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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

N126〜家路・完〜




春の陽射しが暖かく
チャンミンは大きな花束を抱えて
静かに廊下を歩いていた

シウォンがすれ違ったけれど
チャンミンはシウォンの姿を知らなかった

シウォンはすれ違った後に、そっと振り返り微笑んだ



白いドアの前でそのネームプレートを確認する

「チョン・ユンホ」

その名前をチャンミンはそっと指でなぞり
ニッコリと微笑んだ


ノックをすると
「はい」という懐かしい声が聴こえる


ガラッとその引き戸を開けると

キム家が用意てくれた豪華な個室の病室に

ユノがベッドに体を固定された状態で寝ていた


顔だけをドアに向けたユノが
チャンミンをみてひどく驚いた


「チョン・ユンホさん?」

チャンミンはそう言ってイタズラっぽく微笑んだ


ユノは戸惑ってどう返事していいか
わからないようだった

チャンミンは軽くユノを睨んだ

「誤魔化せないよ
ドアにそう書いてあるんだから」


花束を抱えて微笑むチャンミンは
息を呑むほど美しかった

ユノはそれでも、天井に視線を戻し黙った

「どうですか?具合は。
膝に穴が開いてるようです。太ももと腕は弾がかすっただけだって。
出血は多かったけど、大したことないって」

「………」


「膝に何か金属を埋め込んだりの手術が必要みたいで、全治5ヶ月だって。かなり長いですね」


「………」


チャンミンはフラワーベースに花を生けたり、窓を開けたり
御構い無しに勝手にユノの世話を焼いている


ユノはそんなチャンミンの行動を訝しげに目で追う

チャンミンは洗濯されたタオルを畳んだりしながら、
ニコニコしている


見つめるユノの表情が次第に柔らかくなる


ユノは大きくため息をついて
声を出した


「意識が戻った時に…お前いなかった」


「ん?」

チャンミンが手を休めて
ユノのベッドまで行った

至近距離で見るユノは、凛々しくて
セクシーで、チャンミンはなぜか嬉しくなった

「僕が目が見えるようになって、眼帯を外したときにも
ユノはいなかった」

「そっか」

白い歯を見せてユノが笑う


ベッドから裸の肩と包帯がのぞく

それが不謹慎にもやっぱりセクシーだ


「ユノ」

そう甘く呼びかけると
ユノはチラリとその切れ長の瞳でチャンミンを見た

「僕を守ってくれてありがとう」

「…別に…仕事だから」

「僕を守る仕事についたんだね」

「……」

「なぜ?」

「……」

「僕を守りたかったから?」

直球で聞いてくるチャンミンに
ユノが照れくさそうだ

チャンミンはそっと、ユノの頬に触れる

その耳元から顎にかけての美しいラインを
そっと撫でた

「ユノ…苦しんだね…僕のために」

ユノは目を逸らした


「ユノ、僕を…見て」


そう言われてゆっくりとチャンミンの方へ視線を動かすと、

そこにはユノを愛おしそうに見つめるチャンミンがいた。

ユノが恋い焦がれたチャンミン

かつて

ユノはこんな風にチャンミンが自分を見つめてくれることを夢に見ていた


愛してるという言葉は
口から発するだけではないのだ

こうやって瞳で伝えることができる


ユノは胸がいっぱいになった


また甘やかして…構ってやりたい
愛して大事にしたい…

いいのだろうか、チャンミン
俺には…お前を愛する資格なんかあるのだろうか


ユノの微笑みが優しい


「良かったな…目が見えるようになって」

「ユノを苦しませたけどね」

「俺は…なにもしてないよ
俺は、お前を裏切って…」

チャンミンはユノの唇を人差し指で押さえて、それ以上話せないようにした。


「全部、僕を思ってのことでしょう?」


「………」

「でもね、ユノ。
あなたがいなかったら、僕は目が見えてたって暗闇なんだよ」

「チャンミン…」

「スンギュが言ってた。
ユノに勝てないって」

「俺に?」

「僕のために、悪者になったり
身を呈してこうやって守ってくれたり」

