FC2ブログ
プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

ナイルの庭 完




チャンミンは故郷の大地で清廉に生きた


キュヒョンと計画していたログハウスの
リゾート化は大成功を収めた

都会から遮断された世界で
一度自分の原点を見つめ直す

そんなコンセプトの元、静けさと雰囲気を守るため、
泊まれる人数は一晩にほんの数人だけ

予約は2年先まで埋まっているような人気が話題になり
さらに人気を呼んだ

チャンミンとキュヒョンが提供するのは、
ログハウスと清潔な寝具、そして地元で取れた材料で作る素朴で美味しい食事

大自然が地平線と満天の星空を提供してくれる

ログハウスはいつも満室だけれど
一番奥の大きなログハウスは管理棟として
チャンミンが生活と仕事の場としている。
どんな客の強い要望があっても、そのログハウスを貸すことはなかった


そこはチャンミンにとって
ユノとの想い出の場所だった

デスクには、遊園地で撮った2人の写真が飾られている

一日の仕事が終わって帰ると
ふと、部屋にナイルの庭が香ることがあった

チャンミンはそれをとても嬉しく思い
安らかな気持ちでベッドに入る

仰向けになると、天窓から満天の星空が見える

ユノが感嘆したこの星空

このベッドで2人寄り添いながら
流れ星を数えた


チャンミンは何も望まない生活をした
大自然から享受するもので生活をし
毎日を大切に生きた

何もないと言えばそれまでだけれど
チャンミンにとってはユノとの想い出があるこの地で
毎日を過ごすことが極上の幸せだった


チャンミンがユノを連れてここへ帰ってきて
2年ほどたったあと

都会ではパリのメゾン、クロードのデザイナーが内部告発で窮地に立たされていた
専属契約を結んだモデルに、さまざまな告発をされ
人気が一気に落ちていく様が話題になっていた

