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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

約束〜完〜




チャンミンは真顔だった。


スンホとの通話が終わると
たった今荷造りしたスーツケースから、
パーカとキャップを奪うように取り出した。


" 前に働いてたところで知り合ったヤツから聞いたんですけど、あの宿無し村って言われてるエリアあるじゃないですか、あそこで "


チャンミンはキャップを目深に被る


" 警察に追われて漢江に飛び込んで死に損なったヤツがいるって "


そして、パーカを羽織ってフードを被った


" 顔を見たわけじゃないから、なんとも言えないんですけど、背が高くて鋭い目つきだって話 "


チャンミンは地図を調べた


" あそこにいる人達はすぐにどこか行っちゃうから
できるだけ早く "


そして、タクシーを呼んだ


「え?宿無し村ですか?
それはちょっと勘弁してもらえませんか。
あの辺は当たり屋が多くて」

文句を言いたくなったけれど、そんな時間ももったいない。
チャンミンはタクシーを降りて駅へ向かった


" その男も最近来たらしくて
またどこか行っちゃうかもしれない。
いつも行く定食屋がわかったから、だから "


チャンミンは早足で歩いていたけれど
それが小走りになり、全速力になる


" もし、ユノヒョンだったら "


駅から電車に飛び乗った


「だけど、ユノヒョン、あえて会いに来ないんだとしたらなんか事情があるのかも。」

「会いに来ないんじゃない。
会いに来れないんだ…
ユノは僕に会いに来ちゃいけないと思ってるんだ」

「あ…」

「だから、僕が迎えに行かなきゃ。
あの人は自分から帰ってこれない…
そういう人なんだよ。ありがとう、スンホ君」

「祈ってます!必ず引っ張って帰ってきてください!」



錆びついたトタンに囲まれた倉庫や工場

地下鉄の終点に近いこの街の駅は普通の人が乗り降りすることは滅多にない

「宿無し村」と言われている地区

いわゆる普通の人は近づかない方がいい街、だった。

たくさんのホームレスや日勤の労働者達が集い、働き、呑んだくれて、
簡易宿泊施設で隠れるようにみんなが暮らしている

お互い、素性なんて聞き合ったりしない
みんな人には言えない事情を抱えていた。


朝早くから、トラックが何台もやってくる

その男は腕組みをして、黙って列に並んでいた
背が高く、肩幅の張ったいい身体をしている。

小さな頭にタオルを巻いて、深めに上着のフードをかぶっていた。

陽に焼けた浅黒い肌にキリリと整った顔。
真一文字に唇を引き結び寡黙なその男。

その清廉とした雰囲気はまわりの酔っ払いとは一線を画していた

今日も男はトラックに乗り
どこかの現場へ連れて行かれる

早朝から夕暮れまで肉体労働に勤しみ
まるで服役しているかのようなストイックで実直な生活を送っているようだ。


そんな街の定食屋
不味い定食を格安で食べさせている

カウンターの片隅で
その男は静かに食事をしていた。

今日もつなぎの作業服に
頭をすっぽりとタオルで覆い、顔が見えないようにしている。

誰とも口をきかず
黙々と食事をしていた。

ほどなくして

その店にガラガラと大きな音を立てて引戸を開け
1人の男が入ってきた

黒いジャージに黒いパーカ
そして黒いキャップ

少し珍しい格好の男に、みんながジロリと見たけれど
あとは興味がなさそうに食事に戻った


その男が大きな瞳でまわりを見渡す


ふと、カウンターの隅でひとり静かに食事をする男に
その視線が止まった


上背のある広い肩幅、その上に乗る小さな頭

タオルの影からチラリと覗くカタチのいい鼻筋と
細い顎

大きな瞳の男の喉仏がゴクリと動いた。


間違いない
僕はあなたを見間違えたりしない


しばらくじっとしていたけれど

空いていたその隣の席に座ると
簡単な定食を注文した

その声に隣のタオルの男が一瞬反応したけれど
また食事をはじめた

大きな瞳の男は、カウンターに肘をついて
手を組み、じっとしていた。

その唇も組んだ手もかすかに震えている

やがて定食が運ばれると

「ありがとうございます」

そう男は店の男に礼を言った

「へっ?はぁ…」

不思議なものをみるような目で店の男が見つめる
この街で給仕をして礼を言われるなんてことはない。


隣のタオルの男は、食事をする手を止めた。
横顔がわなわなと震えはじめた。


まさか…


タオルの男の前にある塩をパーカの男が取ろうと手を伸ばした

タオルの男の目の前に
赤い火傷の痕がある右手が塩を掴む

ハッと息を飲む音がした


「まさか…」


タオルを被った男は、隣を向いた


「やっと…見つけた…」


返ってきた透き通る声にはすでに涙が混じっている


夢を見ているのか

「なんで…」


そんな言葉しか出てこない


「一緒にいる…約束でしょう?」


パーカの男の声が震えている

「……」

「だから、迎えに来た…」

「……それは」

「帰りましょう、ユノ」

「……」


ユノ、と呼ばれた男の唇が震える


「なにも言わないで、僕と帰りましょう」


そう言って、チャンミンは赤い火傷の痕がある手で
ユノの手を握った

ユノの頬に熱い涙が流れた

チャンミンが震える声で言った

「僕たちを苦しめるものは、もう何もないから」



俺たちはまるでお互いの傷を舐め合う2匹の仔犬

ずっと一緒にいる約束を守ってやれず

足を踏み外して俺は奈落の底へ落ちてしまった。

もう二度と会えないと覚悟した
こんな自分が会いに行くわけにはいかないと

けれど、お前は俺を迎えに来てくれたって言うのか?

