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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

カナヅチの島(1)




僕の結婚が決まった

新婦の名前はパク・セリ

まぁ、妥当なところだ。

中学のとき、少し付き合ったことがあるけど
気もあったし、頭もいいし
生活するには特に問題ない。

何人かの候補の中で、
さぁ誰にする?と聞かれたら

一番無難なのがセリだった。

恋愛?そんなのは結婚と関係なくどんどんすればいいさ。

みんなそうでしょ?


「チャンミン、ほんとよかった。
お母様はとても嬉しいわ」

「無難でしょ?セリ」

「無難だなんて、なんてこと言うの
頭が良くてキレイで。」

「家柄もね?」

「そこについては、お父様も大喜びよ」

「それが一番でしょ?」


「チャンミン」

母がたしなめるように言って軽く睨んだ。

「はいはい」

チャンミンもペロッと舌を出してリビングから出て行った。

シム家の真っ白な別荘はこの島の高台にあり
バルコニーからは真っ青な海が見渡せた

海は穏やかにうねり、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

チャンミンは夏の間ずっとこの島にいる。

ソウルにいる仲間も何人か来ているので
退屈しない。

チャンミンの仕事といえば不動産の管理、
とは言ってもほとんど名前ばかりの役員なので
いつまでもこの島にいても、とくに問題はない。

仲間もいい歳をしてるのに働いていない、
そんな似たような環境の仲間たちだった。

母がバルコニーまでチャンミンを追って来た

「それでね、チャンミン」

「ん?まだなんかあった?」

「お式のことなんどだけどね
お母さまにいろいろ任せてほしいの」

「うん、いいよ」

「この島で式をあげようと思うのよ」

「あ、それ、僕もそれがいいと思っていたんだよ」

「それはよかった!流行りのコーディネーターがいてね。この別荘で式からパーティまでできるように企画してくれるの」

「へぇーいいんじゃない?流行りなんでしょ?」

「本当は半年くらいかけて、植物を植えて
本格的にやってもらうんだけど、3ヶ月しかないから。」

「お母様の満足行くようにはムリなの?」

「腕利きの庭師がいるから大丈夫だって」

「じゃよかったね。好きにしていいよ」

「この結婚についてはね、内緒だから注意してね。
バレると株価に影響するからって。」

「わかった、わかった」

内緒と言われても仲間内はみんな知ってる。
そして内緒にしなくてはいけないこともわかってくれてる。


結婚式のあれこれについては、まったく興味がなかった。

お母様の好きにしてくれたら、それで。


チャンミンは散歩に出た。

浜辺からヨットハーバーまで来て
カモメを眺めたりして過ごした。


小さな堤防に座って、色とりどりのヨットを見ながら、今度買うならどんなヨットにしようか考えていた。

ふいに声がした


「こっちへおいで」

「え?」

ふと振り向いたチャンミンの目の前に
大きな犬の顔があった

「ひっ!!!」

「ワンッ!!」

いきなり大きな声で吠えられ
チャンミンはバランスを崩した

「あ!」

チャンミンの目前でもう一度犬が吠えた

「こらっ!ジョン!」

誰かが叫ぶ


よろめいたチャンミンの目の前の景色が大きく回転する。

激しい水しぶきとともに
チャンミンは海に落ちてしまった


たすけて!!!!

だれか!!!!


チャンミンの目の前にはたくさんの泡が見える
ゴボゴボという音が耳に響き、
その合間に犬の鳴き声が聞こえる


たすけて!!!!

泳げないんだよ!!!!


チャンミンの叫び声はゴボゴボという水の音にしかならない。


このまま、死んじゃうのかな



と、その時急に後ろからひょいとチャンミンの脇に何かが伸びて来た

そしてザバンと音をたてて、それがチャンミンを水上に引き上げた


はぁはぁはぁはぁ

げほっげほっ


苦しい…


堤防に引き上げられたチャンミンは
あまりの苦しさにしばらく水を吐いた

ふと、顔をあげると
そこにはさっきの大きな犬が不思議そうにこっちを見ている

レトリバーだな

なんだよ、こいつ

「いきなり…ゲホッ…吠えるなんてさ」


その時

その犬の後ろから


日に焼けたビッショリと濡れた脚が見えた

骨ばった細くしっかりとした膝から
まっすぐに長く伸びた脛。

ビーサンを履いた足は筋ばっていて形がいい。

チャンミンはもう少し顔を上げた


「大丈夫?」


低い声の主の顔が逆光でよく見えない


「これ」

チャンミンの頭にパサッとタオルがかけられた

目の前がタオルで真っ暗になった。


そのタオルを乱暴に剥ぎ取ると
目の前にはさっきまでの犬にかわって

びっくりするようなカッコいい青年の笑顔があった


「あ…」


スッキリとした顔に、弓なりに細められた優しそう瞳。男らしい眉。
高い鼻筋には水滴が光り、
真っ白な歯がその笑顔から覗く。


彼が引き上げてくれたのだろうか。

全身ビッショリだ

「あの」

横座りをしているチャンミンの目線に合わせてしゃがんでいたその青年が立ち上がった

紺色の短パンが濡れてその張りのある大腿に張り付き上半身はハダカだった。

胸から肩へ大きく張った筋肉が見事だ。

チャンミンの心臓は高鳴った


「はい」

そう言ってその青年が手を差し出した


なんて綺麗な手…

節くれだっているのに繊細な美しい手


チャンミンはそっとその手を握った

「ひゃっ」

ふいをつかれ、一気に引っ張られたと思ったら
チャンミンはよろめいて立ち上がり
青年の胸に寄りかかった

チャンミンを支えようと添えられた手が
硬くて、そして熱い


「泳げないの?」

「は?」

「あんなに浅いところで溺れるなんて」

「ちょっ!」


ちょっと待って

え?悪いのは僕?

違うよね?


「おかしくないですか?」

「?」

「そっちが悪いんでしょう?
いきなり大きな犬に吠えさせて」

「ああ、ごめんごめん」

その人は濡れた短髪をかき上げながら
爽やかに笑った

低く乾いた笑い声が海に響く


なんかやたらカッコいいなこの人。


「まさか泳げないなんて思わなくてさ」

「泳げないんですよ!
そういう人もいるんです!」

「はいはい、ごめん。
ウチにおいで。服がびしょ濡れだから。」


「え?あなたの家?」


「いつもなら歩いているだけで乾くだろうけど
今日は湿気があるからダメだよ
何か着るもの貸すから」

「いいですよ、そんな」

「その濡れた服で帰るの?
いろいろクッキリ見えてセクシー過ぎないか?」

その人はクスクスと笑った

チャンミンは自分の姿を見た


たしかに…


「笑うなんてどうかと思います。
とりあえず何か貸してください。
できたらシャワーも浴びたいんですけど」

「ああ、いいよ。
じゃあ、こっちへ」

その青年が歩き出すと
先ほどの犬が尻尾を振ってついて行く

ジョンと呼ばれたその犬は
青年によく懐いている

ハーバーの駐車場に来ると
青年は片手をチャンミンに差し出した

「?」

「俺はユンホ。ユノでいいよ。
で、迷惑かけたこいつはジョン」

「はぁ。チャンミンです」


チャンミンは差し出されたその手を緩く握り返すと
ジョンが嬉しそうに2人の手を舐めた


「チャンミンは犬、大丈夫なんだ?」

「あ、ソウルの家にレトリバーいるんで」

「そうか。あ、これが俺の車」

ユノが親指で合図した方を見ると
それは小さなボロい軽トラだった。

汚い車!

こんなのに乗って大丈夫なのか


でも、仕方ないか

チャンミンは戸惑いながらも助手席のドアを開けようとすると

「チャンミンは悪いけど荷台ね」

「えっ??なんで?」

「助手席はジョンが乗るから
それにチャンミン濡れてるし」

「ユノだって濡れてるじゃないですか」

「仕方ないだろ、誰が運転するんだよ」


はぁ?荷台?


チャンミンはもう一度自分のカッコを見た

やっぱりこれじゃ歩けない
なんでもいいから、服を借りたい

今日の湿気のある天気が恨めしかった


ユノに手を貸してもらって
チャンミンは荷台にあがった

「この縁のロープに捕まってれば
大丈夫だから」

「スピード出したり、急カーブとかはやめてくださいよ?」

「わかったよ」


チャンミンはしっかりとロープに捕まった


ガタガタと浜沿いの道を軽快にトラックは走る


チャンミンは海を眺めた


気持ちいい!


空も海も、何も隔てるものがなくて
気持ちいい風の中、トラックの揺れが心地いい

トラックの荷台なんて乗ったことがなかったけれど
それはオープンカーに乗るより自由で

流れゆく風がこんなに気持ちがいいなんて

空に向かって顔をあげると閉じた瞼に太陽が見えるようだった


……


あれ?


ん?


チャンミンは静かになったトラックに気づいて
目を開けると

既に車を降りたユノが呆然とチャンミンを見つめていた

「あれ?着いたんですか?」

「え?」

「着いたの?」

「あ、ああ、着いたよ」

我に返ったようにユノは手を貸してくれて
チャンミンは荷台から降りた。

チャンミンを降ろす時にユノの腕に力がこもり、
逞しい腕に筋肉の筋が浮き立つ

チャンミンはその様子にドキッとした。

「ユノさんて、服着ないんですか?」

「着るよ。夜はね」

「昼はそんなハダカのまま?」

「日に焼けるだろ?服の跡が付くのイヤなんだよ」

「ああ、そうかもしれないけど」

「こっち」

ユノの後をジョンが嬉しそうについて行く


えー

車もボロだけど、家もかなりボロだな。


ギシギシと音の鳴るほどの古い木戸を開けて
家に入った。


え?





すごい!


