることに気づいた。


「チャンミン」


ユノが不意に呼ぶと
チャンミンはビクッとして体を震わせた

そんなに驚かなくても…

そしてチャンミンはゆっくりとこちらを向いた。

怯えたような表情

なんの意味があって
そんな顔をする必要がある?

いらない機能のはずだ。


「どうした?」

「え?」

「なにかびっくりしたみたいだから」

「そう…ですか?」

「…うん」

「なんでもないですよ…」

「……」

それからユノのマンションに着くまで
チャンミンは一言も口をきかなかった




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ブリキの涙(4)



ユノはチャンミンの様子が気になった

名前をつけたのはよくなかったのか
チャンミンという名前が気に入らなかったのか


「すみません。チョン氏。
今、この体の機能がその名前を受け入れるのに更新がかかっているのだと思います。」

「そう…か」

「しばらくお待ちください」


そう言ってチャンミンは微笑んだ。

ユノはなぜか照れくさく
身の置き所がなく、真っ暗な部屋をウロウロした

やがてチャンミンは落ち着いてきた

自分がチャンミン、と呼ばれることに
全ての機能が受け入れたようだ。


でもそれは、実はある「目覚め」だった
目覚めてはいけないチャンミンの何かが
目覚めてしまった。


幸か不幸か、そのことにはまったく気づかない2人。暗い部屋に2人きり。


チャンミンはそっとつぶやいた

「明日には復旧するといいですね…」

「ああ、うん…仕事にならないからな」

「そうですね…」



翌朝、無事に都市の電気系統は正常に復旧し
いつもの朝の光景が戻ってきた。

ユノは結局そのままオフィスに残り、
いつもオフィスで寝泊まりする為の簡単なベッドで目覚めた。


チャンミンは充電をするための椅子に腰掛けて目を閉じていた。

まるで眠っているようなチャンミン
その姿があまりにキレイでユノはしばし見とれていた。

上手く出来ているものだな。

人間が求めるすべてを持っているのだろう

完璧な容姿に最高の頭脳


だけど…そこには心がない


見た目は20代の青年だけれど
それまでの思い出もない

でも、だからこそなんの先入観もなく
純粋な目で物事をみることができるのだろう。

チャンミンはいい意味で空っぽだ。

空っぽだからこそ、純粋だ。


私生児ということで、居場所のなかったユノにとって、
世間の常識を元々持たないチャンミンの存在は心地よいものになりそうだった。



その日、ユノは取引相手と会食があった。

いい手応えをつかみ、利害関係の一致をみて
和やかに会食を終えた。

「ユンホさん、よかったらこのレストランのパンを買われるといいですよ」

「パン?」

「1階がベーカリーになっていて、とても評判がいいんですよ」

「そう…なんですか」

ユノはパンにはまったく興味がなかったけれど
この取引相手の顔を立てる意味で、ベーカリーに寄った。

小さな店には思ったより多くの種類のパンがあり、
いくつか見繕って包んでもらった。

帰路につく車の中がパンの香ばしい香りで溢れた。


「お帰りなさい」

オフィスに戻ると、チャンミンが本を読んでいた。

「……ああ」

「あ、事務処理が済んだので、本を読ませていただいてました」

「別にそんな報告はいらない」

「はい…」

「これさ…パン」

「パン?ですか?」

ユノはネクタイをゆるめながら
ぶっきらぼうにチャンミンにパンの包みを渡した。

「今夜はパンがよろしいですか?」

「俺は今夜は済ませてきたからいらない。
明日の朝にでも…その…」

「朝食にパンですね。了解しました。」

チャンミンは中身を覗いた。

「うわ、美味しそう」

「お前、夕飯はどうするんだ」

「固形食料がありますから大丈夫。
このパンをひとつ私の夕飯にしてもよろしいですか?」

「いいよ」

「ありがとうございます!」

ロボットのくせにうれしそうだ

チャンミンはユノの分もコーヒーを淹れてくれて
大事そうにパンを皿に置いた

「いただきます」

そう言って、パンを頬張った


「美味しい!」

ネクタイをハンガーにかけるユノの背中に
嬉しそうな声が響く

ユノが振り向くと
チャンミンが満面の笑みでパンを食べている


「…それさ…人気なんだよ」

「でしょうね!とても美味しいです!」

「その店はレストランの料理もなかなかなんだけど、パンが有名らしくて…オーナーが麦からこだわってさ…」

「なるほど…麦からこだわるって…畑から」

「そうだな、畑から考えられてるって…」

そこまで言ってユノは黙った


俺はパンごときで何を熱弁ふるっているんだ


チャンミンを見ると、その先の話を聞きたそうだ

「水も…」

「パンを捏ねるときの水ですか?そんなところにも」

「そういうことだと思う」

「素材の良さには勝てないですね」

「なにが?」

チャンミンがフッと悲しそうに微笑む

「どんなに上手く調理しても、やっぱり素材ですね」

「……」

「このあたりには新鮮な魚などが手に入らなくて」

「そんなこと気にしなくていい。」

なぜかユノは慌てた


「チャンミンの料理の腕前は素材を超えてるよ」

チャンミンの目がまんまるだ

「ほんと?ほんとですか?」