そうだよ、だって約束したでしょう

ずっと一緒にいると言う約束を
こんどは守ろうね

なにがあっても…

僕達が目指した頂点は
眩しく光り輝いて、誰もが羨むものだったけれど

本当に目指すのはそこじゃなかった

僕たちは真っ青な空の下

その日何があったのかなんて
どうでもいい話をして

今晩は何が食べたいかなんてつまらない話をする

それでも僕らは笑い合い、抱き合い、愛し合う

そんななんでもない毎日が

僕らの頂点だったんだ


指切りをしよう

なんでもない毎日をこれからずっと一緒に


約束だよ








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百海です。
今回もお話を最後まで読んでくださって
ありがとうございました。

そして、ここまでほんとうにお疲れ様でした(笑)

読者様にはあまり喜ばれないとはわかってはいたのですが、どうしてもこういうお話を書いてみたくて
夢中で書き上げてしまいました。

幼い頃の裏切りというトラウマを持つ2人。
傷を舐め合うように愛し合うお話。

純粋で時に氷の刃物のようになってしまうチャンミンにとって、ユノは唯一絶対の存在。
そんなチャンミンのすべてが愛おしくて、最後は自分の全てを捨てて狂気の行動に出てしまったユノ。

2人がほんとうに癒されるのは
煌びやかな世界の頂点ではなく

なんでもない幸せな毎日の中にありました。


今回は本当にパラレルですが、個人的にはこのキャラ設定はリアルな2人も持ち得ているのでは?と想像しています。

今回もたくさんコメントをいただいて感謝しています。

特にこういうお話を書いている時はくじけそうになる事もあるので、
皆さまのコメントはとても励みになりました。

受け入れ難い内容もあったと思われますが
それでも、毎回「明日を楽しみにしています」と言ってくださったり、
また、どうなるのかハラハラした感じをリアルに伝えてくださったり(これは支離滅裂なほど嬉しいのですw)
読者様の感じるままを伝えてくださったり、
すべてのコメントがここまで書き上げるカンフル剤となっていました。
そして、2人のこれまでの心の葛藤を描いてくださった読者様もいて、思わず書いた私が読んで泣いてしまうという。
こんな事も初めてでした。
皆さま、ありがとうございました。

これは私の書き方なのかもしれませんが、
クライマックスで、がーっと話が展開していくには
それまでの「溜め」が不可欠だと思っていて。
そこに至るまでの何でもない会話や小さな出来事を丁寧に描かないと、最後の展開が安っぽくなってしまうような気がするのです。
なので、読者様にはある程度の忍耐力を求めてしまっていると思うのですが、いつも乗り越えてくださって
重ね重ねありがとうございます。

この数日の拍手コメント、
しっかり読ませていただいるのですが、
ネタバレになりそうで、お返事をしていませんでした。
申し訳ありませんでした。

実はもう次のお話が出来ていて
たぶん、数日後にはアップいたしますので、
またお暇な時間がありましたら是非遊びにきてくださいね。今までずっと描いてみたかった、高校生の2人です。