「………」

ユノはじっとチャンミンを見つめた

チャンミンも優しくユノを見つめ返す

「銃なんかで撃たれて…痛かったでしょう」

「お前の平手打ちの方が何倍も痛かったよ」

「フフフ…そう?」

ユノに向ける笑顔の可愛さったらない

ユノはチャンミンを愛おしそうに見つめて
動く方の手でその頬に触れる

チャンミンは猫のように気持ち良さそうに
頬をユノに預ける

「ユノ、いつも僕のことそんな風に見つめてくれてたんだね」

「俺は…お前がそんな風に俺を見てくれるのを…夢に見てた…」

「これからはずっと、こうやってあなたを見つめて生きるから」

「お前、キム家から出たって」

「そうだよ、みんなで僕の幸せを勝手に決めて」

「勝手にってさ」

「感謝はしてるよ、だけど」

「ユノが僕を…まだ愛してくれているなら
まずは僕の気持ちを大事にしてほしい」

「……」


「元の通り、僕は何も持っていないただのヒト」

「お前、音楽学校をやりたいって…新聞で読んだ」

「スンギュの名前でやってくれるから
僕はそれでいい。名前なんてどこにも出なくていいんだ」

「チャンミン…」

「キム家とは縁を切ることで、僕はまた
穏やかな生活に戻れる…」

「だってお前、ピアニストの道も…用意されてるんだぞ」

「また、勝手に決める
僕はそんなこと望んでないんだ」

「ほんとうに…それでいいのか?」

チャンミンはユノの目を見つめた


「陽のあたる道を歩かせたいって、思ってくれてるんでしょ?」


「……」



「僕にとっての、陽の当たる道はね
ユノと歩くいつもの帰り道なんだ」


チャンミンの声が涙で震える

「………」

「帰ろう…ね?僕たちの家に」

「チャンミン…お前…ほんとに」

「愛してる…ユノ…」


「………」


愛しい人の目をみつめて
「愛している」と言えることが、こんなにも幸せなことだなんて



「………」


「おいで」


ユノはたまらなくなって、チャンミンの手を引っ張った

チャンミンは覆い被さるように、
ユノの唇にそっとくちづけた



帰ろう


あの車のクラクションと酔いどれの怒鳴り声の中を

薄汚いゴミ溜めの中を

2人で笑いながら

今日あったことを楽しく話しながら帰ろう


そこにあったのは

白杖をつきながら笑うチャンミンと
それを支えて笑うユノ


けれど今は


松葉杖をつくユノと
それを支えるチャンミン

繁華街ではなく
それはリハビリに行って家に帰る道


チャンミンはユノからリュックと松葉杖の片方を奪い取った

「ちょっとチャンミン!」

「だから、僕の肩につかまって歩いてって
言ってるじゃん!」

「それじゃ逆に歩きにくいんだよ
いいから、そっちの松葉杖返してくれ」

「ダメ!ユノは僕につかまって歩くんだから」

チャンミンがユノに抱きつくような格好で揉めている

ユノが諦めたように笑った


「わかったよ、じゃ肩貸して?
そのかわり俺の全体重がかかるからな」

「大丈夫だよ!」

ユノは片手でチャンミンの首根っこを抱えるように
チャンミンに全身を預ける

「おっと」

思わずバランスを崩すチャンミンを
結局はユノが支えた

引き寄せた、その可愛い頬に
ユノはそっとキスをした


「愛してるよ、チャンミン」

「ユノ…」

「家に帰ろう…俺たちの家に」


チャンミンは春風のように微笑み
大きく頷いた


なんてことはないアスファルトの帰り道


そこには笑顔があって
温かい幸せがある


チャンミンは風を感じて空を見上げた


まるで微笑む父と母に
見守られているような…

暖かい風が流れていた





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こんばんは、百海です。

最後まで読んでくださって本当にありがとうございます
コメントをたくさんいただいていたのに
お返事をせず、失礼をして申し訳ありませんでした

今回はユノがチンピラ→ホスト→SPと
ヘアスタイルと衣装を変えての登場でしたw

それについて、萌コメいただいて嬉しかったです
あー目線が一緒なんだなぁ、なんて(^◇^;)