「あ、ああ…俺はそう思う…」


チャンミンがもう本当にうれしそうに
心からの笑顔という感じで笑った

心なんてないはずなのに

どうやったらこんな嬉しそうな笑顔が作れるんだろう

「ありがとうございます。
がんばります。」

照れ臭そうに下を向くチャンミン。


翌朝食べたパンは本当に美味しくて、
それはパンの素材がいいのか、

もしかしたら、誰かと食べる朝食がいいのか

ユノはそのことは考えまいとした。



その日もユノは外を回って
オフィスに戻ったのは夕暮れだった

「お帰りなさい」

「ああ」

チャンミンがなにか期待を込めた瞳をしている。

「役所に提出する書類は?」

「すべて作成して、郵便にだしてきました」

「待てよ、直接提出するものもあるんだぞ?」

「それは分けて、サイン待ちになっています」

「あ、そう」

「……」

「なんだ?」

ユノはネクタイをスルリと外して
なにか言いたげなチャンミンの顔を見た


「あの…パンは?」

「え?パン?」

「昨日の…」

「あのパンがどうした?」

「……」

「ん?」

「買ってきてくださいとメッセージしました」

そう言うと、チャンミンは唇を真一文字に引きむすんで黙った。

「え?うそ」

ユノはスーツのポケットに入れたスマホを確認すると、たしかにチャンミンからメッセージが入っていた


" 美味しかったから、またあのパンを食べましょう。帰りに買ってきてくださいね "


「あ、悪い…気がつかなくて…」

チャンミンは悲しそうに目を伏せた

「わかりました…」

そう言うと、さっさと小さなキッチンに湯を沸かしに行った。

軽く怒ってるのか


「あ…」

「………」

「これから行って見るか?
昨日も夕方焼いたやつを買ってきたんだから
まだあるかもしれない」

チャンミンは驚いて振り向いた

「いいんですか?」

「あー、うん」

「行きたいです!ありがとうございます!」


嬉々としてチャンミンはユノの車に乗り込んだ

ユノは自分の行動に大いに疑問を持ちながらも
エンジンをかける手には温かな力がこもっていた。

店の近くに車を停めて、チャンミンと店に向かった。

残念なことに既に店は閉まっていた


ガランとした暗い店内をチャンミンは外から
寂しそうに見つめた

「閉まっちゃいましたね」

「違うよ、今日は定休日みたいだ」

「え?そうなんですか?」

「ほら、ここにそう書いてある
水曜は休みだって」

「ああ、ほんとですね。覚えておかなきゃ」


なんでもない、会話だった
なんてことない普通のやりとり


ユノは心に決めていた。
毎日ここに買いにこよう。水曜日以外毎日。




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ブリキの涙(3)



お互いの咀嚼する音だけが冷たいオフィスに響く

他人と食事はユノでもしょっ中あることで、
だけどすべてビジネスでのそれだった。

こうやって、ただ誰かと食事をするという習慣がユノにはない。

それにしても、その味の素晴らしさと言ったらなかった。

この辺りはビジネス街で、いい食材を売っている店なんかないだろうに。

料理は素材だと誰かが言っていたけれど
結局は料理人の腕なんだな、と思った。

何か感想を言ったほうがいいのか、とも思ったけれど
作ったのは所詮ロボットなんだと、ユノは結局何も言わずに食事を終えた。

食器は当たり前のようにロボットが片付けた。
小さい食洗機を何回も使い、片付けていた。

その水道から水が流れる音がどこか懐かしく

ロボットだとは知っていても、そのなで肩の後ろ姿には癒されるものがあった。

もしかしたら、ロボットだからこそ
自分は何の気も使わずにいられるのかもしれない

自分を値踏みすることもなければ
バカにすることもない

ひたすら任務の遂行をしているのだ

ユノは少しだけ、ロボットというのもいいなと思った。

しかもその仕事の速さのおかげで
意外と自分には時間があるものだと知った

今夜も家に帰れそうだ。

誰が待つわけでもないけれど。

片付けを終えたロボットが時間を見て
充電するために椅子に座る

なんの躊躇もなく、自分のうなじにコードを差し込んでいる

「本日はこれで終了ですね」

そう言って微笑み、目を閉じる

こんな掃除機みたいに充電されることに
なんの疑問も持たないなんて

ロボットをただのオフィス機器の一部だと考えていたユノは、そんな部屋の隅に充電設備を置いたことを少しだけ後悔した。

「じゃ、帰るから」

「お疲れ様でした」

優しい澄んだ声に後ろ髪を引かれていることに
ユノは気付きたくなかった。


それは夜中のことだった。


結局家でも遅くまで仕事をしていたユノがシャワーを浴びていると
ふと、バスルームのライトが消えた。

「?」

スイッチを入れたり切ったりしてもどうにもならない。

ユノはバスローブを羽織ってスマホを見た

地域のニュースアプリを確認すると
かなりの範囲で停電が発生しているとのことだった。

原因は落雷だった

この時代に落雷程度で停電するなんて
どうにかしてくれよ

雷…

ユノは慌てて接続している電子機器を確認した。

進化しすぎた文化はバックアップをとることには長けていても、機器を強靱にすることはおざなりだ。

え?