モデルの名はシルビー


けれどチャンミンにはそんな情報さえ入ってこなかった


キュヒョンはやがて再び都会へ出て
リゾートの仕事を担ってくれた

チャンミンの姉は、相談に乗ってくれた弁護士と結婚をし、チャンミンと共にログハウスを手伝いながら、
3人の子をもうけ幸せに暮らした


ひまわりはそれから何十回も花を咲かせ
季節は巡った


時は流れても、この大自然は変わらなかった

チャンミンが時代の波からこの土地を、地平線を、
そして星空を守った


チャンミンは家族を持つことなく
時を過ごし、この土地で晩年を迎えた

ユノとの想い出だけを頼りにぼーっと生きていたわけではない。
この自然を守るためにいろいろな運動を起こし、
様々な事と闘い必死に生きてきた


けれどそれはすべて、ユノの魂がこの土地で安らかに眠れるようにとの思いからだった。

チャンミンにとって、それがすべてだった

やがて、両親に続き姉夫婦も亡くなり
チャンミンの甥っ子たちがこのログハウスの経営を引き継いでくれた

チャンミンはその甥っ子の子供たちの面倒を見ながら、ログハウスで晩年を過ごした

夏になればキュヒョンの孫たちも遊びに来た


「おじいちゃーーん」

今日も、子供たちがチャンミンの元に集まる

「ねぇねぇ、ひまわりがボクより大きくなってきたからさ、もう川に行っていいでしょう?」

「1人じゃダメだ。お兄ちゃんと一緒に行くんだよ」

「そんなこと言うけど
川はあぶなくないよ」

「どうして?」

「この間ね、お兄ちゃん1人で川に行ったんだよ」

「ダメだね、そんなこと」

「魚をとろうとして、川に落ちたんだって」

「えっ?」

「そうしたら、カッコいい男の人が助けてくれたんだって」

「…………」

「いい匂いのする人
その人がいるから大丈夫」

「……いや、それでも1人じゃダメだ」

「つまんないのーー」

「おじいちゃんが、後で一緒にいってあげるから」


今でも

ユノが…自分を見守ってくれているのがわかって胸が熱くなる

つらい時に必ず香るナイルの庭


今でも、ユノの笑顔はチャンミンの心にある


チャンミンは食事をとりに、子供たちと家に戻った

甥っ子の妻が食事を作ってくれる


「おかあさん、あとでおじいちゃんが川に連れて行ってくれるって」


「あんたたち、おじいちゃんに無理させちゃダメよ」

「してないよー」

「おじいちゃんが、お前たちと遊びたいんだから、いいんだよ」

「ほらーおじいちゃんがボクたちと遊びたいんだって」


目の前に食事が運ばれてくる

チャンミンのテーブルには薬袋も添えられる

「おじいちゃん、薬増えたのね
はい、これお水。こっちは食事の前に飲むやつよ」

「ありがとう
もう歳だからね、いろいろガタがくるさ」

「あんたたち、おじいちゃん足腰悪いんだから、たくさん歩かせたらダメよ」

「はーい」


チャンミンは食事を終えて
子供たちと小さな渓流に行った



穏やかな日々

静かな晩年


渓流の流れはやっと緩やかになって
子供たちが遊べるようになった

チャンミンは動きにくい身体を折り曲げて
岩の上に腰掛けて、子供たちの様子を見ていた


ユノとここで過ごした夏、そして春

子供たちを助けてくれた人は
カッコいい人だと言っていた

きっとユノは、一番美しい時で時間が止まっているのだろう

自分が天に召されたら
きっとユノに会えると思っていたけれど

自分はこんなに年老いてしまって
ユノはがっかりするのではないだろうか

そんな事をチャンミンは心配していた


「おじいちゃーん」

子供の呼ぶ声に振り向いた


その時、目の前が一瞬真っ白になった


「おじいちゃーん」

声が遠くに聴こえる


子供たちが、離れていくのかと心配になり
チャンミンは重い腰をあげて立ち上がろうとした

けれど、立つ事ができない

胸が苦しい


「おじいちゃん!大丈夫?!」

「お前たち、お母さんを呼んで来てくれないか」

「おじいちゃん!」

「いいか?おじいちゃんね、今日はお前たちとここに来たくて仕方なかったんだ」

「おじいちゃん…」

「来れてよかったよ」

「ねぇ、大丈夫?」

「みんなでお母さん呼んできて
おじいちゃん、ここでちょっと休んでるから」

ドタバタと子供たちが慌てて林へ走っていく

チャンミンは苦しい息を整えた


側の大きな岩に寄りかかりたいと思ったけれど年老いた身体はそれも難しい

その岩に手を伸ばした

震える手、苦しい息


ふと


その手をそっと誰かに掴まれた


その拍子にふわっと身体が軽くなり
チャンミンはスッと立つ事ができた

なぜか腰は真っ直ぐに伸ばすことができて

身体が軽い

チャンミンは自分の手のその先を見て
思わず涙が溢れた

突然溢れ出したその涙でよく見えないけれど

そこには


恋しくて愛しくて
会いたくてたまらなかったユノがいた


ユノはあの頃のままで
優しく微笑んでいる

あの頃のままの優しい瞳


「ユノ…」


ユノが掴むチャンミンの手は
シミだらけで皺のあるいつものチャンミンの手ではなかった


あの頃、2人で手を繋いだ時の艶やかなチャンミンの手だった

身体は真っ直ぐに立ち、あんなに辛かった足腰は軽い

息も思い切りできる
苦しさは嘘のように消えていた

まるで、あの頃のように


「ユノ…」

その愛しい名前を呼ぶ自分の声は
いつものしわがれ声ではなく

あの頃のように、甘い声だ
自分のその声が懐かしく思える


自分はあの頃の姿に戻っているといいのだけれど

チャンミンはそんな風に思った


「チャンミン」

優しく名前を呼ばれて

チャンミンは微笑んだ


「会いたかった…」
チャンミンは思わず泣いて、ユノに抱きついた

ユノは優しく抱きしめてくれた

ふんわりと香る、ナイルの庭


「よく1人で頑張ったね」


ユノはそう言って
頭を撫でてくれた

「うん…」



もう離れることのない2つの魂は
大自然を見守る精霊となった








にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村

こんばんは、百海です
「ナイルの庭」ここまで読んでいただきまして
ありがとうございました

ハッピーエンドではないと最初に伝えてしまったために、読むのが怖くなってしまったか方もいて、ほんとうに申し訳無く思っています

コメントもネタバレになりそうで
お返事をしてなくてごめんなさい。

コメント欄を開けておきますので
感想など聞かせていただけるとうれしいです(誹謗中傷はご遠慮ねがいます.°(ಗдಗ。)°.凹むので)

