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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

カナヅチの島(完)



耳にはブクブクと泡の音が大きく聞こえている

チャンミンはもがきながらも

ユノのブレスレットだけは離すまいと握りしめていた

でも

泡の音もしなくなり、
身体に力が入らなくなった。

ブレスレット

これだけは…

ユノ…


その時

脇の下に後ろから腕がスッと入り
ザーッと引き上げられた

まるでユノと初めて会った時と同じ


ブレスレットは?

僕はブレスをちゃんと持ってる?


人々の声が聞こえてきた


「大丈夫か?!」

ユノ?

「救急車呼びますか?」

「意識はあるみたいだ」

「チャンミン!」

ユノだ!


ペチペチと頬を叩かれる


ん…

ブレスレットは?


「ブレスレット…」

「チャンミン!大丈夫か!」

「ユノ?」

「チャンミン」

チャンミンはガバッと起き上がった

「ブレスレットはっ?!」

目の前に全身びっしょり濡れたユノの顔

「お前何飛び込んでんだよっ!」

「ブレスレットは…」

チャンミンは握っていた拳を開いた

そこにはしっかりとユノのブレスレットがあった

「ユノ!ブレスレットあったんだよ!
ユノの家のスロープにね、見つけたんだよ!」

チャンミンはユノにブレスレットを握らせた

桟橋に座っているびしょ濡れのチャンミンと
そこに跪くびしょ濡れのユノ


「チャンミン…これを俺に…」

ユノはブレスを握りしめた。

「だって…渡さないと」

「……泳げないくせに」

「だって!絶対渡したかったから」

ゲホゲホと咳き込みながら興奮するチャンミン。

「チャンミン…」

ユノはチャンミンの腕を力任せにひっぱると
びしょ濡れの体を胸に抱き込んだ

「バカだね、お前」

「ブレスレット、ずっとしててよ、ね?」

「当たり前だ」

ユノはチャンミンの濡れた髪を撫でた

チャンミンが少し体を離し、
鼻先が触れそうな距離で笑顔を見せた


「僕、少し泳げてたような気がする」

全然泳げてないけどな…

「ああ、泳げるじゃないか」

「だよね?僕飛び込んじゃってすごいよ。
アハハハ…今、考えると何やってんだか」

「それほど、俺に渡したかったんだろ」

「命がけだね」

チャンミンがぎゅっとユノに抱きついてくる

「命がけだな」

ユノもチャンミンを抱きしめた。

もう離さない

お前の意思は問わない


「僕…やっぱり結婚しない
ユノとずっと一緒にいたい…」

「結婚なんて、させるか」

「じゃあさ、僕…」

言い終わらないうちに、チャンミンの唇はユノに強く塞がれた


もう離れないから

ユノのためなら海に飛び込めたなんて

僕はユノと一緒なら、きっとなんだってできる



ジョンが嬉しくて飛び回る

戻って来たユノの部屋

ユノもチャンミンもシャワーを浴びて
裸の腰にタオル一枚巻いただけの姿。
手首にはブレスレット


洗濯機が2人の衣服をグルグルと回している。

なにしろ、ユノはすべての衣類を配送に出してしまったのだ。

そんなユノはバルコニーでスマホ片手にヒチョルと話している

話がひととおり終わると
ユノはチャンミンにスマホを渡した。

「ヒチョルの方は大丈夫だけど、
お前電話できるか?」

「うん…」

不安そうにスマホを受け取るチャンミン

ユノはたまらない気持ちになった。
俺といるために、母親に結婚式のドタキャンを言わなければならないチャンミン

その必死さがたまらない

それほどに自分を求めてくれて

ユノはそれこそカッコつけて
別れようとしてた自分を恥じた

プライドが邪魔をした

子供の賭けにされた自分
愛人もどきになりそうだった自分

くだらない

勇気もなく、なんにもできないのは
俺の方だったね

海に飛び込んだお前は偉いよ

「やっぱり俺が電話するよ」

「えっ?ユノが?」

「お前、泣きそうだし」

「それじゃなんにもならないよ
大丈夫、飛び込めたんだから」

チャンミンはユノからスマホを奪うと
母親に電話をした

母親は今まで聞いたことのない金切り声を出した

「チャンミン!みなさんはもうお揃いなのよっ!
なに考えてるの!!」

「あ…ごめん、お母様…」

電話の向こうでは、ガヤガヤと人が集まってくる声がしている。

やっぱり…まずかったかな…

母親が誰かと話をしている

「セリ、あの子ったら…」

その奥でセリの泣き声が聞こえる

え?