あ…



ロボットは…


ショートしていたりしないだろうか。
落雷があのビルの側だったりしたら

ロボットにはかなりの電流がながれてしまう

負荷がかかりすぎたら
大変なことになる

ふと、部屋を出るときにみた、あのロボットの笑顔が浮かんだ

ユノは急いで服を着ると
車のキーを掴んだ


どうか無事で…


近年にない広範囲の停電だったせいか
交通網は乱れ、夜中だというのに道路は渋滞していた。

信号も消え、街の灯りも消えていた。

警官に問えば、落雷は一箇所ではならしい

ユノは不安になった。
あのロボットは…

オフィス街まで来たところで、
あまりに動かない道路に嫌気がさしたユノは
車を停めるスペースを探すとすぐにおりて道路を走った。

ショートしてたらどうしよう
かわいそうに

オフィスに置き去りにするのは
やっぱり良くない


ユノはビルまで走って来たけれど
エレベーターが動いていないことに気づき
裏手に回り、階段を駆け上がった

ドアにたどりつき、急いでカードキーでロックを外す。

肩で息をしながら転がりこむように入ってきたユノを迎えたのは、驚いたように目を見開くC-218だった

ロボットは1人窓辺に佇んでいた。
夜の停電の景色でも見ていたのだろうか

「お前…充電は?」

「あ、落雷を感知して…」

「自分でコードを外した?」

「はい…電流が危険なので…」

「そう…か…」

「あの…チョン様…」

「……」

ユノはまだ肩で息をしていた。

「いや…無事ならいいんだ…」

「もしかして…心配してくださった?」

「心配?…ああ、俺のデータがね…心配で…」

「……それは大丈夫ですので。ご心配なく」

「あれだ、あのさ…充電できないぞ、今停電で」

「3回分くらいは蓄電池があります。」

「そう…か…」

「……」

「なら…いいんだ…」

「……」

「じゃあ…な…」

息の治らないまま、ユノは部屋を出ようとした。

「あの!」

ロボットが少し高い声を出す

ユノが振り向くと、切ない表情でC-218は
少しモジモジとしながら近づいて来た

「コーヒー淹れるので飲みませんか?」

「……」

「うんと甘くします。ミルクもたっぷり入れます」

ユノは苦笑した。

額には汗が光り、すっきりとした眉目に
形のいい鼻ときれいな顎のライン

ロボットが初めて見るユノの笑顔だった

「ああ、一杯頼む」

停電で真っ暗な室内に、外からの非常灯がほんのり差し込んでいた。

ガスの小さな炎と、ユノが点けたロウソクの灯り

コンクリートの殺風景なオフィスに温かな光が入り、
ロウソクの炎が揺れるたびに、ユノとロボットの影も揺れる。

静かだった

コト…とマグカップをデスクに置く音が少し響く。

淡い光はユノの端正な顔立ちに陰影を作り
長い前髪をゆるやかにかきあげたようなスタイルが
独特の色気を漂わせている

まるで人間のような、いや、やはり人間にしては出来過ぎな造りの美しいC-218が両手で自分のマグカップを包む。

その長い睫毛に縁取られた大きな瞳が優しく伏せられていく様をユノはじっと見つめた。

なんのために

こんなに美しく造ったのだろう

人を癒すための…ロボット


「名前をつけようか」

ユノの低い声が室内に響く。

不思議そうにロボットはユノを見つめる

「あ、C-218は呼びにくくてさ」

ゆらゆらと揺れるロウソクの炎に照らされて
ロボットは嬉しそうに微笑んだ

「名前、欲しいです」

「どんな名前がいいんだ?」

「なんでも。お好きにつけてください」

「んー」


あの営業の若い男が「チャンミン」と名付けてくれと言ってたな。


「チャンミンにする」


「チャンミン?」

その時、ロボットの中で
何かが小さく爆発したような
何かがガタガタと崩れていくような
かなりの衝撃があった

「いやか、その名前」

「…いえ…それがいいです
そう呼んでいただければ…」




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ブリキの涙(2)