また、次のお話も遊びに来ていただけるとうれしいです

うっとおしい日が続きますが
快適にお過ごしくださいね

ナイルの庭 33





「お忙しいところ、すみません
シム・チャンミンです」

「おぅ、どうした?」

「今、電話して大丈夫ですか?」

「構わないよ」

「ジフンさん、僕、帰ることにしました」

「……そうか」

「はい」

「そうか、それがいい
ずっとこんなとこにいたって、なんにもならないし」

「……それで、あの」

「うん」


「ユノを…一緒に連れて帰りたいんです」


「………」

「………」


「是非、そうしてくれ」

「…はい」

「これで、ユノはずっとお前を見守っていられるな」

「……はい…そうしてほしいです」

「わかった。ユノの親戚に掛けあってやる
正直めんどくさそうだったから
話は早いと思うよ」

「よろしくお願いします」


2、3日して、いろいろな書類とともに
チャンミンはユノの遺骨をジフンから受け取った

ジフンは白い骨壷を撫でた

「よかったなぁ、ユノ
お前の可愛いチャンミンが連れて帰ってくれるってさ」


そんなジフンの言葉に胸が熱くなった

もう、泣かないと決めていても
無理な時も多い

その遺骨を受け取る時
チャンミンは複雑な気持ちになって
思わず泣いてしまった


あんなに大きくて逞しいユノが
こんなに小さくなってしまったということ

けれどユノがやっと自分のところへ
帰ってきたという想い

チャンミンはしっかりとその骨壷を
胸に抱いた


「いろいろありがとうございました」

「ああ、お前も元気でな」

「はい」

「俺も…今度行ってみようかな
ユノが絶賛してたログハウス」

「はい、是非来て下さい」

「その時はもてなしてくれ」

「はい」



キュヒョンが、駅まで見送りに来た


「俺たち、ログハウスを成功させような」

「うん、ユノのアドバイス通り
細かく企画して、連絡する」

「うん、待ってる」


白い大きな布に包まれた
ユノの遺骨をしっかりと抱きしめて
チャンミンは改札に入る

「じゃあね、キュヒョン
いろいろ、ありがとう」

「あのさ」

「うん?」

「俺も…来年、やっぱり帰る」

「キュヒョン…」

「ここには、なんにもなかった」

キュヒョンはそう言って、力なく笑った

「だからって、あんな田舎
もっとなんにもないんだぞ」

「わかってるけどさ」

「変なのキュヒョン」

チャンミンも笑った

「帰ってこいよ、一緒にちょっとしたリゾート作ろう」

「そうだな」

「元気でね、キュヒョン」

「チャンミンも」



チャンミンはプラットホームへ入った


ユノと最後に会ったのは
このホームだ

愛してると、そう言って手を振ってくれたユノが、
僕が見た最後のユノだ


あの時僕は、なぜか咄嗟に電車を降りてしまった

どうしてだか、ユノと一緒にいなければと
そんな気持ちになったのだ

けれど、ユノは僕を電車へ押し戻した


そのことを後悔したりもしたけれど

きっと、これはユノと僕との運命なんだ

今はそう思う


ふと、ユノの言ったことばを思い出す


"これから何があっても
チャンミンは自分を責めちゃだめだ"


それを言ってくれたとき
あなたはもうこの世にはいなかったね


"チャンミンは俺の宝物だ "

" 愛してる"