母親も泣いている

「なんてこと、みなさんがこんなに…」

母親を慰める声がいくつか聞こえてる


はーーーみんなに迷惑をかけてしまった

でも

側でユノが心配そうにチャンミンの手を握っている

僕はやっぱり

「お母様、ほんとうにごめんなさい」

「もう、顔もみたくないわ!」

「……」

少し沈黙のあと、電話の向こうが静かになった

「フフッ」

「?」

「幸せになりなさいね」

「え??」

そこで通話が切れた

????


「どうした?俺が代わろうか」

「いや、なんか…」

「ん?」


よくわからない…

式ではなにが起こっているのだろう



カナヅチのくせに海に飛び込んだことで
すっかり自信をつけたチャンミンは、
それからいろいろなことに挑戦した。

さすがに泳ぎをしようとは思わなかったけれど

今日はユノのために、美味しい夕食をこしらえている

一生懸命に鶏肉と格闘するチャンミンの後ろから
ユノが邪魔をしている

「ねぇ!ユノ!邪魔!」

ユノの手がチャンミンの腰や胸に伸びてきて
その唇がうなじを這い回る

「くすぐったいよ」

「いつも喜ぶじゃないか」

「今はくすぐったいとしか思えないんだよっ」

「なぁ、お前、なにかに一生懸命になってる時ってさ、口がへの字になってるの知ってる?」

「…知らない」

「それがたまらないんだよ」

「は?なんで?」

「可愛くて」

「意味がわかんない…わっ!」

ナイフがチャンミンの手を掠めた

ユノが真顔になった。

「ほんとにマジで俺がやるから」

「でも…」

「お前だと何時に夕食になるかわからないし
危なくてみてられないよ」

「そお?」

「うん、貸して」

「じゃあ、お願いします」

さっさとナイフをユノに渡し
チャンミンはジョンの元へ駆けていった

ジョンは待ってましたと言わんばかりに
尻尾を振り、チャンミンに飛びつく


ジョンの声とチャンミンの笑い声を背中に聞きながら、ユノは苦笑した。

結局俺は…

チャンミンの目の前の小石を拾いながら

これから生きていくんだろうな


なんて幸せなんだよ


(完)



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カナヅチの島(19)




その朝は爽やかな風の吹く晴れた日で
波は打ち寄せる度にキラキラと光り輝く


チャンミンはいつものように目覚め
いつものように朝食をとった。

結婚式のために、ヨーロッパから帰国している父が
食卓にいるのがなぜか不思議な感じだった。


母親はパックをして、すでに準備をはじめていた


「お客様は何時頃来るの?」

「お昼近くよ。セリはそろそろ支度に入るわ」

「ちょっと散歩してくる」

「散歩?」

「すぐ帰ってくるよ」

一瞬間を置いて母は微笑んだ

「気をつけてね」

「うん」


チャンミンはビーチに出た

Tシャツと派手なボタニカル柄の短パン

それにビルケンシュトックというアンバランスな
格好だった。


踏みしめるとキシッと音をたてるほど
きめ細かな砂。

サンダルの中に砂が入ってくるのがくすぐったい。


歩く度に入り込む、キラキラとしたそれをみつめながらずっと歩き続けた


もうどれくらい歩いただろう

ふと見上げるとパラ・トリアムが頭上に見えた。


もう少し行くとユノの家だ

引き返そうかな…

でも

チラッとみるだけ


チャンミンは少し早足になった。


崖の上に白い柵が見えた

ユノの家だった


ビーチへ降りるスロープの脇にも色とりどりの花が植えられている。


チャンミンはユノの家を見上げた


もう…出かけたかな

今日は身1つで旅立つのだろう



いつか会えることがあるのかな

ユノの笑顔

僕を見つめる優しい瞳


僕はどうしてこんなに浮かない気分なのかな

結婚式というお祝いがまるで他人事に思える

結婚をやめて、ユノと行くと言えば

今頃僕は…


そう考えると心臓がドキドキした

あんなに準備された式をやめるなんて
そんなことできない

だってそうでしょう


じゃあ、式が終わったら?