朝、出勤するとロボットC-218はコーヒーを沸かしていた

「おはようございます、チョン様」

「………」

ユノはそれを無視して、デスクにつき
早速仕事をはじめる

巻き毛の奥から覗く瞳はまるで人間のそれのように
寂しく光り、
返事のないユノの顔を悲しそうに見つめた。

ふとユノが顔をあげたので
ロボットは慌てて、視線を逸らした。

悲しそうな顔をするな、と言われている。
それは司令となってロボットには伝わっていた。

表情を変えてニッコリと微笑み
ユノの指示を待った。

「これからコーヒーを淹れてくれるなら
俺はブラックは飲まない」

「ブラックは飲めない?」

「は?飲まないんだよ?飲めないじゃなくて」

「わかりました。」

「……」

「コーヒーはお淹れしてよろしいんですね?」

「好きにしてくれ」

「時間は朝と…」

「朝だけで、それ以降はどこで何してるかわからないからさ」

「はい」

ロボットは戸惑う表情を見せる

ユノはため息をついた

「あのさ」

「はい」

「ハウスキーピングのシステムがメインなの?」

「それだけではありませんが」

「俺、事務処理を頼みたいんだよ
家事はいらないんだ。
そこはっきりさせていいかな」

「はい」

ロボットはニッコリと微笑んだ

「普通の人間みたいな生活をするって聞いてるけど」

「はい」

「お風呂とかトイレも必要なの?」

「はい」

「すげぇな。ロボットにそんな機能がなんで必要なんだろ」

「人々がより人間らしいAIを求められていることから…」

「型通りのマニュアルなんて読まなくていい」

「はい」

「このオフィスにはトイレもシャワーも専用があるから」

「はい。使わせていただきました」

「何時に何をするか。自分で勝手に設定して。」

「はい」

「昨日、お前のマニュアル読んだらさ」

「はい」

「信頼関係を築けるって出てたけど」

「はい」

「俺、そのつもりないから」

「…はい」

「すでにさ、お前をお試ししてるの失敗だったと思ってる」

「お気に召しませんか」

「ああ、メンドくさい、いろいろと」

「……」

「契約3ヶ月だから」

「はい」

「そうは言っても、マンション買えるくらいの金額を実費で払ってるんだからさ」

「はい」

「働いてもらうところはキッチリ頼む」

「はい…」


それからユノは怒涛の仕事ぶりだったけれど
補佐としてのロボットはとても優秀だった。

ユノの要求は瞬時に伝わり
しばらく仕事をこなしていくと、
その先にするべき仕事まで計算してくれる。

自分で学習して、どんどん仕事がこなせるようになる。

聞いていた通りだった。


夕方になり、ユノのスマホにロボットを提供した会社から連絡があった。

「チョン様C-218はいかがですか?」

「これさ、ビジネスモデルじゃないそ」

「とおっしゃいますと?」

「家事が好きだとか言ってるけど」

「あ、それはなんと言いますか
個体特性みたいなもので。一緒にスポーツができるような特長を持ったロボットも…」

「だからさ、何回も言ったけど仕事だけでいいんだよ、他はいらないの」

「はぁ…でも、ビジネスについては標準装備で最新のものがついています。
もし、ビジネスだけがよろしければ、プラグラミングで他は全てスリープにできます。
消去もできますが、作動が始まってますので
そこはそのままでお願いします」