あの日のように
電車の発車時刻を知らせるアナウンスが聞こえる

でもね、ユノ
僕とユノは運命で引き離されたかもしれないけれど

愛し合ったことは宿命だよ

僕はそう思ってる


チャンミンは電車に乗った

そして、けたたましいベルの音と共に
ユノとチャンミンはこの街を離れた

車窓に、背の高いビルが横に流れていく

ユノの夢を育み、
そして、無残にもユノを突き落とした街

ユノがこの街で生きようとして
この街で夢を叶えようとしたんだから

僕はもうこの街を恨んだりしない

帰ろう、ユノ
僕と一緒に…


やがて、車窓の景色は緑豊かな田園風景へと
流れていく



ある晴れた日


チャンミンは夕暮れを待って、ひまわり畑へ出かけた

一年前のあの日
ここでユノを追いかけた時と、同じ背丈のひまわりだ

チャンミンは風に吹かれ

少し小高い丘の上で、はるかかなたかへ続く地平線を眺めていた

黄金のひまわりが敷き詰められたように続き

その先にはうっすらと天辺に雪を乗せた
山々が見える

夕暮れて、やがて空には少しずつ星が見え始める

オレンジから藍色へと見事なグラデーションを織りなすこの大地と、それを見守るような星たち

チャンミンは、持っていた白い器を開けて
その中の透き通るようなユノの遺灰を

黄金のひまわりと、その輝き始めた星に向かって解き放した

それはキラキラと輝いて、風に乗り
踊るように大地を舞った

まるでユノがこの大地に降り立つようだ

ふと、ナイルの庭が香る

まさかとは思ったけれど、それは確かに香った

ユノが纏っていたナイルの庭が
辺り一面に香った


キラキラと輝くユノが
この大地にしっかりと根づく


チャンミンの頬に涙が一筋落ちる

それでも笑顔で、チャンミンはユノを
次々に大地に解き放った


全部の遺灰を巻き終わると


チャンミンは遠くの山に向かって

大きな声で叫んだ



「ユノーーーーーー」

「だいすきだよーーーーー」

「ずっと一緒にーーいようねぇーーーー」


最後はやはり涙声になってしまった


大地にそれは木霊することなく
チャンミンの叫びはひまわりと大地が吸い取った


おかえり、ユノ

もう、なにもがんばらなくていいからね

僕と一緒に、この大地で…

ずっと






にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村


こんばんは、百海です
明日が最終回になります

ナイルの庭 32




クロードに向かうチャンミンの手を
ふと押さえる者がいた

チャンミンが振り返ると

輝くようなブロンドの綺麗な外国人の男性


あ…

この人は


チャンミンは大きく目を見開いた

シルビーだ

ユノと付き合っていたという男


「気持ちはわかるけど、ちょっといいかな」

落ち着いた微笑み

ユノについて知ったようなことを言っていたけれど
今思えばその全てがこの男の言う通りだった

実は人一倍傷つきやすく、繊細なユノ

それをこの男はよくわかっていた


チャンミンは少し抵抗した

「邪魔するなよ、なんで止めるの」

チャンミンの腕をシルビーは思ったより強い力で掴んだ

「僕もスプレーのひとつも持って
あなたと一緒にあの店へ乗り込んで行けたら
どんなに気持ちいいかなって思うよ」

「え?」

「あの時代遅れなモノトーンが
派手な色になったらさ、
あのエロ爺はどんな顔するかな」

「………」

シルビーが後ろを気にした

「こっち来て、警備員があなたのスプレーに気づいたから」

チャンミンは促されるままに
上りのエレベーターに乗った


すぐに屋上だった

夜のためのビヤガーデンが準備に入っているため
少しざわついている

その横を通り抜けると
涼を取るための人工の小さな池とそのまわりにはたくさんの緑が植えてあった

ちょっとしたオアシスのような作りだ

池を見下ろすベンチにシルビーが座り
チャンミンに座るよう促した

チャンミンは、ムッとしていた

シルビーはため息をつくと
池をじっと見つめた


「なんで邪魔したんだ」

チャンミンが不機嫌そうな声で言う

シルビーは呆れたようにその蒼い瞳を
大きく見開いて、やれやれというジェスチャーをした

「もし、あなたが無事にあの店を派手にディスプレイできたとして」

「………」

「通報されて警備員に捕まる、
ただの頭のおかしい男で警察につきだされる」

「………」

「損害賠償だなんて話になったら、どうするの」

「………」

「なんの復讐にもならないし
あなたのご両親は心配するし」

「………」


「なにより、ユノがまったく喜ばない」


チャンミンは唇を噛み締めて俯いた


「………」


「わかってると思うけど」

「………」


しばらく2人は黙っていた


シルビーが遠い目をする

「あの日ね、レストランで挨拶したとき
僕、これは勝てないなって」

チャンミンがシルビーを見た

薄っすらと笑いながら
シルビーは懐かしそうに遠くを見ている

「なんだか真っ直ぐで
自分が綺麗で可愛いのをまったくわかってないみたいで」

「………」

「これは、ユノを取られても仕方ないなって」

「………」

「取られるって言っても、元々僕はユノと付き合ってたわけじゃないしね」

ハハッとシルビーは笑った

「あなたがユノのまわりをいろいろと嗅ぎまわってるってウワサ聞いてさ」

「別に嗅ぎまわってたわけじゃ…」

「いいの、わかってる」

「………」

「知りたかったんでしょう?
なんでユノが死ななきゃならなかったのか」

「………」

「そうだよ、想像通り
元はと言えば、あのクロードのジジイのせい」

「………」


「だけどさ、みんなが支えてやれば
ユノだって救われたかな」


「……僕は」