今までだってどんなに豪華な式に出席したところで
終わってしまえばどうってことなかった

たとえば、先月出席した従兄弟の結婚式

とても豪華だったけど、
それが中止と言われたら?

きっとびっくりするのは一瞬で

しばらく友達との間で話題になり…

いやいや、そうだよ、話題になって
いつまでも語り継がれていくんだ

そんなのはごめんだ


でも…


自分のいないところで何を語り継がれようが
正直知ったこっちゃない

母はおおらかな人だし

セリだって、誰か好きな人がいる

それなら…

でも…

いや、やっぱり…ムリ

チャンミンは大きくため息をついた


チャンミンは自分の手首に光るブレスレットを見つめた。

これはこのまましててもいいかな。

ユノからもらった唯一のプレゼント

ブレスレットを見つめていたら
涙が出そうになった


ユノの家をもう一度見上げた


そのときだった


ユノの家へと続くスロープの横の崖に
キラリと光るものが見えた

なんだろう?

少し岩を登れば手が届くところに
それは太陽の光が当たり、鈍く光っていた

チャンミンは近づいて、岩に足をかけた


あ!

ブレスレットだ!

間違いない、繊細な作りのそれは
ユノが買ってくれたおそろいのブレスレット

ユノは落としたと言っていた

きっとバルコニーの手入れをしていて、
滑り落ちたのだろう


チャンミンは無我夢中で岩を登り
それをつかんだ

やっぱりそうだ!

ユノの落としたブレスレット!



渡さなきゃ

とにかく渡すんだ




チャンミンはスロープを駆け上がった

手にはユノのブレスを握りしめたまま

自分のブレスとぶつかり合って
ガチャガチャと音を立てる


登りきったけれど、バルコニーは閉まっていた

チャンミンはガラスに張り付き、ドアを叩いた

ノブを開けようとしても開かない


なんだよ

いつも鍵なんかかけてないくせに

チャンミンは走って表にまわり
木のドアをバンバン叩いた


開かない

もう、ユノは出発してしまったのか


えっと

船が出るとか言ってた

ってことは、あの堤防のところから
本土へ行くジェット船かもしれない


チャンミンは走った


ビーチ沿いのなだらかな道


ユノに軽トラの荷台に乗せてもらった道

自転車で通った道

あの夜、キスをしながら帰った道


今はその道をユノを追いかけて走る

ダメでもいい、このブレスが見つかったことだけ
それを伝えられればそれでいい



サンダル履きの足が痛い

下り坂を転がるようにして走る


もう息が切れて目眩がしそうだった。

さすがに走るのを諦めようとした時


堤防の船着場から

ユノがクルーザーに乗り込むのが見えた


あ!

ユノだ!


チャンミンは再び走った

「ユノーーーー!」


必死だった

おそらくこんなに走ったことはない

視界が霞んできたような気がする

でも

ユノ!!!


やっと堤防まで来たチャンミンなのに
ユノを乗せたクルーザーは無残に桟橋から離れようとしている


ユノ!

待って!!


チャンミンはよろよろと堤防に登ると
一目散に走りだした


ユノーーーーーー!!!

ブレスレット!!!

見つけたよ!!!


チャンミンの大声にカモメがびっくりして
飛び立つ



「ヒチョルさんは式場ですか?」

パラ・トリアムのマスターが見送りに来てくれた

「そう、今日が本番なんで」

ユノは眩しい太陽に目を細めながら
爽やかに笑った

飲み友達も来ていた

「この間のカレは?」

「この間?」

「僕がユノを送って泊めてもらった時さ
朝、来た子」

「ああ、その子の式なんだよ、今日は」

「えーそうなんだ、ごめん」

「謝ることないよ、元気でな」

「またおいでよ」

「ああ」


ユノはリュックを背負ってクルーザーに乗った。

突然、先に乗っていたジョンが激しく吠えだした

「ジョン、大丈夫だから」

ジョンが興奮している


桟橋を離れたところでエンジンの音に混じって
ユノは自分の名前を呼ばれた気がした



ふと振り返って島を見ると


まさか!


チャンミン!!