「スリープにできるのか。」

「はい、パソコンで繋げていただければ簡単です」

ユノはそのまま電話を切り

コードを探した

ロボットは悲しそうな顔をしてその様子を眺めている

ユノはおかまいなしに、ロボットのうなじのUSBの差し込み口を探した。

あまりにきれいで艶かしいうなじに少し驚いた

それでも髪の毛との境に差し込み口を見つけてコードを差し込んだ。

あまりに人間らしいロボットだからか、
きちんと差し込み口があることが逆に違和感があった。

コードをパソコンに繋いで、設定画面を開くと、
あまりにたくさんの機能がありすぎて
どれをスリープにしていいかわからない。

ユノはイライラしてきた。

ふと、顔をあげるとロボットは
禁止したはずの悲しそうな表情。

ユノはさらにイラついた

その表情をみていると、イヤなことを思い出すのだ。


幼い頃、いつもひとりぼっちのユノは
公園で捨てられている子犬を見つけた。

子犬はユノをつぶらな瞳で見上げて尻尾を振った。

他のやつらみたいに、自分をバカにしたりしない子犬の純粋な瞳。

ユノだけを慕って輝く瞳

ユノはその子犬を公園に置いたまま、毎日餌を運んで面倒を見た。
ダンボールで簡単な家も作ってやり
いらなくなったTシャツを中に布団代わりにいれてやった。

散歩につれだし、トイレもきちんとしてやった。


可愛かった

ユノの毎日が輝きだした

ユノの唯一の理解者で
ユノの唯一の癒し
ユノの唯一の友達


それなのに


ある日、突然公園から子犬がいなくなった。

結んであったリードは引きちぎられ
餌の入った皿はひっくり返っていた

何があったのかはわからない

ユノは子犬を心配した

そして悲しくて寂しくて…人知れず泣いた


目の前のロボットは
悲しそうな顔をしている。

あの子犬を思い出す

ユノがいくつかのスイッチをタップすれば
その瞳は数字や文字を拾い上げるだけの機能となり
ユノを見つめることもなくなるだろう

その耳は指示を聞くだけのものとなり

言葉は発せなくなる
その優しい声は消える


最初からそんな機能は必要としていないんだ。

いらないんだよ
微笑むとか、そういうの。


しばらく考えて、ユノはパソコンをオフにした。

「どれをスリープにしていいかわからないから
これはまた今度にする」

「はい」

はぁ、とユノはため息をついた。

思い出したくなかった子犬のことなど
彷彿とさせるこのロボットがいやだ。

「とにかく、俺の求めているのと明らかに違うから、お前」

「…はい」


「だけど、コーヒーは適当に淹れていいから」

「今、お飲みになりますね?」

「ああ」

「お砂糖とミルクは多めで」

「そうじゃなくて…ブラックが…」

「ブラックはお飲みになれないので
お砂糖とミルク多めですね」


「……まあ、いいや」


甘党であることをひた隠しにしてきたユノだった。
それはどこかカッコ悪い気がして。

だけど、今ロボット相手に気を使ってもなんの得にもならない。

「じゃあコーヒーっていうかさ、ほとんどミルクにして」

「わかりました。すぐにお作りします」


心なしか…ロボットが嬉しそうだ

家事を嬉しそうにこなすように
プログラミングされてるんだろうな。

「作業をいろいろと予想して整理整頓も行いたいのですがいいでしょうか」

「頼むよ、もう好きにしてくれ」

「請求書の処理が終わりましたら、
買い物に行ってまいりますので。」

「ああ」

あっという間に仕事をこなすと
ロボットは買い物に行くと言う。

クレジットカードを握りしめ
言われた通りにメガネをかけて、外へ出て行った

1人で出かけて大丈夫なんだろうか。

高級なロボットなんて、誰かが持って行ったりしないのだろうか。

いや、指紋認証の登録をしたから
俺の指示しか受けないはずだ。

きっと保身技術も長けているだろう
危険を察知すれば身体が反応するのかもしれない。

ユノが仕事上の電話をいくつかかけた後
スケジュール管理をしようとカレンダーアプリを開くと
すでにキレイにスケジュールが入っていた。

へぇ

やるな、あのロボット。

まさに完璧な秘書だ。

そう感心しているうちに、ロボットが帰ってきた。

「今、帰りました」

大荷物を抱えて、その表情は意気揚々として見える

感情が表情に表れるなんて、
ロボットとして意味があるんだろうか。

あ、そうか
今のやつらはロボットにより人間らしさを求めているんだっけ。

ロボットは湯を沸かすくらいしかできない小さいオフィスのキッチンでいろいろと料理をはじめた。

火を使えるところがひとつしかないのに
一品ずつ料理を作っていき

やがて、見事な夕飯が完成した。

「お食事されますか?」

「されますか?ってもうそこまで出来上がってて
なんだよ」

「はい」

「料理する前に聞けよ、食事するかどうか」

「そうですね、すみません」

寂しそうな顔をしたかったのだろうか。
ユノからの言いつけを守り、無理な感じで微笑んでいる。

「では、次回から料理する前に伺います。
今回は処分いたしますので…」

「食べるからいい」

「あ、はい」

「置いておいて。少ししたら食べるから」

「……はい」

黙り込んでしまうロボット。

「?」

ふと並べられた料理を見ると
一人分の量ではない。

「お前も食べるのか、こういうの普通に?」

「…はい」

そういえば、マニュアルに食事は人間と同じと。

「自分で自分のメンテナンスができるっていうのは
勝手に料理して食べるって意味もあるのか」

「……」

「じゃなんで充電がいるんだ?」

「機械を動かすのは食事からでは出来なく…」

「じゃあどうして食事するんだ?
栄養は必要ないだろ」

ロボットが困った顔をしている

「わかったわかった、あれだろ
人間らしくってやつ。」

「そうかもしれません」

ユノはやれやれといった風にグラスを取りに行った。

ひとつ取って、ワインを抱えたユノは
しばらく考えてグラスをもうひとつ取った

ユノが振り向くと、
いつもは殺伐としたデスクの上に様々な料理が並べられている。

その向こう側にちょこんと座るロボットは
2つのグラスを見るとパァーッと顔が輝いた

その嬉しそうな表情に、ユノは一瞬、足を前に踏み出す事ができなかった。

あまりにも嬉しそうなロボットの笑顔に
少しだけ心を動かされた





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ブリキの涙(1)