「………」

「………僕は…救ってあげられなかった」

「何言ってんの…」

「え?」

「ユノはよくあなたに電話してたでしょ
自分のことは黙っててさ」

「………」


「ユノがあなたに求めてたのは
励ましやアドバイスじゃない」


「………」


「ユノを慕う…可愛いくてたまらないチャンミンそのもの」

「………」

「あなたの存在自体が、ユノの癒しだったんだよ」


チャンミンは眉間にシワを寄せて
瞳をぎゅっと閉じた

「ユノね、あなたと付き合いだしてから
僕とは2人きりで会わなくなった
必ず、誰かを入れてグループでしか会ってくれなくなって」

「………」

「チャンミンのヤキモチは最高に可愛いんだけど、悲しい思いはさせたくないって
不安な思いはさせたくないって、言ってた」

「………」


「みんながさ、ユノは自殺だって言ったけど、そんなことない
ユノがあなたを悲しませるようなこと、絶対しない」


ユノを心から愛して理解した者の自信だろうか
シルビーはきっぱりとそう言った


「みんながロケ先で拾ったコだ、なんて言うからさ、
どれだけ田舎者の坊やかと思ったら」

シルビーの視線は遠くをまぶしそうに見つめる

「根っこがユノとまったくおんなじの
綺麗なコ」

「根っこ?」

「生活も環境も好みも違うかもしれないけど、
あなたとユノは根っこに同じもの持ってる、正直で真っ直ぐで…」


「………」


「今から思えば最後のほうさ、ユノ、嬉しそうだった」


「嬉しそうって…」


「チャンミンが、もうがんばらなくていいって言ってくれたって」


「……」


「春になったら、チャンミンと一緒に住むんだって」

「………」


「だから、よかったねって言ってあげた
それなのに…次の日、発見されたの
きっと、あなたとの暮らしを夢見て
幸せに亡くなったと、僕は信じてる」


チャンミンが
受け入れたくてもできなかった事実

ユノが死んでしまった
しかも1人寂しく

もう会いたくても会うことができない

話をしたくてもできない

そんな事実を認めることができなかった


ユノが愛してくれたのは
誰かに復讐を図り、仇をとる自分ではない

ユノを真っ直ぐに愛して
時にわがままを言って甘えては困らせる
そんな自分だ


もう、襲い来る悲しみと涙を
チャンミンは抑えることができなかった

ユノはいないんだ

とめどなく溢れる涙と
息もできないほどの嗚咽



ビヤガーデンはオープンの準備に忙しい

チャンミンの泣き声は
皿の音やビール瓶の音にかき消された


シルビーはチャンミンが泣き止むまで一緒にいてくれた


チャンミンは涙が枯れ果てるかと思うほど泣いた







にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村

ナイルの庭 31



チャンミンは曇って湿り気のある空を見上げた

アッシュブラウンの髪が風に揺れる

ユノが気に入った服を着て
ユノを取り囲む人々に会う毎日

そこには目を背けたくなる話や
怒りに拳を振り上げたくなる話がある

現実を知りたいと思っていたのに

チャンミンはいまだに、それを受け入れられずにいる

ユノはどこかに仕事に出かけていて

遠い国でコレクションに出ているのではないだろうか


ある日、抱えきれないお土産とともに突然帰ってきて

「チャンミン、ただいま」

そんな風に言ってくれるのではないかと


ジフンから受け取った書類の中には
無効となったクロードとの契約書が入っていた

好条件が並べられていて
素人のチャンミンでさえ、これなら個人事務所の一つでも作ったらいいかもしれない
そんな事を考えてしまう内容だった

こんないい条件を出しておきながら

夜の誘いにユノが乗らなかったからといって

そのモデル生命を脅かすほどの制裁を受けるなんて


恋人がいるから、とユノはそう言ったと

そんなユノが愛おしくてたまらない


情の深い優しいユノ
チャンミンが心から愛するユノ

そんなユノの夢を遮断し
行先を塞ぎ
そして、眠れぬ闇へ突き落とした

チャンミンは高いビルを見上げる


そのてっぺんには

クロードの広告看板が出ている

綺麗な東洋人のモデルが妖しげに微笑む
けれど、ユノほどのインパクトはないと
素人のチャンミンにもわかる

ユノの代わりにそのメゾンのモデルになった男か?

安易にその身体を提供して
この広告に出る権利を勝ち取ったのか

そのビルの上で、本当ならユノが見事に服を着こなし
東洋人の美しさを存分に発揮するはずだった

それなのに…

ユノの夢をこのメゾンとやらが壊したのだ

できることなら
自分がユノの代わりにモデルとなり、このメゾンに取り入って問題のデザイナーと刺し違える、
それができたら、どんなに自分は満足だろう

そんなドラマのようなことを
時に真剣に考えてしまうあたり

もしかしたら、自分はかなり心を病んでいるのかもしれない

そんな風にも思う

このまま、どんどん病んでいき
ユノがこの世にいないこともわからなくなればいいのに

誰に向けていいかわからない怒り
癒えることのない悲しみ

そもそも、ユノがいないことを
まったくもって受け入れていない自分


神さま…どうか
もう一度、ユノに会わせてください


春になって、ログハウスに来たユノが
幽霊だろうが、おばけだろうが
どっちでもいい

もう一度会いたい

そして、抱きしめて僕は言うんだ

なにも…気づいてあげられなくて
ごめんね、と。

あの日、畦道でモデルウォークを見せてくれたユノが

唐突に僕に愛してる、と言った

あれが、ユノとの最後だった

姉に名をよばれ、振り返れば
もうあなたはいなかった

別れなければならないから
最後に愛してると言ったくれたの?

