快晴の日
Changmin's Cafeのドアには可憐な花のリースが掲げられていた。
店の中も色とりどりの花で埋め尽くされている
クラブイーストのホスト、上客の女性たち
テミン、ミノ、シウォン、ヒチョル
カフェのバイトたち、そしてパティシエ
華やかに正装した面々が、楽しそうにカフェに入っていく
中で出迎えたのは
お揃いのタキシードを着たユノとチャンミンだった
艶めくシルバーのシルク
襟元にはしっとりとした黒いビロード
シンプルなデザインは2人のスタイルの良さを引き立てる
行きつけの老舗テーラーは
2人の魅力を熟知していて
お揃いに見えても、襟幅や素材などを
微妙に変えていた
スピーチや余興などは何もなく
ただ、みんなで幸せに飲んで食べて喋る
2人は客との時間をたっぷりとることにして
心ゆくまで会話を楽しんだ
客の大半はこの国での
2人の結婚、ということに興味を示した
おそらく、それが可能なら自分も…
という客もいたのかもしれない
そして、女性客が最も気になるのは
ユノからのプロポーズ
チャンミンはユノの隣、という自分の立ち位置を不安なく確保したせいか
少し落ち着いて大人びて見えた
「ユノが僕をもっと束縛すると言ったんです」
チャンミンを取り囲む女性客は
興味深々だ
「それが結婚ってことです」
うっとりとしたため息と
ユノをよく知る客の堪える笑いが入り混じる
「束縛って、ユノらしいね」
そんな声も聞こえる
「だけど、チャンミン
結婚って、何をもって結婚なの?
法律的に」
「この店です」
「ここ?」
「この店はユノがオーナーで
僕が店長だったんですけど、共同経営者になりました」
まわりから感嘆の声とグラスを掲げる手が見える
「いろいろと手続きは大変だったんで
別れるとなったら、裁判が必要です。
簡単には別れられないんですよ」
チャンミンは嬉しそうに笑った
冷やかしと笑いと
それはこの店内をさらに幸せで満たす
「ちょっと失礼」
チャンミンが店内の隅に歩いていく
ヒチョルとシウォン、そして上客と歓談してるユノへと向かってチャンミンはまっすぐに歩いていった
そして、ユノの手をそっと押さえた
「ユノ、ブレッド、もう3個目だよ、それ」
ユノがびくっとして、3個目のパンを取ろうとした手を引っ込めた
ヒチョルがたしなめた
「おいおい、今日は祝いなんだから
いいじゃねぇか」
「ヒチョリヒョン、ユノはこのところの宴席続きで
2kg増えているんです。これ以上は後で取り返しが難しいです。売り上げに影響しますよ」
「おっと、それはダメだな
ユノ、もうパンはやめとけ」
ヒチョルは爆笑しそうなのをこらえながら
苦しそうに言った
バツの悪そうなユノが手持ち無沙汰で
まるで叱られた子供のような様子だった
チャンミンがユノに耳打ちした
「食欲が満たされない分は
僕が穴埋めしますから」
ユノがにやっと微笑んだ
「じゃ、もうパンは食べない」
「はい」
ニッコリと笑って、チャンミンは次のテーブルへ挨拶に行った
ヒチョルが面白くて仕方ないという顔で
ユノをからかう
「立場が逆転してるな
完全に飼われてるのはお前だ、ユノ」
ユノも可笑しそうに笑った
「俺の可愛いペットだったはずなのにな
最近手に負えない」
「お前が事務所でカフェのモニターチェックしてるの
チャンミンは知ってるのか」
ユノが真顔になった
「ヒチョル、まてよ」
「チャンミンがパティシエと仲良くしてないかどうか
ユノがすごい形相でチェックしてること」
「それ言ったら、お前、命ないからな」
ユノは右手をピストルの形にして
ヒチョルの脇腹をつついた
「あー可笑しい」
またユノの元にチャンミンがやってきた
「ユノ、そろそろ最後の挨拶を」
「わかった」
ユノはチャンミンの手を握って
小さくしつらえられた台に乗った
チャンミンは恥ずかしそうに
ユノの後ろに隠れた
「おきまりの挨拶ってやつをします」
ユノがマイク無しで話す
客たちの会話が自然と静かになった
「このパーティはみんなでひたすら
飲んで食べてしゃべる、がテーマなので
挨拶はシンプルにいきます」
おー!という歓声が聞こえる
「今日はほんとうにありがとうございます
これからもオレたちをよろしくお願いします」
店全体からわーっと歓声があがった
そしてみんなにシャンパンのグラスが配られた
ここにいる全員で乾杯の準備が整った
ユノはチャンミンの肩を抱き
片方の手でグラスを高く掲げた
「オレは、もうチャンミンにメロメロです!