花粉が飛び交う季節です
私を含め、花粉症の方はがんばって乗り切りましょう

それでは、また後日お会いしましょう

約束 40



「今日はこんなにたくさんの人が来てくれて嬉しいです」

拍手と声援が聞こえる

「ネットやテレビでも発表したとおり
僕は今日で普通の人になります」

観客はわかってはいても
おーと残念そうな声が客席からあがる


「いろいろ心配させることも多かったですよね?」

チャンミンはにっこりと笑った

ざわめく観客

中には拍手もあった

「最後に、やっぱりこの歌を歌いたいと思います
聴いてください」

チャンミンのギターが優しくメロディを紡ぎ出す


あなたがいれば何もいらない

どうして早く気づけなかったのだろう

今になって

僕にはあなたしかいなかったとわかる

こんなにも愛してる

ずっと一緒にいる約束を
僕はまだ忘れていないよ


心を込めて歌った

チャンミンはあれからずっと
全ての歌をユノに向かって歌っていた

盛況のうちにライブは終わった


チャンミンはギターを抱えてステージ袖へと戻ると
スタッフたちが花道を作って拍手で迎えてくれた

「ありがとうございます」

「本当にありがとう」

チャンミンは一人一人に礼を言った

花道の最後にはギルが拍手をしていた

「おめでとう、シム・チャンミン」

「ありがとうございます。
いろいろとお世話になりました」

チャンミンは深々とお辞儀をした。

スタッフから労われ、みんながそれぞれの仕事に戻る

ギルとチャンミンはトレスタのセキュリティと共に
地下の駐車場へ降りていった

黒いバンに乗り込むと、
チャンミンとギルは後部座席に座った

無線で、ファンが多過ぎて車を出すのは危険だと
待ちの指示があった。

運転手が様子を見てくると言って、バンを離れた
「ここまでファンが来るようなことはないので」

「わかった。大丈夫」

チャンミンがふーっとため息をついて
シートに体を預けた

ギルがそんなチャンミンの横顔を見る

「チャンミンはこんな生活とおさらばだな」

「はい」

「田舎に帰るんだって?」

「はい、この2年で結構貯まったんで
ちょっとした店でもだそうかと思って」

「へぇ、ユノがいたら、一緒にやってたのにな」

「そうですね。」

「チャンミンがトレスタに来て、もう2年か。
ユノがいなくなってもうそんなにたつのか」

「………」

「……遺体は上がらないな」

「着ていたパーカが、あの後上がってきただけ」

「そうか…」

「どこかで生きてると思うことにしてます。
それでここまでやってこれました。
どこかでユノが見ていてくれるんじゃないかって」

「ユノは結局、チャンミンだったんだな」

「?」

「あいつがあんなことするなんて
よっぽどチャンミンを愛してたんだな」

「……」

「放火したとか、ジンをナイフで脅したとか
何を狂ってんだと思ったけれど
ユノは狂うほどチャンミンを思ってたんだ」

「………」

「僕なんかとっくに忘れられていたんだよな
バカだな、ほんと」

「でも結局、僕はギルさんにはお世話になって」

「罪滅ぼし…かな。
トレスタもチャンミンを欲しがってたから
いろいろと揉み消してくれたんだと思うよ」

「ありがとうございます」

「ユノだって、器物損壊まで罪状下がって、結局不起訴になったのに。ジンだって、証言をひっくり返したらしいじゃないか」

「………」

「そんなの意味ないか、もう」

「もし、どこかで会えたら、そう伝えます」

「そうだな、みんながユノを悪く言わなかったって
伝えたいね」

「そう…ですね」


「チャンミン、元気でな」

「ギルさんも元気で」


家に帰り、チャンミンはスマホをタップして
耳元にあてた。


「あ、スンホくん。」

「はい」

「僕さ、今日最後のライブ終わって」

「お疲れ様でした。」

「うん、いろいろとありがとう。」

「結局なんの力にもなれなくて。
あ、今月も送金ありがとうございます。
確認しました。」

「うん、でも、来月からは。」

「わかってます。
なんの情報も得られなくて
ほんとに申し訳ないです」

「そんなことないよ。ユノのパーカを見つけてくれたじゃないか」

「ええ、でも…なんかそれが余計に…」

「………」

「ユノヒョンが…生きてないっていう証拠みたいで」


チャンミンは思い出していた

あの後チャンミンは、毎日毎日漢江のほとりを歩き続け、ユノの痕跡を探し歩いていた

季節が変わっても、それを止めるつもりはなかった。
ユノはチャンミンのすべてだったから。

スンホがユノを探すのを手伝ってくれた。
チャンミンの心のどこかに、ユノは河の底からもう上がっては来ないという諦めの感情が生まれつつあったけれど。

それを認めたら、もう生きていけないような気がして
スンホはある意味、チャンミンの希望だった。


「もし、そうだとしても、ユノは生きていなくても
ユノが僕にそれを知らせてくれたのかなって」

「チャンミンさん…」

「もう諦めろってことなのかも」

「………」

「諦められるわけないのにね…ユノはバカだ」

「ユノヒョンだって、自分のこと、バカだと思ってますよ」

「フフフ…僕がこんなにしぶといとは、思わなかったんだろうね」

「ほんと…すみません
ユノヒョンを見つけてあげられなくて」

「うん、いろいろありがとう」


チャンミンは部屋の荷物を出し終わり
引越しの準備を整えた

最後にもう一度、屋上へあがってみようかと思った。


今日も空は真っ青だ

いつもここが僕の頂点だ


何もない空

ユノとの思い出に浸る時間

あの温かい温もりを、この肌が覚えている

涙を拭いてくれた大きな手

キスをしてくれる唇

優しく細められる綺麗な瞳

チャンミン、とあの甘い声で
もう一度名前を呼ばれてみたい


さようなら、ユノとの思い出

僕のすべて

僕のユノ



チャンミンは屋上から、ユノと暮らしたこの街を見下ろして見た。

バイトしていたコンビニが見える

最後にコンビニのおばちゃんのところへ挨拶に行こうか
そう思って店を訪れた。


「あら!チャンミン」

「僕、引っ越すんだよ」

「テレビで見たわ。引退したのね」

「うん、田舎に戻るんだ」

「いいことだわ。親孝行ね」

「どうだろうね。」

「お母さん、喜ぶわ」

「そういえばね、前に話した僕の父さん」

「え?あ!あのチャンミンを駅に置いて行った?」

「うん、どこにいるかわかったんだよ」

「え?!そうなの?!」

「去年、亡くなってた」

「まあ…」

「どこにいるかは、母さん知ってたらしくて」

「そう……」

「僕がデビューしてね、欠かさずテレビを見てたらしい」

「なんてこと…会いたかったでしょうね」

「さすがにね、それはできなかったみたい」

「お父さんもチャンミンに申し訳ないと思い続けてたのね」

「どうなのかね…」

「きっと、そうよ」

「ん……」


おばちゃんは空気を変えるように笑顔を見せた。

「よかったら、なにか持って行きなさいよ
私が買ってあげるわよ。この店の中のものだけだけど」

「フフ…じゃあね、プルコギ!」

「あーら、やっぱり恋人の好きなもの選ぶんだから」

「へへっ」

おばちゃんはプルコギを袋に包んでチャンミンに渡した。

「ありがとうございます」

「あたしね、昔から、あなたのそうやって
ちょっとしたことでも、ちゃんとお礼を言うところ
偉いと思ってたのよ」

「恋人にも…そこ褒められてました」

「そう、そんなところに惚れたのかもね!」

「へへっ」



翌日、チャンミンは荷物の手配をすべて終えて

キーを管理人に渡して、マンションを出た。


スマホに着信があって、チャンミンはタップした

「キュヒョン?」

「ああ、ご苦労さまでした、チャンミン」

「うん、これから帰るよ」

「僕も、夏休みには帰るから
そうしたら、みんなで飲もうよ」

「そうだね。」

「その前にお前の店がオープンしたらとりあえず
行ってやるから。
このイケメンのキュヒョン様が店の常連になったら
それこそ、大繁盛だ」

「あーなんか先行き不安だなぁ…」


その頃


スンホは走る

何度電話をかけても、チャンミンは話中だ

「ヒョン!なんだよこんな時に!」

スンホは走った



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百海です。
明日は最終回です。

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました(T . T)(T . T)(T . T)

