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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

手を繋いで 完




店のドアが開くと、風がふわっと入ってきた

愛おしい
待ち焦がれたその姿が

風と共に入ってきた

何度も夢に見た笑顔だった

恋しくて、思い出すたびに泣いていた
愛おしい笑顔だった


「ただいま、チャンミン」


忘れたくても忘れられなかった
その優しく低い声が

チャンミンの心に響く


せっかく近づいてきてくれるその姿が
涙で滲んで見えない


「ユノさん…」

愛おしい名を呼ぶ声は
すでに涙が混じって…言葉にならない


チャンミンは
ずっと心に決めていた


今度会えたら

もし、手を差し伸べてくれたら
その手を二度と離すまいと




ユノは心に決めていた

今度チャンミンに出会えたら

この胸に抱きしめてその手を2度と離さないと


チャンミンの大きな瞳から
ポロポロと大粒の涙が溢れる


「おかえり…なさい…」


ユノが革の手袋を外しながら、
ゆっくりと笑顔で近づいてくる

ガソリンの匂いが微かにする

ユノは外した手袋を投げ捨てて
大きく両手を広げた


「おいで、チャンミン」

「あ…」


よろよろとした足取りで
チャンミンはユノへ手を伸ばした

ユノはその手をしっかりと掴むと
自分の胸へ引き寄せた


強く

抱きしめて

強く

抱きしめられて


チャンミンはユノの肩に顔を埋めた


耳元で懐かしい声がする


「ごめんな、チャンミン」

「……」

「愛してる」

「ユノさん…僕も愛してる
愛してます…」


肩を震わせ、泣きじゃくるチャンミンを
ユノはしっかりと抱き込んだ

「待っててくれたんだね」

「そう言ったじゃないですか…」

唇をとがらす可愛い泣き顔


「ありがとう」


しばらく抱き合って
チャンミンがユノの胸から顔を上げた

涙に濡れた大きな瞳

「言いたいことはたくさんあるけど」

「うん」

「よかった、ほんとに
無事で帰ってこれて…」

「心配かけたな」

ユノはポケットから
小さな紙包を出してチャンミンに渡した


「?」

「これはお土産」

「僕に?」

「そう、開けてみて」


チャンミンがまだ震える手でそっとその紙包を開くと

中から真綿に包まれた薄いピンクの貝殻が出てきた

それはまあるい形で、透明感があって
角度によって、紫に見えたりピンクに見えたりした

「きれい…」

「きれいだろ?」

「はい…これはどこかで見つけたんですか?」

「小さな恋の師匠からもらった」

「え?師匠?」

「大好きな人にあげろって」

チャンミンはふんわりと微笑んだ

「だから、僕に?」

「そう、だからお前に」

 
にっこりと微笑んだチャンミンのその笑顔は

あの、かつて見た革のフレームの中の笑顔よりも
比べ物にならないくらい、ユノには輝いて見えた


ユノはチャンミンの頬を両手で挟み
じっとその可愛い泣き顔を見つめた

そして、優しくキスをした



隣のカフェから、パソコンで事務仕事をしていたヒチョルが出てきた

バニョレの前に停めてあるバイクに気付いて驚いた

「え?ユノ?」

店を覗いて、ヒチョルは苦笑した

「おいおい」

ヒチョルは店の札をCLOSEに裏返した

「お前ら、外から丸見えだから」


そしてバイクをペシっと叩くと
口笛を吹いて、歩いて行った

ヒチョルの口笛は軽やかで
その足取りも軽やかだった


バニョレは翌日

開店以来、はじめての臨時休業となった





*********



「ねぇ、卒業式終わったら、ミヨンと帰りにご飯食べてきてもいいかしら」

「ミヨンは友達と食べるんじゃないの?
せっかくの大学の卒業式なのに」

ミヨンが卒業式のマントを羽織って
リビングに入ってきた

「みんなとは、ちゃーんと別の日に集まるのよ」

「そうなのか」

「新しくイタリアンのお店ができたっていうから
そこに行こうよ」

「いいわよ、ミヨンは場所わかる?」

「新しい店だから、わからない」

「あなた、ちょっと調べてくれない?」

「いいよ」

キム・ドフンは妻と娘のためにパソコンを出してきた

ミヨンが父の側に寄ってきた

「お父さんも行こうよ」

「ごめんな、どうしても仕事が抜けられなくて」

「つまんないの
卒業式は出なくてもいいけど、ランチは一緒に食べたかったわ」

キム・ドフンはうれしそうに笑った

そしてパソコンを開いた

「えーと、大学の近くか?」

「たぶん、そう
マップアプリでみるの?」

「うん、わかりやすいだろ」

ミヨンは父のキム・ドフンが開いたパソコンを覗き込んだ


「あ、この通りが大学の前の通りだから
ここを曲がってみて」

「ここだな?」

「うん、イタリアンの店が見えたら教えてね」

そう言って検索を父に任せて
ミヨンは慌ただしく自分の部屋へ行った


娘の言われる通りに
カーソルを動かしていたけれど

キム・ドフンは
ふと、気になってカーソルを止めた

その通りに店があった

服を売る店だろうか


その店の前に

スッキリと細身で長身の男性が
ホウキを持っているのがみえた

ストライプのシャツをきちんと着て
きれいにチノパンを履いている

顔はボカしてあるので年齢はわからない

もう1人の男性が店から半身を乗り出して
手を伸ばし

シャツの男性の
ホウキを持っていない手を握りしめている

そのなんてことない2人が
キム・ドフンはとても気になった


まるで、一枚の美しい絵画を見ているようだった

見ていると、心の奥底が
じんわりと温まるようだ

表情はボカしてあってわからないのに
2人が仲良さそうな雰囲気が伝わってきて

ドフンはなんともいえない幸せな気分になった

しばらく微笑みながら、画面の中の2人を見ていた


「お父さん、わかった?」

ミヨンがやってきた

「ん?ああ、ごめん」

パソコンの画面は切り替わり、少し離れた通りの
イタリアンの店にかわった


毎日一緒に過ごし

年月を共に紡ぎ

ただそれだけのことが


極上の幸せなのかもしれない


ユノとチャンミンは

いつもそんな事を胸に
時を紡いでいた


これからもずっと手を繋いで





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こんばんは、百海です。

35話完結まで、お付き合いいただきまして
本当にありがとうございました。

コメントのほうはお返事をしていませんが
どなたのコメントもしっかりと拝読しております。

リアルの2人には衝撃波も襲ってきましたが

わたしの描く世界はびくともしません

それでも
気持ちは自由だと思いますから

いろんな選択があって良いのだと思います

わたしの描く世界を楽しんでいただくのも
また、それもひとつの自由だと思います

わたしは、わたしの思う通りの主人公を2人に演じてもらうのが、わたしの自由で楽しみであります

またお暇な時がありましたら
遊びに来ていただけるとうれしいです

ここへ来て、「夜香花」の続編を書いてみたいと思うようになりました。

「夜香花」のチャンミンはあまりに幼く可愛かったので
少しオトナになったホスト・チャンミンを見てみたいと思ったのです。

いつになるかはわかりませんが
また、全然違うお話になってしまうかもしれませんが笑

また遊びに来ていただけるとうれしいです

本当にいつも皆さまの貴重なお時間を
わたしの稚拙な物語に割いていただいて
感謝しております

まだまだコロナ禍の中、みなさまご自愛ください

手を繋いで 34



民宿の仕事をひととおり終えたユノは
浜辺にシートをひいて、ひとり寝そべり、空を見ていた

風は秋の香りを孕んで
浜辺の人影もめっきり少なくなった

そろそろ、この民宿での仕事は終わりに近づいている
契約は来週まで

サンウとミヒの小さな愛の出来事を側で見守ってから
ユノの心はずっとザワついている

なぜかユノの気持ちは焦りを感じていた

旅をしている意味もわからなくなってきたような気がする

だからといってバニョレに帰るのは怖い
チャンミンのいないバニョレに帰って
チャンミンの不在を感じるのが嫌だ

怖くて…そんな事実は認められない

でも

今、こんなにもチャンミンに会いたくて
チャンミンに謝りたくて

きちんと愛してると
言えなかった自分を謝りたい

そんな手遅れの後悔でいっぱいだ

バニョレを、チャンミンの元を離れた時は
もっと、自分を見つめて
チャンミンへの想いを昇華して

チャンミンと、おそらくその隣にいるであろうドフンを
心から祝福できるまでに器の大きな人間になりたい

なかなか困難なことを
ユノは自分に課していたけれど

果たして自分はほんとうにそうしたいのか?