骨抜きにされてます!こいつがいなくなったら
オレはなにするかわかりません!
だから、だれもチャンミンにチョッカイだすなよ!」
さらにすごい歓声だった
「乾杯!」
クールなユノ、すべてに完璧で冷静
そんなクラブイーストのユノが
大声で叫んだ
しっとりと花咲く夜香花のユノは
今日だけはどこにでもいる1人の青年だった
女たちをクールな言葉で翻弄し惑わせる
夜香花のユノは、今日はストレートに愛を叫んだ
無様に、大声で、気持ちそのままの言葉で
チャンミンは愛おしそうに
満面の笑みのユノを見つめる
美しく咲く夜香花の花弁の中には
素朴で真っ直ぐなユノがいた
ユノは爽やかに笑っていた
「一生オレのそばにいてくれ」
みんなの前で
ユノはチャンミンにくちづけた
チャンミンはびっくりしてユノを見つめて
そして、涙と共に顔を歪めた
両手で顔を覆って泣き出したチャンミンを
ユノが抱きしめた
みんなの前で
2人の仲睦まじい姿は
Changmin's Cafeにいるみんなを幸せにした
オレのとなりはチャンミン
僕のとなりはユノ
なにがあっても
一緒にいよう
この人生はお前のもの
僕の人生はあなたに捧げる
あなたのとなり
変わることのないこの居場所があるかぎり
なにがあっても幸せだと
そう思える
*****
とてもいい天気で
まるであの結婚式の日のようだ
チャンミンはレースのカーテンをそっと開けた
柔らかい陽の光が、模様の入ったガラス窓をキラキラと輝かせる
チャンミンは振り向いて
ベッドにいるユノに微笑みかけた
「今日はいい天気だよ
外に散歩に行く?」
ユノはゆっくりとベッドに起き上がって
優しくチャンミンを見ていた
陽の光を背に微笑むチャンミンは
とても綺麗だと思った
「チャンミン、きれいだ」
チャンミンはフフフと笑って
ゆっくりとユノのベッドへ歩いてきた
「こんな年寄りに何言ってるの」
「だって、本当にお前はきれいだから」
「ユノだっていつもカッコいいよ」
ユノは笑った
「オレはもう…」
その先をチャンミンが笑顔で遮った
「お医者様がね、言ってたよ
若い看護師たちがユノさんステキだって
ちょっとした騒ぎになってるんだって」
「それはありがたいね」
「ソウルで有名なホストだったんですって言ったら
なんか納得してた」
ユノは微笑んだ
「外はそんなに天気がいいのか」
「うん」
「よかったな
今日が天気がいいのはいいことだ」
「どうして」
「どうもこうもないけど」
「変なユノ
そろそろ薬を飲まないとだよ」
「ああ、そうだな」
チャンミンは薬と水を小さなトレイに乗せて
またベッドへ戻ってきた
「ユノ、ここへ引っ越してきてよかった」
「そうか?」
「緑が多くて、すごくいいよ」
「それはよかった
この別荘はチャンミンの物になるように
手続きしておいたから」
チャンミンは平静を装って
なんでもないように微笑んだ
「このままで全然いいのに」
ユノはそれに答えずに話を続けた
「腕時計は全部、教会に寄付したんだ
お前に譲れなくて悪いな」
「施設に?」
「神父さんに話したらさ
独り立ちする子供たちに、1本ずつ渡すってさ。
金にしてくれてよかったんだけど
ま、それもいいかなと思って」
「…そう」
チャンミンの顔が少しだけ曇る
「神父さん…ここに来たの?」
「ああ、お祈りもしてくれた」
「……」
チャンミンは吹っ切るようにして
トレイを片付けながらキッチンへ立った
「腕時計をあげるのは賛成だな
いい時計は何かの時に役に立つし
ステイタスにもなるしね
なにしろ限定のすごいやつばっかりだし」
「アハハハ、働いたからな」
「そうだね」
チャンミンはキッチンから
ベッドに座るユノの横顔を見つめた
その横顔の美しさは
夜の街でみんなを虜にした頃と
まったく変わっていない
「ユノは夜香花だったね、夜になるといい香りを放つ花」
「そういう仕事だったってだけだ」