約束 39



警察が来た

もう…おしまいだ

チャンミンの全身から力が抜けた

ユノ…ごめんね
僕、はもうユノに会えないかもしれない

チャンミンは震える手でエントランスを開けるボタンをタッチする。

刑事らしき2人が建物に入るのが見えた

時間がとてつもなく長く感じる

そして部屋のチャイムが鳴った
チャンミンは恐る恐るドアを開けた

もう…観念しないと…

誠実そうな男が2人

2人とも警察であることを示した後
1人が落ち着いた口調で話し始めた

「夜分遅くにすみません。チョン・ユンホさんはいらっしゃいますか?」

ユノ?

僕ではなく?

「今、おりませんが。」

「どこへ行かれたか、おわかりですか」

何があったのだろう
警察はてっきり自分を逮捕しに来たのだと
思っていたのに。

「いえ、わかりません」

「今夜はお戻りになりますか?」

「なんでですか?」

「今日、強盗放火事件がありまして
事情をお聞かせ願えればと。」

「強盗放火?
そんなことユノは関係ないと思いますが」

「わかりました。それでは連絡がありましたら
教えてください」

あっさりと引き下がった

嫌な予感がする

「わかりました」

警察が帰るとすぐにチャンミンは支度をして
外へ出た。

とにかくユノに会いたい
胸騒ぎがとまらない

チャンミンはキャップを目深に被り、その上からフードを羽織った

マンションのエントランスには
先ほどの刑事が車に乗らず立っていて、電話で誰かと話をしていた。

気づかれないように植え込みから、その横をすり抜けようとしたチャンミンの耳に刑事の話が聞こえる。

「そうか、弁護士がチョン・ユンホだと言ったんだな。
わかった。家宅捜索に切り替える」

警察がまたマンションに入って行く

チャンミンは急いだ

ユノに何かあったのだ



*********


弁護士夫人は警察のロビーでじっとしていた。
いろいろと調べられたけれど、この後、また何かあるという。

火は結局書斎の本棚を焼いただけに留まった。

急いで亭主に連絡をとったけれど

亭主の電話に出たのは、若い女性だった。

「あ、ごめんなさい。私のスマホが鳴ったのかと」
とその女性は言った。

うちの亭主と同じスマホを持ち、並べて置いてあったのか

女性の後ろではシャワーの音がする。

亭主はゴルフの練習に行ったと聞いていたが
違ったようだ。

ロビーに亭主が来た。

「まったく。なんでお前、火をつけたのはチョン・ユンホだってすぐ警察に言わなかったんだ。インターフォンの解析に時間食っちまった」

「…気が動転しちゃってね」

「あいつ、許せない。書類が全滅だ」

この人は、妻が縛り上げられたことは
なんとも思わなかったんだろうか。

ひとこと、怖い思いをしたであろう妻に大丈夫だったかと、声をかける愛情はないのだろうか。

夫人はその後の警察の問いに答えた

「強盗ではありません。何も盗んでいません。
殺人未遂?違います。
ユンホさんは、火をつける前、家の中に他に誰かいないか聞いてきました。ペットもいないかと…」

「ペット?」

「どんな小さな命も殺めたくなかったんだと思います。
私がすぐ書類を出してあげてたら、あんなことせずに済んだのに」

帰り道、弁護士は車の中でずっと文句を言っていた

「強盗殺人未遂に放火なら、極刑もありだったのに」

「あの本棚を燃やしてくれて、感謝している方は
他にもたくさんいるのかもしれませんね」

「なんだと?」

夫人は窓の外を眺めながら、
悲痛な表情で燃える本棚を見つめていたユノを思っていた。


**********


チャンミンはタクシーを拾って漢江の橋まで来た

真っ暗な夜中の橋

誰もいない

「ユノ?」

人の気配のない橋、誰の返事もない

風だけが小さくヒューと音を立てて過ぎて行く
天気の様子が変わるのだろうか

不安になってきたところに
橋の向こうからユノが現れた


こちらへ向かって歩いてくる

チャンミンと同じようにキャップに黒いパーカーを羽織っている

長身で姿勢が良く、大股で真っ直ぐに歩いてくるユノ

チャンミンの胸に愛しさが湧き上がってくる

「ユノ…」

チャンミンに大きく手を振るユノをみて
涙が溢れてきた

「ユノ!」

チャンミンは橋の上を懸命に走った

会いたかった

大きく手を広げてくれたユノの胸にチャンミンは飛び込んだ

「ユノ!ユノ!」

「チャンミン!」

2人は泣きながら強く抱き合った

お互いを搔き抱いた

「ごめんな…チャンミン」

「うっ…僕も…ごめん」

ユノがチャンミンの頬を両手で挟んで
その顔を覗き込む

「よく顔を見せて」

まるで何年も会ってないような気がする2人だった。
2人にとって、今日はとてつもなく長い1日。

日付はとっくに変わっている

「俺のチャンミン…」

ユノは自分も泣きながらチャンミンの涙を両手で拭ってやった

「もう泣かないで。何も心配することない」

「ユノ…警察が…」

「うん、ごめんな、心配させて」

「僕もね…取り返しのつかないことしちゃった」

「わかってる…ギルから連絡があったよ」

「え……」

「よかったね、お前手を怪我してて
ギルはほんのかすり傷だから心配するな…」

「うっ…でも…僕」

「俺がその場にいたら、間違いなくギルを殺してたよ。
一緒にいてやれなくてごめん。怖かっただろ?」

「ユノ…」

「お前を他のヤツになんて触らせるもんか」

ユノはギュッとチャンミンを抱きしめた