もし、もしも
チャンミンが予想通り、ドフンと再び愛し合えるようになっていたとしたら

本当はその心を奪って
もう一度自分の側にいてくれるよう縋りたいのではないか

チャンミンとドフンに拍手をする自分が理想であったはずなのに、今はそんな姿はあまりにも空々しくて
本当の自分なんかじゃない

そんな風に思い始めていた


そこへ、サンウが浜辺にユノを探しにきた


「ユノヒョン」

ユノは半身を起こした

「お、サンウ、どうした?」

心なしか、サンウが悲しそうな顔をしている

「さっき、オンマが言ってたけど…」

「うん」

「ユノヒョン、ここから出て行くってほんと?」

「あーほら、もう秋になるから
サンウのところは少し暇になるだろ?
もう、ヒョンの手伝いはいらないんだ」

「でも…」

「サンウ」

ユノは立ち上がった

サンウの背は
立ち上がったユノの腰までも届かない

ユノがサンウの頭を撫でた

「ヒョンはまた来年くるよ」

「うそ」

「ヒョンは嘘なんかつかないさ」

「うそだね」

サンウは唇をとがらす

「嘘なもんか」

「みんなここで働いてくれたヒョンは
そう言って、また来たことないもん」

「俺は違うよ、サンウ」

「……」

「俺は違うって思わないか?」

「………」

「ん?」

ユノはしゃがんで、サンウと目を合わせた

可愛いサンウ

ユノはその柔らかい髪を撫でた

不貞腐れたような顔をしながらも
サンウはユノの手をしっかりと握っていた

「来年もきたら、しんじる」

ユノはあまりに可愛くて
サンウを抱きしめた



ユノの最後の晩餐となった

サンウはまだ、機嫌が悪そうな表情ではあったけれど
ユノの側から離れようとしなかった

サンウの母が呆れたようにため息をついた


「ごめんね、ユノくん
こんなんじゃ、立ち去るのが悪いことしてる気分になっちゃうわよね」

「うれしいような、悲しいような…
複雑な気分です」

民宿の主人がユノに酒を勧めた

ユノが丁重にそれを受けた

「ユノくん、これからどこへ?」

「北へ行く予定だったんです。
紅葉から雪を追いかける感じで
またリゾートでバイトしながら」

「いいねぇ」

「それが一番いい旅なんですよ
働き口はあるし、景色はいいしで」

「そうだよねぇ、若いっていいよな」

「言うほど若くないんですよ、これが」

奥さんが口を挟んだ

「ユノくん」

「はい?」

「過去形なのね、行く予定だったって
予定を変えるの?」

「あ…」

過去形で言ってたか
気づかなかった…

「予定は変わるってことだよな、ユノくん
自由なんだからさ、途中で方向転換もいいじゃないか
それが旅ってやつだよな」


明るい晩餐だった

テーブルには海の幸が並ぶ
よく働いてくれたユノに、主人が特別に市場から仕入れたくれたのだ

「ユノくんは、今までで最高のバイトだったよな」

「そうよね、そういえば、ユノくん
ソウルでお店やってるって」

「あ、そうです、小さい店ですけど」

主人が驚いた

「へぇ!そうなんだ
どんな店?写真かなにかないの?」

「写真ですか?
えーっと、自分の店なんて写真撮ったりしないからな」

「あれがあるわよ、ほら、ストリートビュー
それでお店探してもいいかしら」

「ストリートビュー?」

「ユノくん、知らない?
場所探す時に使うマップアプリよ」

「いやーそういうのがあるのは知ってたけど
使ったことはないですねぇ」

主人がパソコンを出してきた

「ユノくん、住所教えて」

ユノはとりあえずバニョレの住所を伝えると

サンウとみんなで画面を見入った

空中の地図から、バニョレの位置に赤い印があって
そこに近づいて行く

まるで大空からバニョレに落ちて行くような不思議な感じだ

やがて、懐かしいバニョレの場所まで来ると
カメラが3Dで店の場所をとらえる


ユノは固まった


「ここかしら?ユノくんの店
素敵じゃない?」

「ここがヒョンのお店?」


「……」


そこには


顔こそぼかしてあるものの

バニョレの店の前を掃除している長身の人影


まさか



「あの…」

ユノの様子が変だった


「ユノくん、どうした?酔ったか?」

「いえ…あの…これ…」

「ユノくん、大丈夫?」


サンウも不安そうにユノを見た


「これって…いつの…画像なんでしょうか…」

「えっとね、えーっと
あ、先月だね、更新したばっかりだ」

「先月…」


チャンミンは

バニョレに…いる…のか


「ユノくんがいない間に店が変わっちゃったとか?」


「あ…いえ…」


サンウがパソコンの画面をまっすぐに指さした

「このひと、だれ?」

「えっと…」

サンウがまっすぐにユノをみつめる

「このひとに貝殻あげたいの?」

「えっ?」

ユノは驚いてサンウを見た

その清らかで透明な視線は
射抜くようにユノを見つめる


それからユノはみんなと何を話したか
よく覚えていない

ユノの様子は酔ったのだと思われて
特に心配されるようなこともなかった



ユノはひとりで夜の海辺へでた

真っ暗な海は次から次へと白い波を浜辺に送り出す
波音は昼間聴くよりも少し険しい


チャンミン…

ユノは真っ暗な遠い海を見つめた

まるで海の向こうにチャンミンがいるように
強い視線で見つめた

チャンミンはバニョレにいるのだ

思わず、ストリートビューに映っていたチャンミンは
店の前を掃除する、いつものチャンミンだった

自分が自分だけのために旅に出ているこの期間
チャンミンはずっとバニョレを守ってくれていたのか

掃除をして、接客をして
きっと毎日規則正しい日々を送っていたのだろう

なぜ

なぜそこにいる?