「天性のものだよ」
「そうか?」
「うん」
ユノはひとつため息をついた
その表情がいつもより青いような…
「ユノ?」
「ん?」
「苦しいの?」
「大丈夫」
ユノは優しく微笑んだ
チャンミンが心配そうな顔をする
「チャンミン」
「なあに?」
「ここへおいで」
チャンミンはグラスやトレイをキッチンにそのままに
嬉しそうにユノのベッドへ行く
昔から
ユノに「おいで」と言われるのが大好きだ
チャンミンはニコニコして
ユノのベッドに腰掛けた
「オレを抱きしめてくれないか」
「……」
チャンミンがユノを見つめた
「お前に抱きしめてもらいたい」
「いいよ」
チャンミンはユノを優しく引き寄せて
その細くなった肩をそっと抱きしめた
痩せても、骨格がしっかりしてることには
変わりない
そんな広い肩
こうやって、ユノを抱きしめると
その温かさに泣きそうな気持ちになる
遠いあの日
物置で泣いていた自分を
引っ張り上げてくれたユノ
これからのことも
すべて手筈を整えてくれている
チャンミンはそれを知っていた
チャンミンの事は全部自分が面倒をみようとする
そんなユノはあの頃となんにも変わっていない
あなたはいつも僕のことを心配してくれているんだね
チャンミンは優しくユノの背中を撫でた
「ありがとう、チャンミン」
「いつだってこうやって抱きしめるよ」
「ありがとうな」
ユノを抱きしめながら
チャンミンは白い天井を仰いだ
お別れの時が近づいていることは
わかっている
涙は枯れ果てたはずだったのに
僕のからだには、まだ涙が残っていたのか
チャンミンは涙が溢れないように
天井を仰いだ
ユノはチャンミンの肩に顎をのせて
ボソリとつぶやく
「お前は強い子だ」
「何言ってるの」
「だから」
「……」
「オレは…もう、なにも心配してない」
「……」
「だけど…」
「……」
「ごめんな、チャンミン」
「謝るのは、無し…ね?」
「わかった、じゃあ…そうだな」
チャンミンがユノの背中を優しく撫でた
「ありがとう、チャンミン
オレのとなりにいてくれて…」
「僕は…まだまだずっと
あなたのとなりにいるからね」
「そうか…ありがとうな…」
いかないで
僕を…置いていかないで
チャンミンはぎゅっと瞳を閉じて
そんな言葉を心の奥底にしまった
そのかわり
チャンミンはユノの耳元でそっとささやいた
「ユノ、大好き」
そして、ユノを優しく抱きしめた
ゆっくりとユノがチャンミンへ身体を預けてくる
「オレが今…どんなに幸せか
お前に伝わるといいな…」
ゆっくりと瞳を閉じるユノは
幸せそうに微笑んでいた
その日は
まるでユノの笑顔のように爽やかな日だった
完
にほんブログ村こんばんは、百海です。
最後までお話を読んでいただいて
本当にありがとうございました。
今回は完全に
現実逃避型妄想劇場だったのですが
お付き合いいただき感謝しています。
現実のお2人の幸せを
心から願ってはいるのですが
こっちのほうが幸せでしょう?
という私の思いの表れです。
「夜香花」は私がはじめてネットにアップしたお話で
2人の究極のキャラ設定をしている思い入れのあるものです。
2人のお別れの時まで
どうしても描きたかったのです
「2人はその後幸せに暮らしました」で
お伽話として終わってよかったのですが
2人でいることが
どれだけ幸せなことだったのか描かせていただきました
世の中は
今まで経験したことのない様子を呈していますね
わたしたちを取り巻くいろいろな事が
大きく変わってしまいました
止まない雨はないと信じています
でも
辛い時は現実から思い切り逃げて、すべてを放り出して
違う世界に少し身を置くのもいいのだと思っています
私のお話がそんなお手伝いを少しでもできれば
こんなに嬉しいことはありません
どうか皆様、十分にご自愛いただいて
温かな冬をお過ごしください
百海