カナヅチの島(完)
耳にはブクブクと泡の音が大きく聞こえている
チャンミンはもがきながらも
ユノのブレスレットだけは離すまいと握りしめていた
でも
泡の音もしなくなり、
身体に力が入らなくなった。
ブレスレット
これだけは…
ユノ…
その時
脇の下に後ろから腕がスッと入り
ザーッと引き上げられた
まるでユノと初めて会った時と同じ
ブレスレットは?
僕はブレスをちゃんと持ってる?
人々の声が聞こえてきた
「大丈夫か?!」
ユノ?
「救急車呼びますか?」
「意識はあるみたいだ」
「チャンミン!」
ユノだ!
ペチペチと頬を叩かれる
ん…
ブレスレットは?
「ブレスレット…」
「チャンミン!大丈夫か!」
「ユノ?」
「チャンミン」
チャンミンはガバッと起き上がった
「ブレスレットはっ?!」
目の前に全身びっしょり濡れたユノの顔
「お前何飛び込んでんだよっ!」
「ブレスレットは…」
チャンミンは握っていた拳を開いた
そこにはしっかりとユノのブレスレットがあった
「ユノ!ブレスレットあったんだよ!
ユノの家のスロープにね、見つけたんだよ!」
チャンミンはユノにブレスレットを握らせた
桟橋に座っているびしょ濡れのチャンミンと
そこに跪くびしょ濡れのユノ
「チャンミン…これを俺に…」
ユノはブレスを握りしめた。
「だって…渡さないと」
「……泳げないくせに」
「だって!絶対渡したかったから」
ゲホゲホと咳き込みながら興奮するチャンミン。
「チャンミン…」
ユノはチャンミンの腕を力任せにひっぱると
びしょ濡れの体を胸に抱き込んだ
「バカだね、お前」
「ブレスレット、ずっとしててよ、ね?」
「当たり前だ」
ユノはチャンミンの濡れた髪を撫でた
チャンミンが少し体を離し、
鼻先が触れそうな距離で笑顔を見せた
「僕、少し泳げてたような気がする」
全然泳げてないけどな…
「ああ、泳げるじゃないか」
「だよね?僕飛び込んじゃってすごいよ。
アハハハ…今、考えると何やってんだか」
「それほど、俺に渡したかったんだろ」
「命がけだね」
チャンミンがぎゅっとユノに抱きついてくる
「命がけだな」
ユノもチャンミンを抱きしめた。
もう離さない
お前の意思は問わない
「僕…やっぱり結婚しない
ユノとずっと一緒にいたい…」
「結婚なんて、させるか」
「じゃあさ、僕…」
言い終わらないうちに、チャンミンの唇はユノに強く塞がれた
もう離れないから
ユノのためなら海に飛び込めたなんて
僕はユノと一緒なら、きっとなんだってできる
ジョンが嬉しくて飛び回る
戻って来たユノの部屋
ユノもチャンミンもシャワーを浴びて
裸の腰にタオル一枚巻いただけの姿。
手首にはブレスレット
洗濯機が2人の衣服をグルグルと回している。
なにしろ、ユノはすべての衣類を配送に出してしまったのだ。
そんなユノはバルコニーでスマホ片手にヒチョルと話している
話がひととおり終わると
ユノはチャンミンにスマホを渡した。
「ヒチョルの方は大丈夫だけど、
お前電話できるか?」
「うん…」
不安そうにスマホを受け取るチャンミン
ユノはたまらない気持ちになった。
俺といるために、母親に結婚式のドタキャンを言わなければならないチャンミン
その必死さがたまらない
それほどに自分を求めてくれて
ユノはそれこそカッコつけて
別れようとしてた自分を恥じた
プライドが邪魔をした
子供の賭けにされた自分
愛人もどきになりそうだった自分
くだらない
勇気もなく、なんにもできないのは
俺の方だったね
海に飛び込んだお前は偉いよ
「やっぱり俺が電話するよ」
「えっ?ユノが?」
「お前、泣きそうだし」
「それじゃなんにもならないよ
大丈夫、飛び込めたんだから」
チャンミンはユノからスマホを奪うと
母親に電話をした
母親は今まで聞いたことのない金切り声を出した
「チャンミン!みなさんはもうお揃いなのよっ!
なに考えてるの!!」
「あ…ごめん、お母様…」
電話の向こうでは、ガヤガヤと人が集まってくる声がしている。
やっぱり…まずかったかな…
母親が誰かと話をしている
「セリ、あの子ったら…」
その奥でセリの泣き声が聞こえる
え?
母親も泣いている
「なんてこと、みなさんがこんなに…」
母親を慰める声がいくつか聞こえてる
はーーーみんなに迷惑をかけてしまった
でも
側でユノが心配そうにチャンミンの手を握っている
僕はやっぱり
「お母様、ほんとうにごめんなさい」
「もう、顔もみたくないわ!」
「……」
少し沈黙のあと、電話の向こうが静かになった
「フフッ」
「?」
「幸せになりなさいね」
「え??」
そこで通話が切れた
????
「どうした?俺が代わろうか」
「いや、なんか…」
「ん?」
よくわからない…
式ではなにが起こっているのだろう
カナヅチのくせに海に飛び込んだことで
すっかり自信をつけたチャンミンは、
それからいろいろなことに挑戦した。
さすがに泳ぎをしようとは思わなかったけれど
今日はユノのために、美味しい夕食をこしらえている
一生懸命に鶏肉と格闘するチャンミンの後ろから
ユノが邪魔をしている
「ねぇ!ユノ!邪魔!」
ユノの手がチャンミンの腰や胸に伸びてきて
その唇がうなじを這い回る
「くすぐったいよ」
「いつも喜ぶじゃないか」
「今はくすぐったいとしか思えないんだよっ」
「なぁ、お前、なにかに一生懸命になってる時ってさ、口がへの字になってるの知ってる?」
「…知らない」
「それがたまらないんだよ」
「は?なんで?」
「可愛くて」
「意味がわかんない…わっ!」
ナイフがチャンミンの手を掠めた
ユノが真顔になった。
「ほんとにマジで俺がやるから」
「でも…」
「お前だと何時に夕食になるかわからないし
危なくてみてられないよ」
「そお?」
「うん、貸して」
「じゃあ、お願いします」
さっさとナイフをユノに渡し
チャンミンはジョンの元へ駆けていった
ジョンは待ってましたと言わんばかりに
尻尾を振り、チャンミンに飛びつく
ジョンの声とチャンミンの笑い声を背中に聞きながら、ユノは苦笑した。
結局俺は…
チャンミンの目の前の小石を拾いながら
これから生きていくんだろうな
なんて幸せなんだよ
(完)
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