俺を…待っててくれていたのだろうか

こんなに臆病で卑怯な俺を
待っててくれていると…思っていいのだろうか

ユノはポケットから
サンウにもらった貝殻をだして見つめた

大好きなミヒに喜んでもらおうと
必死に貝殻を探していたサンウは

俺なんかより、よっぽど誠実で男らしい

俺は…5歳のサンウより全然ダメだ…

ユノは貝殻をポケットに仕舞った


そして意を決したように
浜辺から足早に立ち去った


*****


「ありがとうございました!」

テミンがにこやかに客を送り出した

バニョレは夏のセールが終わり
やっと客足が落ち着いてきたところだった


「テミン、お昼食べてないでしょ?
今の時間行ってきたら?」

チャンミンがテミンに声をかけた

「うーん、どうしようかな」

「飛行機は何時?」

「日付が変わるちょっと前」

「じゃ、ランチしてからそのまま帰っていいよ?」

「そうしようかなー」

「うん」

テミンはレジで計算をしているチャンミンを
じっと見つめている

その視線に気づいて、チャンミンが微笑む

「どうしたの?テミン」

「チャンミン、この店にすっかり馴染んだね
もう店長の風格だよ」

「そんな…まだまだだよ
接客なんてテミンに任せっきりでさ」

チャンミンは笑った

テミンも優しく微笑んで言った

「ユノも…任せていい?」

「えっ?!」

ユノ、という言葉にチャンミンはするどく反応してしまった。

「ユノが帰ってきたら
仲良く2人でこの店をやってくれたらいいな」

テミンの表情は優しい

「何を言うの…いきなりびっくりするよ
ユノさんの話なんて」

ふふっとテミンは笑って
大きくため息をついた

「僕、もう帰ってもいいかな?」

「ランチはいいの?」

「最後に荷物チェックしたいんだ」

「そうなの?間に合う?」

「うん、今帰れば」

「わかった、じゃ、えーっと」

チャンミンは自分のリュックをゴソゴソと漁った

そして、小さな紙袋をひとつ取り出して
テミンに渡した

「これさ、駅前のパンの店あるでしょう?
そこのスコーン。美味しんだよ
すぐに売り切れるから今朝買っておいた」

「え?僕に?」

「飛行機乗る前に、お腹空いたら食べたらいいかなと思ってさ」

「うわ、ありがと」

テミンは嬉しそうだ

「ねぇ、テミン」

「なに?」

「テミンがいなかったら
夏のセールは乗り切れなかったと思うんだ
ほんとうにありがとう」

「なにしろヒチョルはまったく顔を出さないからね!」

「フフ…そうだね」

「全部チャンミンに任せてさ
ユノだって連絡ひとつよこさないし」

チャンミンの表情が少し寂しそうな色になった

「きっと…ユノさんは…楽しく旅をしてるんだと思う」

「そうだけどさ、ちょっと酷すぎるよね」

「僕が…勝手にひとりで待ってるからいいんだ。
なにも期待してないよ」

チャンミンは微笑んだ

「連絡よこさないのはね、怖いんだよ」

フフとチャンミンは笑った

「チャンミンがここにはいないと思ってるだろうから」

「そうなのかな…僕、信頼なかったからな」

「きっと、いつかヒチョルが痺れを切らして
ユノに言ってくれるよ」

「…どうだろ」

「じゃ、そろそろ僕行くね」

「テミン、また次のセールには来てくれるよね?」

「来るよ、そのときにはユノもいるといいね」

チャンミンはそれには返事をせず
寂しそうに微笑んだ

そして、テミンを見送ったチャンミンは
品薄になった棚に新しく服を並べた


店の前の通りの

その遠くから

低く唸るエンジンの音が、微かに聴こえてくる

別に、店の前をバイクが通ることは毎日のことで
チャンミンはまったくなんとも思わなかった

チャンミンは慣れた手つきで服を並べていく

やがて近づくエンジンの音

その間隔が次第に広くなっていき


店の前で止まった


ひょいとチャンミンは意識もせず
店の前を見るともなく見た


服を畳む手が止まる


チャンミンの大きな瞳が湖のように膜を張って
大きく見開かれた





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百海です。
明日は最終回となります

手を繋いで 33




ユノがバニョレを離れて数ヶ月が過ぎた

宿代わりに、あちこちのリゾートで短期のバイトをしながら旅を続けていた

孤独な旅のつもりだったけれど
意外と人との出会いは多かった

その紹介で次のバイト先が見つかることなどもあった

今は、海沿いのリゾートの小さな民宿でバイトをしている

ハイシーズンを迎え、民宿は大忙しだ

ユノは料理の手伝いもこなしながら
民宿のオーナー夫婦の子供の面倒も見ていた

特に末っ子の男の子、サンウがやたらとユノに懐き
幼稚園の送り迎えもユノがこなした

ユノもサンウを可愛いがった

今日もユノは海沿いの道を歩いてサンウを迎えに行った

ジーンズを膝上で無造作にカットして
黒いタンクで歩くユノを

派手な水着を着た女たちがじっと見つめる

日に焼けた精悍な顔立ち、スッキリと鍛えられた長身。
あまりに目立つユノを沢山の女たちが狙っていた

けれど、小さなサンウを肩車して歩くユノにとっては
派手な水着の色は海の景色を妨げる以外の何ものでもない

「おろして、ユノ」

「ん?また貝殻?」

「そう!」

サンウはユノの肩から降りると砂浜に出た

夢中で貝殻を拾い始める

ユノもいくつか綺麗な貝を拾ってやる


「ボク〜こんなのもあるわよ」

派手な女の子が、ユノを横目でチラチラと見ながら