そのボロ家の中は思いの外、明るく広いワンフロアで
その真ん中のフローリングを丸くくり抜かれたところに様々な熱帯植物が植えられている。
大きなヤシの木が吹き抜けになったサンルーフの天井へ高くそびえていた。

家の中に小さなジャングルがあるみたい。


「すごい!」

「すごいだろ」

「植物園みたい」

「は?」

「こういうところ来たことある!」

「植物園って発想が貧困だな」

「ずいぶん背が高いヤシの木なんですね」

「うん。この部屋のオーナーが倒産したリゾートホテルのエントランスから持ってきたんだよ」

「へぇ」

「これを世話する条件で3ヶ月部屋代タダ」

「あなたが?ユノが世話するんですか?」

「ああ、俺、仕事が庭師だから」

「ふぅん」

「こっちもすごいんだぜ」


バルコニーに出ると海に向かってそこそこの広さの庭があった。

「庭があるんだ!」

そこにはブーゲンビリアをはじめ、南国の花々が咲き乱れる。

その横にサーフボードが立てかけてある。

「これもユノさんが?」

「ああ、でも半分は仕事の」

「ボードやるんですか?」

「やってたけど、ここではやらないかな。
プライベートビーチばっかりで」

「裏にいい波が来るビーチがあるって聞いてますよ」

「ああ、あるね。あそこでできるほど上手くないよ」

「なーんだ。見掛け倒しですね、ユノさん」

「カナヅチのチャンミンには言われたくないね」

フッと笑うユノさんはメチャクチャかっこいい。


「ユノさん、モテるでしょ」

「モテるよ」


即答ですか…よっぽど自信があるんだな
ってか相当モテるんだろうな


「そうしたら、夜なんかどこで遊んでるんですか?
全然見たことないけど」


「話もいいけど、シャワー浴びたら?
ずっとそのままでいるの?」

「あーじゃあシャワーお借りします」

簡易な作りのバスルームはシャワーだけがなぜか豪華なものが場違いに取り付けられていて、清潔だった。

すごい水圧のシャワーだった。


気持ちいい




海になんか落ちなければ
トラックの荷台なんかに乗らなければ
シャワーなんか借りなければ


ただのいつもの夏だったのに

今年の夏はそうじゃなかった






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蒼い月(完)




ガンスが小高い丘に戻った時

チャンミンは地面に跪いて泣いていた



ああ、ユノさん…あなたはやっぱり


ガンスはチャンミンの肩にそっと触れた

「ユノさんは…」

チャンミンは嗚咽をこらえ顔をあげた

「ユノね、人間に戻れたんだよ」

「そうか…」

「これで…いいんだよね?」

「そうだな」

「僕ね、覚悟してたんだ」

「チャンミン君…」

「あんなに愛情深いんだもん
魔物なんかじゃない」

「そうだな…魔物なんかじゃない」

「魔物から解放されたんだ、やっとね」

「そうだよ、粛清なんかじゃない
これは解放だ」

「だからね、笑顔を見せてあげようって
やっぱり泣いちゃったけどさ」

「そうか…」

「いつも側にいてくれるって」

「……」


「いい人生を…って言ったんだ」


「……」

「一生懸命生きて…輝けって…」

「…そうか」


ガンスは泣いた

ユノが愛おしそうにチャンミンを見る姿が想像できた。


チャンミン君はわかっていたんだな


「チャンミン君」

「……」

「ユノさん、本当に幸せだったはずだ」

「……」

「君に会うための長い命だったんだ。
私はそう思う」

「僕に…会うために…」

チャンミンはもう

嗚咽を我慢せず…泣いた…





「チャンミン!こっち!ほら!」


大学4年の夏
チャンミンは国が管轄する遺跡の調査団の活動に参加していた。

Tシャツにカーキ色の短パンをはき
汗だくになって、森の中の土を掘っていた

チャンミンを呼ぶ声に顔をあげる

ユノが側にいた頃のチャンミンとは
その顔つきが変わっていた

精悍な感じが加わり
男らしく成長し、知性的でもあった。

「なにかありましたか?」

「もしかしたら、チャンミンの言う通りかもしれないよ」

「え?」

「ここで闘いがあったのかもしれない」

団員の手には、刀の竿と見てとれる物体があった。

チャンミンはそのひとかけらを手にして
ルーペでよく観察した。


ユノのものだ

チャンミンは確信した。


ユノが自分の軌跡を記した巻物をチャンミンに預けようとした。

あの時は断ったチャンミンだったけれど
ユノがいなくなり、チャンミンはその巻物を手に
今はその軌跡を辿っている

両班だったユノ

兵士だったユノ

何か発掘されると触って感じてみた。
それがユノのものだと、触ればすぐにわかった。

まったくそう感じない時もあったので
これは気のせいではない。

遺跡がユノに関するものだとわかる時
やっぱりユノが側にいるのだと感じることができた。

「またもや、すごい発見だね」

「勘だったんですけど、よかったです」

そのかけらを丁寧に包み、団の専用ケースに収める寸前に、チャンミンはそのひとかけらをポケットにいれた。

誰にもわからないように。


ユノの軌跡を感じたものを少しずつ自分で集めていた。

ユノ…


ユノのぬくもりを追って
僕は生きているよ、一生懸命にね


そうして、また桜の季節がやってきた。


チャンミンとミノは蕾膨らむ桜の木の下で
ガンスに写真を撮ってもらった

2人して角帽と黒ガウンを身に纏い微笑む

「あのさ、チャンミン、ちょっと他の子とも写真撮ってくる」

「ん?スヨンだろ?」

「あーうん…」

照れたようなミノ

スヨンは可愛いミノの彼女だった。

「行って来いよー」

チャンミンはミノの背中をバンと叩いた

ガンスがそんな様子を見て笑っていた

「チャンミン君」

「はい?」

「チャンミン君は彼女とかいいの?」

「僕にはユノがいますから」

スッキリとチャンミンは微笑んだ

「君はまだ…若いのに」

「もったいない、と言いたいですか?」

「うん…結婚してない私が言うのも変だけど」

「僕は、ユノに懸命に生きろ、と言われたんです」

「うん」

「いい人生を、と」

「うん」

「みんなが結婚して家庭をもつから、なんて
そんな理由でたった一度の人生を決めたくないんですよ」

「え?」

「ずっとユノを思って、その軌跡を辿ることが
今、一番やりたいことなんです。」

「………」

「やりたいこと、一生懸命にやります」

「私みたいになるよ?」

「ガンスさん、後悔してるの?
超常現象を追う生活」

「うーん」

「?」

「してないかな?」

ぷっとチャンミンが噴き出した

春の空に2人の笑い声がひびく


そしてチャンミンは桜の木をみた


あの入学式の日、あの木の下で
僕はユノに甘えていた

入学式でユノが隣に座ってもらえないと拗ねて
僕は子供のように駄々をこねていた


優しかったユノ

会いたいよ、もう一度


卒業式の学長の挨拶は
「いい人生を」で締めくくられた

きっとユノが言ってくれてるんだ


おめでとう!

卒業おめでとう!


卒業生全員の角帽が空高く舞い上がる


チャンミンは空を見上げた


ユノ…

愛してるよ

これからもずっとね




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ここまで読んでいただき
ありがとうございました。

ハッピーエンドでなくてすみませんでした。

楽しんでいただければいいのですが。

ヴァンパイアはホラーだけれど、とても切ない面を持っていて。
そんな甘く哀しいお話を描いてみたかったのです。

このお話のチャンミンは
このまま、ユノを思って一生を過ごします

そういうのは良くないと、
ユノのことを過去の思い出にしつつ
新たな世界に飛び出し、家族も得て幸せになるのがいい。
一般的にはそういう流れになるかとは思うのですが
このお話のチャンミンにとって幸せはユノなのです

それが一番幸せだと思うのなら
そこから出なくてもいいよね、と
幸せは人それぞれだしね、と

今回はそんな風に思いました


次回ですが。。
次回のお話は私自身のストレス解消のために
書かせていただきます( *`ω´)

なんの事だかわかる方もいらっしゃるかと思いますが、チャンミンに憑依して描かせてもらおうかなと。
中には不愉快に思われる方もいらっしゃると思うので、そこは無理されないでくださいね

それではまた近いうちに♫

本当にありがとうございました!

蒼い月(19)