ユノが撃たれてしまった時は
雄叫びコメントが多くて、これはこれで大好物だったりしますw

今は次のお話はまだ考えていませんが
またアップしたときはよろしくお願いいたします

花粉症がますます酷い季節ですが
ご自愛ください

今、通信状態が悪いところにいて
20時にアップできずすみませんでした

N126〜家路7〜




手術中のランプが点灯してから
どれくらいたったのだろうか


血だらけで意識のないユノが運ばれてきて
チャンミンはまったく口を聞いていない

救急車が来るまでの間
半狂乱になっていたチャンミンはいない

うつろな瞳で、憔悴しきっていた。


手術室の前には、スンギュと、チーム長、
それから駆けつけたセシ。

「チャンミン、心配しないで
ユノが死なない。あなたならわかるでしょ」

チャンミンはやっと顔をあげた
その顔は今にも泣き出しそうだ


「ユノ?」

スンギュが不思議そうな顔をした

セシがスンギュにゆっくりと話をする

「ユノなのよ、スンギュ。
あの子ね、チャンミンがユノを守らなければならなくなることを避けるために、身を引いたの」

「あ…」

思い当たる節がある…
スンギュがそんな顔をした

そう仕向けたのは自分だから


「でも、ドクがユノがチャンミンの側にいたいだろうからって、警備のチームに推薦したの」

「そばに…でも、チャンミンはユンホの顔は
わからないだろうに」

「それでも…いいと思ってるのよ、ユノは」

「そんな…」


チャンミンが涙声になる

「僕は、ユノを見つけたのに、
認めないんだ…自分がユノだって」

「認めないって…」

「うん」

「……」

「……なんか…すごいな」

「……」

「ユンホさんってすごい…」


チャンミンが泣き崩れそうになったころ

手術室のランプが消えた



************



チャンミンは、現在のユノの住まいを訪れた

警備会社から、ここの住所を聞いた


もう、チャンミンに護衛はつかない

ひとりで地下鉄を乗り継いでここまで来ることができた。


スンギュの提案で
チャンミンはキム家から完全に抜けた

キム家に関するすべての権利を失ったのだ


スンギュは言った

「籍を抜いたって、僕たちは兄弟ってことにはかわりない。そう思わせてほしい」

「当たり前だよ、スンギュ
僕達は兄弟だ。これからもずっと」

「チャンミンが羨ましいよ」

「羨ましい?」

「それだけ愛する人がいて、その人にも愛されて」

「愛されてるかなぁ」

チャンミンは笑った」


「僕も、だれかいないかなぁ」

「スンギュに好きな人ができたら
すぐに教えて。必ず会わせてよ?」

「やだよ」

「なんで?」

「チャンミン、かっこいいから
彼女がそっちに行きそう」

「スンギュのほうが、かっこいいよ」

2人の兄弟は笑った


チャンミンがキム家から離れることについて
スンギュから各方面に説明があった

その命を狙われたことで
まわりに対する説明としては十分に説得力があった

チャンミンがキム家から抜けたとなったら
まるで波が引くように怪しい人影はなくなり
脅迫状もパタと止んだ

だからもう、護衛の必要はなかった

いろいろな手続きで忙しく、病院の面会時間にいつも間に合わなくて

チャンミンはユノに会えていない

身を呈して守ってくれたことに
まだ礼も言っていないのだ

チャンミンは、ユノの着替えなど
そんなものを少し持って行こうと

勝手ではあったけれど
ユノの部屋に来た

こじんまりとした、質素でシンプルな部屋は
適度にちらかっていて、ユノらしかった

それでも、ユノが自分から名乗ってくれないせいか
チャンミンはどこか、この部屋をよそよそしく感じた

適当に着替えなどみつくろって
持ってきたキャリーに詰めると

チャンミンは部屋を見渡して
漫画が積まれているのを見つけた

少し持って行ってあげようか

積まれた漫画を何冊か取ると
漫画の山がバランスを崩し、後ろに雪崩のように倒れた

その時

漫画が落ちるのと一緒に
ガランガランとピアノのような音がして

チャンミンは驚いて
音がしたところを覗いた


「あ…」


そこには子供が使うおもちゃのピアノがあった

真っ赤に塗られた木製の小さなグランドピアノ

おもちゃにしては、きちんとした造りだった


チャンミンはしばらくそれを優しい面持ちで見つめた


あの時…

どこかで捨てられていたと言って
ユノが拾ってきたピアノでしょう?