サンウに貝殻を持ってきた

黙ってるサンウに代わって、ユノがその貝殻を受け取った

「ありがとう」

爽やかに笑うユノに女の子は自慢の身体をくねらす

「いいのよ、いつもここで貝殻をひろっているけど
この辺のひとですかぁ?」

「あ、俺は…」

「ユノ!いくよ!」

サンウがユノの手を取ると
小さな歩幅で砂浜から出ようとする

「あ、じゃ、すみません」

会釈をして、ユノはサンウに引っ張られ
また海沿いの道路へ出た

「サンウ、ヌナが貝殻くれたのに
ちゃんとお礼言わないとダメだぞ」

「ほかの女の子とは話さないの」

「やれやれ」

「だって、ダメでしょう?そんなの」

「ミヒがいるから?」

ユノがニヤニヤと笑った

「そうだよ」

サンウが得意そうだ

「今日もミヒのおうちに寄ってく」

「わかったよ」

ユノはサンウを連れて
民宿の隣の家のインターフォンを押した

「はぁい」

サンウと同じ幼稚園に通うミヒが顔を出した
クリクリとした大きな瞳が可愛い

「サンウまだ帰り道?
ミヒなんてとっくに帰っておやつ食べたわよ」

「はい」

サンウはぶっきらぼうに貝殻をミヒに渡した

「サンウ…」

「今日はあんまり綺麗なの無いけど」

「サンウ、もう貝殻たくさんもらっても
入れるものないの」

「きれいなのだけもってこようか?」

「うーん…」

「明日はもっと綺麗なの持ってくるから」

「ふぅん」

ミヒはつまらなそうに返事をした

ユノが2人の顔を見比べる

サンウの貝殻を明らかにミヒは喜んでいないように見える
そのことにサンウは気付いていないようだ

「じゃあね、ミヒ」

ユノがミヒの頭を撫でて
その家を後にした

「サンウ、また明日ね!」

「うん!」


夕暮れが海に沈んでいく

この時間が一番きれいだ

けれど、一番哀しい時間でもある

この夕陽を見ていると
チャンミンに会いたくて仕方なくなる

自分から電話をすることもない
声を聞いたら帰りたくなってしまう

それに、チャンミンから電話もかかってこない

あのあと、チャンミンは店を辞めたのだろうか

どこかに就職したのだろうか

ヒチョルとは店のことでのやりとりをメールでするけれど
チャンミンのことにはまったく触れない

ユノもヒチョルにチャンミンのことを聞くことはしなかった

自分が発った後、バニョレから離れただろう
今頃チャンミンはどこで何をしているのだろうか


サンウが花火をしたいと言い

夜の砂浜でユノと2人で花火をして遊んだ

2人でポトリと落ちる線香花火を楽しんだ

「なぁ、サンウ」

「なに?」

「ミヒに毎日貝殻あげるのどうかな?」

「どうかなって?」

「ミヒ、たくさん貝殻もらって
少し困ってるかもしれないよ」

「え?」

サンウがそのつぶらな瞳でユノを見上げた

ユノはしまったと思った
こんなこと、言わなくていいことだった
子供同士のコミュニケーションなのに


「ミヒは僕のことがきらいなの?」

「いや、そうじゃなくて…あ…ほら
入れるものがないって…」

「じゃ、今度はなにかに入れてあげればいっか」

サンウはユノを見つめた

「うーん、そうだな」

一途なサンウの瞳にユノはもうそれ以上は言わなかった

「好きなコにはきれいな物をあげるといいんだよ」

サンウが得意そうに言う

「そうなんだ、綺麗な物はもらって嬉しいもんね」

「前にボクがあげた貝殻、すごく喜んで
ミヒはお母さんになにかつくってもらってたんだよ」

「なにかって?」

「こうやって首からさげるやつ」

「あーネックレスね、そんなに綺麗な貝殻だったんだ」

「うん、あれはとくべつ」

「それがあれば…もうたくさんはいらないかも」

「そうなの?」

ユノは一生懸命にサンウが集めた貝殻を
ミヒが毎日迷惑そうに受け取ることに、心を痛めていた

「今度はちがうものしようか」

「どうして?」

「うーん…」

サンウは下を向いてしまった

「貝殻は…もういらないのかな」

「あ…」

だから、俺はなんでそっちに話をもっていくのだ!
こんなに小さなサンウをがっかりさせてどうするんだ

翌日サンウはもう貝殻を拾わなかった

ユノは罪悪感に苛まれたけれど
もうミヒの迷惑そうな顔をみることもなくなるだろう


その翌日、幼稚園からの帰り道

ミヒ家の前を通って帰るのだが
なんと玄関の前にミヒが立っていた

まるでユノとサンウを待っていたかのように

「あれ、ミヒ、こんにちは」

ユノが挨拶をすると
ミヒはムッとした顔でサンウに詰め寄った

「サンウ、貝殻は?」

「え?」

サンウは呆気にとられていた

ユノも慌てた…

「え?…貝殻…」

さらに詰め寄るミヒ

「あたしのこと好きで貝殻もってきてくれたんじゃないの?」

「そうだよ」

「じゃ、なんで昨日はもってこなかったの?」

「だって…」

サンウが困ったようにユノを見上げた

「あ…ミヒのおうちが貝殻だらけになるといけないと思って」

ユノが下手な言い訳をした

なにを言ってるんだ、俺は。


「ママからきれいなお菓子の缶をもらってまってたのに」

「えっ?そうなの?」

「そうよ、それなのに…」

「ミヒ!まってて!」

サンウが海辺へ走りだそうとしていた

ユノが慌ててサンウの小さな体を抱き上げた

「だめだよ、急に飛び出しちゃ
ヒョンも一緒に行くから、ゆっくり」


ユノとサンウはまた浜辺で貝殻を拾った

いつもより夢中で拾った

派手な女たちがその気迫に声もかけられないほど
2人は一生けん命に貝殻を拾った

「サンウ!こんなに大きいのがあった!」