食事が終わり、デザートが運ばれて来た。

アイスクリームに数種類のナッツが乗って
見栄えもいいものだった。

ユノはチャンミンに自分のデザートを譲った。

「いいの?」

「ああ、いいよ」

「それじゃ、遠慮なく」

本当に美味しそうに食べるチャンミン。

ミノがそれを微笑ましそうにみて
自分のデザートを差し出した

「まだ食べれるならこれもいいよ」

「ミノくん、いいよ、君が食べるといい」

ユノが遠慮した。

「チャンミンがあんまり幸せそうで」

ミノは微笑んでいる

「いらないなら、もらうね」


みんなから愛され構われ
そんなチャンミンの姿を優しげに見守るユノ。

レストランの外には夜の帳が訪れ
街灯が程よく庭を照らす

ユノは窓の外を眺めてつぶやいた

「ここまで高台に来ると、夜は寂しいね」

チャンミンはユノの横顔を見つめた

この人が寂しいなんて、今まで言ったことがあっただろうか。

その綺麗な横顔はたまらなく哀しく切なくみえた。



食後のコーヒーを飲み
4人は店を後にした。


ここまではガンスの車で来ていた。

駐車場まで薄暗い中を歩いていると
ミノが突然声をあげた

「あっ!蛍!」

「えっ?」

チャンミンが振り返って思わず声を発した
「あっ、それは」

ユノの顔が険しくなった

それは蛍ではなかった

先日ユノがチャンミンに見せた人の魂

でも、輝きはどんよりとして
懸命に生きる者のそれではない

輝きがない分、蛍に見えなくもなかった。

ミノはその光につられて道を外れた

チャンミンがそれを追う

「ミノ!それさ、蛍じゃないから」

「2人とも危ないよ、そっちは崖だから」

蛍に似た怪しい光は
柵を越えてミノを誘う

チャンミンがミノの肩を掴んだ

「そっちに行ったら危ないよ」

「大丈夫。ここなら来たことあるから」

「でも」

瞬間、蛍が舞い上がったと思ったその時

3人の視界からミノが一瞬で消えた

「ミノ!!!」

先に飛び出たのはユノだった。

あっという間に崖の下の暗闇へ
ミノは吸い込まれてしまった

ユノは滑り降りるように崖を降りて行った

「ユノ!」

「チャンミン君、柵の外に行ったらダメだ」

ガンスはチャンミンを引き戻し
急いで緊急車両を呼ぼうとスマホを出そうとした

「しまった。」

スマホはミノのリュックの中だった。

チャンミンが慌てて自分のスマホをだしたけれど
その顔が悲しく歪んだ

そのバッテリーはあと2%しかないことを
電池マークが知らせている。

これでどうにか…

チャンミンがスマホをタップして耳に当てた途端
スマホは真っ暗になってしまった。

「ミノのリュックにあるから大丈夫」

ガンスはチャンミンを宥め、自分も柵を乗り越えた

「ガンスさん!」

「チャンミン君はそこを動かないで!」

チャンミンが荒い呼吸をひとうふたつした頃
ユノがミノを抱えて崖の上に…
まさに舞い降りたようにみえた。

「ミノ!」

ミノはぐったりとして、その顔は青白かった。

「肋骨が折れてる」

ユノが低い声で言った

ガンスの顔が心配そうに歪んだ

「頭も打ってるのか」

「折れた肋骨が内蔵を傷つけていると思う」

ユノはそっと、ミノを地面に下ろした

ガンスは急いでミノのリュックからスマホを取り出そうとした。

「間に合わないですよ、ガンスさん」

「え?」

「救急車か来るまで待ってたら、ミノ君は間に合わない」

「そんな…」

そう言って、ユノは横たわるミノの胸に手を当てた

「ユノ!」

チャンミンが悲しく叫ぶ


ここでユノが…
ミノを治すようなことをしたら


せっかく自転車を盗んだのに
これからも悪いことをして、そして…

ずっと一緒にいようと思ったのに


でもミノが……


チャンミンの目からポロポロと涙がこぼれた


ガンスは何も言えず
それでもユノの肩を思わず掴んだ

「ユノさん…それじゃユノさんが…」


ユノは優しく微笑んだ

「何も言わなくていい」

「……」

「そんな辛い決断をあなたにさせませんよ、ガンスさん。」

「ユノさん…」


「あなたは友達だからね」


ガンスはその場に座り込んでしまった。


ミノを助けるために…

こんな人をだれが魔物だなんていうのか

ユノの手のひらからキラキラと光る光がミノの胸へと流れる

ゆっくりと優しく

ユノは首をかしげた

「大丈夫かな、俺、もうほぼ人間に近くて
力が出せるといいんだけれど」

それでも、ユノから溢れるその光は次第に眩くなっていき、ミノがゆっくりと目を覚ました


「ミノ!!」

「大丈夫?!」


ミノは目覚めたかのように辺りを見回して
ゆっくりと立ち上がった

「ガンスさん、一応病院に連れて行ってあげて
致命傷は治したから」


「ユノさん…私ね、ミノを病院に連れて行ったら
戻りますからね、ここに。」


「お願いします。チャンミンを送ってやってください」


「ユノさん、あなたのこともね」


覚悟を決めたユノがにっこりと笑った。
笑ったけれど返事はなかった


ガンスは泣いてしまいそうになり
ミノを連れて車に向かった


「チャンミン、ここにおいで」


ガンスはそんなユノの言葉を背中で聞いた


思わず泣いた…ガンスは泣いた


ユノさん…

こんな哀しいこと…許せない

空を見上げると月は闇夜に溶けそうに蒼かった

その月をガンスは睨みつけた



チャンミンはユノを見つめた

「チャンミン、ここにおいで」

ユノは優しくその両手を広げて微笑む

「うん」

涙を堪えて、チャンミンはユノの胸に飛び込んだ

ユノは一旦チャンミンを強く抱きしめると
体を離して、その可愛い顔を両手で包み込んだ

「チャンミン、俺さ、すごく幸せだ」

「ユノ、人間になった?」

チャンミンは涙の止まらない瞳で
ユノの優しい漆黒の瞳を見つめた

「たぶんね。」

「よかったね?ユノ。
人間になりたかったんでしょ?」

「そうだよ、人間は素晴らしいからね」

「なら…よかった…」


「チャンミン」

「……うん」

「笑顔を見せて、笑ってよ」

「うん!」

チャンミンは泣きながら笑顔を見せた

ユノの心にいつまでも残るように
最上級の笑顔をみせようと思った

「本当に可愛いなぁ、チャンミンの笑顔」

チャンミンは笑って見せた


あなたの大好きな僕の笑顔を
たくさん見せてあげるんだ


「大好きだよ、チャンミン」

「僕もユノが大好きだよ」

「いい人生を」

「ユノ…」

「俺はいつもお前のそばにいるからね
姿なんか見えなくたって、そばにいるよ」

「ううっ…ユノ…」

「一生懸命に生きて、輝くんだ」

「うん…わかった…」

ユノは優しく微笑んだ

「ユノ…愛してる…」

「愛してるよ、チャンミン
側にいてくれて、ありがとう」

どちらからともなく、2人はひしと抱き合った


ユノは愛おしそうにチャンミンを見つめ

チャンミンも笑顔でユノを見つめた

そっと近づくユノの唇

チャンミンはそれを受け止め
優しくキスをした


ユノの感触が薄れてゆく


それはあっという間だった


一瞬のことだった


チャンミンの腕の中で、ほんとに一瞬に

ユノは弾けるように煌めく塵となった


夜空にキラキラと輝く塵が舞った


「ユノ!待ってよっ!」

チャンミンはその煌めく塵を一粒たりとも逃さないようにもがいた

これでもかともがいて、その塵を全部つかもうとした

「ユノ!!!」


泣き叫んだ


「いやだよ!ユノ!」


チャンミンは大声をあげて泣いた


心に…決めていたんだ

最後は笑顔をみせてあげようと決めていた


ユノは人間にもどりたかったのだ


最後に人間として自分を愛したかったはずだ


これでよかったのか
今はとてもそんな風に思えなくて

どうして自分はディアブロにならなかったんだろうと、そんな後悔しかない


だけど、ユノの笑顔がそんなことは望んでいなくて

あんなに綺麗に散ったユノ

これでよかったの?


チャンミンは大声で…泣いた

誰か教えて…答えてよ…


いつも、側にいてなんでも答えてくれたユノは
煌めく光になってしまった





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明日は最終回となります

蒼い月(18)