何か弾いてくれと

縋るように頼んだその声は

今思えば、ユノは随分と切羽詰まっていたように思う。


チャンミンはそのピアノを抱きしめた
この人はユノなのだと、やっと実感できた


ユノが影でどれだけ苦しみ、がんばっていたのか
わかってあげられなくてごめんね


あなたが名乗らないなら、もうそれでもいいよ
僕はあなたがユノだって、これでわかった。


あのピアノを捨てずにまだ持っていたなんて
もうそれで、僕は十分だよ


ありがとう


************


ユノは真っ白な天井を見つめていた


シウォンが、洗濯物を持って病室に入ってきた

「悪いな、シウォン」

「こういう時、世話してくれる女いるだろ」

「いないよ、いるわけない」

「まあね」

「なんだよ、まあねって」

「もう、いいんじゃないか?」

「なにが?」

「チャンミンにちゃんと向き合ってやれよ」

「それじゃ、何の意味もない。
わかってたって、離れてなきゃならないんだよ」

「もう、そんな必要ないよ」

「……」


体をベッドに固定されるように横たわるユノは
首だけをシウォンに向けた


「チャンミン、キム家から抜けたんだ」

「抜けた?」

「籍を抜いて、すべての権利を失った」

「そんな…」

「チャンミンはね、何にもいらないんだよ
金も権利も。」

「……」


「お前と一緒にいられれば、それでいいんだよ」


ユノはまた天井に視線を向けると
そっと目を閉じて大きく深呼吸をした

そして、目をゆっくりと開いた


「なぁ、ユノ、迎えにいってやれよ」

「全治5カ月だよ」

「いいじゃないか、それでも」

「だけどさ、もう俺、なんだかカッコ悪すぎて」

「はぁ?今更なんだよ
デレデレしながら毎晩チャンミンを家に連れ帰ってた頃なんか、もっとカッコ悪かったぜ」

「アハハハハ…」

「フフ…」

「アハハ…あーあ、それでも幸せだったんだよ」

「はいはい、そうですか。
もっとカッコ悪いユノが見れそうだな」

「お前、もう帰れ」

「言われなくてもかえるよ」

「ありがとな」

「ああ、早く治せ」


気のおけない親友は
片手をあげて、部屋を出ていった

ユノはまた、天井を見上げてそっと目を閉じた


シウォンは廊下で花束を持って歩く綺麗な人とすれ違った

それは愛される幸せに満ちた
とても綺麗な人だった







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こんばんは、百海です
明日は最終回となります

N126〜家路6〜



ユノは部屋に戻ると
全ての服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びた

心臓がまだバクバクと音を立てている

熱いシャワーを勢いよく出すと

ユノはそれを頭から浴びた


チャンミン…

自分を見つめるチャンミン


あんな風に見つめられたかった

強くしっかりと、自分を見つめてほしいと
ずっと夢見ていた

シャワーから勢いよく飛び出す湯は
ユノの首に当たり飛沫をあげている

足元を見つめるユノの髪から
いくつものしずくが身体をつたって落ちて行く

ユノは噴き出すような思いを抑えきれずにいた


チャンミン

チャンミン…

自分の事はバレずに
遠くで見守っているだけで十分だったのに


気をしっかりと持たなくてはならない

チャンミンは今が大事な時なのだ

それに

きっと、チャンミンを裏切った自分のことは

今も快くなんて思っていないはずだ


ほぼ、確信してはいるようだけれど

チャンミンは、そもそも自分の顔を知らない。
いくらでもどうにでも言える。


それでも、自分を見つけてくれたことが
正直泣きそうなほど嬉しかったのは事実で

ユノはそんな自分を少し笑った


いまだチャンミンに心を奪われて
こんな遠くから見つめている自分が滑稽で哀れに思えた


シャワーの湯にユノの涙も熱く溶けていった




キム・ドク氏亡き後

チャンミンとスンギュの不毛な財産争いの噂は激しさを増していた

そんな中、当の2人は滞りなく財産の手続きを進めていて

チャンミンは相続放棄の手続きに忙しかった

今日も脅迫状は届く

いったい他人の金の動きがなぜそんなに気になるのか
財産を放棄するもなにも、関係ないだろうに。

そんな風に思いながら
その影響力をあまりわかっていないチャンミンだった。


スンギュともそんな話になった

「僕がチャンミンを兄として気持ちよく受け入れているのは、正直言うと、チャンミンが財産に興味がないからっていうのは大きい」

「えっ?」

「もし、これでチャンミンが財産をよこせだの、権利を主張したりしたら、やっぱり、なんだよコイツって思ったかもしれない」

チャンミンは笑った

「スンギュは正直だね」

「だってさ…」

「フフフ…」

「音楽学校のことは、まかせてほしい。
責任持って寄付を募るよ。僕も出資する」

「ありがとう、僕はそれだけでほんと十分」

「ねぇ、チャンミン」

「なに?」

「なんで、そんなに無欲なの?
目が見えるようになったら、もっといろんな事に興味が出て欲もでるだろうに」


「……」


「僕に気を使ってのこと?」


「違うよ…
ねぇ、こう思ったことってない?
綺麗な景色とか、素晴らしい絵とか
もしかしたら、目で見てるんじゃないんじゃないかって」


「えっ?」

「きっと、心で見てるのかなって」

チャンミンが悲しそうに笑う


「ユノがいない生活は、真っ暗で何も見えないんだ」


「チャンミン…」


「……ごめん。手術を受けさせてもらっておきながら」


スンギュはちょっと厳しい顔になった

「チャンミンは、もっと自分の立場をわかったほうがいい。
元ホストの男の恋人なんて、そんなことが知れ渡ったら音楽学校の寄付なんてないからね。僕が出資したってイメージが悪い」