堤防の上を走るチャンミンの姿が見えた


なんで…


チャンミンはユノが自分に気づいたことがわかって
更に大きく手を振った


ユノーーーー!!!

ブレスレット!!!


大きな声で叫んでるのに

ユノを乗せたクルーザーはどんどん離れていく


待って!!!


もう!


チャンミンは思わず

海に飛び込んだ



「うわぁぁぁ!チャンミン!!」

ユノがクルーザーから身を乗り出した



チャンミンは

ユノしか見えてなかった

離れていくユノしか見えていなかった

ただ側にいきたくて

ただブレスレットを見つけたことを知らせたくて

何も考えず

恐ろしいことに

自分が泳げないことも、その時は考えなかった


「誰か飛び込んだ?」

クルーザーのスタッフが訝しげに島を見る


「え?あ!ちょっと!」

ユノがクルーザーの縁に足をかけている


「ちょっと!ダメですよ!なにするんですか!」

「離せ!あいつ泳げないんだよ!」

「そんなこといっても!」





チャンミンは飛び込んだ瞬間に後悔した


足がつかない!

もがけばもがくほど沈む身体


でもこのブレスレットは離さない…

だってユノが

ユノがおそろいで買ってくれたんだから

ユノ!

助けて!


目の前に自分の吐いた泡がぶくぶくと上へあがっていく

服が邪魔をして手足が動かせない


ユノ


助けて




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百海です。
明日は最終回となります。

カナヅチの島(18)




