素直になって 完
「チャンミン、今夜あたしたちと飲みに行かない?」
金曜の夕方
仕事の目処もつき始めた時間
同期の女子たちが僕のデスクにやってきた
「あ、せっかく誘ってもらったのに悪いけど、
用事があるんだ」
「今週も?」
「うん、ごめんね」
「彼女いないって聞いたけど」
女子たちが半分ムッとしながら
口を尖らせる
「うん、いないけど…」
「だったら、たまにはいいじゃないのー」
「うーん、ほんとにごめん」
僕は手を合わせて、片目を瞑ってみせる
こうすると、女子たちは「仕方ない」という顔になることを最近学んだ
「今度一度でいいから、行こうね?」
「うんうん」
そこへ、システム部のリーダーが来た
ユノ先輩の同僚で、結局は僕がファイルを隠した件を
もみ消してくれた人だ
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ」
リーダーはなかなか僕の席から立ち去らず
何か言いたそうだ
「?」
「なあ、シム・チャンミン、飲みに行かないのか?
あんなに女子たちが熱くお願いしてるのに」
「…ええ、用事があって」
「最近、シム・チャンミンがカッコいいって
話題なんだよ。親しみやすくなったってね」
「それは有難いですね」
この人は、僕とユノ先輩のことを
絶対に感づいてる
「あのさ」
リーダーが僕に顔を近づけてそっとささやく
「ユノがうるさいのか?」
「え?えーと、そういうワケでもないんですけど」
「あいつメンドくさいだろ」
「どうですかねぇ」
「だけどね、チャンミン」
「はい」
「ユノがヤキモチやくとか、束縛とか
そういうのは今まで無かったことだからな」
「えっ?!」
僕は思わず、仕事の手を止めた
「そんなに驚くところを見ると
とんでもなさそうだな、ユノは」
「え、いや、えっと」
「束縛とかしてくれないから、オンナが去るっていうのが、今までのパターンだった」
「あーそうなんですか…」
「チャンミン、あいつ鈍感でメンドくさいけど
頼むな?」
「頼むって…僕は…」
「なんだかんだ言っても
メチャクチャいいヤツだから」
「あ……」
「な?」
「はい」
僕は微笑まずにはいられなかった
リーダーが立ち去ると
背中に刺さるような視線を感じて
血が出ているんじゃないかと思うほどだ
そっと振り向くと
ユノ先輩が鬼の形相で僕を睨んでいる
わかりやすすぎる
まわりの同僚や先輩たちにも
その分かりやすさで少しずつバレはじめているというのに
ユノ先輩は、怒ったように席を立ち
オフィスを出て行く
僕は慌ててそれを追いかけた
きっと、追いかけてこい、という合図なのだと思う
ユノ先輩は長いストライドで廊下をどんどん歩いて行き
社員が使用する食堂へ入っていった
時間的にもガラガラの食堂で
先輩はセルフのコーヒーコーナーへ歩いて行く
ポケットから小銭を出すと
紙コップを取り、マシンの中に置いて
コーヒーのボタンを押す
やっと追いついた僕は
マシンの横にたって、少し息を整えた
「先輩、歩くの速いよ」
「脚が長いんだから、仕方ないだろ」
「そうは言ってもさ」
先輩はコーヒーで満たされた紙コップをそっと取り出して、台に置いた
「お前も…飲むか」
「いただきます!」
「……」
先輩はもうひとつ紙コップをとって
小銭をマシンに入れた
「なに、お前、今夜飲みに行くの」
「行きません」
「たまには行ったらいいのに
毎週ああやって誘いに来るんだから」
「だって、僕には大事な用事があるから」
そう言って、とりあえず満面の笑みをみせる
「ふん」
「先輩、やきもち?」
「そんなわけない」
「素直になってください」
「だから、そんなわけないって」
僕は先輩の顔を真剣に見つめる
「………」
「やきもち焼いてくれたら
僕、うれしいのに」
「…なんだ、それ」
先輩はコーヒーを一気に飲み干した
熱いだろうに
「ヤケドしますよ、そんな」
「するかよ」
「先輩」
「………」
「素直になってください」
「………」
先輩はフーッとため息をついた
そして、僕を優しく見つめた