「だけど……悪いことをしてたわけじゃない」

「チャンミンは世間知らず過ぎだよ
チャンミンの一言で株価が動いたり、多くの人の生活に影響が出たりするんだ」

「……」

「学校を建てられるほどの金があっても
その分自由はないんだよ」

「スンギュ」

「なに?」

「僕が財産を放棄するのは
身軽になりたいからなんだ」

「…わかってる。でも身軽になんかならないよ」

「……」

「世間ってそういうものだ。
キム証券を名乗る者の宿命だよ」

そういう風に育ってきたスンギュは
自分の不自由さをすっかり受け入れて
強く前向きに生きている

けれど、チャンミンはそうではなかった

この偉大なる名前のせいで、ユノが身を引いたのだとしたら

代償は大きすぎた


あなたが側にいてくれるなら…


決して口にはできないそんな思いが
チャンミンの心の中に重く頭をもたげる



手続きと父の書斎整理のために会社に出向いたチャンミンは、エントランスでふと、護衛たちに目が止まった


ユノだと信じて疑わない男は
もうひとりの護衛と打ち合わせをしている

キリッとした冷たい佇まいを見ていると
もしかしたら、ユノではないかもしれない
とも思うけれど

それでも、心がざわついて仕方ない

一緒についてきた護衛がチャンミンに報告した。

「社内から、セキュリティがN126に交代いたしますので」

「はい」

すると、N126がチャンミンの側に近づいてきた

チャンミンがじっと見つめても
彼はまったくチャンミンを見ない

先日の地下鉄の事を思い出し
チャンミンはあきらめたように溜息をついた。

この人物がユノなのかどうかわからない

ユノであったとしても、認めてくれない何かがある

仕方ない…でも…


胸のプレートを見ると

N126としっかり書いてある


「N126さん?」

チャンミンが声をかけると
数人の護衛が驚いてチャンミンを見た

雇い主がセキュリティの番号を呼ぶなんてことはないからだ。

当のN126は驚きを出さず一礼をした


「今日はよろしくお願いしますね」

チャンミンがそう言うと、N126はまた黙って一礼をする


チャンミンは父の書斎の整理をしに来たので、特に護衛も必要ではなかったけれど

N126だけを書斎に入れようとした


「何かあるといけないので、いいですか?」


チャンミンがセキュリティのチーム長に断って、N126を部屋に招き入れた



N126は黙って、部屋の隅に立っている

チャンミンも黙って書斎の整理を黙々とこなす。

どれくらいの時間がたったのか、

ふいにチャンミンが言葉を発した


「目が見えるっていいですね、
こうやって、書斎の整理なんかもできて」

「……」

「僕、目が見えなかったんですよ
中学生くらいからまったく見えなくなって」

「……」

N126はまっすぐに前を見て、なにも答えず、チャンミンのこともまったく見ない

チャンミンは構わず、一方的に話をする


「目が見えるようになるとね、相手の表情もわかるし、いろんな事がわかって。
何より1人でなんでも出来ることがうれしいです」

チャンミンは数冊の本を手に取ると
N126が立っている側にある本棚に移し替えようと
近づいてきた

「でも…」

チャンミンは向き直って

その護衛をまっすぐに見つめた


「見えなくなってしまったものも
あるんです」


N126の端正な横顔はとても美しい

それをチャンミンはじっと見つめた


「目が見えるようになったら
愛する人は去ってしまいました。」

「……」


「その人には実は僕の他に恋人がいたんです。」

「……」


「仕方ないんです。僕は彼になにもしてあげられなかったから」

その言葉にN126が、はじめて顔をあげてチャンミンを見た

漆黒の切れ長の瞳がチャンミンを見つめる

チャンミンはゆっくりと近づいた


「目は見えないほうがよかったのかなって。
正直そんな風に思うんです」

「……」

「だって、そうしたらウソでも、
彼は僕の側にいてくれたのかなって」


「……」


チャンミンはもう一歩、男に近づいた


「彼は優しい人でね
目が不自由な僕を捨てられなかった
他に好きな人がいたのに」

「……」


さらに1歩近づく


「僕は、目が見えるようになったら
いろんな事を彼にしてあげたかったのに」

「……」


「なんのための手術だろうって
父のせっかくの助けを、僕は親不孝にもそう思っていました」


「……」


チャンミンは、N126の至近距離まで来た


整った顔立ち

その高い鼻梁がチャンミンの目の前にある

切れ上がった黒水晶の瞳には自分が映る


「だって僕は…せっかく目が見えるようになったのに、今、真っ暗な世界にいるんです」

「……」

「愛する人が去ってしまったこの世界は
僕にとっては闇なんです」

「……」


「でもね」


「……」


「彼には…他に好きな人なんていなかった」


一瞬目を見開いたように見えた。
N126のその視線が泳ぎだした


「彼は愚かですよね」

「……」


「僕が世間に注目されることを考えて
ウソなんかついて…」

「……」


「僕の事を考えてくれても
僕の気持ちなんて、まったく考えてはくれなかった」


チャンミンの瞳に涙がにじむ


N126は落ち着きなく、まばたきをする


「あなたがいなくなったら」

しっかりと視線が合った


「あなたがいなくなったら、
僕の世界が闇だって…なんでわからなかったの」


チャンミンが壁に追い詰める形となって近づいた

チャンミンの頬に一筋涙が落ちた

チャンミンは美しい護衛の頬を指先でそっと触れた

N126は動かず、チャンミンに頬を触らせている


この感覚…

もう間違い無いのに



「ユノ…」

「……」

「ユノだって、言って」



もう鼻と鼻が触れてしまいそうだ


お互いの瞳に自分が映る


チャンミンの指は、そのユノの唇に触れる


チャンミンがそっと、その唇に自分の唇を寄せる…


次の瞬間

いきなりユノの首元あたりから機械音がして
びっくりして、チャンミンは動きを止めた


「N126、不審者を見たか」

そんな機械的な声がちいさなイヤモニから聞こえる

「いえ」

「建物から即刻退去
爆破予告があった」

「はい」


部屋には何人かの護衛が入ってきた
みな一様にブラックスーツ

護衛たちが動き出す

チャンミンはなにが起こったのか把握できないまま、
護衛たちに部屋から連れ出される形となった


N126の耳に無線が届く

「爆破の予告された時刻はあと2分」

2分?