深呼吸をひとつして

意を決して、その木のドアを開けた



「チャンミン?」

開けた視界の中にユノがいた。

くたっとした白い楊柳のシャツが涼しげで
カットオフしたジーンズが長い脚によく似合う


カッコいいな、相変わらず…


「あの…こんにちは…えっと、花を見せてもらおうかと思って…」

「え?ああ、バルコニーだよ」

「見ても…いい?」

「どうぞ」


ジョンが嬉しそうにチャンミンにまとわりつく。

バルコニーに出てみると


「うわぁ」


萎れたはずのチャンミンの白い花が
少しこじんまりとはしていたけれど

綺麗に咲き誇っていた


「ユノ!これすごい!」

チャンミンは興奮してユノの元へ駆け寄って
思わず抱きついた


「っと……」

ユノは少しよろめきながら、チャンミンを抱きとめる。

冷静を装ってはみたけれど、その心臓はドキドキしていた。

「ユノ!すごいよ!さすが!」

「一応そこはプロだから」

チャンミンは嬉しさのあまり、
ユノの首に巻きつき、その体をぎゅーっと抱きしめた

「もうただ土が見えていて、残った花が少しだけ咲いてるって感じだと思ってた」

チャンミンのボソボソとした声が
ユノのうなじにかかる

「………」


助けてほしい

なんで抱きついてくるんだよ


甘いチャンミンの香りに
ユノは切なくなった。

毎朝抱きしめてキスをし、毎晩抱いてたんだ


切ないだろ

こんなの


それでもしがみつくチャンミンを
ユノは強く抱きしめた


チャンミンはおとなしくなった

ユノはあまりにきつく抱きしめすぎたかと
自分の気持ちが伝わって戸惑っているのかと

慌てて体を離してチャンミンを見ると
チャンミンは寂しそうに一点を見つめていた

「?」

その視線の先は、纏められたユノの荷物だった

今夜には配送の人が取りに来ることになっている

「明日…ですね」

「そうだな、お前の結婚式」

「ユノがこの島を離れる日…」

「花は面倒みるように人には頼んであるから」

「人を頼んだのは、この真ん中のジャングルのためでしょ?」

「そうだけどさ」

「ユノはどうせまたすぐ恋人ができるよね」

「どうだか。そんなこともないよ」

「いや、絶対できるって」

「そう?だといいね。
お前は新婚旅行だね」

「……お土産買って来るからね」

「いらないよ、何言ってんだよ」

ユノは笑った

「買って来るから!」

「いらないって」

「なんでそういうこと言うの!」

チャンミンはユノを突き飛ばした
とはいっても、ユノは一歩後ずさりしただけ


静かだった

聞こえるのは遠くの波の音と

チャンミンの荒い息



「…チャンミン、めちゃくちゃだな」


「……ごめん」


俯いてしまったチャンミンを
ユノはたまらなくなって引き寄せた

自分の胸に抱き込み
またぎゅっと抱きしめた


「幸せになれ、な?」

「……わからない、そんなこと」


ユノは少し駄々っ子になっているチャンミンの背中を優しくポンポンと叩いた


「いろんなこと、自分でやってみろよ。
お前なら何でも楽しんで出来そうだ」

「そんなのムリ」

チャンミンはユノの肩におでこを押し付ける


「セリが…手伝ってくれるよ…」

自分で言って軽く傷つく


「ユノがいい」


海岸に打ち寄せる波の音が、この部屋まで響く


「………」


このまま、連れ去ってしまおうか


きっと俺たちは

お互いを受け止める自信がないんだ


部屋を契約するように結婚するチャンミン

一緒にいるならガッツリ2人で、と思うウザい俺。


それはきっとどこまでも平行線で
どちらかが無理をすればいいってもんじゃない


あと10歳若かったら、俺はここでチャンミンをさらっていっただろうな…

変に大人で分別ができて

それはそれで…


チャンミンはうっすらと微笑んだ

めちゃくちゃ…かわいい…


「ユノを困らせてばかりだね」

「そんなのいいけどさ」

チャンミンがユノの首から腕を解いた

手首のブレスがジャリンと音を立てる


チャンミンはユノから離れて
ジョンをかまった

ジョンは嬉しくて尻尾がちぎれそうだ

子犬のようなチャンミンがジョンとじゃれあうのを
ユノはじっと見つめていた


チャンミンの覚悟のようなものが感じられて
ユノは切なかった。


ひとしきりジョンと遊んだチャンミンが
バルコニーへ行って、景色を眺めた

「ここへ来るのは僕も最後だね」

「そうだな」


バルコニーからチャンミンが微笑みながら
こっちに向き直った

「僕ね、また無責任て言われるかもしれないけど」

「うん」

「たぶん、ユノが初恋なんだと思うんだ」

「…まさか」

「いい歳してって思うかもしれないけど」

「……」

「ユノがこのあと、どこかで…」

「……」

「誰かを抱くのかと思うと、頭がおかしくなりそう」

そう言ってチャンミンはケラケラと笑った

そんなことをこの期に及んでいうことが
やっぱりチャンミンなんだ。

ユノはそう思った


「お互いに勇気がないね」


ユノは耳を疑った

「なに?俺?」

互いにってなんだよ

微笑みながら顔をあげたチャンミンは
泣いているようにみえた


突然チャンミンがユノに突進してきた。

ユノは本能的に身構えた

チャンミンはユノの顔を掴み
その唇にいきなりキスをした

「?!」

舌は絡めないけれど
激しくその唇を押し付けてきた


ユノはチャンミンを抱きしめようとしたけれど
チャンミンは唇を離すとユノの耳元で囁いた

「意気地なしでごめん」


「チャンミン…」


「このまま目を閉じていて
僕がこの部屋を出るまで、目を開けないでね」

最後は涙声だった


「さようならユノ、大好き」


そう言うと、チャンミンはそのままドアまで走った

ユノは背中越しにバタンと木のドアが閉まる音を聞いた


そのあと聞こえてきたのは

バルコニーから波の音

ユノはゆっくりと目を開けた





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カナヅチの島(17)



チャンミンはそれからユノの家に来ない。

花はもうダメだと思っているのだろうか。

チャンミンのことが気になって仕方がない


「まさに堕ちたんだな、俺」


ユノは部屋の中心に植えられたヤシの木を見上げて
ひとりチャンミンを思い、そして苦笑した。


萎れた花はそれから残った株を分けて植え直した。
根付いてくれるかどうかはわからない。

植え直したことをチャンミンに伝えたかったけれど
伝えてどうするんだ?

結婚するんだぞ?