「はい、ヤキモチ妬いてます
盛大に妬いてます」
その言い方に僕は思わず吹き出した
「なんだよ、素直に言ったよ」
「はい、僕も素直に言いますね
先輩がヤキモチ妬いてくれて、盛大にうれしいです」
「もっと素直に言えば
お前が少しでも他の誰かと口をきくだけで
ヤキモチやいてます」
「それは、もっと嬉しいです」
先輩が優しく微笑む
「誰とも話したりしないお前を
先輩として少しは心配していたのに」
「それはね、今は先輩としてじゃないからでしょう?」
「そうだ、わかるか?」
「フフフ…わかります」
「お前はヤキモチ妬かないじゃないか」
「そんなことないですけど…」
「けど、なんだ?」
僕は笑みがこらえきれない
「僕は、先輩が僕に向いてくれただけで
今はお腹がいっぱいなんです」
「チャンミン…」
「なんかもうそれだけで…幸せすぎて」
「………」
ニヤニヤと笑みが止まらない
僕は本当に幸せで
「俺は…今、もうすこし素直になろうかと思う」
「?」
先輩は僕の頬に軽く触れると
そっと唇を寄せてきた
会社では絶対にキスしたり
身体にはふれないと
自分で自戒していた先輩なのに
けれど、僕も素直になって
その唇を受け止めた
今まで張り巡らしていた僕の城壁は
僕の何を守ってくれたのだろう
まるで孤高の塀の中いた僕を
あなたがその城壁を壊して救いに来てくれたような気がする
だけど、よく考えたら
それは少し違って
あなたに惹かれて
僕が自分で城壁を壊して出てきたのかもしれない
大好きなあなたと触れ合いたくて
恐る恐る出てきたんです
自分の気持ちを伝えるには
カッコなんかつけてたら全然ダメで
今までの自分を覆さなきゃならなかった
でも
こうやって、大好きなあなたに体当たりすることで
今、こんな風に唇を合わせているなんて
僕は幸せです
食堂を掃除をするために
大きなカートを押して、清掃業者のおばさんが入ってきた
慌てて唇を離した僕たちはお互いにニヤリと笑った
そして、先輩はその場を離れると
厨房の裏から、電源コードを巻いたローラーを持ってきて、おばさんのカートのところに持ってきた
「あら、いつも済まないわねぇ」
「いいんだよ、これ重いから」
そして、なんでもないように僕のところへ戻ってくるあなた
「さ、オフィスに戻るか」
「はいっ!」
キスの続きは、また今夜…
転職はどうなったかって?
もちろん破棄しましたよ
ユノ先輩って、こうやって誰にでも優しいじゃないですか?
優しくされた人が勘違いしないかどうか
監視していないとです
まだ先輩は気づいてないだろうけど
ヤキモチ妬きは…僕も相当なものです
金曜の夜はみんなが少しだけ浮かれて仕事を終える
僕は今週も
会社のエントランスで先輩を待ちます
仕事を終えてエレベーターから降りてくるあなたは
僕を見つけてとても嬉しそうな顔をしてくれる
僕も精一杯の笑顔であなたを迎える
これからも、一緒に歩いて行こうね
僕はあなたにだけは、素直になるからね
「どこ行く?」
「あの居酒屋がいい。もちろん個室」
優しいあなたの笑顔がほんとに大好き
これからもずっと…一緒にいてください
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こんばんは、百海です。
今夜、いろいろとありまして
最終回だというのに、定時にアップできず
本当に申し訳ありませんでした
今回は短編で、特に大きな事件も起こらず
シャイで捻くれ者のチャンミンと
カッコいいけど鈍感なユノ先輩
そんな2人が結ばれるまでの
ちょっとしたエピソード、というお話でした
いつもと違う感じだと感想もいただきました
私もそう思いました笑笑
でも、描いている時はとてもハッピーで
こういう可愛いお話もいいな、と思いました
またお話を書き上げたら、アップしますので
お暇なときに遊びにきてくださいね
いつも拙いお話を読んでくださって
ありがとうございます
気温の上下が激しい季節ですね
風邪も流行ってるようですので
みなさま、ご自愛くださいね