「ユノヒョンよく見て、それ後ろがすごく汚いよ」

「え?あ、ほんとだ」

「大きさだけじゃなくて、どこから見てもきれいなのを探さなくちゃ」

「うん、そうだね」

「ミヒはママから缶をもらって待ってるって
だからうんときれいなのを探してあげなきゃ」

「サンウ…」

ユノは小さな手で一生懸命に貝殻を探すサンウを見つめた

ふいにサンウが手を止めてユノを見上げた

「ヒョンはミヒがもう貝殻はいらないって言ったけど
そんなことなかったじゃないか」

「あ…うん…そうだね…
いや、サンウがミヒに嫌われたら困るなって思って」

「なんで?」

「サンウはミヒが大好きだろ?」

 「うん、大好き」

「しつこくしたらミヒが嫌かなって思ったけど…」

「好きな子に大好きっていうのがなんで嫌われるの?」

「……」

「大好きって言われてきれいな貝殻もらって嫌な子なんていないよ」

「……」

サンウのピュアな言葉がユノの心に響いた…

なぜかチャンミンの顔が胸に浮かぶ

一生懸命に掃除をするチャンミン

不安ですがるような瞳

恥ずかしそうな表情


「ユノヒョンは好きな子いないの?」

ユノは優しくサンウを見つめた

「…いるよ」

「好きって言った?」

「いや…まだ…ちゃんとは…あ…言ったかな」

「ふうん…ちゃんと大きな声で言わなきゃダメだよ」

「はい」

ユノはおとなしくサンウに返事をした

小さな愛の師匠だ

サンウは手にもっていた貝殻をひとつ名残惜しそうにユノに渡した

「?」

「これ、今日の一番いいやつ
ヒョンの好きな子にあげな」

「え、いいよ、これはミヒにあげるやつでしょう」

「ボクはもっときれいなのこれからも探すから」

「サンウ…」

ユノの手のひらには、きれいな薄い紫の貝殻があった

しばらく貝殻を拾い

2人で厳選した貝殻をもってミヒの家に行った


ミヒは期待のこもった瞳で二人を出迎えた。

「ミヒ!これ!」

得意そうにサンウが貝殻を差し出すと
ミヒは恥ずかしそうにきれいなお菓子の缶を差し出した

サンウがそっと缶に貝殻を割れないように入れる

ミヒは満足そうな笑みを浮かべている

「ミヒ、もっとたくさんきれいな貝殻探してあげるね」

「ありがと、いっぱい拾ってくれたのね」

「だってミヒが大好きだから
いっぱい喜んでほしいの」


ユノは思わず二人に背を向けてしまった
気を遣うというほどのこともなかったけど

なぜかそうした自分に苦笑した


大好きだから…いっぱい喜んでほしい…


ミヒがサンウを好きかどうかは知らない…

でも、少なくとユノが懸念していたように
迷惑ではなさそうだ

むしろミヒの瞳は輝いていた…

好きだから…喜んでもらいたい
それを嫌がる子はいない


そんなピュアな気持ちを
俺はどこへ忘れてきたのだろう


チャンミンに拒否されたならともかく

気持ちも伝えていないままに
相手の迷惑をまず考えてしまう

ユノにはそんなクセがついていた

いや、そうじゃない

相手の気持ちや言葉を
俺は恐れたんだ

自分が拒否されるのが怖かった


ユノが海辺を見ると
大きなオレンジの夕陽が沈みゆくところだった


けれど…


その3日後、民宿の界隈でとても寂しいニュースがあった

民宿の奥さんがサンウにゆっくりと言い聞かせていた

「ミヒのお父さんが町で働くことになってね
みんなでお引越しするんだって」

「やだ」

即答して俯くサンウにユノの心も痛んだ

「そんなこと言わずに
ちゃんとさよならを言わないとね」

「……」


ユノはサンウの側にいてやった

「ミヒは町へ行っても、ずっとサンウのことは忘れないよ
ミヒのおばあちゃんがここにいるから、ミヒは夏にはここに来るって」

「……」

「絶対にまた会えるよ、な?」

「ミヒが、僕のことを忘れないのは
当たり前だ」

「え?」

「僕ね、ごひゃくまん日くらい毎日ミヒに貝殻あげてたの」

「ご、ごひゃく?」

「そして、ごひゃくまん日、ミヒ大好き!って言ったの」

「…サンウ」

「たぶん、ぼくの大好きは、ミヒの貯金箱にいっぱいになってる」

「……」

「そうおもっていいよね?」

ユノはなぜか、胸を突かれた

「サンウは…すごくいいこと言うね
貝殻もいっぱいだけど、サンウの大好きもいっぱいだ、ヒョンもそう思うよ!」

ユノはサンウの小さな頭を撫でた

サンウは精一杯強がって
ユノを見上げた

ユノの胸にこみ上げるものがあった

こんな小さなサンウは
人を愛することをよくわかっている

俺なんかよりずっと、わかっている


やがて、数日たって
ミヒはこの町を去っていった

サンウは最後まで涙をみせなかった

サンウは自信があったのかもしれない

ずっと毎日、ミヒに愛を捧げて
自分の気持ちを伝えきった満足感があるのかもしれない

ユノは思った

俺はチャンミンに何を伝えただろう

離れることが必要だと思ったけれど
一時たりとも離れずにいることはもっと大事なのではないか

サンウとミヒのように

いつか、突然離れなくてはいけないことが
あるかもしれない

日々は永遠ではなく終わりがあるのだ

それなら、そんなかけがえのない毎日なのに
俺はなにをやっているんだ







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手を繋いで 32




チャンミンは自分の気持ちをまっさらにしようと思った

ユノがどうだとか

ヨジンがどうだとか

今はそのすべてをまっさらにして