「お前に触れるヤツはみんなぶっ殺してやる」

チャンミンは嗚咽を我慢できず
泣きじゃくった

「話は表に出ないから大丈夫」

「ユノ…ユノは大丈夫なの?」

「チャンミン、時間がないからよく聞いて?」

ユノの声が涙でうわずっている

身体を離し、ユノはチャンミンの肩を掴んだ
真っ直ぐに見つめ合う2人

「俺は一緒にいてやるっていう約束を
どうやら守ることができなそうだ」

「ユノ!そんな…」

ユノは懐から二つ折りにした封筒を出した

「これはジンコーポレーションの1年契約の書類だ。
後はチャンミンがサインすればいいだけになってる」

「1年?」

「去年、5年契約をさせられてたんだよ。
だから書き直させたし、原本ももう灰になった」

灰…

警察の言っていた「放火」という言葉がチャンミンの脳裏に浮かんだ

「それって…」

「もうお前は自由だ。どのエージェントにも行ける
トレスタよりいいところだってあるさ」

「ユノ!ユノは!?」

「ごめんな、俺はお前の側にいるわけにはいかないんだ」

「そんなの嫌だ!絶対いやだ!」

チャンミンは泣きじゃくった

「もうひとつ聞いて」

「なに」

「この後、きっと明日には俺が何をしてしまったか
チャンミンにもわかる」

「ユノが何したって、僕は全然構わないからっ!」

チャンミンの顔が涙と共に大きく歪む

「だけどね、チャンミン。
自分のせいだ、なんて絶対思うなよ。
俺がこうするのが一番だと思ってしたことなんだから」

「一緒にいることが一番大事でしょう!」

「そうしたかったんだけど…チャンミン」

ユノの瞳から、一筋涙が流れた

「警察に行くの?だったら僕も行く」

「警察に捕まるわけにいかない。
契約書のことがバレる。
いいか、これは偽造したものだから、それを忘れないで。誰にも言っちゃダメだ」

「どうするの?ユノ!」

「チャンミン」

「なに?!」

「一番高いところから下を見るんだ。
お前は捨てられるような人間じゃないんだから
それを実感しろ、な?」

「ねぇ、ユノ、僕はもう
そんなことどうだっていいんだよ」

チャンミンは顔を歪ませて泣いた

「泣かないで…
最後にお前の可愛い笑顔が見たいよ」

「最後ってなに…なんなんだよ…」

ユノは泣きじゃくりながら
何度もチャンミンにキスをした

「愛してる…チャンミン
俺の可愛いチャンミン…」

「ユノ…お願いだから…一緒に
僕、なんにもいらない…ほんとになんにもいらない」


一瞬、チャンミンは目が眩むような閃光に
まぶたをギュッと閉じた

橋の向こう側からパトカーが数台やってくる

その場を動かないようにと
拡声器が無機質な声で2人に指示をだす

ユノはパトカーを背にしてチャンミンに微笑んだ
いつもの優しくて温かい笑顔

チャンミンの大好きな笑顔だった。

「ユノ…」

「チャンミン、愛してる
お前ほど愛したやつは他にいないよ」

「ユノ!」

「忘れないで」

ユノは数歩後ずさりをすると
橋の欄干に乗り上げた

「ユノっ!!!!!」


ユノが橋から飛び込んだのは一瞬だった

チャンミンは続いて飛び込もうと橋の欄干に手をかけた

そこへ警察官が何人もきて、チャンミンを取り押さえた


「ユノ!!!!」


白み始めた空は、濃いブルーからパープルへと
絶妙なグラデーションを描いていた

チャンミンの叫び声が
繊細な空を切り裂くように響き渡っていた


ずっと一緒にいようという約束は

守られることなく暗い河の底へ沈んでしまった





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約束 38



「僕は、君をこの部屋に連れてきて
役目は終わりだよ」

「どう言う事ですか?」

「わからない?」

ギルが意味深に笑う

チャンミンはギルを睨みつけた

「まったくわかりません」

「みんなやっていることだ。
誰もが社長から目をかけられたくて必死。
いくらでも自分の体を差し出すよ」

「へぇーギルさんもそのひとりですか」

ギルはチャンミンに向き直ってまっすぐに見つめた

「そうだよ。」

「……」

「僕なんてまだ、何も知らなかったからね」

「……」


「でも、ユノが忘れさせてくれた」


その言葉にチャンミンのこめかみがピクリと動く

「これは、ユノも一緒にトレスタに引き取るための
ベッドと食事だ。わかるね。ユノのためだよ」


「卑怯なやつ」


「なんとでも言え。君がそれを拒否したら
ユノは無しだ」

「そうしたら、僕も無しだ」

「そんなことしてみろ、2人とも芸能界にはいられない」


チャンミンの心に、あの真っ青な空が浮かんだ

僕たちの頂点はここじゃない


「観念した?シム・チャンミン。
あんまり押さえつけるとか、そういう手荒なマネはさせないでくれ」

「……」

「仕方ないよ。なにかを得るためには犠牲はつきものだ。」

「……あなたは結局ユノが忘れられないんだ。
ユノはとっくにあなたなんか忘れているのに。
僕とユノを引き離したいだけ」

ギルがチャンミンを睨んだ

「恨みでもいい…
僕はユノの中にいつまでも居続ける」

「狂ってる」

「いいよ、それでも。
ユノから君を奪うことで、一生僕を恨んでくれたら」

ギルは窓辺に行って、夜景を見下ろした

「ユノと2人でこの夜景を見たんだろ
僕を見下した気分はどうだった?」

「……」


チャンミンはセッティングされたテーブルから
ナイフをひとつ手に取った