また来て欲しいっていうのか。

心は自問自答を繰り返していた。


会いたい

意味がない

でも、会いたい


チャンミンの笑顔が忘れられない

みんなから愛され可愛がられて
甘やかされて育ったんだ

面倒なことや、大変そうなことは
みんながやってくれたんだろう

水が嫌いなら泳がなくてもいいと。
誰かが助けてくれるし、ヨットもある

嫌ならいいよ、と言いたくなる
みんなが手を出してやりたくなる

そんな愛すべき存在だったんだろうな


最初はオトナに見せたくてカッコつけてたくせに
すぐにボロが出た


チャンミンは真っ直ぐだ

俺の事を友達と賭けたことも
本当に忘れていたんだろう

トラックの荷台に乗るのが初めてで

花を苗から植えてみるのも初めてだったはずだ。

一緒にやりたいことは
たくさんある

世の中ってもっと面白いことがたくさんある

それを俺が教えてやりたい

ユノは気づけば、歯を食いしばっていた。


チャンミンに会いたい


やっぱりそれが本音…



チャンミンはセリと最終的な式の打ち合わせにはいっていた。

「セリ…」

「わかってるわよ、結婚したくないんでしょ?」

「いや、きちんと結婚するよ」

「ムリしなくていいのよ、でもずっと友達でいてね」

「それは僕もだよ…でも」

「あのさ、悪いけど式はそのまま当日まで続行してほしいの。当日、アンタ消えていいから」

「え?なんで?」

「ドラマチックにしたいのよ。
たったひとり残された可哀想な花嫁にしてほしいの」

「えーそんなのやだよ」

「なによ、ここまで準備したんだから
同じじゃないの」

「そんなのダメだよ、みんなを驚かせちゃう」

「可哀想な私をみてほしい人がいるのよ」

「え?」

「お願い!」

「なに?可哀想な花嫁を演出しようとしてるの?」

「いいじゃないの。それで私も愛を勝ち取ることができるかもしれないんだから」

「ダメダメ、そんなの。
僕、すごく悪いやつじゃないか」

「結婚やめるんだから、どうせ悪いやつでしょ?」

「……」

「あ…ごめん」

「……するよ、結婚。」

「ほんとにムリしないで」


チャンミンは諦めたように微笑んだ


ユノをとことん怒らせちゃったしね

せっかく教えてもらって咲いた花もあんなにしちゃったし。

結婚をやめる、と言ったら
喜んでくれたかもしれないけど。

僕がこんなにダメじゃ
終いには愛想つかされちゃうよ

僕は嘘つきで
いいかげんで
人の気持ちもわからない
カッコばっかりつけて

ただそれだけ

薄っぺらい人間なんだ

決まった結婚を放り投げて
ユノのところへなんて、そんな大それたことが
僕にできるはずない。

中途半端に終わって、結局はセリと結婚して
さらにユノを傷つけるんだ


帰るセリを送っていくと、
庭にはユノがいた。

チラとこっちを見たけれど
ユノは視線をすぐに仕事に戻した。

「じゃあね、チャンミン
自信持って。あなたはほんとにステキなんだから」

「ありがとう」

自信なんて、あるわけない


庭のユノのところへ行って声をかけてみた

「この間はごめんなさい」

「なにが?」

ユノは仏頂面だった。


「花を…ダメにしちゃって」

「あ…それ…綺麗にはしておいたから」

「どういうこと?」

「だから、この間話したみたいに
他の大丈夫な株を植え替えて…」

「そんなことができるの??」

「話したじゃないか」

「そうだっけ?」


ユノはため息をついた

本当にもう…

拍子抜けするな

「じゃあ、元の通りに戻るの?」

「それはまだわからない」

自分の目で確かめてみれば?