とにかく、ピュアな状態でドフンを感じようと思った

それは、ユノへの愛をしっかりと自分で認めるためでもあった


その日、ヒチョルが車で迎えに来てくれた

「おはようございます
今日はありがとうございます」

「うん、ま、これはミッションだから」

ヒチョルがあえて義務的に言ってくれたのが
チャンミンにはありがたかった。


チャンミンは後部座席に座った


「チャンミン、結構、衝撃的なシーンを見せることになるかもしれない」

「どこに…行くんですか?」

「ドフンね」

「はい」

「結婚するらしくて…」

「……」

チャンミンは一瞬息をのんだ

「あ…もしかして…あの…」

「うん、あの後一緒にいたっていうね、食堂の女」

「はぁ、そうなんですね」

「今日、式場を見に行くらしい
知り合いが働いている結婚式場なんだ。
ドフンと俺の共通の知り合い」

「なるほど…」

「事情を話したら…賛同してくれて…」

「僕も知ってる人ですね、きっと」

「うん…」

「賛同って…」

「ごめんな、チャンミン
ヨジンと同じで、影で見るだけって約束なんだ
今の女とこのまま、チャンミンを思い出してほしくないみたいだ」

「……」

「でも…中に入っていいっていうからさ」

「ありがとうございます
ほんとに何から何まですみません…」

「いや、俺、逆にお節介だったかなってさ」

「そんなことないです
ヒチョルさんと会わなかったら…僕は…一生…」

「ま、そうだよな…」

「感謝してます、ほんとに」

「うん…」


ヒチョルの車は結婚式場についた

駐車場の隅に車を停めた

ヒチョルが後部座席のチャンミンへ振り向いた

「どうする?せっかくだから出ようか」

「ここからでも…見れますか?」

「見れるよ、バッチリとね」

「?」

「隣の白い車はドフンのだ」

「えっ!」

「……どうする?」

「……」

「ドフンが俺の顔を覚えてるかはわからないけど
俺はどのみち、車の中にいる」

「僕も…ここでいいです」

「そう?」

「はい…」


しばらく何も話さず
チャンミンとヒチョルは車の中にいた


チャンミンは思った

ドフンを見るのは…正直少し怖い

5年間…その幻影を恋しく思い、そして苦しんだ

この世にはいないと思っていたドフンが
自分のことを忘れた別世界で生きていたなんて


やがて、結婚式のためだけに作られたチャペルから
カップルと式場のスタッフが出てきた


ドフンだ


さすがにすぐにわかった


遠くからでもはっきりとわかる


ドフン…


懐かしさにチャンミンの胸にギュッと詰まるような苦しさが走る


ドフンは変わらなかった

小柄で可愛い感じの女性と笑いながら
空を見上げている


チャンミンは思わず窓にしがみついた

ドフン…


愛し合った日々…

みんなに反対されながらも
若い自分たちはそれに反撃することに酔っていた

苦労や心の痛みなんて何もなく
幸せだった日々…

チャンミンの目から涙が溢れた

ヒチョルがミラーでチャンミンの泣き顔をみて
ため息をついた

ヒチョルにはその涙がどういうものなのか
推し量ることができない

ここで、チャンミンがドフンへの思慕を蘇らせたりしたら
ユノは…

チャンミンは窓にしがみついて、子供のように泣いた

ドフンとその恋人がゆっくりと笑いながら
こちらへ近づいてきた

「チャンミン…隠れて…」

チャンミンは窓から離れて
ドフンたちから顔を背けた

ドフンたちは、自分たちの隣の車に誰が乗っているのはわかっていても、特にどうということはない

隣の車の助手席を彼女のために開けてやるドフン

窓ガラス越しに、少しだけドフンの声も聞こえる


顔を背けたチャンミンの瞳から
とめどなく涙が溢れる


やがて…

ドフンの車は去っていった


チャンミンたちにはまったく気付くことなく
去っていった


しばらくチャンミンは泣いていた


ヒチョルは声をかけるタイミングもなく
チャンミンを自由に泣かせていた


しばらくして…


「よかった…ほんとに…」

嗚咽の中から絞り出すようなチャンミンの声が聞こえた


「チャンミン?」

「生きててくれて…ほんとうによかった
あんなに幸せそうで…」

「あ…」

「こんな奇跡を起こしてくれた神様に
感謝してもしきれません」

「……」

「ドフン…とてもいい笑顔だったとは思いませんか?」

「うん…思うよ…幸せそうだ」

「ですよね…ほんとによかった」

「うん…よかったよな」

「ヒチョルさん」

「ん?」

「ドフンに会わせてくれて
ほんとうにありがとうございます」

「いや、そんなこといいんだよ」

「僕…ずっと…心の中に燻っているものがあったんです」

「……」

「僕だけが生き残ったことが
すべての人に申し訳ないような気がして」

「……」

「だけど…ほんとに…よかった…」


「チャンミン」

「はい」

「もう、申し訳ないっていう気持ちは消えたか?」

「消えそうです、たぶん」

「今、どうしたい?
店のこととか、自由にしていいんだぞ」

「え?」

チャンミンは泣きはらした顔をあげて
ミラー越しにヒチョルを見上げた

「これからの事、チャンミンの好きにしていいんだ」


「ヒチョルさん…」

「ん?」


「僕は今…めちゃくちゃユノさんに会いたいです」


ヒチョルはその言葉にギュッと目を閉じた

そして長い長いため息をついた

「ほんとに…」

ヒチョルは笑った

「ここにいりゃ、チャンミンの本心が聞けたのに
ほんとにユノは馬鹿だ」