「僕は、ユノ以外の誰かに抱かれるつもりはないんです」

ギルがチャンミンに背を向けたまま、クスクスと笑っている。

「そりゃあ、そうだろうけど、仕方ないよ」

チャンミンはナイフを持ったまま、ゆっくりと近づく

「僕は、ユノ以外の誰かとキスをするつもりもないし
ユノ以外の誰かに触れさせるつもりもない」

「この夜景をもっと高いところから見下ろすなら
そんな可愛い事は言ってられないんだよ。
そういう世界だ」

「残念ながらギルさん、
僕はもっと高いところを見つけてしまったんです」

「へぇ」

そう言って振り返ったギルは
チャンミンの包帯が巻かれた手で持っているナイフを見つめた。

まるで、こうなる事がわかっていたかのようなギルだった。

「チャンミン……」

「……」

「こんなこと、ユノが知ったら…悲しむぞ
取り返しのつかないことをして、2度とユノと会えなくなるかもしれないんだ」

「だったら、ユノの中から消えてください。
もうユノを苦しめないで」

チャンミンは泣きそうな顔になり
その唇が震えている

ギルはそんなチャンミンを眩しそうに見つめた

「ユノは…僕を忘れられない
僕が今、君に刺されて死んだとしてもね」

「あなたは決してユノを幸せにできないくせに」

チャンミンの顔が涙と共に歪む

「だからなんだ。
苦しむってことは執着なんだよ」

「なんでそんな風に…苦しめる?」

「ユノが欲しいからさ…」

ギルは微笑んだ

「誰がユノをあんたなんかに渡すか…」


チャンミンは何も聞こえなくなった

ユノの笑顔がチャンミンの心に一瞬浮かんだ

ユノは…僕だけの


チャンミンはナイフを手にしたまま、
ギルに抱きつくように飛びついた

「うっ」

聞こえたのは、ギルの一瞬の呻き声

感触もなにも…なかった

チャンミンの目に映ったのは
ギルの肩越しに見える煌びやかな夜景だった。

このホテルで一番いい部屋から見る景色。

それは宝石箱をひっくり返したように煌めき
眩いばかりに輝いていたけれど

あの屋上から見た真っ青な空よりも
それはくすんで見えた

ユノ…僕はあなた以外の誰のものにもならないよ


ギルがゆっくりとチャンミンに全身を預ける

「こんなことして…バカだな…」

へへっとギルは笑っていた

その時

カードキーでロックが外される音がした

「早く…出てけ」

チャンミンの耳元でギルが囁いた


ドアが開き、トレスタの社長が入ろうとするのと同時に
チャンミンは社長を押しのけて部屋から走り出た

「うわぁ!ギル!!!」

チャンミンは背中で叫び声を聞きながら
高級な絨毯の上を走った


どうやって帰ったかわからない

ホテルから人を押しのけてタクシーに乗ったことしかわからない。

チャンミンは泣いた

なんてことをしたんだろう

ユノからチャンミンを奪おうとしたギルが許せなかった

けれど

もう自分はユノと一緒にいられないかもしれない

チャンミンは自分の肩を両手で抱きしめて泣いた
右手の包帯には血がついている

ユノ…ユノ…

会いたいよ…怖いんだ…

どうか、その温かく甘い声で僕に言って

「大丈夫だよ、チャンミン」

僕はその一言で救われていたんだよ

今までも…ずっとね

ああ、だけど

だけどユノ…僕はあなたと一緒にいる約束が守れないかもしれない


チャンミンはなんとか家にたどり着き
シャワーを浴びた

湯の雫が全身を這う

我に返り
自分のしたことがだんだん怖くなって来た

人殺しをしてしまった

身体中が震えだす

ユノ…ユノ…早く帰ってきて!

シャワーを浴び終えたチャンミンは
スマホで芸能ニュースやSNSをくまなく調べた

それでもギルが殺されたというニュースは入って来ない。

しばらくして、ギルが過労で倒れて入院というニュースが入ってきた

え?

撮影中のドラマは降板するかもしれないけれど
3ヶ月後のライブツアーは予定通り

死んではいなかった?

チャンミンはへなへなとその場に座り込んだ

それでも僕は逮捕されるのだろうか

正直、頭に血が上っていてキチンとした記憶はないものの、ギルを刺したのかどうかもハッキリしない。

少し落ち着いて、チャンミンは床に膝を抱えて座っていた

どのみちトレスタに行く話はもうないだろう

けれど、あのままあの部屋にいたら
自分はどうなっていたか。

それを思うとまた身震いがした

ユノには話さないと

不安で怖くて、チャンミンは泣きながらユノに連絡をした。

すぐにユノが出た。


「チャンミン?」

「ユノ!僕、大変な事を…」

「どうした?」

「とにかく会いたい」

「俺も…お前に話があるんだ…」

「家に帰ってこれる?」

「それが…帰れない…ごめん」

「じゃあ、僕がユノのところに行く」

「漢江の橋まで来れるか?」

「行くよ、今から出る」

「待ってる」

「ユノ」

「ん?」

「愛してるよ」

「…俺も愛してる」


その時、部屋のインターフォンが鳴った

「はい?」

「警察のものです。開けていただけませんか」


チャンミンは目の前が真っ暗になった




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約束 37



ジンはユノを睨みつけながら、契約書を書いた。

「これで…チャンミンのサインがあれば
一応は契約書としてはいいかもしれない。
でも、あの5年の契約書が有効で、これは偽造なんだぞ?
俺は脅されて書かされたと言うからな」