チェ・ガンスはユノとチャンミンの住むマンションを見上げた

そして大きくため息をついた。

インターフォンでユノの部屋番号を押す

「はい、あ、ガンスさん?」

モニターに自分が気難しい顔をして写っている。

「すみません、お忙しかったですか?」

「大丈夫です、どうぞ」

ガンスは部屋に通されて
ソファに座らせてもらっても、しばらく黙っていた

話したいことがあって来たのに
その態度はとても失礼だと自分でもわかっていた。

それでもユノはそんなことを気にすることもなく、
何も聞かずに、コーヒーを淹れた。

「申し訳ありません」

「何も謝ることなんてないですよ」

「正直、自分でもなんで来てしまったのかわからないんですよ」

「俺の顔が見たくなったわけではないでしょう」

「何か話そうと思ったんですけど」

「もう、あんまり教えられることはないなぁ」

「あの…」

「はい」

「ディアブロとして優秀ならいいんですよね」

「……」

「魔物として優秀だったら、粛清されることなんて
ないんですよね」

「テミンは優秀でした」

「……」

「その辺のジャッジは結構シビアです。
いままでにも何人も粛清を見て来ましたけど」

ユノは自分のコーヒーカップを両手で包見込みながら、じっと1点を見つめながら答えた

綺麗に整った顔だった。

「聞いていいですか?」

「どうぞ」

「両班だったんですよね?」

「そうですよ。大昔ね」

「どんな両班?」

「どうって…」

ユノは下を向いて微笑んだ

「世間知らずでしたね。剣の腕はそこそこ良かったと思いますけど」

「調べたら出て来ますかね」

「どうかな。調べたいんですか?」

「いえ、そんな事はどうでもいいんですよ」

「……」

「助かるんじゃないかと思ってね」

「……」

「人間としてね」

「ガンスさん」

「はい」

答えるガンスの瞳は真剣だった。

「そんな可能性はゼロです」

「……」

「この身体は何百年もたってるんです。
生きながらえてるのは、蒼い月の力です」

「……」

「ガンスさん」

「はい」

「ありがとう」

ガンスは顔をあげてユノを見た

そこには

スッキリと全てを受け止め、覚悟を決めた男の顔があった。

そして綺麗に微笑んだ。

「チャンミンも、あなたも俺を悪者にしようとするんです」

「え?」

「悪いことをしろと、2人に言われて
なんて幸せなことかと、思ってます」

「ユノさん…」



カタッとリビングの入り口から小さな音がした。

ガンスとユノはハッとして音のする方を見た。


入り口から俯いたチャンミンが顔をのぞかせた


「チャンミン!」

ユノが駆け寄って、思わず抱きしめる

あまり聞かせたくない話だった。

抱きしめられたチャンミンがぎゅっと目を瞑り
唇を引きむすんでいる。

泣くのを我慢しているのだろうか

ガンスも思わず椅子から立ち上がり
何か声をかけようとした。

でも

「おかえりチャンミン、お邪魔してます」

ごく普通にガンスは答えた。
なにも特別なことなんてない、そんな風に装った。

チャンミンはペコリと頭をさげた。

「チャンミン、挨拶は?」

ユノもなんでもない風に
普通にチャンミンを窘めた

いつものように

なにも特別なことなんて、起きないように

「腹減ったか?何か食べに行くか?」

「……」

ユノが明るく振り返った

「ガンスさんもどうですか?
ミノ君も呼んで」

ガンスにまったく躊躇がないと言ったら嘘になる

ユノは自分の尊敬する先輩を殺めた魔物で
そんなバケモノと食事だなんて

ガンスは、それでも
ユノと食事に行く理由を見つけていた
自分へ説明するために、そんな理由を見つけていた。

「そう…ですね。」


「ガンスさん」

ユノの瞳が優しい

「無理…しないでください」

「……」

「行きます、ミノがきっと喜ぶ」

ガンスはそそくさとミノに連絡をした。

ミノが…行きたいだろうから

ユノはじっとガンスを見つめた


4人で、郊外にあるレストランに入った

軽めの食事と楽しい会話

主にチャンミンの小さい頃の話や
ミノの恋愛話に花が咲いた

幸せな時間だった。

誰にとっても幸せな時間だった。

月はもうすぐ満月を迎えようとしていた

その蒼さは光り輝き
冷たい怒りを含んでいた




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百海です。
設定まちがえてすみません。

拍手コメントやコメントにまったくお返事ができていません(^◇^;)
ほんとにごめんなさい。

新しく読んでいただいた方、
連載がはじまったことを気がついてくださった方
泣けそうに熱く感想を語ってくれる方
毎日拍手コメントをくださる方。

本当にありがとうございます。
不義理をしてすみません。

毎日繰り返しコメントは読ませていただいています

お返事ができない理由は言い訳を含めていろいろあるのですが、励みになっています。

蒼い月(17)



月はだんだんと丸くなり
その蒼さを増していった。

ユノは店に行く事をシウォンに禁じられていた

「お前を見て、俺に情が湧いたら困る
粛清されるわけにはいかないからな」

「そうだよな」

「お前を助けたい気持ちになったら、俺はマズイ」

「わかってる」

「月の色が落ち着いたら、また出勤してくれよ」


俺が出勤する日なんて来るのだろうか


シウォンの本心は
ユノとチャンミンが一緒にいる時間を作ってやろうという気持ちもあったと思う。

そんな情は危険だ。


それでも

チャンミンは喜んだ

「もう店に出なくていいの?」

「ああ、経営権だけで生活できそうだ」

「じゃあ、ユノ。これから悪い事をしに行くよ」

「……わかった」

なにが悪いんだか、可愛すぎて全く悪さなんて感じられない


外はもう真っ暗だった。

ユノは近くのサイクリングコースに行って
貸し出し用サイクルの倉庫へ行った。

「ユノ、なにするの?」

「自転車を1台いただくのさ」

「盗むの?」

「ああ、そうだよ。今日は自転車泥棒だ」

「大丈夫かな?」

「なにが?」

「あ、えっと」

泥棒、なんて、結局チャンミンにはできない。

「捕まるかって?」

「いや、いいんだけどさ。」

「チャンミンはここで待ってて。
俺はあの防犯カメラには映らないから」

「そうだよね!」

「だから大丈夫」

ユノは軽々と自転車1台を倉庫のチェーンを切って持ち出した。

「これでどっか行こう」

「どこに?」

「チャンミン、後ろに乗って」

「いいよ!」


ユノは後ろにチャンミンを乗せ、
真っ暗な公園を走り抜けて行く

もうどれくらい走っただろうか。

高速道路を横目に見ながら
どんどんと都会を離れて行く

夜の高速を走る長距離トラックの灯りがまるで流れ星のようだった。

反対側を見ると、街の灯りが遠くにぼんやりと見えている

たぶん

この速度とこの距離は

普通に自転車を漕いでいるものではないだろう

ユノが自分のもうひとつの力で
チャンミンをどこかへ連れていってくれるのだろう


どこでもよかった


ユノと一緒ならどこでもいい


地獄の底だって、2人なら幸せだ


目の前の広い背中にそっと頭をつけて
高速道路の灯りを見つめていた


チャンミンが少し眠くなったところで
やっと自転車は止まった


チャンミンはブレーキの金属音に目を開けた

「寝ちゃったよ」

「あ、つまらないな、夜景きれいだったんだぞ」

「見たよ、高速道路のトラックがすごく綺麗だった」

「こっちにおいで。もっときれいだから」

ユノに誘導されて、小高い丘の上に立った。

見おろすと街の灯りが眼下に見える。

「さっきの高速道路の方がきれいだけどな」

ユノが後ろから手を回して、目隠しをした。

「フフッ…何にも見えませんけど?」

「俺が手を離したら、そっと目を開けて見て」

ゆっくりとユノの手が離されて
チャンミンはそっと目を開けた

「うわぁ」


さっきまで普通に見えていた眼下の町が

まるで

蛍が何千匹と飛び交う川のように輝いている

まぶしくて、思わず目を細めた


「ユノ、これは蛍?」

「これは人間の魂」

「え?」

「懸命に今日を生きる、人間の魂だよ」

「魂って、こんなに輝くものなの」

「きれいだろ?」

「すごくきれいだ。なんだか涙がでそうだよ」

「限りある命で今日を生きているんだ…
懸命に生きているから、こんなに輝くんだよ」

「こんなにたくさん…」

「チャンミン」

「……」


「人間って素晴らしいんだ」

「……」

「わかるだろ?」

「……」

チャンミンは眼下の眩しさに
その輝きに心を打たれていた


「ユノだって、懸命に生きていたでしょう」

「今も、そうだよ。
懸命にチャンミンを愛してる」


ハッとしてチャンミンが顔をあげた

「ユノ!そんなこと口にしちゃダメだ」

「嘘なんかつきたくない」

「ユノ!」

「愛してるよ、心から」

ユノは何も怖れることなどないように
優しく微笑む


「ユノっ!いやだ」

チャンミンはユノにしがみついた


このまま、ユノが
塵になってしまったらどうしよう


チャンミンはユノをしっかりと抱きしめた



チェ・ガンスはミノとテラス席のあるカフェに来ていた。

「気持ちのいいテラスだね」

「この間、チャンミンと来たんだよ」

「チャンミンは…元気か?」

「今ひとつ…かな」

「そうか…」

「調査団の活動が今ひと段落してるから
落ち着いた生活なのかもしれないけど」

「ふむ」

「お兄さんは仕事やめたって」

「え?」

「うん、そう言ってたよ」

「ユノさんは調子でも悪いのかな」

「そんな感じでもないみたいだけど」


ガンスはあんな別れ方をした後
ユノの事が気になっていた。

すべてを諦めたような表情

自分の過酷な運命を誰のせいにするでもなく
淡々と生活をしていたユノ

魔物として生きて行かなければならず
しかもその終わりはなかった。

ユノは誠実で裏表の無い、いいやつだ。

ガンスは悲しくなった。

尊敬していた先輩の幸せを壊したユノを
許そうとは思えない

たとえ、その習性がそうさせてたとはいっても。

だけど、そんな罪を犯したんだから
粛清されなくたっていいじゃないかと

そんな矛盾した気持ちになっていたのも事実だった。




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蒼い月(16)