*********


ユノは少し海から離れて
高原に入った

漁師の家に泊めてもらえることも多かったけれど
野宿も多い

少し、緑の多いところで布団で眠りたいと思ったし
なぜか緑の中に身を置きたいという気持ちになった

このあたりは安いロッジが多いのもありがたかった

ロッジに泊まり
ひさしぶりにゆっくりした

地図を見ていて、ふと、このあたりの地名に聞き覚えがあることに気づいた

あ…

まさか…


湖のない高原、白樺が有名な地
そして、清らかな川が山間を流れ、

自分の骨は…
その川に流して欲しいのだと

それは…スンホがいつも言っていた話だ

その話がでるたびに、自分は泣きそうになり
その話をしないようにスンホに頼んだ

連なる山脈の名前も同じだ

そこに流れる川の名前も聞き覚えがある

スンホ亡き後、遠い親戚がなにごとかと病院に駆けつけてきてくれた

スンホの存在でさえその時はじめて知ったという状態だったにも関わらず、その後のことは任せてくれと言ってくれた

ユノは、スンホの遺志を伝えた

ユノは自分が弔うべきではないと
そんな風に思ってしまい、その後を任せてしまった

それなら、この先の川が
スンホが眠る川ということだ

翌朝、ユノはその川に行ってみた

スンホが生まれ育った高原

そこに流れる清らかな川

ユノはそっとその川に手を入れてみると
冷たい水の流れがユノの手に心地よかった

まるで、スンホがユノの訪れを優しく出迎えてくれるようだった

川の流れに手を入れていると
スンホがユノの手に優しく触れているようだった

海沿いを走っていた自分が
ふと、この高原に立ち寄りたいと思ったのは

偶然ではなく

スンホ…お前に呼ばれたのか

ユノは思った

スンホ、俺はお前を好きで幸せだった
俺を親友だと言ってくれて、俺はうれしかった

俺の気持ちを知っていたお前は
さぞかし辛かっただろうな

最期に俺に謝って、お前は心の重荷が軽くなって天国に召されたかな

そうだといいな

俺こそ、お前にありがとうと言えばよかった

だから、今言うよ

俺にかけがえのない時間をくれて
ほんとうにありがとう




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こんばんは!百海です
更新遅くなりすみません汗
予約投稿を下書きのままにしていました汗

手を繋いで 31




ユノは大通りに出るまで、ミラーを見ないようにした
遠くなっていくバニョレを見たくなかった

心が…

チャンミンのいるバニョレから離れられない

自分で決めて離れたくせに
すでにこんなんでどうする?

アクセルを踏むとエンジンが怒ったような音を出す

しっかりしろよ、俺


ユノは少し走っただけで、結構遠くまで来ることができた
道路も空いていたし、バイクの調子もよかった


ユノは川沿いの雑草が生えた河川敷にバイクを停めて
草の上に直に座った

少し夕暮れの近づいた川面を眺めていると
風がユノの頬を撫でていく

バイクで1年くらい旅をするというのが憧れだった

モデルを諦めたユノの新しい夢となるはずなのに
まるで修行僧のような気分だった

一度「無」になりたかったのはたしかだ

けれど

今の自分は最低だ

ヒチョルに逃げだと言われ
なにも言えなかった

バニョレを出てくる時
チャンミンに泣きつかれたりしたらどうしようかと思っていた。

けれど、チャンミンは思ったより平気そうだった
もう、あれこれ言わず簡単に送り出してくれた

それが寂しくなかったといえば嘘になる

どこまでも…俺は勝手だ

ユノは空を見上げた

明日、もう少し遠くまで行く

そこで少し仕事をするつもりだった

知らない土地で短期のバイトをして過ごす
それも叶えたかった夢だ

今までがむしゃらに走ってきた自負がある

少し遠回りしてゆっくりして
自分をもう一度見つめ直そう

ユノは意を決したように立ち上がり
革パンの尻についた草を払った



*********



チャンミンはいつまでも泣いていた


テーブルを挟んだ向いには
困った顔をしたヒチョルとテミンがいた


「ねぇ、身体の水分が全部流れでちゃうんじゃ?」

テミンがタオルをチャンミンに渡した

嗚咽の治らないチャンミンが
そのタオルを受け取って、また泣いた

「空港からまっすぐに店にきたら
これだもん、びっくりしたよ」

テミンが唇をとがらす

「とにかくユノが馬鹿なんだよ」

ヒチョルは猛烈な怒りを表していた

「ま、今夜は飲みなよ、ね?」

テミンがチャンミンに焼酎の瓶をそのまま渡した

ヒチョルがチャンミンを睨んだ

「チャンミン、もうユノなんか忘れろ
いいか?あいつは馬鹿だ。よく考えろ、逃げたんだぞ?
チャンミンを幸せにする勇気もなければ、ドフンのところへ見送る勇気もない。」

「……」

テミンがヒチョルの肩をぽんぽんと叩いてなだめた

「もう、いいじゃない、ね?
ユノだって、精一杯強がってるんだよ
ほんとうは泣きじゃくりたいのに、それができないの」

「カッコつけて逃げてるなんてバカだ」

チャンミンが泣き顔をあげて
ヒチョルを睨みつけた

「そんなにユノさんのことバカだバカだって、言わないでください!」

「だってな、チャンミン、冷静になれ」

「優しいんですよ…」

そう言って、またチャンミンは泣き崩れる

「ユノさんは、優しいんです…
逃げたんじゃない…身を引いてしまったんです…
過去のこともあるけど…僕が…僕がもっと…
ユノさんに信じてもらえるように…しっかりすればよかった…」