それは少しだけ遠い未来…

完璧な能力を求めていけば
当然のように行き着くところは人間の機知を遥かに超えた世界…

本当にそれが完璧なのか

誰にもわからないのに



真っ暗な夜の救急病院のロビーに
泣き崩れる母親と中学生くらいの男の子、その隣に小さな女の子

母には声がかけづらいのか、女の子は兄に問う
「オッパはおうちに帰らないの?」

「セギョン…」

男の子が女の子を抱き寄せた。

「ヒョンは…ね…お星様になったんだよ」

その言葉に
さらに泣き崩れる母親…


その様子を、病院の外から2人の男がガラス越しに見ていた。

「こちらは大丈夫です。
きちんと説明はしてあります。」

「脳と外見が大丈夫なら、いいんだよそれで」

「完璧ですよ」

「……」

「完璧ですけど…」

「ミノ」

ミノと呼ばれた若い男は下を向いて、目を閉じている

辛そうな表情

「……はい」

「ひとり息子を亡くした母親の悲しみも
少しは癒されるよ」

「……」

「我々はそのために仕事をしているんだ」

「…はい」

「さ、忙しくなるぞ
急がないとな」




コンクリートが打ちっ放しにされた室内
ひと昔前なら少し洒落た感じだったかもしれないけれど、

そんな部屋で、まるでこの部屋のように冷淡な男がひとり仕事に追われている

ユノ…

チョン・ユンホ

つい昨日
無能な社員を全員解雇したばかりだ。

気持ち的にはスッキリしたけれど
結局こうやって仕事に追われるハメになる

孤独なんてむしろ大歓迎で
ひとりでいることは問題ない

でも

なにしろ、効率が悪い


一旦その手を止めて
スマホを眺める

やっぱり有能な秘書を頼むか

行き着くところは
結局、人工知能だ。

今や、これに頼るしかない


ユノはそれまでメンテナンスなどが面倒で
人工知能を使ったロボットには興味がなかった。

最近、メンテナンスのあまりいらないロボットができたと極秘で情報が入った。


ユノはすぐその話には飛びつかなかった

普段から他人を信用することのないユノ。
そこに高額な投資をするべきかどうか
乗り気ではなかった。



ユノはひとりでここまで成り上がってきた

小さな頃から1人だった

父の愛人の子であるユノは
いつもまわりの全員が敵だった。

力さえ手に入れれば
人は自由だ

そのためにユノは死ぬ程努力をして
その自由を手にしてここにいる。

たったひとりで。


ユノはため息をひとつついて、
スマホをタップした




ユノはあるビルに来た。
通された部屋は白すぎてまぶしくて目が痛いほどだ

ミノはユノを出迎えるため、部屋のドアを開けた。

その真っ白な部屋にスッと立っている長身のユノは
凛々しく品があって、まるで皇帝のような佇まいだ。

ビジネスではヤリ手ということもあって
自信に満ち溢れている事もあるけれど

いい家の出身だとも聞いている


「お待たせいたしました、チョン様」

「……」

「チェ・ミノと申します」

握手をするために片手を差し出したミノを
ユノは無視した

「手っ取り早く決めてしまいたい」

「あ、はい…こちらへ」

「博士は?」

「待機しております」

ミノはユノを別室へ案内した


カン博士がドアを開ける

「ようこそ、チョン・ユンホ氏」

部屋にはもうひとり男が入ってきた

ミノの上司だった

「チョン・ユンホさん、こちらです」

みんなで奥の部屋に行く


ミノはドキドキした


やっと完成した最新ロボット
ミノも今日はじめて見るのだ


今までの無機質なロボットから
人間たちが求めているのはより人間に近いロボット

そのために、様々な素材が開発され、肌や髪を人間に近づけ、感情を持てるようなAIも開発されていた。

ロボットもそれぞれの性格を持ち
それは自由にプログラミングできた。

素直な性格、少しやんちゃな気性…

そのロボットに求めるものも多種多様になり
仕事だけでなく、プライベートのかけがえのない存在にもなったりした。

やがて性格をプログラミングすることにも飽き
意外性を求めたり、経験を積んで少しずつ大人にさせていったり

そのロボット固有の性格というものが独自で作られていく仕様までできた。

もう人間はいったいロボットに何を求めているのか


「そういった意味では、最新のモデルで
まだテストケースのお品です。」

「世に出回ってないの?」

「もちろんです。気鋭のチョン様だからこそ
ご覧いただいているわけです」

「金持ってるっていいたいんだろ?」

「ハハ…それも正直ありますが…」

「孤独そうだから秘密が守られると?」

「悪いことじゃありませんよ、孤高というのは」

フンと鼻を鳴らして、ユノはロボットが格納されている部屋へ近づいた

真っ白い廊下を博士をはじめとして、
ユノ、そしてミノたちスタッフが続く


「あのさ」

「はい」

「メンテナンスが難しいのは嫌なんだ」

「驚くほど人間に近い外見となっておりまして」

「外見はいいんだよ、ブリキでもプラスチックでも」

「今回のモデルは一切定期メンテナンスは必要ありません。」

「へぇ」

「ロボット自身が自分で自分のメンテナンスを行いますし、プログラミングは声をかけて命令するだけです。」

「なんでもかんでも命令ととられたら堪らない」

「オーナーの声色でそれが例えば愚痴なのか自分に対する命令なのかわかります」

「すごいな、それ」

さすがのユノも少しばかり驚く

その反応に気をよくしたミノが少し興奮気味に
熱く語り出した

「感情もあるんです。
情緒も育っていくので、たとえば冷たくすると
凹みますし、愛情表現をしてやれば喜びます。
信頼関係を結ぶことができる、初めてのタイプなんです。」