「言えばいいさ」

ユノは凄みを見せたまま、低い声で答えた。

「ユノ…」

ジンの首にはペーパーナイフがつきつけられたままだ。

「なんだ」

「こんなことしたら、お前はチャンミンと一緒にいられなくなるんだぞ」

「……チャンミンは…
もっと高いところに行けるんだ…
すべてを見下ろせる場所まで行かないと
チャンミンは過去を終わらせることができない…」


「ユノ…チャンミンは本当にそんなこと望んでんのか」

「………」

「あの子はユノと一緒にいられることしか望んでいないんじゃないのか」

「だから…5年契約か?ふざけんな…
俺たちがチャンミンの足を引っ張ってるんだよ」


「ユノ…お前、なにか間違ってる」

「ジン、お前が言うなよ」

ジンはため息をついた

「原本は…あの弁護士の自宅にある。
前に…挨拶に行ったことあるだろ」

「……」

ジンはユノを憐れむように見つめた

「好きなようにしろ。
好きなようにして、お前自身の過去も終わらせろ」


しばらくの沈黙の後、

ユノは契約書を封筒に入れてそのまま事務所を出た。

ジンはどこかに電話をかけようとしたけれど、
ため息をついて、そのまま受話器を置いた。


ユノは車を走らせた

高速道路のゆるいカーブは陽の光が射して眩しい

明るいこの世界で、ユノだけが暗い狂気の中にいた

鋭角に整った顔立ちにかつての幼さは微塵もない
苦しみに耐えてきた男だけが持つ硬質な妖しさ

いつもの優しく寛大なユノはそこにはいなかった。

ハンドルを切るその手は、細く節くれ立ち
切れ上がった瞳は暗く前を見据える

世間的には罪を犯してるのだろう
でも、それがチャンミンを救うことなら
自分にとっては罪でもなんでもない


少し前のことがもう大昔のことのように懐かしい

ユノの為に、バイト先からおかずを持ってくるチャンミン。

清掃の仕事着で、明るく手を振っていたチャンミン。

暗い夜の駅前で、ギターケースを広げて
歌を歌っていたチャンミン

半分無理に自分の元へ来させてしまった。


一緒にいたかったんだ
なんでもしてやりたかった


チャンミンはその純粋で真っ直ぐな愛で枯れ果てた心を潤してくれた。

俺の…俺だけのチャンミン…

もううなされる夜なんて、お前には来ないから

誰よりも高いところから、すべてを見下ろしたらいい。

そのためなら、俺はなんだってするよ


************



チャンミンは昔のように、コンビニでおかずをもらって
家に帰って少し食べた。

半分ユノに残そうと思った。

まるで昔みたいだと、ユノは笑ってくれるだろうか。



チャンミンはふと思いついて、屋上へ上がってみた。

ギターを弾くことはできなかったけれど
屋上で大の字になって仰向けに寝転んでみた。

気持ちがいい

チャンミンの柔らかい髪を
風が優しく撫でていく


目の前には真っ青な空が広がる
他には何も見えなかった


もしかしたら、ここが一番高いところなのかもしれない

チャンミンはそう思った。


ユノとの穏やかで幸せな生活

笑い合い、愛し合い、抱き合い

それ以上高いところなんて
あるのだろうか

ユノと一緒にいることが一番の幸せなんだ。
すべてを見下ろそうなんて、そんな考えさえ忘れるくらい幸せだ。

しばらくじっとしていたけれど

チャンミンは何か胸騒ぎがした

空はこんなにも青いのに、どこからか大きな黒い雨雲が
やって来そうなそんな気がしてならない

チャンミンは起き上がった

「ユノ?」

誰もいない屋上でチャンミンは思わずユノの名を呼んだ

どこからも返事はなく
さっきより少し強い風が、チャンミンの頬を掠めた

「ユノーーー!」

突然不安にかられて、ユノの名前を空に向かって叫んだ

あるのは青い空だけ


部屋に戻ると、スマホが着信を知らせていた
見ると、ギルからだった。

驚いたけれど
移籍のことで連絡先を教えていたことを思い出した

「はい?もしもし」

「あ、チャンミン?
移籍の話、ちょっと本格的に進めようかと思うけど」

「お願いします。どうしたらいいですか?」

「とりあえず、チャンミン1人で社長と会って。」

「ユノは?」

「その話は契約に盛り込んであるから大丈夫。
ある程度下書きも出来てるんだよ。
ただ、意思確認じゃないけど、一応チャンミンと面接はしないと」

「ユノと同席する約束です」

「まだ契約段階じゃなくて、その前の意思確認だよ。
契約の時はもちろんユノもいてもらわないと困る。」

「わかりました。で、どこへ行けばいいですか?」

指定されたのは、あのホテルのレストランだった。

ユノに誕生日を祝ってもらい
そして、年末の賞をもらった時、再び訪れたあのホテル

チャンミンは支度をして、そのホテルへ向かった。


**********


ユノは弁護士の家に着いた。

早足で門をくぐり抜け、インターフォンを鳴らす

「はい」

穏やかな女性の声がした。

「ジン・コーポレーションのチョン・ユンホです」

「あ、主人は今いないんですよ」

「ええ、頼まれた書類を預かりに来たんですが」

「えっと、何か頼まれたのかしら」

「聞いてませんか?」

「ええ、あ、ちょっとお入りになって」

ユノは家に入った

悪事を働いて大金を稼いでいるせいか、
豪勢な家だった。

出迎えた女性は穏やかな品のいい母親のような人。
何度か会ったことがある。

あの弁護士が何人も若い女性と遊んでいることを