「チャンミン…」

テミンがチャンミンの涙をタオルで拭いてやる

「ユノさんは…たくさん愛してるって言ってくれたのに
僕は…僕は一言も返事をしなかった…」

「そう…なのか?」

ヒチョルのテンションが落ち着く

「そりゃそうだよ、チャンミンは自分のためにカレシが死んだと思ってたんだもん、簡単にそんなこと言えないよね」

テミンが今度はチャンミンの背中をさすった

「チャンミン…誰も悪くないよ、ね?
ヒチョルの言うことなんて聞かなくていいし
チャンミンもあんまり自分を責めないでさ」

「ふん」

ヒチョルが鼻を鳴らすとテミンが睨んだ
ヒチョルが目を剥いた

「おめーはなんだよ、年寄りクサイこと言いやがって」

「悪いけど、ヒチョルやチャンミンより経験豊富なんで」

「あーあーそうかよ」

「きっと、ユノはちょっといい男になって帰ってくるよ、ね?」

「もう、あれ以上カッコよくなんて、なりません…」

「あっそ…」

さすがのテミンも呆れ果てた



季節がひとつだけ過ぎた


「ありがとうございました
またどうぞ」

チャンミンは客を出口まで見送った

そんな接客の仕方は
このバニョレではチャンミンだけしかしない

さりげなく、自由に店内をみてもらって
必要なときだけ接客するというのがこの店のスタイルだった

それでもチャンミンは玄関まで客を送る

ユノが出発したら辞めるはずだったチャンミンは

このバニョレで、朝の掃除から閉店後の売り上げの計算までこなす

結局は、ヒチョルに店長代理を任されて
チャンミンはテミンと店を運営していた

「ねぇ、チャンミン」

「なんですか?」

「ユノに電話してみたら」

チャンミンは少し考えてからつぶやいた

「……しませんよ」

「どうして?」

「連絡をとるくらいなら
僕はユノさんの後をついていきました」

「……ん」

「ユノさんだって、僕に電話してくるくらいなら
僕のこと、一緒に連れて行ってくれたでしょう」

「まあね…」

「だから…電話なんかしませんよ」

「チャンミン、雰囲気が変わったね」

「そうですか?」

「はじめてこの店でチャンミンに会った時はさ
なんか…冷たい感じで…感情の起伏もないみたいで」

「ああ、うん、そうですね」

「まさかさ、ユノが出発してあんなに泣くなんて思わなかったし」

「そうですか?」

「涙なんか出ない人間なんだと思ったよ」

チャンミンはプッと吹き出した
そして、しばらく笑ったあと、ふと寂しそうな顔になった

「なにしろ、5年も…ひとりでいたんで
あの頃は人とどうやって接していいかわからなくて」

「なるほどね」

「もっと、ユノさんを好きだって気持ちを
伝えられたらよかったって、そればっかり後悔してます」

「伝わってたよ、まわりにはね」

「そう…ですか?」

「けどね、肝心のユノには伝わってなかった」

「……」

「それはさ、ユノがシールド張ってたからだよ」

「シールド?」

「ユノはシールドを張り巡らせて、自分の心を守ってたんだ」

「……」

「だから、仕方ない
ユノはこんなにチャンミンに愛されてること
気づけないでいたんだよ」

「そんなもんですかね…」

「恋愛もさ、タイミング大事だよねぇ」

「そうかもしれないですね…」


店を閉めるころ

ヒチョルがやってきた


「あ、こんばんは」

「チャンミン、そろそろミッションクリアするか」

「ミッション?」

「ドフンの姿を見てみないか?」

「……ヒチョルさん…」

「直接会って話すっていうのは
ごめん、そこまではヨジンの了解を得られなかった」

「……」

「だから、遠くから見るだけだ
どうする?」

「……」

チャンミンは歯を食いしばるような素振りを見せた

「いやなら…」

「会います…いや、ドフンの今を見てみたいです
お願いできますか」

「うん、御膳立ては俺に任せろ
そしてさ、チャンミン」

「はい」

「ユノじゃないけど
やっぱりドフンへの気持ちが残っているとわかっても」

「……」

「別にそれは悪いことじゃないんだぞ」

「……」

「ユノは、その覚悟をしているはずだ」

「……」

「ひとまわり大きな男になって帰ってくるって言ってんだからさ、チャンミンのことはどんなことでも受け入れられるさ」

「ヒチョルさん…」

「だから、なにも心配せず…な?」

「はい…」



**********


バニョレを離れてかなりの日数がたった

ユノは短期でバイトをしながら旅をしていた

季節的にも海沿いを走り、大漁の時に人手が必要な漁港をいくつか回った

よく働いて、人懐こいユノはみんなから好かれた

漁師や漁港のパートのオンマたちから
家に招待されて新鮮な魚介をご馳走をいただくことも多かった

けれど、ほぼ必ずと言っていいほど
その席には、その家の娘さんが恥ずかしそうに座っていて

最後には「ウチの娘はどうだ?」という話になる

それを丁重にお断りして、結局は野宿となる羽目にはなるけれど、そんな夜に限ってチャンミンに会いたくて仕方なくなる


そろそろ次の場所に行こうとしていたユノに
漁港の長老のような存在の人間から酒の席に誘われた

しかも、この長老が一番かわいがっているとされる孫娘が
いつも漁港で働くユノを熱い視線で見ていることにもユノは気づいていた

まいったな…

けれどこの長老には短い間ではあったけれど世話になっていたし
義理堅いユノはとてもじゃないけれど断れない

仕方なく夜になって長老の家に行った
さすが長老の家だ、大勢の漁師が集まっていた。

今まで食べたことのない海のご馳走に舌鼓を打ち、
酒を酌み交わす

案の定、ユノは嫁はもらわないのか、というような話になった

長老の孫娘の頬がなぜか赤くなる

ユノは酒の盃を卓に置くとひとつ深呼吸をして
膝に手をついた

みんなはユノが何を話しだすのかと静かになった

「あの…こんな話をすると…皆さんを驚かせてしまうと思うんですけど」

みんながシンとなった

話しにくい…だけど…


「俺…女の人を好きにならないんです」

みんながユノの言葉の意味がわからずキョトンとした顔をした

この男の中の男、といった風情の漁師たちの中で
こんな話をしたら殴られるかもしれないとユノは思った

「好きになるのは自分と同じ、男なんですよ」

話の意味に気づいたまわりの何人かが息をのんだ

「それで…今…すっごく好きなやつがいて…」

チャンミン



ここで殺されるかもしれない

でも…

チャンミンを好きなことに…なにも恥じることなんかない

だから…俺は堂々と言う


「そいつがすっごく好きなんです」

ユノは顔を上げた

「だから、嫁をもらうっていう選択は俺にはないんです」

「……」

ユノは笑ってみた

長老の娘は目を見開いていた

いや、驚いているのは長老の娘だけではない…

その場の空気を完全に凍てつかせてしまった

それでも

あまりに堂々としたユノの態度のせいか
とりあえず殴られることはなかったけれど

たくさん質問され
そして最後には、気持ちを改めるように諭され
女の良さを知るべきだという話になった

帰る時に、長老の孫娘から声をかけられた

「ユノさん、なんだか大変だったわね」

「いえ、みなさんを驚かせてしまったみたいで
すごいご馳走だったのに」

「ユノさん、立派でした」

「え?」

「好きな人のこと、堂々と好きだって
すっごく好きだって」

「あ…はい…」

「だから、ユノさん、わたしも堂々と言いますね」

「?」

その娘はユノに右手を差し出した

「わたしもユノさんが好きでしたよ」

「あ…」

あまりに爽やかに微笑みながら
ユノに握手を求めた

ユノはそっとその手を握り

「気持ちに応えられなくて…」

申し訳なさそうにそういうと
娘は朗らかに笑った

「ユノさんを好きにならせてくれてありがとう」

「え?」

お礼を言われてる?

「ユノさんを好きでいる時間はとても楽しくて
幸せでした、ありがとうね」

そう言って、娘はユノに手を振った

「……」


ユノは波の音を聞きながら
なぜか、スンホを思った

スンホに…俺も、ありがとうって言えばよかったな

いい思い出をありがとう

気持ちに応えてもらえなくても
俺はスンホと友達でいれて幸せだった

スンホを好きで、つらいこともあったけど
俺にとってかけがえのない時間だった


夜空を見上げると
そらには丸い月が輝いていた







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