「……」

「髪も伸びますので、好みのスタイルにできますし、ヒゲや爪も人間みたいに伸びます。
普通の食事もすれば好みもはっきり言わせることもできるので、普段の生活も…」

上司がミノの背中をこづく。

「あ……」

みればユノの表情が曇っている

「なんだか、メンドくさそうだな…」

「いえ、決してそんなことは…」

上司が助け舟をだした

「何か都合悪ければ、部分的にリセットもできるので心配いりませんよ」

「ん……」

ユノはいまひとつ乗り気ではない

「ま、チョン様、ご購入されなくとも
今日は最新のロボットの見学ということで」

そう言われて、ユノはしぶしぶ歩きだした


また白い部屋だ

何重にもロックされた部屋は
ドアを開けるのにも時間がかかる

しかしそれが、このロボットがいかに重要機密事項なのかを表していた。

部屋の真ん中に大きな白いカプセル

それはまるで柩のように見える

博士がそっとそのカプセルを開けると


中にいた男がそっと目を開けた

背の高い細身の男

白い布を腰に巻いているだけで
後は裸だった。

「こっちへ出ておいで」

博士が優しくその男に話しかけると
無表情のまま、ゆっくりと柩のようなカプセルから、足を踏み出した。

「ここへ立ってみて」


ユノの前にその男は立った。

そして、ゆっくりと顔をあげてユノを見た

ユノはドキッとした。


その瞳には人間のそれが宿っているような気がした


まさか、これがロボット?


華奢な骨格にはしっかりと筋肉が乗り
手脚が長く、首も長い

その小さな顔を柔らかなクセ毛が縁取り
厚めの唇に大きな瞳が印象的な可愛い顔だった。

人間で言えば、20歳そこそこだろうか。

いや、その顔立ちからそう思えるだけで
実はもう少し歳がいっているかもしれない



いままでたくさんのロボットを見てきたけれど
こんなに人間に近い外見のロボットははじめてだった。

ユノを見つめるその表情は確かに魂が宿っているようで

その大きな瞳にドキドキした。

どんなに精巧に作られたロボットも、やはりその瞳は人形のモノ。
精気が宿っていない

それがこのロボットときたら…


「素晴らしいでしょう?チョン様」

「……」

「もしよろしかったら…」

「見た目はどうでもいいとして、
性能はどうなの?」

「はい、知識は辞書並みです。
新たに自分で学習して上書きもできますし
正解かどうかのジャッジ機能もあります。」

「仕事の機能は?」

「すべてにおいてスペシャリストで
分析もなにもかもできます。
信頼関係が築ければほんとに…」

「信頼関係?ロボットと?」

バカにしたようなユノの言葉に
美しいロボットの瞳が動き、ユノを見た。

とても…悲しそうな瞳…に見えた。

ユノは一瞬、その悲しそうな表情に心を鷲掴みにされたような感覚に陥った。

普段、他人に心を動かされることなどないユノ。

きっと、これがロボットで、そのあまりに精巧な表情に自分は驚いているのだ。

そう思うことにして、ユノは自分の動揺を鎮めた

「俺はロボットと信頼関係など結ぶつもりはない」

ロボットの大きな瞳が揺れる

「いちいち、俺が何か言うたびにこんな風に傷ついたような表情をされたら面倒だ」

「はぁ」
ミノの上司が苦笑いをしている

「仕事さえ、完璧にしてくれたら
ブリキの木こりだって、カカシだって見た目はなんでもいいんだよ」

「は?」

「オズの魔法使い…ですか?」


その冷酷そうなユノの口から意外にもオズの魔法使いの話がでて、一同は狼狽えた。

唯一、ロボットだけがその瞳を輝かせた


「それでしたら、チョン様。
こちらのタイプは不向きかと思われます。」

突然ミノが早口で切り出した

「おい、ミノ」

上司がたしなめる。

「いえ、このロボットは無機質なそれがイヤだというお客様向けです。
心を通わせたり、癒したりすることができるのが特長なのに、チョン様はそれを求められていないようですので」

ミノはパタパタと書類を閉じはじめた。

明らかに怒っている

「すみません、チョン様。
もう少し機能について博士から説明させてください」

上司が慌ててユノに挨拶をするとミノを廊下に連れ出した。


「ミノ、いいかげんにしてくれ。
チョン様はこのロボットを試すのに最適なんだよ。
金は持ってる、人付き合いが悪くて話が広まりにくい。な?」

「チャンミンを人間として扱ってくれる人じゃないと、僕はイヤです」

「ミノ、もういいかげんに私情は捨てろ。
もう、お前の友達はロボットとして第二の人生を歩み始めているんだし、前の記憶もない。感情があるように見えるけれど、そういうプログラミングなんだ」