「ユノ、起きて」

眩い朝日の中で、
ユノは目を覚ました

顔をあげると、チャンミンが微笑んでいる

ユノはたまらない気持ちになって
チャンミンをベッドへ引き込んだ

バランスを崩したチャンミンは
ユノに引っ張られるままにユノの胸に収まった

「ユノ、僕、大学に行かなきゃ」

「なんだよ、もう行っちゃうのか」

ユノがチャンミンの頭を抱えて
その髪にキスをする

「うーん」

どっちつかずな返事をするチャンミンの髪を
ユノが優しく撫でる

「行っておいで
今夜は誰かと飯を食うのか?」

「いや、食べないよ」

「じゃあ、何か作っておくから」

「うーん」
ユノの胸の中でチャンミンが難しい顔をしている。

「なに?どうした」

大学に行く時間だと、そう言ったのはチャンミンだ。
それなのにユノの胸でグズグズしている。

「具合が悪いのか?」

ユノは自分の額をチャンミンの額に当てて見た。

お互いの鼻が軽くぶつかる。

熱はない

チャンミンはクリクリとした大きな瞳で
至近距離のユノの瞳をみつめる。

可愛い

「熱はないかな」

ユノはそう言って額を離し、顔を傾けてチャンミンに口づけた。

「熱あるよ」

「ん?そうなのか?」

「だから今日は休もうかと思う」

「え?」

「大学は休む」

ユノはフッと微笑んだ

「サボりたいの?」

「ユノといたいの」


「チャンミン…」


チャンミンがバッと飛び起きた

その拍子に掛けていた白い毛布が宙を舞った

その中で微笑むチャンミンは
まるで空から羽を広げて舞い降りてきた天使のようだった

「なんだよ、俺も起きるのか?」

「出かけるよ!」


チャンミンに急かされて洗面をし
歯を磨くユノ

チャンミンはとっくに着替えて
コーヒーを淹れている

「早く食べてね」

「どこか出かけたいところがあるのか?」

「うん、隣町にカフェができたんだって」

「へぇ、そこに行きたいの?」

「テラスが気持ちいいらしくてさ」

「そうか。」


チャンミンがそんな風にどこかへ行きたいと言うのは珍しかった。

いつも「今日はどこへ行くの?」とユノに尋ねることが多かった。


訪れたカフェはオープンしたての割には落ち着いているように見えた。

でもよく見ると、テーブルはほぼ満席。

敷地が広くテーブル同士の間隔が広いので
落ち着いて見えているようだった。

「テラス席は空いてますか?」

チャンミンが率先して店員に聞く。

「ごさいます。
こちらへどうぞ」

案内されたテラス席は
緑の公園を見下ろし、気持ちの良い風の吹く
とてもいい感じの席だった。

「ここって、あの公園の裏手になるのか」

「そうなんだよ」

2人は腰をおろした。


「チャンミン」

「なに?」

「来てみたいって言ってたけど、オープンしてから、ここに来たことあるんだろ?」

「え?」

「はじめてじゃないだろ?」

「………」


「いいんだよ、変なこと言って悪かった。」

「ミノとね、この間来たの」

「そうか」

「そのときにね、ユノを連れて来たいって思ったんだ」

「そうか、うれしいな」

「っていうかさ」

「?」

「最初にユノと、一緒がよかった」

「どうして?」

「このテラス席が綺麗で、感動したんだ。」

「うん」

「ユノとはじめて訪れて、一緒に感動したかった」

「うれしいけどさ、ミノと感動するのもいいじゃないか、な?」

「……」


頼んだコーヒーが運ばれて来た

チャンミンは俯いたまますっかり黙ってしまい
その様子を見たユノはため息をついた

「チャンミン」

チャンミンは返事をする代わりに
上目遣いにユノを見た。

「不安になってるよな、
テミンのあんな姿を見て」

「見てないよ」

「……」

「僕は何も見てない」

「…そうか」

「ユノ」

「ん?」

「僕、昨夜、いろいろ計画をたてたんだ」

チャンミンが目を輝かせて微笑む

「計画?」

「ユノを悪者にする計画」

「……」

「そして、長い間、一緒にいる計画」

「チャンミン」

「あのね」

チャンミンは、ユノの問いかけを無視して、
小さく折りたたまれた紙を出してテーブルに広げた。


盗む
襲う
暴力を振るう
1日1回争う
言葉はいつも悪く
……

チャンミンの「計画」が、びっしりと小さな紙に書き込まれている


「なにこれ」

「うん、だからね」

ひとつひとつ、それこそ一生懸命に説明をはじめるチャンミン

ユノはそんな懸命なチャンミンの表情を見つめていた

昨夜、ほとんど寝ないで…きっと寝ないで考えたのだろう

ユノが粛清されないように

テミンのあのような最期を目にして
傷ついていないわけがない

きっと恐ろしくてたまらないのだ


かわいそうに


「それでね、ここまできたらさ、ユノは僕を噛んだらいいんだ」

「それはしない」

「まって、最後まで聞いて?」

「チャンミン、俺はそれはしないんだよ」

「それのメリットをこれから説明するから。
考えが変わるからさ、あのね」

ユノはテーブルの上でチャンミンの手首をつかんだ

「チャンミン」

「……」

チャンミンの顔が強張った

「どんな説明をされようが、それはしない」

ユノの強い言葉に
チャンミンのキッと引き結ばれた唇が震える

「少しは…」

「?」


「僕の話を聞いてよ!」


チャンミンがユノの手を振りほどいた
その拍子にコーヒーカップが大きな音をたてて
床に落ちて割れ

まわりの客が何事かと、こちらを見た。

「チャンミン!」

店員が飛んできた
「お客様、大丈夫ですか?」

「すみません、大丈夫です。
もう会計したいので、いいですか?
カップの分も弁償させてください」

ユノがその場を取り繕った。

ユノが会計を済ませている隙にチャンミンは
店を出てしまった

慌てて後を追ったユノだったけれど
すっかりチャンミンを見失ってしまった

探したいのに、以前のように感覚だけでチャンミンを探せない。

それから長い時間ユノはチャンミンを探し回り
もしやと思い、一旦、マンションへ戻ってみた。

玄関にはチャンミンの靴があり、
それを見たユノは大きくため息をついた

「チャンミン」

廊下を進み、リビングに入ってもチャンミンはいない。

寝室を開けると、チャンミンはベッドの上に
座り込んでいた。

「探したよ、チャンミン」

「ごめん」

ユノはベッドに座って、チャンミンを抱きしめた
ユノの温もりがチャンミンを包む

チャンミンはたまらなくなって
自分を抱きしめるユノにしがみついた。


「お願いだから、僕を噛んで」

「チャンミン」

ユノはチャンミンを抱きしめる腕に力を込めた。

「そうしたら、僕も立派なディアブロで
ユノも魔物として務めは果たした事になるでしょう?」

「……」

「そうして、月の色が落ち着いたら
僕とユノは愛し合うんだ。
100年の間は…次の蒼い月までは…」

「……」


もう誤魔化せない

大丈夫だ、なんて

気休めを言うような段階ではない


「あのさ、チャンミン」

「……」

「100年は長い」

「……」

「100年後に一緒に消えるとは限らないんだ。
お前だけが残ってしまったら」


たぶん、俺は今回で消えてしまうだろう


「……」

「俺は耐えられない」

「努力する」

チャンミンの顔は真剣だ。


どうにもならない事実に
真摯に向き合おうとするこの存在が
死ぬほど愛おしい

真面目で純粋で

こんなお前が魔物なんかになれるわけない
させてたまるもんか

「お前にひとつ頼みがあるんだ」

「なに?」

「もしね」

「うん」

「もし、俺が残念ながら粛清されてしまったら」

「そんな話は聞かない」

チャンミンはユノの胸から離れて
ベッドに潜り込んだ

ユノはこんもりと盛り上がった毛布を撫でた

「せっかく遺跡の調査団にいるんだから」

「……」

「俺の軌跡を辿ってほしいんだ」

「……」

「俺は、年表をつけてある。
この世界で起きた大きな事と、その時自分がどこに住んでいたのか」

「……」

「ベッドサイドの引き出しの一番下に入ってる」

「……」

「それを元に…」

突然ガバッとチャンミンが飛び起きて
ユノに抱きついた

不意を突かれて、ユノはチャンミンを抱きとめたまま、ベッドに倒れた。

「なんでそんな、残酷な事を言うの…」

チャンミンは泣いていた
小さかった頃のように声を上げて泣いた

チャンミンはよく泣く子だったな、と
なんとなくユノは思った。

自転車になかなか乗れなかったり
きらいなものを食べなければならなかったり

注射が嫌だとあまりに泣くので
いつもユノが自分の魔力で治していた

いっつも…泣いて

「チャンミン、ごめん、残酷だよな」

「だから、そんな話は聞かないからね」

「わかったよ」

「僕の計画通りにお願いね」

「……」





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蒼い月(15)




真っ暗な公園の中

月を見上げるテミンの顔が悲しみに歪む

テミンは黙ってしまった


「ねぇ、テミン、話してくれないなら
もう僕は帰る」

テミンにはそんなチャンミンの話が聞こえないようだ

「チャンミンはこの月が何色に見える?」

チャンミンは空を見上げた。

新月からそっとその輝く縁を見せ初めた白い月。


「白、かな?」

テミンがそっとチャンミンの肩に手を置いた。
一瞬ビクッとしたチャンミンだったけれど

その瞬間、見上げていた細い月がみるみる蒼くなり
まわりの闇に溶けてしまいそうに鈍く光った

「あ」

「蒼いだろ?」

「うん」

「蒼く見えるんだよ、ユノや俺にはね。」

「ディアブロだけ?」

「あんなに蒼くなるのは、100年に1度だけ」

「なんのために?」

「なんのため?」

「なんのためにあんなに蒼くなるの?」

「それは、掟に背いた魔物が罰を受けるんだよ
魔物にふさわしくない魔物は審判を受けて
粛清されるんだ」

「粛清?」

「塵となって存在が消えてしまう」

「まさか、だって不死身でしょう?」

「不死身とね、罰を受けることは別のことなんだよ。」

「ユノが言ってた蒼い月って、審判のことなの?
その掟って?」

「わかるだろ?魔物にとってダメなことは何か」

「さっき言ってた愛を知る事?」

「愛なんてどうやってわかるんだよ」

「そう言ったのはテミンじゃないか」

「俺みたいな雑魚から順番に粛清されるんだ。」

「テミンは掟を破ったの?」

「破ったかどうかは蒼い月だけが知ってる」

突然、チャンミンの中に不安な気持ちが溢れそうになった

「ユノは大丈夫だから」

チャンミンは自分に言い聞かせるように強く言った。

「なんでチャンミンはそう思うんだ」

「ユノはテミンと違って、もう何回もその審判を受けてるはずだしね」

「ユノはお前と会う前は…」

「あのユノが大丈夫なんだ。
テミンも大丈夫だといいね」

チャンミンはテミンの話をシャットダウンした



ユノはお前と会う前は
次期の魔王かと言われるほどの魔物だったんだ




ふと、公園の奥から、人の気配がした。


「チャンミン?」

「ナレ!」

「こんなところで何をしているの?
お友達?」

「ナレこそ、こんな暗い公園にひとりでいたら、危険だよ!」

テミンはナレをするどい視線で睨みつけた。

ナレは暗闇の中でも清らかで美しい

このところ、本当に綺麗になってきた。

「毎晩、この辺りを走っているんです」

「危険だなぁ、もう少し違う場所がいいよ」

「心配してくれてありがとうございます。
家でも同じこと言われてたので少し考えますね」

そこでテミンが口を挟んだ

「この辺ではよく人が襲われたりしてるしね」

「そうなんですか?」

テミンが驚くナレを睨みつける

チャンミンはテミンがナレを狙うことを恐れ
ナレを自分の背中に匿った

「テミン、ナレはダメだ、やめろ」

「チャンミン、どけよ」

チャンミンはナレを守ろうとした。


怖かった。

怖いと強く思うとユノがいつも来てくれた。

どうかユノにこの恐れが届きますように


ユノ!