この夫人は知らない。

そんな事をチラッと思ったユノ

「ごめんなさいね、私何か聞いたかもしれないけど
忘れてしまったみたいで」

「いいんです。そうしたら探しますから。
ウチの事務所のシム・チャンミンの書類なんですけれど」

「えーっとそういう書類だったら、あ、こちら書斎へどうぞ」

なんの疑問ももたれず、簡単に書斎に入れた。

書斎には金庫もなく、ただ大きな本棚にファイリングされた書類が収まっている。

なんて甘いセキュリティなんだ、とユノは思った。

「たぶん、すぐ探せるようにはなってないかもしれないんですけど…」

見てみると、年月順に収められているだけ。
この膨大なファイルから一枚の契約書を探すのはとても困難だ。

「ウチの事務所の書類がまとまってるファイルはわかりませんか。」

「ごめんなさいね、ちょっとわからないの。
たぶんね、あと30分くらいで主人が戻ってくるから」

あと30分で戻ってきてしまう

「奥さん」

「はい?」

「今、この家には奥さんだけですか?
他の方やペットは?」

「いえ、いないわ、どうして?」

「すみません、奥さん、ちょっとだけ我慢してください」

言うなりユノは夫人の口を手で塞いだ

いきなりの事に驚いてもがき出す夫人。
その耳元でユノは囁いた

「怖がらせてすみません。あなたに痛いことはしたくない。でも騒ぐなら傷つけないといけない。」

夫人はおとなしくなった。
ぎゅっとつぶった目尻から涙が流れている

ふと、自分の母を思い、一瞬ユノの心が痛んだ。

ユノは片手で手早くネクタイを取ると
掴んでいる夫人の手を縛り上げた。

「こっちへ来てください」

ユノは夫人を部屋の入り口に押しやった


こんな事態に、なぜか夫人は初めてユノがこの家に来た時を思い出していた

少し胡散臭いところのある社長のジンと違って
真面目で誠実そうなユノ。

でもその佇まいには暗い影があった。

それでも一本気で礼儀正しく
とても好感が持てた。

だから、今日もなんの躊躇もなく部屋に入れた。

あんな真面目な人がどうしてしまったのだろう

ユノは夫人の両足をタオルで縛っている

「ユンホさん…」

「なんですか?」

「これね、あなたね、強盗なのよ」

「わかっています」

「こんな取り返しのつかないこと」

「傷つけたくないんです。
黙ってもらえますか」

そばにあったカーディガンを夫人の口に噛ませた。

そして、ユノは部屋を出て行ってしまう。

夫人は最初は恐怖だったけれど
どこかユノが哀れに思えて来た

なにがあったのだろう

こんなことをして、後からユノがひどく後悔するのではないか。

今はそんな思いが恐怖より勝っていた。

やがてユノが帰ってきた

手に料理用の油を持って。


ユノは夫人の足枷を外して歩けるようにした。

「こっちへ、庭に出てください」

こんなことしちゃいけない

夫人は声にならない叫び声をあげた。

ユノは夫人を外に出すと、
本棚に油をぶちまけた

そして、持っていたライターに火をつけて
本棚に向かって投げた

一気に本棚は火で包まれた。

燃え盛る本棚を見て、ユノは思った

自分は何をしているのだろう

でも、これでチャンミンは自由だ

ジンコーポレーションを出て、トレスタに問題なく行かれる

けれど、自分はどんどんチャンミンから離れて行くような気がする

ずっと一緒にいるという約束を
守れるのだろうか


ユノは部屋から出て、庭に出た

まだ外からは本棚が燃えているのはわからない。

呆然とする夫人の身体を自由にして
ユノはスマホから消防車を呼んだ

「奥さん、ほんとにすみません
すぐに消防車が来ますから」

「ユノさん!なんであなたみたいな人がこんなこと!」
夫人は叫んでいる

その言葉を背中に聞きながら、
ユノは車に乗って、素早く立ち去った


ユノは車を走らせながら、泣いた

自分のしていることが、よくわからない
それでもチャンミンの笑顔だけがユノの心にあった。



*********




チャンミンは、ホテルのエントランスを入り
レストランに向かおうとした時

ロビーのソファに座っていたギルが立ち上がって
チャンミンに手をあげた。

高級ホテルだけあって、
有名人であるギルとチャンミンをみて騒ぐ者はいないけれど、みんながチラチラと2人を見た。

「チャンミン、ようこそ。
レストランだと目立ち過ぎるから
部屋に食事を持って来させることにしたよ」

「そうですか」

「こっちへ」

2人はエレベーターに乗って最上階へ向かう

「最上階なんて初めて?」

「年末にユノと来ました」

「へぇ」

軽く驚くジェスチャーをして
ギルが口笛を吹いた。

エレベーターは止まり

2人は足が沈みそうな絨毯の廊下を歩く

一番奥の部屋をギルがカードキーで開ける。


このホテルの一番いいスィートルーム

年末にユノと来た時はさすがにこの部屋は泊まれなかった。

ここが頂点か

そう思う気持ちと、今日の真っ青な空を頂点だと思った気持ちが交錯する。

部屋には、すでにテーブルセッティングがされていて
後は料理を待つだけ

チャンミンはふと気になった。

「どうして2人分しかないんですか?
ギルさんは一緒に食事をしないんですか?」

ギルは可笑しそうにクスクスと笑った






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