同じ無線を聞いた数人が動く

「本日不審な人物がカメラで確認された」


よくわかってないチャンミンが
コートのポケットに手を入れて
通りに出て行く


チャンミン!

もっと建物から離れなければ


N126がチャンミンに近づこうとしたその時

向こう側の建物の屋上に眩しい閃光をみた

まずい!


N126は口元のマイクで叫んだ

「2時の方向に狙撃手!!」

その声にチャンミンがびっくりして振り向いた

弾は光の速さで音もせず発せられた


N126はチャンミンを後ろから抱きかかえると
コンクリートの敷地に飛び込むように伏せた

チャンミンはしたたかに右半身を地面に打ち、呻いた


ほんの一瞬の出来事だった


チャンミンはなにが起こったかわからず


気づけば、N126が庇うようにチャンミンに覆いかぶさっている

何人もの護衛が走り寄ってチャンミンを円陣で取り囲み

チャンミンは暗闇の中にいた


「チャンミン…大丈夫か…」


頭上から耳元で囁かれた懐かしい声

暗闇の中ならはっきりとわかる


「ユノ!」

「チャンミン?…怪我してないか…」


力のないその声の方を向くと
N126が優しく微笑んでいる


「ユノ!ユノだよね?」

「チャンミン…」

ふと、チャンミンの足元を濡らす何かを感じ


よく見ると、それはユノの血だった


「ユノ!」


チャンミンに身体を預けるように覆いかぶさるユノの
その意識が薄れていくのがわかる


ゆっくりと瞳を閉じるユノは
満足そうに微笑んでいた







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N126〜家路5〜




葬儀が終わると、付属の食堂で軽食のようなものが振舞われた。
立席であったにも関わらず、大勢の参列者で小さな食堂はいっぱいになってしまった。


皆、気を使って、少し料理や酒を口にすると挨拶を済ませて帰っていく


ユノはそのまま帰ろうとしたけれど、
社長に言われてその場に残った

「こういう時は少しご馳走になるのが礼儀だ」

「…はい」


その時だった

ユノは不意打ちをつかれた


ぽんと叩かれた肩に
誰かと思って振り向くと

そこには…

チャンミンが立っていた


至近距離でユノを真っ直ぐに見つめている
その視線はとても強く鋭い

チャンミンの瞳はこんなに強い力を発するのか

ユノはたじろぎ、その視線を泳がせて
思わずチャンミンから目を逸らした

それでもチャンミンはユノから視線を外さなかった

「今日は父のためにありがとうございました」

その声…

優しく甘いチャンミンの声だった


毎日側にいることができても、
チャンミンと接触することはない

わかっていたから
話しかけてもらうなんてことは
期待していなかった

なのに…

その声を聞くと、ユノの心はかき乱される

そんなユノの代わりに社長が穏やかに応対をしてくれた

社長がお悔やみを述べていてる間も
チャンミンはじっとユノを見つめていた

探るような、射るようなそんな視線

失礼な態度をとるチャンミンに代わって、スンギュが慌てて警備会社の社長に挨拶を返した

ふと、スンギュがチャンミンの視線の先を追うと、
社長と連れ立って来ていた護衛の男



どこかで…この男を見たような気がする

しかし

スッキリと前髪を上げたスタイルの今のユノと繁華街にいた頃のユノとは趣が違って

スンギュはこの男がだれだか、はっきりとは思い出せずにいた


「チャンミン?」

スンギュがユノを睨みつけているようなチャンミンに声をかけた

「………」

「なにかあった?」

チャンミンにはスンギュの声が聞こえないようだ


お構いなしに
チャンミンはユノに話しかけた

「すみません、あなたの名前を伺ってもいいですか?」

「……」


ユノは観念したように顔を上げて
しっかりとチャンミンを見つめた


ユノだ


チャンミンは確信した

何がどうだとか、だからユノなのだとか
根拠はまったくない
理由もわからない

なにしろ顔も知らないのだから

それでも

チャンミンはこの男がユノだと確信した


スンギュがチャンミンに耳打ちする

「チャンミン、うちの護衛はみんな番号だから名前は答えられないよ、彼も困ってるじゃないか」

「番号?」

チャンミンがスンギュに向き直った瞬間

「これで失礼いたします」

ユノが足早にその場を去った


「あ!待って!」

チャンミンがそれを追おうとして
スンギュに止められた

「チャンミン、父さんの棺に戻ろう」

「………」


彼にもう一度会わなければ

彼の口からはっきりと聞きたい

ユノだと



************



「何度目だ。チームを解散させられるぞ」

チーム長の怒りが爆発寸前だった


「申し訳ありません!」

「トイレやシャワーだと言われても
必ず1人は出口につくようにと言ったはずだ
この間に何かあったら、会社全体の問題なんだ」

怒り心頭に達しているチーム長の代わりに
ユノがチャンミンにまかれた護衛に尋ねた

「今回はなんて言ってた?」