テミンがナレを見つめながらゆっくりと近づき、
チャンミンに聞く

「友達がいたよね?積極的な女の子」

「スジン?」

「あの子を最近みかけた?」

「え?」

ナレが小さな声でささやく
「スジンは留学して、海外に行ったのじゃないかしら」

「留学?」

スジンが留学とはずいぶん突然な話だ。

テミンがナレを見つめて質問する

「いつ?どこに留学したの?」


その瞬間


チャンミンの首に、後ろからナレの腕がまきついた

「!」

瞬間チャンミンの首にナレが噛み付いた

と、それとほぼ同時にテミンが飛びつきチャンミンとナレを押し倒した

ドサッと地面に倒れこんだ拍子に
ナレがチャンミンの肩から離れた


何が起きたのか…


倒れたナレを助け起そうとして
チャンミンは驚いた

そこにいたのは、ナレであってナレではなかった

青白く恐ろしい形相のディアブロが
チャンミンを睨みつけていた





ユノはシャワーを浴びていた

ガンスに拒絶された悲しみが心を覆っていた

ユノの全身を打つ強めの滴が
次々とその逞しい身体からタイルの床へと流れ落ちる

筋肉の張った長い脚を通り、細く固い膝へ、そしてスッと伸びた足の甲へ。
首に落ちた滴は、大きく張った肩へ流れ
または肩甲骨の真ん中のくぼみを通り、細い腰を舐めるように落ちていった。


頭の中に一筋の閃光が走った

ユノはハッと顔をあげた


チャンミン!


チャンミンが怯えている

ユノはバスローブを体に羽織り、
シャワールームを出た



真っ暗な闇の中


既にナレの姿はなく
ナレを追いやったテミンが苦しそうにうずくまり

どうしていいかわからないチャンミンが
茫然と立ち尽くしていた。


テミンはやっと顔をあげた

「噛まれて…ないか?血はでてない?」

「うん、大丈夫だよ!それよりテミンは…」

テミンはうっすらと微笑んだ


「俺は本当にバカだ」


「テミン」

「あいつに、お前を噛ませればよかったものを」


ふと、ユノが現れた


「チャンミン!大丈夫か?」

「ユノ!」

チャンミンはユノに抱きついた

ユノはチャンミンを強く抱きしめた

「こんなところで何してたんだ」

「テミンが…」

ユノは側でうずくまるテミンをみて顔をしかめた。


「テミンがナレから助けてくれたんだよ!」

「ナレから?」


チャンミンが少し悲しそうに言った
「ナレはディアブロだったんだよ」


なんてことだ

この間会った時に気づけなかったなんて

ユノは自分の終わりを感じた


「テミン、大丈夫か?」

ユノはテミンを抱き起こした


真っ青なテミンが苦しそうにつぶやいた

「俺、しくじったよ」

「テミン」

ユノにはテミンの終わりが見えた。

ユノを愛して、ユノの愛するチャンミンを助けたテミンに、あっさりと蒼い月の審判が下る


「チャンミンを…助けちゃった…」

「ありがとな、テミン」


ユノがテミンの後頭部を支えて抱き起す

「ユノ…」

「ん?」

「ごめんね…」

「謝るのは俺のほうだろ?」

「嵌めたじゃん、ユノのこと」

「そんなこといいんだよ、代価はもう十分支払っただろ」


ただでさえ儚く美しいテミンが
陽炎のようにその存在が危うく見えている

テミンは夜空を見上げた


「こんな悪いやつなのにね…なんで…月は怒るんだろね」

「悪いやつじゃないからだ」

ユノは思わずテミンを抱きしめた


その様子をチャンミンは呆然と見ていた。

チャンミンの心には恐怖が溢れ出て
言葉を発することもできない



「ユノ…あなたへの思いを…こんな風にしかできなかったのが…悔しい」


「人間に戻れるんだよ、テミン」

「これで…よかったのかな…」

「よかったよ、な?」

テミンがそっと目を閉じる


「さよなら、ユノ…」

「テミン…」

「あなたに見届けてもらえて…本当にうれしい」



ユノの背後からしか見ていなかったチャンミンにとって

なにが起こったのかはわからなかった


ふとユノの腕の中が光ったように見えて


そこから風に乗ってキラキラとした塵が辺り一面に舞った。

その塵は、水晶のように煌めき
暗闇を照らすほどに光り輝いた


チャンミンはその舞い上がる綺麗な塵を見上げて
心に浮かぶ疑念を追い払った

まさか、ユノが…
こんなことになったら…

いや、ユノがこんなことになるわけない

なるもんか


ユノは静かに…そのままの格好でしばらく動かなかった

やっとチャンミンが声をかけた。

「ユノ…」

「ん?」

「テミンは…」

「……」

「消えたの?」

「ああ」

「審判が下ったんだね?」

「……」

「ユノたちの掟ってなに?」

「………」

「人助けをしてその罰として消えてしまうなんて」

チャンミンの表情がその不安に歪んでいる

ユノは立ち上がって
チャンミンを抱きしめた

「俺は大丈夫だよ。」

チャンミンの首に咬み傷がない事を確認しながら
何度もそのうなじにキスをした。

「そんなわけないよ、
ユノが大丈夫なはずない」

チャンミンは拭えない恐怖を吐き出した


「俺はね、チャンミン」

チャンミンを一度身体から離して
その肩をつかみながらユノは説いた

「テミンと違って、あまりに罪を重ねてきたから
穏やかに生きているくらいじゃ粛清されないんだよ」

「ほんと?」

「ほんとだ。だから心配しないで」

ユノはチャンミンを抱きしめた


ごめん

ごめんな、チャンミン

こんなウソをつくことが
大きな罪ならいいのに


抱きしめられながら
チャンミンは暗闇を見つめていた


愛することを知ったディアブロは…

いや、大丈夫

ユノがあんな風になるもんか

チャンミンはユノに強くしがみついた




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蒼い月(14)



テミンとチャンミンはバスを降り
2人で真っ暗な公園の中を歩いていた。

「ねぇ、蒼い月の話はいつしてくれるの?」

「月が見えるところで話したほうがいいだろ」

「テミンといることがユノにわかったら困る」

「大丈夫」

「どうして?君は僕を噛むことだってできるでしょ?ユノがいなかったら」

テミンはフッと微笑んだ

「もうそんな力、ないかもしれない」

「?」

「チャンミン、俺たちはね、不死身じゃないんだ」

「え…」

「魔物にとって一番の敵はなんだと思う?」

「善と悪ってことなら、善意」

「うん、まあそうだね」

テミンの金髪の髪が月の明かりに輝く

「愛することだよ
愛を知った魔物はもう魔物じゃない」

「愛することを知った魔物はどうなるの?」

テミンは空を見上げた

そして悲しそうに月を見つめた




チェ・ガンスは「蒼い月」について調べていた

かなり調べ尽くしたのだけれど
ディアブロとつながるような話は出てこない。

ある時、大学時代の後輩でやはりこういう話が大好きな男と飲んでいて、蒼い月の話をした。

「先輩、ネットだけで調べてるでしょ」

「いや、入り口はネットだけれど、それで関連する書物も読んでいるよ」

「ネットから離れるといいですよ」

「どういうこと?」

「新聞を直接調べたり、その場所に行ったりしないと」

「ふぅん、なるほどね」

「その蒼い月って、ディアブロに関することなんでしょ?」

「そうだよ」

「もしかしたら、怖い話ではないのかもしれませんよ」

「怖い話じゃなきゃなんだ?」

「悲しい話なのかもしれないじゃないですか」


悲しい話?


ふとガンスの脳裏に、
ユノの寂しげな表情が、テミンの悲しい表情が浮かぶ。

恐ろしいディアブロの悲しみ?