チャンミンは唇を噛み締め
歩を進めた


頭の中は真っ白だった


大きなデパートに入り
フロアマップを見た

大きな文具売り場を探して
上階の高級ブランドが並ぶフロアに
あのクロードを見つけた

チャンミンは唇を真一文字に引き結び

エレベーターで文具売り場へ向かった

何本も売っているカラースプレーの中から
派手なネオンオレンジと、蛍光イエローのスプレーを手にしてレジに向かった

その2本をリュックに入れ
その足で上階のブランドが並ぶフロアへ上がった

エレベーターの扉が開くと
他の階とは一線を画す独特の雰囲気があった

良い香りが立ち込めていたけれど
それはナイルの庭ではない

チャンミンはゆっくりとフロアを歩いた
客はあまりいない

平日の日中ということもあるのか
警備員の姿も見当たらない


黒く光る柱を曲がると

広く面積をとった洒落た店舗が
チャンミンの視界に入ってきた

「クロード」と小さな文字で書かれたプレートがシックだ

モノトーンでまとめられたディスプレイ

飾られている服は
おそらくユノが着たらより華やぐのではないかと思われる

けれど

店員たちは一様に冷たく気取っていて
とても入りにくい雰囲気だ

チャンミンは離れたところから、
しばらくその店を眺めていた


ユノが東洋人モデルのステータスを上げるため

ここと契約できたらと

専属契約が決まったときは
嬉しそうに話していた

そんなユノを、この店は
崖から突き落としたんだ


チャンミンはリュックからカラースプレーを取り出すと、ハンカチに包んで音を消しつつ上下に振った

オレンジとイエローのキャップをとりはずし

スプレーを両手に持ち
店舗へ向かって大股で歩いて行った

それはまるで

両手に剣を持ち、大きな敵に向かっていく
孤独な勇者のようだった





にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村

ナイルの庭 30




「もしもし…」

「チャンミン?チャンミンなの?」

「うん…」

「もう、ほんとに…行き先くらい言いなさいよ」

「ごめん」

「まったく…で、またユノさんのところ?」


「………」


僕が何も言わずに飛び出すなんて
それは憧れのユノのところへだと

姉さんはそう思ってる


チャンミンはぐっと歯をくいしばった

あの日に…帰りたい


姉さんは…いや、あのなんにもない大地では、
僕とユノの時間は止まっているのかもしれない


「そう…だよ」

「忙しい人なんだから
あんまり迷惑をかけないようにね」

「うん…」

「長くいるの?」

「もう少しね」

「オレンジジュース送ろうか?
ユノさん、好きでしょう?」


ユノの死を知らない姉と話していると
切ないけれど癒される気がする

まるで、ユノが普通にこの世界に存在しているような気になる


「聞いておくよ」

だから、チャンミンもユノが存在しているように会話したかった

「ユノさんのアドバイス通り、弁護士を変えて正解だったわ」

「うまく…進んでる?」

「ええ、借金は少しは背負わないといけないけれど、
当初言われた金額ほどにはならないそうよ」

「そう、よかった」

「だから、ユノさんにお礼言っておいて」

「……そうだね」

「ログハウスをどうこうするって話も
ユノさんとしてるの?」

「……してるよ
いろいろアドバイスしてもらってる…」

「また、夏になったらこっちに来るといいわよ」

「そう…だね」


閉じた瞳の裏に

あの夏のひまわりが眩しい


真っ青な夏空とどこまでも続く黄金のひまわり

そしてあなたのナイルの庭が香る


ユノ…

思い出すのは夏の太陽みたいな
あなたの笑顔


「泣いてるの?チャンミン」

「……違うよ…もう切るね」

「うん、じゃよろしく伝えて」



たまに、ふと大きな波のように悲しみが押し寄せる


ユノ…あなたがいないなんて

どうしても僕は認められない

時間がたっても、それは無理そうだよ



バイトから帰ってきたキュヒョンが
チャンミンを街に誘った

「業界の時の知り合いから連絡あって
一緒に会いに行かないか?」

「もう、業界の人とは付き合いをしないんじゃなかったの?」

「そうなんだけどさ」

「………」

「いつも断ってたんだけど、