「何かはわかりませんが、忘れた!と声をあげられて、走って部屋へもどられました」

「そのまま、いないのか」

「はい」


ユノはため息をついた

「疑うような態度もとれませんし」

困った表情で言い訳をする護衛をユノが睨んだ

「執事ではないのだから、多少厳しくてもいい。
自覚してもらう方が大事だぞ」


「はい」


「とりあえず、姿を確認したらチーム長に連絡だ」


ユノは、ほかの護衛とは別のルートを1人で行った


どこに行っているか、見当がつかないわけではない

けれど

もし、そこにいたら
なんて声をかければいいんだ

この間、ドク氏の葬儀で名前を聞かれたときは
心臓が止まるかと思った

まさか自分のことがわかった訳ではないだろうけれど


とにかく、チャンミンを探さないことには
これはユノの仕事なのだ


いつも車での移動だから
地下鉄に乗りたいのだと思う

ユノは地下鉄の階段を降りていった


いた


カードにチャージをする機械のところで
まわりより頭ひとつ高いチャンミンが並んでいる

パーカのフードで頭をすっぽり覆っているところを見ると、少しは危険を感じてくれているのだろうか


それでもその優しい撫で肩は
ユノが人生をかけて愛したチャンミンそのものだ


ユノはチャンミンの3人ばかり後ろに並んだ

地下鉄に乗る前に、連れ戻さなければ面倒だ


ユノはまわりを見渡した

この雑踏の中でチャンミンを見つめている者がいたらそれは危険な人物なのだ。


次がチャンミンの番だった

完全にチャンミンの死角に入ったユノはチャンミンがチャージをしようとカードを出したところで素早く近づき

チャンミンの手首をギュッと掴んだ

チャンミンはハッとして、手首を掴むその人を見た


「あ…」


「移動は車でとお願いしているはずです」


その声は…やっぱり


チャンミンはユノの瞳をジッと見つめた

後ろの人たちが、訝しげに2人を見ながら
2人を避けてカードにチャージをしていく


ユノとチャンミンがしばし見つめあった


「お父様が亡くなられて、周辺がざわついています。
自覚していただかないと困ります」


ユノを見つめるチャンミンの眉が次第にハの字になってゆく

そのまつげが微かに震える様に
ユノは自分が保てなくなりそうだ


地下鉄の駅

たくさんの人が行き交う雑踏の中
チャンミンは消え入りそうな声で訴えた


「僕は…とても苦しいです」


「……」


「この手の感覚も…その声も
僕がずっと思い続けていたものなのに…」


「……」


「あなたがユノだと言ってくれないと
僕は踏み出せない」


「……」


「だって…僕は…愛するユノがどんな姿をしているか
見たことがないから」


チャンミンの頬にポロリと涙がこぼれ落ちた


ユノの瞳が僅かに揺れる

しかし、それは一瞬のことで


ユノは襟元に隠されたマイクをそっと取り出すと
口元に持ってきた


「地下鉄の駅にいました。
異常なし。応援はあと1人」


機械的にそう話すと、マイクを元に戻した



チャンミンはギュッと固く目を閉じる

涙が閉じた瞼に溢れて、ポロポロと足元に落ちた





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N126〜家路4〜



穏やかな春の朝
キム・ドクは旅立った


静かな最期だった


スンギュがその手を取り

チャンミンはそのスンギュを支える形で


父を見送った


泣き崩れるスンギュをチャンミンが兄らしく支えた


世間では、骨肉の財産争いだと言われている2人だけれど

実際は、チャンミンにその意思が全くないこともあって、2人は本当の兄弟としての絆が出来ていた

チャンミンは母を愛してくれた父に出会い
頼もしい弟も出来て

しかも手術も受けさせてもらえて
自分には過ぎる家族だと思っていた

チャンミンはもうそれで十分だった

父、キム・ドクにはどれほど感謝をしてもしきれない


だから、財産やすべての権利はスンギュに譲られるということで話はまとまっていて、
チャンミンとしては、どんな書類でもいつでもサインをするつもりだった。


ただ、世間はそうはいかなかった


スンギュが財産や会社の権利を掌握するとなると、
それはそれで困る人間もいて

そういう連中が、チャンミンにも財産を分け与えるべきだとお節介を焼いていた

そんな連中と、それに反発するスンギュ側の人間

それは2人にとって煩い外野の騒音でしかなかった


ただ、影で仕組まれる争いを恐れたキム・ドクは
2人のためにキチンとした警備会社を選び、専属で護衛チームを作らせていた。

そのチームにはユノが配属されていた

けれど

警備員全員が番号で呼ばれ
護衛に守られることを窮屈に思っているチャンミンは
チームのメンツにはまったく興味がなかった

むしろ、ユノを探す自分を邪魔する護衛たち、
そんなイメージの方が強いくらいだった


その警備会社には軍隊の特待生や、格闘技で優秀な成績を収めた者などがスカウトされて仕事をしていた。

ユノだけがなんのバックグラウンドもないままに
謎のスカウトを受けたのだった。