「……」

ミノは瞳を閉じ、歯を食いしばった

「とてつもない金額が動いているんだ」

「…はい」


廊下へ、ユノと博士が出て来た


「とりあえずお試し期間だけ預かる」

ぶっきらぼうにユノが言った。

「あ、ほんとですか?チョン様…
ありがとうございます」

「それから決めていいんだろ」

「はい。もしお気に召さなければ
チョン様の機密事項についてはすべて消去してお返しくだされば。」

「それもそっちでやって」

「あ、はい」


ミノは黙っていた。

ユノはミノの様子をチラリと見やるとフンと鼻を鳴らした。


ロボットは服を着せられていた。

ジーンズにチェックのシャツ。
いかにも手っ取り早くその辺で買って来た、という感じだ。

すんなりと綺麗な身体のラインに真っ直ぐな長い脚
可愛い顔。

周りに存在を知られないように、との注意をうけたけれど、これでは否が応でも目立って仕方がない


ミノが心配そうにロボットの様子を気にしている

さっきから黙っていたミノがユノにそっと近づいて来た

「あの…」

「なんだ」

「名前をつけられるかと思いますが」

「そんなのないよ、型番がなんだっけ?
C-218それで呼ぶよ」

「できましたら…チャンミンと名付けてやってほしいんです」

「なんでお前からそんな指示をうけなきゃならないんだよ」

「すみません…」

「じゃ、面倒になったらすぐ返すから」

「よろしくお願いします」


ロボットはユノの後を人間となんら変わらない足取りでついて来た。

「これ」

ユノがメガネをロボットに渡す

ロボットはなんの疑問もなく
渡されたまま、メガネをかけた。

「外では面が割れないようにってさ。
誰が見たって人間なのにさ。
ロボットだなんてバレないだろ」

ユノはブツブツと文句をいいながら
ロボットに関する大量の書類を車の後部座席に積んだ

ロボットはじっと立って、その様子を見ていた。

「さ、早く乗って
やってもらいたい仕事が溜まっているんだよ」


「はい」


ロボットが初めて声を発した

優しい澄んだ声

ユノはその声に一瞬動きが止まったけれど
またバタバタと後部座席を片付けて車に乗り込んだ。

ユノはコンクリートの仕事部屋にロボットを連れて行き

とりあえず、溜まった仕事をロボットに任せた

「請求書の処理をしてほしい。
見ただけで内容がわかると聞いたけど大丈夫か?」

ロボットは100枚は超えるかと思われる請求書の束をながめて「はい」と静かに答えた

それからのロボットの仕事ぶりは凄まじく速く

隣のデスクで他の仕事に没頭していたユノは
静かになったロボットに気がついた

「え?終わった?」

「はい。確認お願いします。
来月分が混ざっていましたので、それはこちらに取り分けておきました。」

「あ、そう…か」

ロボットの仕事ぶりにすっかり機嫌をよくしたユノは、ゆとりの時間ができたこともあり、ワインを開けた

社員をクビにした後、食事の時間さえまともにとれずにいた。

ユノはひとりグラスを傾けながら
すでに次の予定について、タブレットを確認していた。

ふと、ユノがロボットに視線をやると

そのC-218は静かに座って下を向いている

「おい」

ハッと顔をあげるC-218

「ワインを飲んだりするのか」

「はい、いただきます」

にっこりと微笑んだ。


動きの止まったユノにロボットも黙る

「微笑むとかさ、どういうプログラミングなんだか」

ユノはブツブツと文句を言いながらグラスにワインを注いだ。

「お食事は何時になさいますか」

「え?」

「毎日決まった時間に…」

「マジか。主婦もやるっていうのか?」

「元々、そういう仕事に適正があります」

「仕事の秘書をしていればそれでいい」

「はい」

ロボットは俯いた

「………」

「あのさ」

「はい」

「そうやっていちいち傷ついた顔しないでくれ」

「はい…」

「メンドくさいんだよ」

「はい…」

「以上。あとは好きに充電でもなんでもしてくれ。
このオフィスの隅に充電するところを作ってあるから。」

「はい」

「じゃ」

ユノはオフィスを後にした


ロボットは1人、暗いオフィスに残された。

部屋の隅には充電するための椅子が置いてある。
まるでハンズフリーの掃除機の置き場所のようだ。

そこにそっと座り、
自分でコードを繋げる

その瞳は静かな闇を湛えたまま
そっと閉じられた。





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百海です。

新しいお話がアップになりました。
相変わらずやらかしていて(^◇^;)
本日は第2話の下書きを公開していましたね
ほんとになんというか…

もうこういうヒトだということで笑ってください

すみません。

ユノ王も各地で降臨されていて
チャンミン王もそろそろご帰還でしょうか。
楽しみですね
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