その人、ユノさんの事務所片付けるのにいろいろやってた人だから」

「えっ?」

「チャンミンが来てるのを話したら
ぜひ連れてこいってさ」

「キュヒョン、その人はいわゆる…
ユノの…味方だった人?」

「微妙…」

「………」

「でも、突っ込んだ話は聞けると思う
つらいかもしれないけど」

「………」

「パリの契約も、関わってた人だから」

「………僕に会いたいっていうのは…」

「あ、うん、整理したものを持って行ってほしいんだと思う」

「……会う、ぜひ会いたい」

「うん、行ったほうがいい」


2人は小綺麗なビルにある
その人の事務所に出向いた

対応に出た人は
どこかで見たことのある女性だった

「あ…あの…どこかで」

優しげに、けれどどこかチャンミンを哀れむように微笑んでいる

「覚えてる?あたしチェリンよ
レストランで声かけさせてもらったの」

「あ…」

「チャンミンでしょ?
すごくカッコよくなったのね」

「あ、これは、ちょっと手をかけてもらって」

そう言って、チャンミンは自分の髪を触った

「ユノに愛されてたから、あんたはどんどん綺麗になったのね」

「………」

チャンミンは微笑みながらも
俯いた

「こんな可愛い子を置き去りにして
ほんと、ユノはなんてやつ」

ちょっと鼻をすすると
チェリンは部屋の奥へ2人を通した

奥にはヒゲ面の男性がデスクで仕事をしていた

キュヒョンが頭を下げた

「お久しぶりです」

チャンミンも続けて頭をさげた

「あ、この子がシム・チャンミンです
チャンミン、こちらはパクさん、パク・ジフンさん」

「よろしくお願いします」

ジフンはチラリとチャンミンを見ると
軽く頭を下げた

「ちょっと、これ終わしちゃうから
待ってて」


チェリンがテーブルへチャンミンとキュヒョンを案内した

このパク・ジフンという男はどんな男なのだろうか


チェリンがコーヒーを持ってきた

「マネにユノのこと、チャンミンに知らせるように伝えたんだけど、電話してもいなかったって」

チャンミンがキッと顔をあげた

「そんなこと、おっしゃってませんでした
僕に電話をしたなんて、そんなこと言ってなかった…」


思わず強いチャンミンに
チェリンが悲しい顔になる

「そう…ひどい話ね
あたしが直接連絡してあげればよかった」

「………」

「めんどくさかったんだろ」

ジフンがデスクから立ち上がって
書類を整えながら大きな声でこちらへ言う

「………」

「ひどいこと言わないでよ」

「ほんとのことさ」

ジフンはチャンミンたちの前にどっかりと座った

「チェリン、俺にもコーヒー淹れて」

「淹れてください、でしょ?」

「淹れてください、お願いします」


ふん、とチェリンは小さなキッチンへ向かった


「チャンミン、だっけ?」

「はい」

「残念だったね、付き合ってたんでしょ」

ジフンはサッパリとした気質なのか
でも、歯に絹着せぬ物言いが、チャンミンは少し苦手だと思った

「…そうです」

「ずいぶんユノがご執心だって聞いてたよ」

「………」

「一応さ、知っといたほうがいいよね
ユノのこうなったいきさつ」

「え…」

「覚悟できてないの?話さないほうがいい?」

「あ…」

チェリンがジフンをたしなめる

「ちょっと、少しはオブラートに包んで話しなさいよ、可哀想じゃないの」

「誤魔化すほうがよっぽど可哀想だろ、な?」

「………」

「どういうことか、知りたくて
ここまで来たんだろ?」

「………」


チャンミンは身体が震えてきた

「悲惨だったぞ、ユノ
知りたくないなら帰りな」

「ちょっと!」

ジフンはチェリンのことを無視した


「大丈夫です」


チャンミンが無理に笑顔を作って
チェリンに微笑んだ

ジフンはため息をついて、腕を組み直した


「1人であのマンションで、洗面所で倒れていたってさ。
クスリがばら撒かれていて、ありゃ自殺だって、掃除のおばちゃんが言ってた
ああいうの、何回か見たって」

「ユノは自殺なんかしない」

チャンミンの声が震える

「俺、病院から呼び出されてさ
相当クスリ飲んで死んだって
親戚呼んだってよくわかんないって言うし
どうしていいかわかんないって言うからさ
とりあえず、簡単に形だけ葬式だけやって納骨堂に収めたんだよ」