ガンスは方向性を変えて
超常現象から離れて、蒼い月の謎を拾い上げていった。

気になるものを見つけた。

それは若い学生の小さな演劇集団の演目

「寒い月の夜」


ガンスはそれを観に行った

小さな小屋のような舞台
手にしたパンフレットの謳い文句に目を奪われた


「月が一番寒くなる夜
人を愛した妖怪は地獄の審判を受ける」




2時間後、ガンスは走っていた

ユノに会うため、ひたすら夜の街を走っていた

手のひらに持つパンフレットはクシャクシャだ。


ユノが…

ユノが…


その時、スマホが鳴った

チャンミンのことについて調べようとしていた案件。
ユノに「関わるな」と言われて放置していた事柄について、今頃連絡があった。



「ガンスさん、驚きですよ」

「なんだ、今、忙しいんだよ」

「チャンミンは、亡くなったガンスさんの先輩、
彼のお子さんです」


ガンスの目の前が真っ白になった。


「え?」


チャンミンが先輩の?
お子さん。。


それって…


それって…


先輩を殺めたディアブロは…


いろんな思いがガンスの胸にひしめきあった


憎しみと、かすかに芽生えた友情と
同情と尊敬と


ガンスは走ることをやめなかった


ユノの店まで来た


ガンスは息が止まりそうで
やっとの思いでその重厚なドアを開けた


ハァハァと荒い息をしながら店に入ってくるガンスを

ユノが驚いたように出迎えた


「ガンスさん?」

「おまえっ!!」

突然ガンスはユノのシルクのネクタイを掴み上げた。

セットされたユノの前髪が、一房ハラリとその綺麗な鼻筋にかかる。


奥から何人もの男たちが駆け込んできて
ガンスを取り押さえた。

「いいから、さがって。」

ユノは落ち着いていた


「おまえっ!!なんだって先輩をっ!!」


ガンス近づこうとしたユノの足がその叫びを聞いて止まった。

ユノの喉がゴクリと波打つ。

「みんな、いいから。大丈夫」


ユノはガンスの腕を掴んだ

そして、哀しそうにガンスを見つめた

「う……」

ユノに掴まれた腕から痺れが襲ってきて
ガンスは口を聞くこともできない。

「すみません、ガンスさん。
他のお客様がいるので、少しだけ我慢して」

ユノに連れ出されるままに、店を出ると
同じフロアにある従業員の休憩室へ連れ込まれた


やっと解放されたガンスが暴れた。

「なにすんだよ!バケモノ!」

「すみません」

「お前さ、俺の先輩をよくも!」

「………」


「なんで…アンタなんだよ…」


ユノは泣きそうな顔をしている。

「なんとか…言えよ」


「そのうちに俺は…」


「蒼い月の夜か?」


ユノが目を見開く


「そこで審判が下るんだろう?
お前なんか…粛清されてしまえ」


ユノはそっと目を伏せた

そのまつげが震えている


引き結んだ唇も震えている


男らしい眉が整った顔立ちに険しさを与える

そして、そっと瞼を開いた時には

ユノは感情のない表情をしていた


「あなたがそんな風に叫ばなくても
俺は粛清されるから大丈夫ですよ」


「粛清されないさ。お前に愛なんてあるか。
お前は罪深い…お前なんか終わりのない地獄で
永遠に苦しめばいいんだ」


「俺もできるなら、そうありたい」


「お前がチャンミンを愛してるなんて、
そんなのウソだ。勘違いするな」


「ガンスさん…」

「……」


「あなたに書類を預けたのは」

「……」

「あなたなら、あなたの尊敬する先輩の子息のことなら、頼めると思ったんです」

「……」


ユノがどれだけチャンミンを思っているか
ガンスは知っていた


自分はユノに言ったはずだった


「人間じゃないんだ。
私たちが他のいのちを食べて生きるように
ユノさんだって、そこは仕方ない」


自分はユノのことを理解したつもりで
実はまったく理解していなかった


ユノの罪

どれだけ自分を責めて

責め続けた数百年だったのだろう


深い漆黒の瞳は底なしの湖のように深く
あまりに哀しく

ガンスを見つめている


「ユノさん…」

「……」

「あなたが…どれだけ…」

「許すことない、ガンスさん」

「ユノさん…」

「俺を許さなくていいんですよ」

「許すわけ…ないよ」

「それでいい」

ユノはフッと微笑んだ。

この世の者とは思えない妖艶さを持つユノ
でも、魔物と呼ぶにはあまりに清廉だった。

その無敵に見える微笑みの影に
水晶のように透き通る哀しみがみえる

ガンスは泣きそうな気持ちになった。

「ユノさん、私はね、あなたといい友達になれるのではないかと思ってました」

「残念ですね」

「とても…残念です」


ガンスはひとり部屋を出て行った。


バタンと閉められたドアを
ユノはしばらく見つめていた


慣れっこだった。

今まで、何十人もの人間が同じ捨て台詞を吐いて
ユノから立ち去った。


バケモノ


友情が憎しみにかわり、殺めてしまった人間も少なくない

何もわかってなかった自分
これまで罪ばかりを重ねてきた。


チャンミン


あんなに清らかな存在を側に置くには
自分は汚れすぎていた

それでも


一緒にいたかった





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蒼い月(13)


ミノと別れて、チャンミンは珍しくバスに乗って帰宅した。

なにか嫌な予感がしたのだ

大勢の人と一緒にいたほうがいいような
そんな危険な予感だった。

バスは大きな公園を貫く通りに入った。
夜の公園は闇だ。


真っ暗な公園の入り口のバス停から人が乗ってきた。

空いているチャンミンの隣にそっと座った
ひんやりとした影がひとつ

チャンミンはそっと顔をあげて、
隣に座ったその影のような男の顔を見た


イ・テミン?


「こんばんは」

テミンはチャンミンの顔を見ずに挨拶をする

「……」

チャンミンは返事をしなかった。


イ・テミン

この男が嫌いだ

ユノを騙すようにして、ユノによってディアブロになった男。

ユノにまとわりつき、チャンミンを妬む。

「チャンミン、大人びたね。
すごくカッコいいし、でも可愛いのはそのまま」

「……」

「やっぱりユノに愛されてるからかな」

「……」


「でもね、愛し合うのは危険だよ」

チャンミンは面倒くさそうにため息をついてみせた。

「チャンミンは俺がきらいだよね?」

「知ってるなら話しかけないでほしいんですけど」

「君に…有益な情報を与えてあげようと思ってね」

「どうせ、陥れるんでしょ?僕のこと」

テミンは驚いたようにチャンミンを見た

「そんなことして、何になるのさ」

ふいとチャンミンは窓の外に顔を背けた。
窓ガラスには、テミンの白い顔が何かつぶやく

「俺はね、ユノの為にしか動かないよ」

「……」

「そして、そのユノは君の為にしか動かない」

「……」

「残念ながら…ね」

「ユノからもテミンには気をつけろ、と言われててね。何を言われても信用するなって」

「信用…するなって?」

「ああ」


「そう…」


チラと盗み見たテミンの綺麗な顔は、寂しげだった
伏しているその長い睫毛が震える

やがて決心したようにテミンは顔をあげた

「蒼い月の話を、君は知らないだろ?」

「!」

チャンミンはハッとした

蒼い月…

「テミンはそれを知ってるの?」

テミンはチャンミンを横目で見た

「当たり前だろ。俺はディアブロなんだから」


聞きたかった。
ユノの店にいるシウォンも話していた蒼い月


ユノの最後の秘密ではないかと思っていたけれど
ユノはこの話をすると機嫌が悪くなるから
チャンミンはなるべく避けていた。

「教えてあげるよ、次の停留所で降りようか」

「わかった。」




ガンスのスマホが震え、画面を見るとユノの名前があった。

珍しい。

ユノから連絡をしてくるなんて。


「もしもし?ユノさん?」

「ああ、今、仕事中だったかな?」

相手を気遣う魔物なんてそんなの魔物じゃない

ガンスは切なくなった

「大丈夫ですよ、今、どこですか?」

「今夜は店を休んで家にいるんだ」

「チャンミン君は?」

「遅くなるって連絡があってね。」

「寂しいんですか?」

「え?」

「寂しいんでしょう、チャンミン君がいなくて。
せっかく店が休みなのに」

スマホの向こうで、ユノがクックッと笑う。

「ユノさんさえ良ければ、私が今から行っていいですか?」

「え?仕事中じゃないんですか?」

「大丈夫です。いいワインがあるから、持って行きます。それから話を聞きます」



部屋に通されると
ユノはシャワーを浴びたのかコーヒー色のシックなバスローブを羽織っていた。

「こんな格好で」

「いや、かっこいいですよ」

ガンスがそう言うとユノは照れたように笑った。

ユノは2つのグラスにワインを注ぎ
1つをガンスに渡した。

バスローブの襟元からのぞく胸元に
シャワーの残り湯が一筋落ちる

ガンスはグラスを受け取った。

「なにか、私に頼みたいことでも?」

「ええ、そうなんです」

「私でできることなら、頼まれますよ」

ユノは書類の入った袋をガンスに渡した

「これを預かって欲しいんです」

「中を確認してもいいですか?」

「いや、できたら、私になにかあった時に
お願いしたい事の書類なんです」

「何かって?」

「いなくなったりとか」

「こんな事言ったらアレですけど、
ユノさんは死なないんでしょう?」

ユノはフッと優しそうに微笑んだ。

「誰にでも弱点はあるんですよ。
あなたの想像通り」

「蒼い月ってやつですか?」

「さあ、どうでしょう?」


「……」


「すみません。何も明かさないくせに
頼みごとなんかして。」

「いや、いいんですよ。
あなたに何かある前に、私のほうが先にくたばりそうだけどね」

「くたばるか…羨ましいな」

ユノは微笑みながら俯く

そんなユノの寂しそうな横顔を見ながらガンスは独り言のようにつぶやいた。

「ユノさんは…たくさんのものを見てきたんでしょうね」

「そう…なんでしょうね。」

他人事のようにユノは言った。

ユノの細くて長い指がワイングラスの縁をなぞる

「友達は作らないようにしてきました。
俺が歳をとらないことがバレそうになったら、
姿を消してた。」

「ディアブロであることを知ってた人はいないの?」

「いましたよ。すんなりとその事実を受け入れてくれた人もいました。」

「へぇー」

「でも、俺はそんな大事な友達が
死にゆくのをみていなきゃならなくて」

「ああ、なるほど」

「長く生きすぎて、罪もたくさん犯しました。」

「人間じゃないんだ。
私たちが他のいのちを食べて生きるように
ユノさんだって、そこは仕方ない」


じゃあ、その他のいのちが
あなたの近しい人だったら?


ガンスは仕事柄もあったかもしれないけれど
ユノを自然に受け入れ、認め、
何より人間のように接触してくれる。

こんな友達のような人間とのふれあいは
ユノにとって、ひさしぶりだった。

それなのに、ガンスとの因縁は悲しすぎた。

自分が殺めたチャンミンの両親は
ガンスの尊敬する人間だった。


「なにかこう、俺が情をかける人間とは
いつも悲しい運命なんですよ」

ユノの瞳が、寂しそうだ

「愛する人と…上手くいかない?」

「そうですね、絆まで魔物なのかもしれない」

「どういう意味です?」

「俺は、人を不幸にするようにできているんですよ」

「そんなことないですよ。
少なくとも、私はね、ユノさんが好きですよ。
会えてよかった。」

ユノが目を見開いた

「ユノさんと会えて、よかったと思います。
これは、あなたがディアブロだからとかじゃなくて」

ユノの顔つきが鋭くなった。

「ガンスさん、俺の事はあなたの研究材料ということで。その域から出ないでくれ」

「怖いですか?」

「怖い?」

「私と親しくなって、私の死を見送ることが
怖いですか?いや、悲しいですか?」

「……」

ユノはワイングラスをそっとテーブルに置いた。

「酷な事を言いますね、ガンスさん」

ユノの声は低く、妙に落ち着いていた。


「この間も言いましたけど
ユノさん、私はあなたが怖くありません。」

ユノが静かにガンスに近づいた

ガンスは怯まなかった。

もしかしたら、この美しいディアブロを怒らせ
自分も不死身という地獄に落ちるかもしれないのに

「見送ってくださいよ、大したことない人生だけど
良かったら、僕の生き様を見届けてください」

「何を…何を言うんだ」

「あなたの苦しみを分かち合うことはできないけれど、想像だけはできます。
あなたは過酷な自分の運命を受け入れて…
そんなあなたにとって、あのチャンミン君がどれほどの存在だか」

ユノの瞳が心なしか潤んでいるように見える

「俺は…自分のことは諦めてる」

「ユノさん…」

「俺が幸せになることは、これからも…ない」

ユノの瞳が水を湛えたように光る

泣いているのか?