キム・ドクが亡くなり、大々的な社葬とは別に
その遺言から内輪での葬儀が行われることになった。


本当に身内や、親しい友人だけで行う葬儀は、それがキム・ドク氏の葬儀だとはだれも想像がつかないほど質素だった

その葬儀に際して、ユノはチーム長に呼ばれた

「N126は警護ではなく、参列者として葬儀に参加してくれ。社長と一緒に」

「参列者?社長って、この警備会社の社長ですか?」

「ああ、そうだ」

「私が、社長とドク氏の葬儀に?」

「ドク氏の遺言だそうだ」

「は?」

「ユノ」

チーム長が、N126ではなく、ユノと呼んだ

「はい」

「お前は、ドク氏のスカウトでこの会社に呼ばれたんだ」

「……」

なんとなく、そうではないかと
ユノが思っていた事だ。


「最初は私も不思議に思った」

「……」

「でも、ユノは実力もあるしその気概もいい」

「ありがとうございます」

「なるほど、さすがドク氏のスカウトだな、と
今はそう思っている」

「でも、なぜ参列…」

「ドク氏とユノがどういう関係かは知らないが、お前に参列してほしいと、ドク氏が思っていたんだろう」

「はい…」

「というわけで、今夜は参列者として装備はつけず、普通に喪服で参列するんだ」

「わかりました」


警備会社の社長と共に、ユノは喪服で教会を訪れた


ユノはふと、チャンミンの悲しみがどれだけのものだろうかと、心配になった

泣き顔はみたくない

自分が慰めてやれるわけではないから
ただ、見ているしかない



ユノが社長と連れ立って訪れた葬儀会場はとても小さな教会で、棺の前の椅子には、スンギュとチャンミンが座っていた

静かに優しい音楽が流れる中

ドク氏の友達や親しい知り合いなどが
次々と棺に花を添えるため列を作っていた。

権力者らしからぬ気立ての良さで
ドク氏を慕う者は多かった

そんな人生をあらわすかのような長い参列者の列だった

セシも伴侶と共にお悔みに訪れ
スンギュとチャンミンを慰めた

「2人に見送られて、ドクは幸せな最期だったと思うわ」

「ありがとうございます」

スンギュは泣きはらした瞳で答えた

そして、セシはチャンミンを軽く睨んだ

「チャンミン、あんまり勝手な行動をとったらダメよ?
ドクがこの間まで心配していたんだから」

「はい…」

チャンミンは苦笑した


それからは、チャンミンはほとんど動かず
父の棺をぼーっと見つめていた

父と息子としてのやりとりは
さすがに少なかったけれど

本当に会えてよかった

母が愛した僕の父はとても素晴らしい人だった




ふと、チャンミンは突然あるものに目が釘づけになった


父の棺に伸ばされた一輪の花を持つ手。

スーツの袖から伸びる、武骨だけれど繊細なその美しい手

それは父の亡骸の傍に花を添えると、
ゆっくりと引っ込められた

チャンミンの視線がそこから離れられない

それはまるでスローモーションのような動きに見えた。

その手の行き先を辿った先には
1人の男性の姿があった


その男性を見た瞬間


チャンミンの心と体が魔法がかかったように
いきなり動かなくなった

どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえるような気がする


誰…?


チャンミンの心がなぜか音を立てて震えだす


" チャンミン "


そんな声が聞こえた気がする


黒い喪服がぴったりとその張りのある胸に馴染み、
ガッシリとした厚みのある肩に小さな顔

スッキリと上げた前髪を固め
少し冷たく感じるほど整った顔立ちは
切なく辛そうな表情をして、父の亡骸を見つめる

その人を見ていると
なぜか胸が苦しくなる

その人から視線を外すことができない


どうして?

もしかしたら

だけど

チャンミンは自問自答をしていた


こんなに心が揺さぶられるのはまさか

あの人は

ユノなのか…



ユノは亡きドク氏のその穏やかな顔を見つめた

自分を励まし、チャンミンを諦めるなと力づけてくれ、そして側にいられるように仕向けてくれた恩人だ

ドク氏のおかげで
今、自分はチャンミンを守るという、願ってもいない仕事をすることができている

たとえ、名乗れなくても
一生このままでいいと、ユノは思っていた

今、この瞬間にさえ

たしかに

その棺の向こうには、愛おしいチャンミンがいるはずで

ユノの視界の端にその姿をとらえてはいるけれど


決してあからさまにクライアントを見つめることなどしなかった

そこは訓練の賜物でもあった

その姿を正面からとらえるのは、サングラスをしている時だけ

だから、ユノは自分のすぐ側で
愛おしいチャンミンが、自分に射るような視線を向けていることに気づけずにいた



チャンミンの中に根拠のない確信のようなものが生まれては消える

そして、チャンミンはハッとした


" 今でもお前を守ろうと、頑張っているはずだよ "



それは最後に交わした父の言葉だ






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