キュヒョンも泣きそうな顔になり
心配してチャンミンを見た

「モデルだってのに、ザマない顔で」

チャンミンはギュッと目をつぶって
パクの話に耐えている


「俺だって、大変だったんだから
大手の企業辞めて手伝ってさ。到底1人じゃどうにもならないのに、見てられるかって」

「………」

「あっけなく、ダメになっちまって」

「………」

パクは睨みつけるように
チャンミンを見た

「………」

「パリのクロードっていうメゾンがあってさ、そこでユノが見込まれて専属契約を結ぶまでいったんだよ」

「聞いてました…名前までは…ですけど」

「クロードと契約できたら
そりゃ、デカイわけ」

「………」

「何人もが関わった
そりゃそうだよ、みんなフリーでやってたりするんだから、美味しい話には飛びつきたい」

「………」

「ユノはああいう性格だから
みんなを面倒みようとした」

「………」

「取り込む人間を選べばよかったのにさ
それか、自分が姑息なこと出来ないってわかってんだから、みんなを期待させたりしちゃいけなかった」

「じゃあ」

チャンミンがジフンを睨んだ

「なんだよ、その顔」

「じゃあ、ジフンさんだって
企業辞めたりしなきゃよかったじゃないですか、ユノの性格知ってるならわかってたんでしょう?
ユノは仕事の為にデザイナーの恋人なんかにならないって。
それなのになんで?
うまい話だと飛びついたのはジフンさんでしょう?アテが外れたからって、ユノのせいにしないで」

「………は?」

「ユノは…苦しんでた
自分のために、企業を辞めてまで事務所に参加してくれた奴もいるんだって
だから事務所がダメになる時
みんなの後振りをちゃんとしてやらなきゃって」

「………」

「薬を飲まなきゃ、眠れなかったんですよ
あなた達のことが心配で…」

嗚咽が込み上げてくる

いつも必死で押さえ込んでいる何か

気づいてしまったら
認めてしまったら、もう立ち上がれないような何か


「バカなやつ…」

ジフンは吐き捨てるように言った

チェリンは奥のデスクで泣いている


「バカなやつ、だから俺に任せておけばよかったんだよ」

「………」

「なんでも自分でやろうとしてさ
クロードなんかとストレートに契約できるわけがないってのに、あんなゲス親父」

チャンミンの唇がワナワナと震える

「ユノの苦しみが…あなたなんかにわかるわけない」

「………」

「側にいる人を大事にしてたんです
それなのに…みんな離れていった」

「そう言う世界だよ、みんな生活かかってんだから」

「ユノの、せいにして…
みんなでユノに責任押し付けて
ユノをボロボロにしたんだ…」

「だから、ケツまくっちまえばよかったんだよ、俺はしらねぇって」

「そんなこと!ユノにできるわけないじゃないですか!」

チャンミンは立ち上がった
ジフンも立ち上がった

「だったらお前が、あの田舎へユノを連れてってくりゃよかったんだよ!」

「そうしたかった!」

「………」

「僕は…僕はなんにも…気づかなかった
そんなにまでユノが苦しんでることに
僕は…気づけなかった…」

「それはな、ユノがお前の心配する顔なんかみたくなかったからっ!」

「だけど…」


込み上げてくる嗚咽をチャンミンは耐えた


「事務所のことなんか、みんなに任せてよかったんだよ、お前の言うようにユノに乗っかってみんなその甘い汁を吸おうとしたんだから、自己責任なんだよ…」

「………」

「俺は自分の意思で、企業をやめたんだから…ユノが、俺のこと企業が嫌なんだろって…だったらどうにかしてやるなんてさ、カッコいいこと言っちゃって」

「………」

「気にすんなって…言ったのに」

「………」

「お前さ、ユノの骨、持って帰ってやんなよ、俺が親戚とかにうまくやってやるから」

「………」

泣いたら…おしまいだと
チャンミンは思った

何故だかわからない

ここで泣いたら、自分はどこまでも深い闇に落ちていってしまいそうで

チャンミンは必死に崖っぷちで耐えた


「ユノのデスクにあったもの
ダンボール少しだけどさ、持って行ってよ
使ってた香水なんかも入ってる
なんか、気に入ってたみたいだから。
服は悪いけど捨てたよ、あまりに大量で」

「……はい」


ここへ来て…よかったのかもしれない

そうチャンミンは思った

こうやって、誰かに強く叱ってほしかったのかもしれない

ユノはいないんだと


ユノが1人で洗面所で倒れている姿を想像すると吐き気がするほどつらい

けれど

それが真実なのだ


チャンミンはダンボールを抱えると
ジフンとチェリンに頭を下げた

出ていこうとするチャンミンとキュヒョンをジフンはもう一度呼び止めた


「ユノは…自殺なんかしないよ」


チャンミンはキッと唇を引きむすんで
もう一度頭を下げた







にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村
検索フォーム
ブロとも申請フォーム