その言葉をユノは飲み込んだ


「今日は…式の打ち合わせか?」

「うん…タキシードの仮縫いとかドレスとか」

「セリもお前も綺麗だから、華やかだろうな」

「僕?」

「ああ」

「うん、なかなかいいタキシード。グレーのサテンでね。
僕はなで肩だから型紙が大変なんだけど、上手くできてる。それでね…」

ふとチャンミンが話の途中で黙った。

「それで?」

「あ、いや…なんでもない」

チャンミンはユノから視線を逸らし
アーチに縁取られた小さな花の香りを嗅いだ。

「これいいね。」

「ここに薔薇やいろんな花が施されるからね」

「ふぅん」

「それは俺の仕事じゃないけど
花屋も力入ってるから期待していいぞ」

「期待?」

「ベースは完璧にしてやるから
お前の人生の門出を見事に飾ってやるよ」

「………」

「…俺の…腕のみせどころだ」

「そんなこと…そんなこと一生懸命してくれなくていいよ」

「なんでたよ。せっかく力入ってんのに」

「………」

「ユノ…この島から出ていくの?」

「ああ」

即答だった

「そう…か…」

「もう次の仕事も決まってるから
移動するよ。」

「いつ?」

「会場のチェックが終わったらその足で舟に乗る」

「えっ?!それって僕の式の日?」

「チェックが終わったら俺の仕事はもうない」

「そんな…」

ユノがフッと微笑んだ
チャンミンの大好きなその笑顔

「まさか、俺に出席してほしいのか?」

「そういうわけじゃ…」

「チャンミン」

「ん?」


「俺はね、お前を愛してた」

「ユノ……」

この後に及んでもなお、チャンミンはその言葉が嬉しかった

でも、ユノの言葉は過去形だった。

「正直、まだ凹んでる」

「……」

「この島でお前と2人、ずっと暮らせたらいいなって、思ってた」

チャンミンの目にウルウルと涙が溢れる

「でも、お前はいいかげんすぎてゴメンだ
俺の手には負えない」

大粒の涙がポトリと一筋
ユノが植えた綺麗な花の上に落ちた。

「僕、どうしたらよかったんだろう」

「さあな」

「どうしたら、ユノと一緒にいれたのかな」

「もうそんなこと考えるな
お前にはたくさんの人が心配してついててくれる」

「でも、ユノがいい」

「……結婚するだろ、そんなこと言うもんじゃない」

「……」

「じゃあな?また明日」


ユノの陽に焼けた笑顔がとても綺麗だった

チャンミンにさらりと手を振る姿が
夕陽をバックに影で映る。



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カナヅチの島(16)



バッとチャンミンがブランケットを跳ね除けた

鼻歌を歌いながら歯を磨く

昨夜はセリと美味しいピザを食べて
ひとしきり飲んだ

いろいろ勇気づけられて

とりあえず、ユノを好きな気持ちを毎日少しずつ
伝えていこうと決めた。


結婚もやめる方向で考えていると。
一緒にいたい気持ちをきちんと話そう


あまりにも前向きだと
昨夜もセリに笑われたけど


チャンミンは自転車に乗って軽快にユノの家まで走った。

木のドアをそっと開けた


「おはようございます…」

中を覗くと誰もいない

バルコニーの方を見ると
項垂れたように見えるジョンの横に
ユノが立っている。

2人で下を向いている

どうしたのかな?


「あのぅ?」

少しづつ、チャンミンもバルコニーへ向かって歩いて行った。


腕組みをしていたユノがこちらを見た。


たくましい二の腕と広い肩のせいで
ほんとに顔が小さく見える

でも、その表情はとても険しかった。


「……」

「どうしたの?」

「チャンミン」

「なに?」

ユノがバルコニーの下の花を指差した


「?」


え…

なんで…


チャンミンは絶句した。

ユノが指差したところには
チャンミンが植えた白い花が
一部だけれど萎えて横倒しになっている


「これ…」

「お前さ、昨日どの肥料やった?」

「肥料?」


えっと…

昨日はユノのベッドに誰かいて

びっくりして、

でも花の世話をと


「この袋のだと…思う…」

ユノはため息をついた


「やっぱりな。これはね、土と混ぜて使うタイプだよ。いつもはこれじゃないだろ」

「え…」


「しかも、葉や花びらに直接肥料がついてる。
ただでさえ強い肥料なのに、ふりかけたのか?」


チャンミンはしゃがみこんで
萎れた花を一房、手に掬った。

「いわゆる、火傷みたいなもんだぞ」

頭上でユノの声がした


いつも、肥料をやるのは丁寧にしていたつもりだった。

ユノに教わって、肥料のやりすぎや、施し方に気を使っていたのに

たしかに昨日は、適当にやってしまったかもしれない。

まさかこんなことになるなんて…


火傷って…
かわいそうに…


小さな苗から育てたのに

僕が植えて…

水や肥料をやって

こんなに咲き誇って…



「ごめんね…」



「?」

ユノは聞き返しそうになった

声が小さすぎて…今、謝った?だれに?