スッキリとした耳から顎へのラインに涙がつたう

「チャンミンだけが、今の俺の光なんだ」

「わかっていますよ」

「あいつは…俺の側にいるべきじゃない。
わかっているけれど…」

「チャンミンくんはあなたの側にいたがっているでしょう」

「俺はチャンミンを縛り付けてしまった
そばにいて欲しくて。」

こんなに自分の思いをたくさんの言葉にしたのは
初めてかもしれない。

ユノはそう思った。


「人間に戻りたい…」

「ユノさん…」

「人間に戻って、チャンミンを愛し、一緒に歳をとっていきたい。毎日くだらないことで笑って…」

ガンスは胸にこみ上げるものがあった


この魔物が…哀れでならない…


「ガンスさん、あなたとも…
親しい友人として酒を酌み交わして」

「くだらないことで…笑いあえたら…ね」

ガンスの瞳にも涙が滲んでいた


それを見ていたユノがフッと微笑んだ


「俺はきっと…人間に戻ります」

「そうなんですか?戻れるんですか?!」

「たぶん、戻れます」

「もし、もしそんな日が来たら
一緒に酒を酌み交わしましょう!」



ユノはこの数日間、食欲がまったくなかった
チャンミンのエネルギーを摂取することなく過ごしていた

それがどういうことなのか。

自分が人間に戻るということはどういうことなのか

嬉しいような、そしてたまらなく悲しい
それは絶望という名のユノの夢だった



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蒼い月(12)



「チャンミンさん!」

ミノと2人で帰宅しようとしていたチャンミンに
ナレが話しかけた。

「ああ、ナレ」

「あの」

駆け寄って来たナレの長い黒髪が揺れる

いつもきっちりと後ろで髪を束ねたスタイルのナレ
それを珍しく下ろしている姿にチャンミンはドキッとした。

「この間は本当にすみませんでした。
なんだか大した用事でもないのに押しかけてしまって」

「ああ、気にしないで。
君はスジンの付き添いだったんでしょう?」

「……」

ナレはバツが悪そうに俯いた。

「あの」

「?」

「たぶん、スジンはチャンミンさんが好きなんだと思うんです。だから、許してあげてくれませんか?」

「許すって、そんな怒ったりしてるわけじゃないよ」

「そうですか?なら良かった」

静かにふんわりとナレは微笑んだ。


この子はこんなに綺麗な子だったんだな。
いつも派手なスジンの影に隠れて気づかなかった。

「打ち合わせなんて、構内でやりましょう。
私もスジンにそう言いますから」

「うん、よろしく頼むよ」

チャンミンが手のひらを合わせて大げさに
お願いのポーズをとった。

クスクスと可笑しそうにナレが笑う

可愛い

チャンミンは素直にそう思った。


チャンミンは遺跡の調査団に加わり
充実した毎日を過ごしていた。

ユノの庇護の元、愛情たっぷりに育ってきたチャンミンは
そのまっすぐで素直な性格でまわりを惹きつけた

スジンの猛攻は続いていたけれど
ナレは自然な感じでチャンミンと親しくなっていった。

チャンミンはナレと会うことをユノに内緒にするようになった。

ナレに恋心を抱いているのかどうか
チャンミンは自分ではよくわからなかった。

相変わらずユノの帰りが遅ければ心配になったし
嫉妬もしたし、

ユノ以外に恋をしたことのないチャンミンにとって
自分がナレに惹かれているのかどうかわからない

でも、このことはユノには話さないほうがいい

それだけはわかっているチャンミンだった。



ある日、チャンミンはスケジュールを書き込んだノートを家に忘れたまま、出かけてしまった

遅く起きてきたユノが
そのノートを見つけてチャンミンに連絡した

「ノート忘れてるけど、これ大事なんだろ?
届けようか?」

「ユノ…ノートの中を見た?」

「見てないよ、見て何かしたほうがいいか?」

「いや、そのままにしておいて
いろいろ挟んであったりするから
バラけちゃうと困るんだ」


チャンミンの慌てぶりが、不自然だった


不審に思ったユノがパラパラとそのノートをめくった。


今月のスケジュールのところどころに見る

「ナレ」

という書き込み


あの家に来た地味なコのほうか。

そうか…


小さい頃はいつもユノの後ろに隠れていて
ユノの脚にしがみついていたチャンミン

愛くるしく可愛いチャンミンは
ユノの宝物だった。



チャンミンが初めて夢精をした朝

これがどういうことなのか
優しく話して聞かせたユノだったけれど

泣き止まないチャンミンを抱きしめて、なだめた。

「びっくりしたよな?でも大丈夫だから」

「……」

「健康なんだよ、これでいいんだ。
少し大人になったね」

抱きしめたチャンミンの身体が思いのほか、
少し固くて男っぽいことにユノは驚いた。

あんなに柔らかい身体だったのに

「ユノ…」

「なんだ?」

「ユノの…夢を見たんだ」

「俺の?」

チャンミンがユノのシャツをキュッと握る

「ユノに…いやらしい事されてる夢」

「……」

「そうしたら、こんなことになってたの」


「…そう…なのか…」

ユノは戸惑った


「でも…僕…全然いやじゃなかった」



ユノはスケジュールが書いてあるそのノートを閉じた。

すべき事はなにか

わかっているはずなのに

その思いと行動が一致せず
ユノは自分にイライラしていた。


もう少しこのままでいられたら

そんな一番の願いはまず叶わない


側にいてやりたいけれど
どうも無理のようだ

だからこそ

よかったじゃないか。


チャンミンは人間らしく
普通に恋をする。

ナレはなかなか良さそうだ

きっとチャンミンを幸せにしてくれる


喜ばないといけないのに
ユノの心は暗い湖の底に落ちていくようだった。


とりあえず出勤したユノだったけれど
その様子が変なことに気がついたのはシウォンだった。


「なにかあったか?」

「え?」

「審判の日が怖いか」

「…どうだかね。まだわからないじゃないか」

「ユノ、お前はダメだと思う」

「……」

ユノはため息をついて天井を仰いだ

「シウォンは大丈夫そうだな」

「俺はまだやりたいことがあるからね。
今、粛清されるわけにはいかない。」

「俺だって、やりたいことはたくさんあるさ。
何百年も生きていたって」

「ユノはそれが愛だからいけないんだよ」

「なんだよ、それ」

「お前のやりたいことなんて、
どうせ、チャンミンありき、だろ?」

「チャンミンのために、だ」

「余計ダメじゃないか。愛そのものだ」

「今夜はおせっかいだな、シウォン。
俺に情をかけると、お前も粛清されるぞ」

ふーっとシウォンはため息をついた。


「ユノは仕方ない。
それがお前のしたいことなんだから仕方ないさ。」



「……チャンミンにさ」


「ん?」

「好きな女の子ができたみたいなんだよ」

「まさか」

シウォンは笑った

「あのチャンミンがお前以外の誰を好きになるって言うんだよ」

「そんなチャンミンが、だ」

シウォンはユノの寂しそうな横顔を見つめた

「ほんとなのか?」

「ああ、会うことを俺に隠すんだからそうだろ」

「へぇー意外だな。」

「年頃だろ」

「俺が噛んでやろうか?その女」

ユノが笑った

「いやいや、そういうことじゃなくて」

「わかってるよ」

「うん」


「ユノ」

「ん?」

「俺は、ちょっとお前が羨ましい」

「は?なんでだよ」

「人間に戻れるんだよな」

「すぐ死ぬけどね、アハハ…
人間に戻れた、と思った瞬間にさ」

「それでも、人間だ。
限りある生を一生懸命に生きる人間だ」

「人間がみんな一生懸命なわけでもないさ」

「そんなこと…ない」

「どうした、シウォンらしくもない」

「桜の花をあんなにこぞって見に行ったり
人生の節目を大事にしたり。
人間は無意識に、終わりある生に誇りを持ってる」

「そう…だな」

「 俺にはそんな誇りがない」

「……」

「ユノは覚悟を決めて、
チャンミンを手放そうとしているんだろ。」

「…ああ、たぶん
覚悟が決まってるかと言われたら、わからないけれど」

「お前は潔くて、まぶしいよ」

「なに言ってんだ。俺は真っ暗闇の生き物だよ」

シウォンはシャンパンを入れたグラスをひとつユノに渡した。


「ユノ、俺はお前が粛清されるのが悲しい」

「…うれしいよ、シウォン」



ユノは身辺整理をはじめた。

家屋の権利、金銭管理

ある程度を弁護士などに任せて
書類をひとまとめにした。

シウォンに預けたかったけれど
同じディアブロのシウォン。

蒼い月の審判が下るまでは、決して安全とはいえない。


考えることがありすぎて、
でも、考え事をしているは、寂しさを感じなかった。


誰もいない部屋に、チャンミンの脱いだTシャツが
ベッドにあった。


もう出かけたんだな。


ユノはその脱ぎ捨てられたTシャツを手に取り
そこに顔を埋めた。

かすかにチャンミンの匂いがする。

あまりに綺麗で可愛い
まっすぐで素直で…

ユノを見つめる妖艶な眼差し
その長い首をユノの丸く盛り上がった肩に乗せて甘える。

ユノの飢えを救い、その獰猛な力を受け止めてくれたチャンミン。

数奇で不幸な出会い、そして残酷な別れ

それでも、こんなにもチャンミンを愛している

誰にも嘘はつきたくない

愛してないと嘘をついて、粛清を免れるなんて
できない。

愛してないふりなんて、そんなことできない。

どうせ粛清される身なら

何度でも言う


愛してる
愛してるよ、チャンミン




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