チャンミンの肩が小刻みに震えだした

「あ…」

そのうち、グスッという鼻をすする音が聞こえて

チャンミンは萎れた花を撫でながら
泣き出した。


「痛かったよね、きっとさ。
うっ…火傷みたいだなんてさ…」

「チャンミン…」

「強い肥料が体について、痛かったよね。」

「……」




「ごめんね…ほんとにごめん」

うっうっと泣き続けるチャンミンに
ジョンがその涙をペロペロと舐めとる



えーと

火傷とか言っちゃって
少し言い過ぎたかな

まさか花が萎れて泣くなんて
思いもしなかった


「あのさ、これは俺がどうにかするから」

「だってもう…前みたいにはならないでしょ」

「全部がダメになったわけじゃないさ」

「でも、この萎れた花はもうダメでしょう」

「そうだけど…」

終いには片手で顔を覆って泣き出してしまった

「僕には…こういう命を引き受けるなんて…ダメだね」

普段、バッサリと植えていた花を切っているユノはなんだか落ち着かない気持ちになった。

それに落ち込むチャンミンがあまりに可哀想で…

その震える肩に触れたかった


今までどんな生活を送ってきたのか
想像できない部分があるのは確かだったけれど

今はただ、萎れた花がかわいそうで泣いている
そんなチャンミンだった。

しばらく泣いていたけれど
チャンミンはやがて落ち着いて立ち上がった

「何か飲むか」

「…いい。今日は帰る。」

「じゃ、乗ってくか?どうせこれからお前の家に仕事に行くんだ」

「自転車で来たから…」

「そうか…」


俺が気を使わなくたって、チャンミンにはセリがいるんだ。

あのモールでの仲よさそうな2人が思い浮かぶ。


ユノは後を追うように、チャンミンの家に仕事に行った。

今までよくこの家でチャンミンと出くわさなかったな。

そうか

俺がここへ仕事に来ている時は
チャンミンはウチにいたんだ。

なるほどね


チャンミンの家のアプローチを整える

もういつでも式が挙げられる
あとは花屋に装飾を頼むだけ


チャンミンの部屋はどこなんだろう

ふとそんな事が気になった。

夫人がいつものように冷たい飲み物を持って来てくれる。

「あとはお花だけね。ここまでベースができると」

「そうですね。」

「なんだか、あの子が結婚するなんて実感ないわ。
ま、結婚っていっても何もかわらないんだけど」

「変わらないんですか?
一家の長になるんですよね。妻子を守って」

「え?」

「違いますか?」

フフフと夫人は美しく微笑む

「チャンミンの結婚は、そうね、まるでセリに嫁がせるイメージよ」

「は?」

「私もそうだったけど、一緒になると仕事や金銭上とてもお互い都合がよくてね。それで結婚するんだけど」

「……」

「セリとチャンミンは元々姉弟みたいなのよ。」

それは…わからなくもない

「チャンミンは小さい頃本当に可愛くて
みんなでいろいろ手をかけすぎてしまったの。
なんていうか、目の前の小石をみんなで拾ってあげてしまって」

「はぁ」

「あの子に自分で生きて行く力を身につけさせずにここまできてしまったわ」

「……」

「私たちがいけないのよ」

「でも…いい子そうじゃないですか」

「優しいのよ、とっても」

萎れた花に寄り添うチャンミンを思い出す

「頼りなく育ててしまってなんだけれど
セリならチャンミンを引っ張っていってくれるわ」

「他にもチャンミンを引っ張ってくれる人がいたら?」

思わず言ってしまった

何を…俺は聞いてるんだろう

ユノは気まずくなって黙った

夫人は意味ありげにユノを見つめた

「できればね、チャンミンが自分から
誰かの為に何かしようとしてくれるといいんだけど」

「……」

「そこには、たぶんもっと強い何かが必要ね?」

「強い何か?」

「愛ってやつかしらねー」

「はぁ」

「チャンミンはそんなの自分で見つけられないだろうから、お膳立てしちゃったのよ」

「なるほどね、適材適所ってやつですね」


ユノは用意してくれた飲み物を飲み干すと
トレイにそのグラスを置いた。

「美味しかったです
ありがとうございます」

そう爽やかに挨拶するユノに夫人は見惚れた。

「いいのよ」

「じゃあ、今日はこれで」

「ユノさんはほんと素敵ね」

「いえ」

少し照れる感じも誠実そうでとてもいい。

夫人はユノを見送り、トレイを持って家の中に入る時、チャンミンの部屋をちらっと見上げた。


カーテンがサッと閉まった





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